七本目の裏筋
     
        



カミシロの連中が、何か動くらしいね、と、台湾人の情報屋が囁いた。 


オレは、ドリンク剤と引換えに、如何にも好々爺といったその男に数枚の札を渡す。 店の奥からこちらを覗く、7歳になる男の孫は、耳が聞こえない。 オレは、見開いた黒い丸い目に、大袈裟な笑顔を投げた、が、幼い瞳には、憎悪の色しか浮かばなかった。 そりゃそうだろう、4歳だった子供の世界から、音を奪ったのは、いかれた日本人だった。 そう、丁度オレみたいな男。 

雨上りのアスファルトは、張り付いたゴミ屑と、ネオンの反射で、綺麗なんだか醜悪なんだか、それは、この街そのものだ。 幾つかの路地を抜け、幾つかの店に立ち寄り、上がりを受取り、時に恫喝し、時に労い、見慣れない新顔には釘を刺し、巡回をこなすオレは、急ぎ足で最後の場所へ向かう。 

それは、雑居ビルの4階。看板も、表札すらない、一見空き部屋にも思える愛想の無い、錆の浮くドア。 ノックは4回。 チェーンを掛けたドアの隙間から、掠れた声がオレに告げる。


『用意は、出来てるよ』

チェーンが外され、軋んだ音を立てるドアが開かれるが、それは滑り出された小さな旅行鞄がかろうじて通る、それだけの隙間だった。


『あんまりね、アンタみたいのには来て欲しくないんだよ』

咎める口調には、怯えも見え隠れする。 

わかってる、恩にきる ・・こちらも、大っぴらに出来ない訳有りとあっては、この鼠野郎に尻尾数ミリ、噛まれる猫を、多少は演じねばならないだろう。 鞄を受取ったオレは、急ぎ足でそこを後にした。 時刻は23時を過ぎている、焦れた奴の顔が、容易に想像できたオレは、千鳥足の酔っ払いを払い除け、早足で向かった。



前方、甲高い声で笑う、浅黒いアジア系の二人の女と、その女に巻きつかれ相好を崩す小太りの中年男が、大きく車道によろける。 短気なクラクションの音に、つい足を止めたその時、真横の雑ビルのドアが開き、飛び出してきた若い男は、腹の辺りで両手を組む。 その、組まれた手の狭間に、水溜りを跳ね上げて去る、車のライトが反射した。 閃き瞬くそれ。


猿みたいに逆立った髪の男が、奇妙な怒号をあげる。 縺れる足じゃ、ヤレねぇだろうが ・・・突進する男をかわし、たたらを踏むその膝を蹴り上げ、はいつくばる股間を踏みつけた。 アスファルトに金属音、投げ出されたちゃちなナイフ。 芋虫みたいに丸まって呻く声。 が、呻いたのは俺もだった。


後頭部に鈍痛、振り向きざまの衝撃に、左顔半分がかっと熱くなる、鉄錆の味、生暖かい噴出、ジャリっていったぜ、おい、歯か? 二度目を狙う柄シャツを鷲掴み、腹に膝を埋め込み、呆けた鼻面を有り難く、とびきり硬いオレの頭蓋で潰してやる。 
アイコだな、そっちは二人で終いか?
シャブ中二人で、オレをヤルか?  ふざけやがって。



芋虫と、鼻血を爪先で転がし、尻を蹴り、植え込みの泥だまりに纏めた。 
錆クセェ・・・ 吐いた唾は、泡立って赤黒い。 小石みたいに飛び出した、オレの糸切り歯が、側溝の溝ん中に転がって消える。 たいしたもんだ、シャブ中にしちゃ健闘したな。


『誰に言われたよ? なぁ』

芋虫は、白目剥いてブツブツ御話中だ。話にならねぇ。 鼻血に聞いてやる。


『オマエの、ご主人様は誰だ?』

モゴモゴ、何言ってやがるか分からないので、ロクで無しの頭を踵でにじり、喝を入れてやった。 鼻血の右耳が、コンクリで磨り潰されてゆく。 磨り潰される耳の横、間抜けに潰れた頬の横、放り出された角材に、赤黒い色。 コレでやったわけ? オレを?


『なぁ、教えてくれる?』

にっこり笑いながら、後ろ頭に触れたらば、ねっとりとした感触と鈍痛に、また笑いがでた。 真っ赤な俺の手の平を、鼻血の柄シャツで拭い、もう一度優しく聞いてやると、叫ぶように告りやがったのは、意外でもなんでもない、男の名前。


『アリガト!』

見上げて緩んだ鼻血を、オレは拾い上げた角材で、叩き潰す。 これで、ホントのアイコ。


もう一度唾を吐くと、幾分鮮やかな血痰が、路上に散った。 口を漱ぎたかったが、もう時間がない。 急がねば。 何しろ、奴は、せっかちで、短気ときている。 鞄を抱えたオレは、小走りで、その場所へと向かった。



メインから道一本入った裏通りの路肩。 ぞんざいに停車させた黒のベンツ。 四方の窓には、禍々しい夜しか写ってはいないが、その中に具象化された禍つ夜が存在するのを、オレは知っている。 運転席に回ったオレは、中から突き出された太い腕に、すかさず引っ張り込まれ、半ばリンチといえなくも無い、呼吸を圧する抱擁と、口づけを甘んじて受けた。 ズボンの上から、股間を鷲掴まれ、痛みと疼きに息を飲む。 獣みたいな、屠る者の目が、オレを貫き、縫い止める。


『酒が不味くなるツラになりやがって』

腸を喰らう悪鬼の表情、しかし、その血は、オレの流したものだ。 そしてオレは、その血塗られた頬に、頤に、欲情する。 貪り尽くす、そんな口づけは、獣のそれだ。


『勝手に、遊んでくんじゃねぇよ』

生え際を鷲掴まれ、絡めた舌が、ツ、と糸を引く。


『これは、俺のだろうが?』

ざらざらした、肉厚の舌が、オレにこびり付く鉄錆の名残を舐め上げた。 

それを合図に、オレは眼一杯下げたシート、奴の開いた足元に窮屈に蹲り、やはり窮屈にしていた奴のを取り出し頬張った。 口中に残る血の味と、奴のきつい雄の味が混ざり、何故か酷く興奮した。  奴は時折、俺の後ろ頭を押し付けがてら、まだ温い出血を続けるオレの傷に、武骨な指を這わせる。 


痛みにうめくオレを見て、きっと濡れた眼をしているだろう、奴。 それにまた、一層煽られて、絡めとる奴のモノをきつく食み、軽く持ち上げて裏筋に沿い、吸い付きしゃぶる、きりがない繰り返し。 奴が、短く息を飲み、オレは咽こみそうなそれに耐え、硬く筋肉が乗った大腿に、しがみ付く。 吐精を飲み込むのは容易ではないが、奴の荒い呼吸と、満足気な眼差しに、その無理を、オレは強いて行う。

奴が、オレの唇を辿り、雫を指先に掬う。 蜜を舐めるように、味わった。


『アレ、どうしたよ・・・』

オレは、後部席に転がる鞄を、顎で示す。


『ふん、続きは、またな・・・』

口唇に、痛み。 軽く噛まれて、そして舌先が触れ、オレはポンと、突放される。 身支度を整えた奴は、助手席で煙草を燻らせている。 オレは、手短に今夜の報告をし、その合間に差し出されたきつい香りの煙草を、口に挟んだ。 一瞬、奴の指先に、触れた口唇が、焼け付くように熱かった。



マンションまでの小一時間、奴は受話器の向こうに一言発し、その後奴の携帯が二回鳴り、繋げたって10分にも満たない会話だけで、シャブ中二人の御主人、ササキと云う男は命を失う事が決定した。 ササキはカミシロに恩がある、カミシロは先月遣り合ったノノヤマに恩がある、次はどいつの恩で、どこの屑が動くのか見物だと、オレは薄ら笑っていた。 

そして、このオレもいずれ、屑として、どこかの屑にヤラれるんだろう。 そして、オレにその役を命じるのは、奴だ。 


・ ・・・シロウ、頼めるな?

あぁ、任せろよ、アニキ、オレは、アンタの為なら、なんだってするさ、なんだってなぁ、そんなんならば、死んだ所で、満更悪くねぇ、全く、恩だらけの人生じゃないか。



恩だの仁義だのが、どんな大層なものか、オレにはわからないが、奴の言葉に踊る自分は、コレで気に入っている。 こうして、8階から眺める景色みたいに、小さくて、キラキラしてて、薄汚れたマガイモノでも良い按配に見せる生き方は、オレには似合いだろう。 オレは、不意にゾクリとして、ローブの前を手繰った。 奴の為に命を落とす自分と云うのに、無性に興奮した。 

奴は、オレの流す血を、濡れた眼をして、啜るんだろうか? 



やがて、バスルームの水音が止み、コロンの香りが流れる。 

今夜の為の、特別な香り。 カツカツとフローリングを鳴らし、嫣然とドアを開け放ち、奴が決め台詞を言う。


『アタシの今夜のお相手は、坊や、アナタなの?』


あぁ、マリリン!! 綺麗だよ!!


シフォンを重ねたような、白のホルターネックドレス。 シルバーのピンヒール。 プラチナブロンドのウィッグ。 そして、素肌に纏うシャネルNO.5。


サイズはピッタリだったようだ、コレを借りる為、オレはあの鼠野郎に随分優遇してやったさ。 女装好きのマッチョの為の、秘密倶楽部『ゴージャス*クイーン』 ・・・鼠野郎は、そこのオーナーだ。 仕事柄、口の硬い男だが、一応、倶楽部の会員名簿は押さえて釘を刺した。 こちらとて、危ない橋は渡っている。 しかし、その甲斐あって、奴は大喜びだ。


オレは、床に設置したジェットエアーのスイッチを入れる、と、ぶわぁっと舞上がる羽みたいなドレス。 捲くれ上がって臍まで剥き出しになり、剥き出された繁みの中、そそり立つどす黒い奴のデカマラ。 腹にくっつきそうにおっ立って、蔦が絡まる如くに、浮き出た静脈、それは全部で六本。 七本目の裏筋は、奴の良い処だってのも、承知のオレだ。 

奴が尻をくねらし、ドレスの裾をはにかみながら手で押さえ、後ろを向いて、締まったケツを曝した。


『坊や、来て!! 来て!アタシを、ヤッちゃって!!』

なんて淫らで素敵なマリリン!!


筋肉の束が蠢くケツを、パシンとスパンキングし、オレはその割目を押し広げ、我慢の効かない、ひくつく蕾を舌先で擽ってやった。 身悶えして、喘ぐ奴を壁に押し付け、乳首を探ると、90のEと云うらしい巨大なブラが、切れ込んだ背中の止めが外れ、風呂敷みたいに床に広がって落ちた。 コリコリした乳首の尖端を軽く抓ってやると、可愛い声がして跳ね上がる身体。 押し付けられたケツは、みるみるオレの指なんざ、飲み込んじまって、こんなんじゃ物足りないと強請る穴が、もの欲しそうに、口を開ける。


『イイわっ! イイわッ、坊や!! 来て! もっと、もっとよっ!!』

突き出した尻を片手で固定して、塗ったくったローションでいやらしく光るソコに、おもむろオレのを、ぶち込んで突き上げた。 握り絞め、擦り上げる奴のデカマラは、凶器みたいに硬くて、汁だくだ。 この御宝を、突っ込まないなんて、それだけはオレにも理解出来ない。 尤も、オレに使われるのは御免だが。 滴りを擦りつけ、鈴口を指でグリグリしてやると、咥え込んだオレのカリを、奴のがクイクイ締め付けた。 オレもつい、息が上がる。


あぁ、最高だ! 

マリリン! 咥え込んでくれ! オレを天国へイカせてくれ!!


そしてオレ達は、二人だけの歪んだ薔薇色のヘヴンを目指す。 

撓って喘いだ奴のプラチナブロンドが、ずり落ちそうだった。 奴のケツは、突き出され、フリフリと可愛くおねだりを繰り返し、後ろの口は貪欲に、オレのを奥へもっと、と誘い込み、ねっとりした粘膜は、絡みつき蠢き、離そうとはしなかった。 愛らしい、ごついケツを抱えてオレは突き上げ、うめく。 


最高だよ、アニキ!! あんたのケツは、最高だ!!



ところで、色んなモンでベタベタのドレスは、クリーニングが可能だろうか? 
そして明日、オレは朝一で、ササキの処理済確認をしに、浦安へ行くのだが、奴に咥え込まれ、当然2度3度と酷使するこの足腰が立つだろうか?





翌日、浦安で、ミンチみたいな肉塊を前にシロウが黄色い視界と戦っている頃、事務所の個室で、秘蔵ライブラリィを凝視するアニキ、ムネマサが呟く。


『バーグマン・・・イイわぁ〜〜、
さぁ、イングリット、おいで、って ・・・呼んで欲しい! 
あぁんっ!! 呼んでっ!!  そしてぎゅうっと、抱き締めて!!』




いにしえの銀幕の恋、
熱い愛の嵐が、もう止められない本日の歌舞伎町ラヴァーズ。


二人の夜は、まだまだ、濃く、熱く、激しく、続くのだった。






September 21, 2002




      * * 銀幕御遊戯#2.マリリン編  何となく冒頭、素敵!歌舞伎町ノアールだ と、自分で絶賛した。 
           けど、所詮、このタイトルで、この展開だ。 #3.は書かない予定(賢明な選択)。

         * ハイ、そして一応・・・ 裏スジは一本ですが、アレは『7年目の浮気』に引っ掛けたかったので、
            怒張してる静脈スジが6本で、ホン裏スジ=7本目、って設定です。 
            洒落ですからね、そんな凄いチンコ見た事御座いませんよ。
 とか説明する自分がちょっとアレだ。