ドリフト小僧連《最速》
カダ先輩が週末、箱根流すとか言うからオレ、すっかりココロは頭文字D。
即座にコミック全巻読み直したし、ドラマチック*マイプラン「ドリフトIN箱根」にも余念がない充実振り。 手始めに兄貴のシルビアちょん切って、廃車屋のダバさんトコの180SXとくっつけて、アッちゅう間のシルエイティどうよ? とか提案してみたんだが、コレ、モノスゴイ剣幕で却下された。 ケチ野郎。 てめぇなんか一生、白木屋でヤレないブスと呑んでろッ、クソッ。 ならば、姉ちゃんに一肌脱いで貰うしかねぇし。
ー−− なぁ土曜の晩、可愛い弟のためにミニスカポリス*レェ〜ッド!で、オレの助手席乗ってくれよ、そんで着いたらさり気にギャラリィ装って、いろはの「れ」あたりで『ふふふ、ナカナカやるわねあの坊や……』とか微笑んでくれよ! とか頼んだけどババァ、時給1800円でクソジジィには見せてる癖に、オレのためには一肌も脱いじゃあくれなかった。 それどころか7ヶ月も前の借金取り立てやがって、人情カビの如しだ。 頼まねぇよ、後で泣くなよ。
ウンコた〜れ、ウンコた〜れ、とりあえずミンナ嫌いだよ、バーカ。
でも、どっかで車は貸して貰わねぇとカリスマヒーローはココで朽ちてしまう! 言っとくが運転には自信があンのよ、曲がるも止まるも、スピードにかけては疾風の如く。 そら、こないだは降りそびれて246御殿場まで爆走したけどよ、あぁ〜キョンジまだ怒ってるよ、アリャもう絶対運転代わっちゃくれねぇよ、仕方ねぇしなぁ、小坊ン時から 郵便屋さん〜♪は、 下手だったし。
世知辛い春爛漫の白昼、町内を彷徨う孤独なオレ。 こんな時金があれば、だよなぁ、金だよ。 けど子供貯金は、こないだ先輩たちとオソロのスタジャン作んのに、ほぼ全額投入。 多分、もうベビースターラーメン買うくれぇしか残ってねぇ。
スタジャン、ソレは相当渋い素敵スタジャン。 サテンの黒で裏が赤。 背中に刺繍で赤いバラと黄色いイナズマ、金字でチーム名 亞津魏☆洲孤雄緋怨(アツギスコーピオン)。 裏にオレ『魔娑雄』って縫取って貰ったんだが『魔』だってシツコク言ったのに『馬』ってナンだよ、クソオヤジ、モウロクしてんのかよ、一つも似たトコねぇだろう? 『馬娑雄』……まるで駄目、駄目じゃん、マキバオーにボロ負けするチョイ役サラブレッドみてぇじゃねぇか? 想い出したらまた、暖簾のようなブルゥがオレを染めた。
思わず入り込む米屋脇の横道。 静かな住宅地の八重桜の下、泣き出したいオレの背後に忍び寄る白い影。
『ゥヲオォッッ!?』
軽く跳ねられ、ツンのめるオレを嘲笑うかのように、オープンザウィンドウ。 中から飛び出す、ダイダイ色の頭。 ドリアンみてぇなヘアスタイルで、ゴキゲンな馬鹿がスチャッと中指を立てた。
『呼ばれてナイケドじゃじゃじゃぁ〜〜ん! 厚木レッドサンズ参上ッ!!』
『こ、腰ッ! てめぇわざと跳ねたろッ?! いまの腰イワセタぞォッ!!』
被害者の叫びはまるで無視。 馬鹿はなんか嬉しそうにニチャニチャ、ガムを噛んでいる。 ガムは、俺の嫌いなブルーベリィ。 馬鹿の名は、サラ金王子ミラクル。 もちろん仮名。 正体は、駅前ローンズミラクルの次男坊。 誰もが認める馬鹿息子は、パパが御誕生日に買ってくれたFC3S RX-7を乗り回し、厚木レッドサンズをロンリィ主催中。
『マ〜サオちゃぁん、行くンでしょォ? ハァコネェ〜、土ォ〜曜〜、カダ先輩とかとぉ〜〜、で、徒歩?』
『と、徒歩じゃねぇよ、今まさにグレートなマシンを調達せんと、町の有志を募ってるトコなんだよ、間違ってもてめぇにゃタノマネェよ、あっちイケッ! シッ!』
『シッって、マァサオちゃん、親友なのにヒトデナシチック。……あ、こないだ流したパー券、フタ開けたら野郎ダラケでカンカンとか?』
『ゲッェ?! そうなんか? ヤベェよ、1.5倍でカダ先輩たちに転売しちまったよう!!』
そりゃダァ〜メだぁ と、ミラクルはゲラゲラと笑っていたが、ヤツとオレは親友だった事など過去一度も無い。 14年前、杉の子幼稚園で出逢った時から小中高、コレでもかと腐れ縁ではあるが、コイツとの間に友情は微塵も芽生えなかった。 てより寧ろ、このように、溝は深まるばかり。
『ねぇねぇ、イジはらないで、ハァコネェ〜、ボクと行けばイイじゃん。 てぇ〜かさぁ、今ならアツギレッドサンズNo.2をフォ〜ユゥ〜。』
『イラねぇし、イカねぇよ。 オマエ絡みでこれ以上人生斜め下に向かいたくねぇんだよ、あばよ、ミラクル.』
『キャァ〜〜絶交の予感!! マァサオちゃんさぁ……まだサツキ先生のコト根に持ってる?』
『……いや、』
杉の子保育園年中のオレは竹組のサツキ先生に仄かな恋心を抱いていた。 そしてコイツはボクに任せてよ! と、ヤケに自信たっぷりに《恋の投書作戦》とやらを敢行。 《すき》と殴り書いた《投書》を毎日毎日サツキ先生の自宅アパートへ投函。 ミラクルは投書に『マサオ』と記入してはいたが、(マ)と(ア)を書き間違えていたため、それらは見知らぬアサオというオトコのストーカー行為に決定。 気味が悪くなったサツキ先生は、間も無く幼稚園を辞めて引っ越してしまった。
『悪気はなかったんだッてぇ〜。 ン〜じゃさぁ、アレ? ミネマツさんちのロッキーのコト?』
ロッキ〜! 忌まわしいドーベルマン。
小学三年生のオレらは【動物愛護】に何故か目覚めていた。 かわいそうな動物を救え!! とコイツは【かわいそうな象の会】を結成。 なんとなく会員になったオレは、最初の任務だからと、ミネマツさんちの可哀想な犬の保護を唆される。 『あの犬はもう何日もエサをちゃんと貰ってなくって、ちょっとの餌の為に必死で芸をして見せているんだ・・・・・・』と涙ぐむミラクルにつられ、オレはオイオイと泣いた。 そしてこっそり、食料を差し入れする事数日。 不測の事態でプロジェクトは中断。
『犬もダイエットってするんだねぇ〜、あはは、わかんないよねぇ〜〜。』
『アハハじゃねぇよ。 土曜の夜サザエさんで和んでたオレんちは、怒鳴り込むミネマツのオヤジに荒みに荒み。 御歳暮のハムをあのクソ犬にくれたやったのもバレて、オレなんて家中が敵。 あの犬糖尿で死んだ時はザマミロと思ったしよ、バカヤロウ。』
『イイなぁ、マンガとハムで一家団結できて……。』
『付け届けで溢れ返るテメェんちとは違うんだよッ! 悪かったなッ!』
アワビとかウニとかナマモノは困るんだよねぇ〜〜〜と、ミラクルはエヘラ笑う。 笑う口元から覗く、恐ろしく粒揃いの前歯。 アレが総額73万円の贋物だと言うコトをオレは知っている。 一昨年の春、ミラクルの前歯は上下で5本、駄目になった。
『うわッ! モルジブ〜〜〜!! とか、あんトキは思ったんだよねぇ〜、したら泳がなきゃ駄目じゃァ〜ん、アハハハハ!!』
一昨年、まだ薄ら寒い4月の夜、サンクスで《優香の*とびきり*セクシィ〜ショット》に骨抜かれてたオレは、『特別ビアガーデンに御案内〜!』と、コイツに拉致される。
御案内されたのは不気味な廃墟と化した解体作業中のマンション跡地。 壁ナシ天井ナシの中二階部分、ポツンと置かれたクーラーボックスから出るわ出るわのビールだのビールだのビールだのスルメだの。 有無を言わせずカンパァ〜イとか音頭とられ、不気味な廃墟でガブガブ呑んで、激しくゲップする不毛なヒトトキ。
や、オレは不毛だが、ミラクルは何故か大盛り上がりだった。 作業ライトの殺伐照明に照らされて、ヒョロリ白ッ茶けたミラクルが、はしゃぎ笑い跳ねる。
『ヨカッタなぁ! マァサオちゃんと高校までオンナシとは思わなかったようッ!!』
よかねぇよ。
高校受験は一本ジメで取り組んでたオレは、その一本をインフルエンザでチャラにした。 ナラバどおするか? 二次志望? アルよ、名前書ければ九九言えなくても入れるトコロ、よりによってのコイツとオンナジ……。 カァア〜〜ッッ!! 必須科目の三月卒リン切り抜けたらオトナなオレは更生しようとか思ったのに、爽やか系目指してお姉さまのハート鷲掴むヨテイだったのにッ、ックショウ、再び再び下っ端からの出発かよ? 手始めの入学リンチで、巨大なデガワみてぇな2年にアバラやられたオレは、ヒビいってるだろうソコを忌々しく押さえた。
しかし、ミラクルは上機嫌。 そうだ!! と、がさごそカーゴのポケットを漁り、小さなタブレットをジャジャ〜ンと掲げる。 『アヤちゃんに貰った〜』そう言うと一つをオレに差し出し、もう一つをガリリと噛んでビールで飲み込んだ。 ぼんやり眺める鶏みたいな首、ひょこんと嚥下で動く咽喉仏が意外にデカイ。 掌の中のタブレットを暗闇の向こうに捨てたのは、奴が当時付き合っていたアヤとかいうフーゾク崩れの、妙に甘ったるい香水をふと想い出したから。
そして、小一時間過ぎた頃、歌ったり踊ったり大ハシャギのミラクルが突如叫ぶ。
『海ッ!! 海だよッ!! マァサオちゃんッ、モルジブはヤッパ綺麗だねぇッ!!』
キタァ〜〜〜〜〜。
すっかりキちゃってたミラクルの、開き気味の瞳孔。 綺麗ダネッてもオレ、そんな御大層な海しらねぇし。 うん、綺麗だねぇ海だねぇモルジブだねぇと生返事するオレにミラクルはヘラリ笑った。 隙ッ歯で、ネズミみたいな小さな歯を見せて。 でっかい駄菓子の袋開けた二歳児みたいな、ムヤミに嬉しそうな顔で。
『ずっと、ずっとトモダチでイタイんだよ、オトナになってもオヤジになっても、ションベンちびるようなジジィになっても、ずっと、ずっと、ボクさぁ、マァサオちゃんとはさ……』
ずっとかよ、ずっとオレとオトモダチかよ? バカで阿呆でセキセイインコみてぇな頭で、オンナ見る目なくて、告られると嬉しくなって、どえらいブスでもサセ子でもホイホイと付き合っては金盗られてポイされるオマエみたいなヘッポコ王子とオトモダチなんかよ? オレは、ハッキリ言ってオマエと一緒のバカ学校なんか行きたくねぇしオマエとまた三年なんてウンザリするし、オレ、オレは、オレは、
『アンだよッ、ナンダってんだよ、オレと一緒にオマエはどうしようってんだよ、嬉しいのかよッ大喜びかよッいずれテメェんちのサラ金屋でつかってくれるとかそう言うプランも盛り沢山かよッ?!』
『マァサオちゃん……ボクはねぇ…… 』
ヘラリが消えた真顔の沈黙。
『ボクは・・・・・・ボクは、マサァオちゃん、聞いて、ボクはね・・・・・・ ・・・・・・ 泳ぐぞォオオおおォオオッッッ!!!!』
『?!』
一瞬だった。 ダッシュしたミラクルは、いや、さすがコーチは元五輪! とホレボレするスクール仕込みの綺麗なフォームで、闇の中へとダイブした。 と、下の方で鈍い音、ギャとかギュとか言うくぐもる声。 駆け寄り床の縁から下を覗けば、六畳ほどの青いシートの上『の』の字に良く似たカタチに伸びている、ミ、ミラクルッ?!
『ヤァ〜〜あんトキは死ぬな、と思ったよねぇ〜。 指だの腕だの鼻だの歯だの、もう、アチコチ折れまくりだし、』
『あ〜そうだったな、そんで救急車呼んだり付き添ったり、いわゆる命の恩人のオレは即刻飲酒がバレて、自宅謹慎二週間ってのはナニ? 納得しねぇしな。』
『罪は罪ナンダなぁ〜〜〜アハハハハ!!』
笑うミラクルの顔はオヤジが金に糸目をつけなかったから、傷一つ残っちゃいない。 象牙色の綺麗な歯。 そこに重なるようで重ならない、廃ビルの中、殺伐照明に照らされて、隙ッ歯でなんか言いかけたミラクルの、エヘラ笑いをしなかった顔。
『オマエさ、あん時、なんか言いかけたよな。 ナニ言おうとした?』
エヘラ笑いが目だけ引っ込む。
『アン時、ン〜〜〜〜…… そう! リニュした歯さ、便利ななオプション付きって、マァサオちゃん知ってた?』
知ってねぇけど誤魔化すのかよと、思いつつ、あぁ〜ンと開けたミラクルの口の中、つい覗き込むオレ。 で、発見。 5本の贋物の裏、キラメク小粒の憎いヤツ。 スゲッ!!
『じつわ、歯よりオネウチなんはコッチ。 ダイヤ〜五個売れば、ホゾボソ一年は喰ってけるシロモノ〜 が、しかし、ベンリ機能はコレだけじゃぁナイのであったッ!!』
ギュッときてムニュリとして、後ろ頭ホールドする指が骨ばっていて。 押し付けられた唇の意外な柔らかさと、間近で見る瞼は白に薄く青く静脈が透けて、ソイツは知らない誰かのようで。
僅かに離れた唇が『舌で触ってみ?』と囁き、尖らせた舌がオレの唇をチロリと舐めた。 再び合わさる誘いにマンマと乗って、オレの舌はヤツのゴージャスな歯を探索する。 舌先に触れてゾクッとする五つの異物感。 気色悪いようで微妙に癖になるその感覚に、もう一度そこに舌先を伸ばし、するとミラクルも同じようにオレの中を探り、んだよオレのは無駄な機能は省いてんだよ、ヨセヨ、あぁ、そうだ、ブルーベリィのヤナ感じの、甘ったるい、ヤナ感じの……?!
バッタみたいに跳躍して後退るオレ。 も〜終わりィ〜?とエヘラ笑うミラクルの濡れた唇。 この異常な展開に、白日公道でミラクルとチュウなんぞしてたオノレの逸脱に、今改めて驚愕・フリーズするオレ。
『お、おオレはだなッ、』
『ノォプロブレ〜ムッ!! ナニゴトも経験ナリィ〜! あははは!』
アリガチの、どってコト無いタダのミラクルが居心地悪くニヤニヤと、固まるオレに顔を寄せ、ホンの少しの真顔で言う。
『歯、ナンカあったらマァサオちゃんにあげる、あはは、ボクはお徳でしょう?』
と、トクじゃねぇし、ンなのいらねぇッてか、歯だけ? 歯だけって、や、お、オレは歯以外が欲しいとかそう言うんでなく、お、お?!
『じゃ〜、土曜の7時〜、ツタヤの駐車場〜、楽しみだねぇッ!! バイナリィ〜〜〜!!』
去り際、軽く掠めていった唇は、もう、乾いていた。
連続カーブのコーナリング、
一番きわどいゴールへ最速で、オレらは向かう。
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