冷蔵庫
   
        



冷蔵庫を拾った。

コンビニからの帰り道に、スクラップ置き場があった。草ぼうぼうの野っぱらに、車だのバイクだの、解体された鉄屑が積み上げてあった。
このところの長雨で、放置された金属はすっかり腐食している。不意の晴れ間、澄み渡る青い空を背景に、思い思いに突き出した鉄屑は黒かったり赤かったり、まるで重厚なオブジェのようだ。その中に、その日は異質な色彩があった。
真っ黄色。目に痛い真っ黄色。そこだけ浮かんで見える。
彼はソレを見つけて、興味を引かれた。足元は雨が残り、ぬかるみと鉄屑から流れ出たオイルに汚れている。彼は用心しいしい、野っぱらの中へ入り込んだ。
間近で見てみれば、鮮やかな黄色い物体は小型の冷蔵庫であった。黄色の下から白い金属が覗いているところをみると、どうやら前の持ち主が塗りなおしたようだ。下手糞な塗り方で、ところどころ剥げている。彼は何気なく手を伸ばし、ソレに触れた。
見たときから、何となく感じてはいた。
持ち帰らなければならない。
理由はない。必要もない。
でも、部屋へ運ばなければならない。
それは強迫観念めいて、彼を急きたてる。彼は手に下げていたビニール袋を腕に通し、冷蔵庫を運び出すべく両手をかけた。

冷蔵庫を運ぶのは、えらい苦労だった。結局一人では運び出せなくて、廃品回収のおっさんの手を借りた。
冷蔵庫は今、彼の部屋にある。漆喰の壁際に、黙然と座り込んでいる。長く伸びた電源コードを壁のコンセントに差し込むと、冷蔵庫は唐突に唸り声を上げた。動く。だが、使えない。
彼は冷蔵庫を運ぶのに流した汗を拭きながら、唸るソレを見た。これだけ労力をかけて、ソレには見合う価値があるのだろうか。考えたところで、わからない。彼は考えるのをやめて、コンビニのビニール袋を漁った。

その夜、来訪者があった。
しつこくドアを叩く音に、彼は不承不承入り口へ向かった。ドアの鍵を外すと、扉は外から開けられた。
「よぉ。」
見慣れた顔だ。彼は舌打ちした。しばらく声も聞きたくなかった。
「なんだよ。」
怒気をはらんだ声で応対するが、相手は構っちゃいない。入り口を塞ぐ彼を押しのけ、ずけずけと部屋に上がりこんだ。
「いや?誤解解こうと思ってさ。」
悪びれもなく、言い放つ。彼はドアを閉めると、男を追って部屋に戻った。
確か、やりあったのが3日前。そのとき男は、したたか彼を殴って唾を吐いた。
『ガタガタうるせぇよ。』
それで今は、何事もない顔をして目の前にいる。その無神経さが癇に障る。
「いや、ホント。あの子とはなんでもないんだって。」
腰振ってる現場見られて、なんでもない、もないもんだ。男は平素の態度を崩さない。今までも同じ。同じことの繰り返し。男は傲慢で、自信に満ちて、決して頭を下げることはない。それを知っていて、彼はこれまで付き合ってきた。だが、ほとほと疲れた。
「ミキちゃんだっけ?彼女んとこ行けよ。お前の顔なんざ見たかねぇわ。」
彼の言葉に、男は臆さない。
「なんだよ。折角来たのによ。」
ムカつく。今度という今度は、殺したいほど、憎かった。彼は男に背を向け、吐き捨てた。
「帰れよ。二度と顔も見たくねぇ。」
不意に、背中にあたる男の気配が和らいだ。
「そうかよ。でもさぁ」
彼は聞くまいとしていた。
「お前、俺のこと、やっぱ好きだろ?」
彼は弾かれたように振り返った。男は彼から離れ、壁際にいた。唸るモーターの音。男は冷蔵庫に手をかけ、扉を開いた。
「悪かったよ。俺な、お前が一番好きなんだよ。」
彼は目を見開いて、その光景を見た。男の横顔を、冷蔵庫の白い明かりが照らしている。止めようと思った。しかし、声も出せなかった。男は何もない冷蔵庫の中を覗きこみ、中に頭を入れた。
「なんだこれ。何も……」
続きはなかった。ばくん、と音を立てて、冷蔵庫の扉が閉まった。男は冷蔵庫に頭を入れたまま、一度だけ大きく体を跳ね上げた。だらしなく四肢を伸ばして、それっきり動かなくなった。

なぜ、冷蔵庫は口を開けたのだろう。部屋に運び入れてから、彼は何度となく扉を開けようとした。しかし、その異常な重量のせいで、どうしても扉を開けることは叶わなかった。なのになぜ、男が触れたとき、抵抗なく扉は開いたのだろう。
見つけたのは偶然だと思っていた。しかし、必然だったのかもしれない。彼はあの時、冷蔵庫に呼ばれたのだと思った。抗いがたい呼びかけに、彼は応えてしまった。彼が手を触れたときから、こうなるべく道筋は作られていたのかもしれない。
この冷蔵庫が、どんな目的で作られたものかわからない。ただ、市販されたものではなく、何某かの目的をもって製作されたものであることを彼は朧げに理解していた。そして今、目の前にその結果がある。
彼は部屋の真中に立ち尽くして、冷蔵庫と男の体を見ていた。
そうだ、好きだった。傍若無人な傲慢さに、満ち溢れる自信と強さに、激しく惹き付けられていた。裏切られた憎しみだって、強い執着から出たことだったのに。
男はもう、二度と彼を裏切らない。彼の前から、立ち去ることもない。失う恐怖を感じなくてもいい。その代わり、再び柔らかな声を聞くことはない。

部屋の中には、低いモーター音が響く。
今一度、冷蔵庫はゆっくりと扉を開けた。彼を誘うように、白々とした光を内部から撒き散らしてみせた。





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        ギャグテイストなモチーフを真面目に語ってるあたり、すでに痛いです。
             ああ、なぜどこかにギャグを求めてしまうのだろう……。


       
        
          不条理歓迎!!  メロウッ! あぁメロウッ!!

    桃園こはく様、メールにてゲリラ参加アリガトウ。 不条理だけど切ない。 柔らかな狂気。

 
                       目次へ戻る       プラウザでサヨナラ!