流れの終わりに      
  
                     



      粘膜に絡みつくような血の臭いの中に在りながら、何故か、それを安らぎと感じた。


      銃声は7回。 


少なくもなく多くもなく過不足ない数により、俺達は六つの魂を主の足元へと流す。 六つの魂は暗い流れに抱かれ、多分、そこに向かったのだと思った。 多分。 実際のところは俺達にもわからない。 俺達は送り込むだけだ。 彼等が公平に裁かれる為に、尊い主の下へと送り出すそれこそが俺たちの役割であり、為すべき事の全てだった。 

   だからその先はわからない。 

彼等が本当にそこへ辿り着いたのか、本当にそこで裁かれたのか、そして俺たちは本当にそれを為すべきなのか。


 「コナー、」


真上の照明に網膜が悲鳴を上げる。 

べっとり濡れた背中。 浅い眠りの倦怠が節々を膠のように固め、錆びたドアのように上体を起こす。 覚醒しきらぬ鼓膜に訴える、幻の銃声が七回。


 「コナー?」


いぶかしむ目に答えを求めてはいけない。 
そこに救済を求めてはいけない。

剥き出しの腕が伸ばされるのを眺めた。 指先が額に触れた。 

指は生え際から地肌を滑り、役立たずな頭蓋を拾う。 拾われたのを良い事に、俺はすかさずその首筋に腕を回す。 二つの鼓動が歪なギャロップで生を刻んだ。 まだここに居る事を、まどろこしいギャロップが俺たち自身に知らせる。

鼻先にはマリアがいた。 俯く聖母は誰が為にそこで、一体何を祈るというのか?


   いるなら助けてくれよ!?


聖母に唇を寄せ、祈りの言葉を囁く。 

けれどひとつも救済の無い腹立たしさに歯を立てる。 
が、引き剥がされ、途端に、首筋に同じ痛みを感じた。 


 「ここにも、いる。」


なにが?


 「神はここにも、どこにでもいる。」


じゃぁ、そこで何を見てるんだと思う? 

なァ? いるんなら教えてくれてくれよ。 俺達は正しいのか、間違っているのか、このままで良いのか、引き返さねばならないのか。 おい、見てるんなら教えてくれよ、今、今すぐ、今すぐここで、ここにいるんならすぐに、俺達に、


 「我等主のために守らん」


思い出すのは粘膜に絡む血の臭い。


 「主の御力を得て」


冷え込むサウスボストンの朝。 薄汚れたアパルトメント。 ヒスパニックの喧嘩。 ホームレスの死体。 屑のような善人の町。 精肉工場で汗を流し馬鹿笑いした遠過ぎる過去の懐かしい臭い。


 「主の命を実行せん」


   全て投げ打って、俺たちはそれを行う。 
   見返りはない。 
   そんなの考えちゃぁいけない。 



命乞いをする売人。 硝煙の臭い。 パンと赤い飛沫。 人の身体は案外脆い。 押し付けた銃口がてかった剥げ頭を焦がす。 尻餅を付いて見上げる男は幸いだと父は言った。 

―― 裁かれるチャンスの有る者は幸いだ。 
    裁かれずに悪を重ねる不幸に比べれば、なんと幸運な者どもだろう? ―― 


でも、俺達はまだ裁かれてはいない。 


―― 裁かれないという事は、まだその時ではないという事。


じゃあ、いずれ来るのか? 

俺達が俺達の罪で裁かれる時がいずれ、あぁそれは近い将来、すぐ鼻先にぶら下がっている未来に、


ひしゃげた腹這いの足。 逃げ惑う裏道。 這い上がろうとして鍵型に固まった指。 背中に打ち込まれて虫のように跳ねた、ぐんにゃりと小便を洩らした、ゴミ捨て場に置き去りにされた、震える指でジャンキーが二セントコインを盗む、川を渡れず百年彷徨うのは、行き場の無い亡霊は、あれは誰だ?


      誰だ?


 「川は主の下に流れ」

 「その川がどこに行くか、知らないだろ? なぁ知らないだろ?俺たちはどこに向かうのか、どこに向かっているのか、教えてくれよ。 いつまで続く? この先いつまで、俺達は続けたらいい?」


俺たちは、いつ裁かれるんだろうか?


 「わからない」


わからないと、声は言った。 
だらりと下がったままの腕が持ち上がり、触れる。


 「わからないが、今じゃぁない」


手の平が、触れた。


「今じゃないが、そのうち来るだろう。 」


醜悪なケロイドの上に、温かな手の平の熱。 


 「でも、一緒だ。 川を流れるのは二人一緒だ。」


熱は緩やかに皮膚の下に潜り、血肉を愛撫し、
やがて氷点下の魂を探り出して、柔らかく包み込んで溶かすだろう。 

だが瞬時湧き上がる凶暴な喜び、残酷な破壊衝動を俺は、この暖かな熱、暖かな手の平を持つ普遍の存在にこうして流し込む事を抑える事が出来ない。 付け入るように依存し、その癖奪い取る心地良さを俺は抑える事がもう出来ない。


それこそ最も足る大罪だと、あんたは知ってて尚も、そう言うのだろうか?


 「・・・・コナー、怖いか?」


怖いかって?


 「いや、ひとつも、」


      それだから、項垂れ、全ての為に祈ろう。
      弱き者、罪なき者の為に。
      裁きを待つ俺たちの為に。


跪き唇を落とすのは、自ら手を下したが故のケロイドの上。


 「魂はひとつにならん。 父と子と聖霊のみ名において」






      血生臭い安寧の中、やがてひとつになる魂。




11/1/2004




  > 映画「処刑人」 弟攻め兄受け   
           ・・・・ やや、映画は面白かったです。 なのに仕上がりは温くてスミマセン。