贖罪の地平線
木こりのゴメスは、カササギ亭のルナドに溺れている。
長いこと父親と森の木こり小屋で暮らしていたゴメスは、春に父親を亡くし、お腹の中がスカスカする気持ちを持て余していた。 一人で打ち込む樫の木はより堅く、一人で掻き分けるイラクサはより肌を刺し厄介な痒みを伴った。 初夏の昼下がり、真っ赤に晴れ上がった脛を冷やそうと、ゴメスは森の入り口、湧き水の片割れ岩へと足を進める。 草いきれを胸に吸い込み、背中と胸に汗の黒いシミが広がる頃、辿り着いたゴメスは、先客が居ることを知る。
先客は、カササギ亭の次男、白痴のルナド。
沢を渡る心地良い風に吹かれ、絹糸の髪を魅惑的に乱し、ルナドは其処に居た。 片割れ岩に華奢でしなやかな半身を凭せ、草の上に長座して、汗ばむ肌をしどけなく晒したルナドは、小さくせわしい吐息を漏らして自慰に耽る。 高潮した薔薇色の頬、まなじりを染め、焦点を結ばぬスミレ色の瞳には愉悦の涙が薄っすら光る。 花びらみたいな口元はねだるように小さく開き、ツイと、その端から唾液が銀の糸を引く。
ソレが、ゴメスの溺れた瞬間であった。
脛の痒さなんてもうわからない。 獣に似た唸りを上げ、ゴメスはルナドに圧し掛かる。 ルナドは今まさに達し、放つ精に白い腹を濡らし、小動物の断末の如く震え痙攣する。 その歓喜冷めぬ身体を、今度は小山のような大男に押し開かれ、噛み付くような愛撫と貪るようなザラリ熱い舌に、訳も分からぬまま、再び甘い声を上げるのだった。
何しろ、ゴメスにとっては何もかもが初めての事。 こんな衝動に突き動かされるのも、こんな魅惑的な生き物に出遭うのも。 しかしさすがに、あまりに小さなソレに己のグロテスクな猛りを収めるのは一瞬、躊躇した。 が、もはやゴメスには自分を抑える事など出来ない。 斯くも、その交接は素晴らしく、うっとりする未知の快楽。
ゴメスの丸太ほどの太い膝の上、青白く光る水に浸かった白木のようなルナドの肌が、魚のように跳ね、震える。 大きく開いた足、奥まで収めたゴメスのソレを締め付け、ゾワリと引き摺り込むかの熱い内壁。 だから、気が付けばどれほどの間溺れていたのだろう? 気を失ったルナドの血の気の無い頬、瞼の青白さに、殺してしまったかと慌てたゴメスは恐ろしくなり、朱を散らした肌を晒したままのルナドを残し、逃走した。
逃げ戻った木こり小屋、壁の小さなキリスト像にゴメスは泣きながら己の卑怯を懺悔する。
――― なんて事だ! なんて愚かだ! 俺はあの憐れな少年を良いようにしてしまった! 知恵足らずなのを良い事に、己の欲望を散々に満たしてしまった!
だけども、泣いて泣いて懺悔したにもかかわらず、その誘惑には決して勝てないのだと、ゴメスは間も無く知る
四日後の朝早く、ゴメスは木苺の藪の下、ぼんやりしゃがみ込むルナドと再会した。
靄のかかったスミレ色が、強張るゴメスを認め、一瞬またたく何かを宿すと、ゆるリ、不安定な笑みに変わる。 立ち尽くすゴメスに、ルナドはゆっくり近づき、そして、もう一度曖昧な笑みを投げると、すいと、ゴメスの下履きの上、緊張に縮こまるソレにやんわり触れた。 そして、確かめるように撫でるように触れ、変化しないそれに眉根を寄せ、身を屈めたルナドは、徐にそれを取り出し口に含む。 驚愕し、へたり込むゴメスの足の間、膝をつき半ば這いつくばるようなルナド。
止めろ! そんな事しなくていい! あの時は俺が悪かったのだ!
蹂躙され、自分を恐れて、この少年はこんな事をするのだと、ゴメスは自らの罪と結果に怯える。 しかしそれ以上に、他人の口腔でのそれはゴメスの芯を蕩けさす。 見る間に怒張するゴメスのそれを、ルナドの木苺のような舌が巧みに弄んだ。 そして、幾らも耐え切れず吐き出した精を、舌はシロップのように啜り舐め上げる。 細い喉が嚥下の上下を淫猥に示した時、魅入られたゴメスはルナドの細い指に導かれ、ルナドのまだ幼い猛りにおずおず触れた。
艶かしい吐息、ひんやりした絹の髪、靄がかかり涙をためたスミレの瞳、花弁の口元が高く短い嬌声を上げる。 もう、ゴメスには、どうにもあがらう事など出来ようがない。
木こりのゴメスは、カササギ亭のルナドに溺れている。
白痴のルナドの肉体に溺れ、ゴメスはほとばしる欲望を満たす。
その行為はゴメスに罪悪感を残し、しかしルナドを前に一つも自制出来ぬ己を恥じ、情事の後、一人、木こり小屋のキリスト像に涙ながら懺悔する。
――― 許してください、許してください。 哀れで白痴の少年を、俺は力づく、あんな浅ましい身体に換えてしまいました。 許してください許してください。 だけども俺はあれに逆らえないんです・・・・・・
しかしながら、ゴメスは勘違いをしている。 そもそも白痴のルナドは淫乱だ。
天使の容姿と空っぽの頭、役立たずの次男はゴウツクの母親に、銀貨4枚で泊り客のオモチャとして売られることもしばしばで。 けれども白痴だから、ただ快楽に身を任せ、その身体は旅人たちに快楽を与えるも享受するも都合良く開発され、当の本人は何が起こっているかすらわからない・・・ルナドとは、そういう幸せな白痴だった。
だから、カササギ亭の女房が、飲んだくれの親父にこう話すのをゴメスは知らないのだろう。
『 ねぇあんた、あの世間知らずの木こりにうちのバカを引き取って貰えそうだよ! なにせあれが稼げるのはガキのうちだけだもの。 とうが立つ前にそうさね、離れの修繕に使う樫の材木20本で、あの木こりに手を打つのがいいさね! 』
そうして、ゴメスは、今日もルナドと交わる。 ルナドはそれに、満足している。
ゴメスは一人、良心と戦い、あっけなく敗退し、慈悲深き神に贖罪を誓う。
何ひとつ噛み合わないが、しかし、世の中はいつもそんなだ。
流れるように、本能のままに、それはたいてい、事無きを得る。
まして、そこにある罪になど、誰もかまけちゃいないのだ。
それが罪であることすら、きっと、知らぬままに。
March 16, 2003
* 白痴(受け)と懺悔ばかりの木こり(攻め)。
ずいぶん前、社長にネタを貰う。
そして、日記用に書いたら長くなり、メルマガ用にするにはパンチが足りず、やむなくキワへ。
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