或る男の過去
   
        



 俺は1878年ニューオーリンズで産まれた。父親はアル中、母親は売春婦という、まぁ、言ってみれば“ありきたり”な家庭で育った。彼らは、何か気に入らないことがあるとすぐに殴る蹴るのやり放題だ。・・・まぁ、俺が何をしてもしなくても、彼らは暴力を振るっていたんだがな。例えばそうだな、煙草の火を当てられたり、水攻め熱湯攻めなんてお馴染みだったし、鞭打ち棒打ちは挨拶みたいなものだったよ。言ってみれば肉親の愛情は全て暴力に置き換えて与えられていたんだよ。そう言ってみれば愛情たっぷりの『幸せな家庭』だったと言える。ありとあらゆることをされたよ。ただやらなかったことといえば、俺を殺さなかったことと、犯さなかったこと、この2つだけだな。今思えば不思議に思うよ。・・・きっと偶々だ。それか好みに合わなかったんだろう。それだけだ。


 聞いた話によると、幼少期に酷い虐待を受けた子どもは、・・・狂うんだろ?かなりのやつが犯罪者になるって。ヤな話だよ。哀れな話さ。神経がイかれちまうんだろうな。・・・や、俺は違うよ。俺は至って“マトモ”だ。 おい、今「なんでだ?」って顔したろ。そりゃちょっと酷くねぇか?マトモがそんなにおかしいかよ?・・・まぁいいや。俺の場合イかれるわけにはいかなかったからさ。俺には妹がいたんだ。イカれてたら、妹を守ることが出来なくなるだろ?


 妹はね、そりゃぁ可愛くて、人形みたいなんだよ。何をするにもお兄ちゃんお兄ちゃんってくっついてきてさぁ・・・。

 名前はね、妹の名は・・・ジュリアって言うんだ。4つ下のブロンド美人だ。よくもまぁアル中とバイタからこんな人間が産まれてくるもんだよって感心したもんだ。
 で、父親も母親もあんなだから子育てなんてものは一切しねェ。俺がジュリアを必死こいて育てたんだぜ! 俺はジュリアを養うためにせっせと盗みに励んだよ。・・・おいおい、ここで説教はやめてくれよ?10にも満たねぇガキが真っ当にやって、人間一人養えるはずないだろう?持ってる奴から奪うしか生きる術はねぇんだ。盗らなきゃ俺も妹も死んでたんだ。“当たり前”のことさ。自分で言うのも何だけどもよ、盗みの腕は大したもんさ。おかげでジュリアもスクスク育った。

 ジュリアが7歳になるまで、全ての暴力を俺が被ることで、妹に矛先が向かうのを防いだ。特に母親から守っていたよ。あいつはキレイなジュリアが憎らしかったんだろ。馬鹿な女。でもアル中はキレイなジュリアを愛していた。だからジュリアの前ではごく普通の父親を演じていたんだ。俺が盗んだパンで食卓を囲み、ジュリアの笑顔で俺も親父も幸せになった。バイタ女は相変わらずさ。自分の老いに苛つく女はヒステリックに暴れだした。若くて綺麗なジュリアが憎くてしょうがなかったんだろ。その度俺はジュリアを庇った。俺に抱きつき震える愛しい妹を、誰が暴力の前に突き出すものか。ジュリアには指一本触れさせなかった。俺はジュリアを守るためならどんな苦痛をも、耐えられた。14で母親を抱くことだって、厭わなかったよ。


 俺はジュリアを愛していたんだ。とても、とてもな。ジュリアを守るためならなんだってできる。・・・そう、思っていたよ。


 ジュリア13歳、俺が17のとき、夜中、悲鳴が聞こえたんだ。また母親がとち狂っているんだろうって思った。布団を被って眠ってしまおうって思った。でも、また悲鳴が聞こえたんだ。よく考えたら、母親がそんな時間に家にいるわけがないんだよ。その時間は、客引っ掛けるのに必死なはずだ。 ・・・吐き気がした。その悲鳴は俺の名を呼んでいたんだ。 ジュリアだ! 一気に血の気がひいた。枕もとに隠しておいた銃を持って、俺はジュリアの部屋へ走った。口はカラカラ、全身紅潮、足は笑えるくらい震えていたよ。リアルじゃなかった。まだ夢ン中にいるみたいにフワフワして、なかなか前へ進めねェんだ。それでも必死に足を動かした。リアルじゃなかった。


 悲鳴は尚も俺の名を呼んでいた。ジュリアの部屋のドアを開けた。暗闇の中、ベッドが軋んでいた。・・・ジュリアの上にはアル中が圧し掛かってたんだ。必死に腰を揺らして、な。 父親の荒い息と肉のぶつかる音、体液が交わる卑猥な音にジュリアの悲鳴。ジュリアは俺を発見するや否や叫んだ。

「殺して!早く、この男を殺して!!」

ってな。俺は銃を構えた。足同様、腕も癲癇患者みたいに震えてた。・・・どうしようもないくらい。カチカチいいながらやっとのことで安全装置を外した。狙いは勿論父親だ。狂った犬のみたいにジュリアに腰を打ち付けていた父親が急にその動きを止めてコッチを見やがったんだ! ジュリアの中に自分のチンコを埋めたまま、俺に向かって叫んだ。

「誰に向かってそんなものを向けているんだ!またブたれたいのかッ!!」

もの凄い剣幕だった。俺はな、情けない話、その声でビビっちまった。ビクついて銃を落とす始末だ。床に金属が落ちる音を合図に、アイツはまたジュリアを犯し始めてた。


 ・・・俺は、俺はな?ジュリアを守るためなら、何だって出来る筈だったんだ。恐いものは何もない、って思ってた。でも、俺はあの場で腰を抜かして、何もできやしなかった。・・・惨めだけど、恐かったんだ。伊達に長年暴力を受け続けてたわけじゃない。俺は父親が、恐ろしかった。どんなに虚勢を張っても、どんなに自分を誤魔化しても、恐くて恐くてしょうがなかった。俺は父親が、暴力が、恫喝が、恐ろしかった。

腑抜けな俺を凝視したまま、ジュリアはずっと叫んでいた。

「殺して!この男を、殺して!殺してよ、殺してよ、お兄ちゃん!殺して早く殺してよ殺してぇぇ!!」

 ジュリアは泣いていた。俺も泣いていた。泣きながら、勃起してた。親父はこっちを向いて笑ってた。ジュリアが叫んでいるのに、俺の名を呼んでいるのに、ずっと守ってきたのに。俺は射精した。俺は俺はジュリアを愛していたのに。愛していたのに。

 夜が明け、部屋に光が差した頃。気づいたら親父は部屋にいなかった。俺は呆然と、ただ阿呆のように腰を抜かしたまま、座ってた。 ジュリアがベッドから起き上がる。痛そうに、辛そうに、恨めしそうに、泣き出しそうに。ゆっくり、俺の前まで歩いてくる。体中痣だらけだ。今まで俺が必死に守ってきたのに。俺が一生守っていく筈だったのに。ジュリアの股からは真っ赤な血と白い精液が流れていた。膨らみ始めていた乳房に、痛々しい歯型がついていた。ジュリアはゆっくり、俺が落とした銃を拾った。ジュリアは俺を見つめたままこめかみに銃を当てた。泣きながら、笑っていた。俺が名を呼ぶ前に、ジュリアは言った。 「coward」と。そして、引き金を引いた。

俺の目の前で、ジュリアは、死んだ。

死んだんだ。









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            ね?    不快でしょ?

       
        
           ビバ! 不快! イッタァ〜〜〜〜ッッ!!

      えぬし様よりメールで頂く。 暖め中の話とのコト。 や、これはコレで素敵だぜ!
                               アイタタタタ・・・

 
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