邪推の愉しみ
もしも、君が気付いてくれるなら、僕はきっと変われる気がする。
僕は、多分、言えると思う。
あなたが、好きです。 ずっとずっと。
*****
『ってよう、おまえ、僕? ぶぉおォ〜くぅうゥ〜? げはははは!! 失格ッ! もう、そのセンスで失格ッ!』
そっくり返るネコタ先輩は、畳クロールのバタ足で失格失格と連呼する。 畜生、受けすぎだ、とオガワは舌打するが、アレでもアンナでも先輩だしココは大人の対応をしなきゃ、と 固く拳を握り10数えた。 が、ふと眼をやるモニターに、小さな飛沫が数箇所。 良く見りゃ、アルファ化したジャガリコらしきソレにも気付き、途端に やっぱブッてやるのだッ という闘志が湧く。 そんな自分を、オガワはちょっとだけ恥じた。 闘志はもっと別の所で発揮すべきなのによう、俺、マッチョなのに。
『まぁね、あたしならそんな「僕男」はお断りだけど・・・』
退け、と脛を蹴られウゥッと縮こまる先輩の隣、枝豆を解凍したルミコさんが、ドンと腰を下ろし、けだるそうに煙草を咥える。 けだるそうなのは、2連荘で朝帰りだの、寝起きでフルボディ一本空けただののせいだけでなく、ルミコさんはいつだってけだるそうで、アンニュイで無駄にセクシーだから、別にそれはそれでどってことはない。 この程度、金魚が口パクパクする程度には普通なのだ。
ただ、オガワにとって厄介なのは、ルミコさんが実は武闘派だという現実。
『少なくとも、あんたみたいな筋肉馬鹿には言われたかないわね ・・・僕? プッ・・・』
のように、色んな意味で攻撃的な唇は、ゾクゾクする声で、厭な事ばかり言う。
『そうね、ふふ・・実践で・・・見せて欲しいわねぇ。 ソコヂカラ・・・』
のように、色んな意味で破壊的な眼差しは、ドコ見てるんですかァ〜的な挑発テイストで、オガワの純情をこれでもかと翻弄する。
作為的な美人は、犯罪だと訴えたい。 訴えたいのは、こいつもな、
『実践はねぇだろ? 見ィてぇるぅだァけェ〜〜! ケケケッ!
不幸なマッチョだなッ! なまじポエマ〜なだけにッ!』
うるせぇよ、そら、即物的なネコタ先輩にはわかんねぇだろうけどよ。
好きなタイプは? 技のある女 と、平気で応えるネコタ先輩に、心の機微だの揺れる想いだのを理解しろとは言わないが。 そんな即物的な男に何で、カワイコちゃんだの美女だのがついて行くのか、連中、纏めてとっちめてやりたい気持ち。 ほらな、人は見た目じゃないなんてのは嘘っ八の気休めだよと、今更ながら世間の欺瞞に憤るオガワ22の冬だった。
そんな情緒の欠けたネコタ先輩が 〜肉達磨〜馬鹿達磨〜♪〜 と変な節で歌いつつ、ルミコさんの前の小皿に中身だけ枝豆と、プルトップ引抜済みのエビスを置く。 電子レンジつくった奴には感謝だわ・・と言うだけはあるルミコさんの爪は、最早、日常生活すら難しそうな当社比40%増し。 ピンクの水飴みたいな指をひらひらさせて、ルミコさんはフィルターを弾き、即座にスイと灰皿を差し出すのも、ネコタ先輩だった。
あのネコタ先輩が! エアプランツを枯らし、彼女の名前を思い出せず、エッチ込みの半日、代名詞で押し通したっちゅうネコタ先輩がッ!! それ、一朝一夕で身に付けたんじゃあないんですね、先輩。
阿吽の呼吸と職人的なタイミングに、オガワは泣いてしまいそう。
ルミコさんは最近、商社マンの恋人をクビにした。 解雇理由は、飯が不味くなった・・だったらしい。 炊事係を失ったルミコさんが空腹に耐え兼ね、ココにやって来たのは5日前の深夜。 午前二時のドア連打に、ドコの馬鹿野郎だ糞ッ!と、キレル気満々なネコタ先輩は、ドアオープンと同時に痛烈なアイアンクロウを受け、人を待たせるんじゃない と、軽くボコられたらしい。
「おなかがすいたの」 「何も無いんです」 というシンプルな応酬の結果、振り上げられた第二の鉄拳にビビリ、徒歩12分のコンビニまで、寒波の深夜に走る先輩は多分泣いていたとオガワは推測する。
ルミコさんは、ネコタ先輩の姉だった。
そして、ネコタ先輩誕生秘話に係わるキーマンだと云う。
遡る事21年前、当時、四歳のルミコさんは激しい「弟欲しい病」に罹り、連日親を困らせていたらしい。
―― 従姉のミキちゃんがさ、おやつ取りあげたり、パシらしたり・・襖破いたりの濡れ衣なんて弟に着せ捲くり! もう、あたし、イイなぁと思ったわね。 まず、弟・・・使えるわ、とね。
そしてルミコさん五歳、幼女の一念家族計画をも左右する。 見事願いは叶い、期待と思惑を背負って(弟兼長男)ネコタ先輩誕生。
―― 言うなれば、生まれながらの奴隷なのよ、オレは・・・・
遠い眼の先輩はきっと、アンナやコンナに満ちた、不条理と搾取の半生を振り返ってるんだと思う。 けど、ソレとオレは関係ねぇしな・・・
睨みつけるモニターには、さっきの爆笑跡が虚しいスジを残す。 紗のかかった画面に、これでもかと連なるポエマ−な言葉達。 不条理と搾取ったら、今のオレの在り様はどうよ? 正にそれじゃぁねぇの?
【電脳系ロマンスの達人】 恋しくてメール ミニマムの部:大賞100万円。
さぁ、オガワ、オマエの時代が来たッ! と、朝一で乗り込む悪魔二人に操られ、腐っても私立文系の智恵を絞りPCに向かうこの数時間。 コンナの、どうかしてるじゃん、日曜だぜ? しかも9時から? 普通寝てるだろ? タモリもテレビに出ちゃいねぇしよ。
タモリは居なかったが、イソノキリコは元気だった。 そんなオガワを尻目に悪夢みたいな姉弟は、冷蔵庫を着々と空にして、ライブで文章批評(激辛)をやってのけ、物理的・精神的両側面から的確な攻撃アプローチをこれでもかと展開する。
カザフだってもう少しマシだろうよ。
繰り広げられる略奪に為すすべも無く、自分ちなのにコタツに正座して、まるで不本意ながら「身悶えする熱き心」とやらを切々と綴るオガワに安息の日々は遥か遠い。
*****
きみのことばに夢をみて、きみの眼差しに陥落する。
なんだかあっけないほど、僕は、単純。
*****
『言葉攻めでテダレのオンナねぇ・・・オガワ君、案外マニアなのね・・・ふふふ』
そ、そういう意味じゃねぇってばよう。 グビッと煽ったエビスに、濡れた唇は艶かしく、ひらひらの爪は意図的にオガワの顎先を掠め、そこらの野良猫にやる感じで喉仏を擽る。
『肌弱いから、キツクしちゃイヤ・・・とか言うカマトトは案外ヤルのよねぇ?』
知らねぇ、知らねぇよッ、そんなオンナッ! くすくす笑いの悪魔は、焦げ茶の瞳孔を深くする。
『そんでもって、あっけなく昇天かァ?!
男前だなッ! いいぞオガワッ!! げははは!!』
炬燵板を叩き涙目の男もまた、沼底みたいな焦げ茶の眼を潤ませる。 やだやだ、どうしてこの姉弟は一番に厭な所ドンピシャでそっくり何だろう!
ブラウン管では陽気なイントロ。 ファンキーな島根県民を大映し、日本の定番、12時、喉自慢を報せる。 ソレを合図に、やばい! と立ち上がったルミコさんは退けとネコタ先輩を弾き、ばたばたコートを羽織り、オガワちゃん健闘すんのよ とタチの悪い流し目を残し、来た時同様勝手に美容院へと出掛けて行った。 残されたのは正座するオガワと、やれやれと腹這いでノビル炬燵ムリのネコタ先輩。
『で・・・気付いてナンカ変わったの、オマエ?』
掠れた声に笑いの余韻。 タチの悪い流し目、焦げ茶の瞳孔、お昼の陽光にぼやけた輪郭がやけに白くて、戸惑うオガワは返事もせずモニターを睨む。 気付くも気付かないも、もの凄い力技で、オレは別に、オレはホントは、オレは、オレは、
『夢見がちだから、ど〜せ、なぁんも言えねぇんだよなぁ・・・』
濡れた唇は薄く開いて、ソレを続けるから。
『はぁ〜ッ、しょうがねぇ男だよ。 ・・したらオレが言ってやんなきゃ〜、しょうがねぇしなぁ、』
だからもう、スイと伸ばされた腕から、オガワは視線を外せない。
いにしえの集合住宅、トースターカバーとかにありそうな、花柄のシャツの袖が貧相な腕をするする滑り、植物みたいな関節のふくらみと柔らか味の無いスジを剥き出しに晒す。 ひらひら誘う指はまるで優雅ではないけれど、まるで、畜生、強烈に支配する悪夢みたいでオガワはソレに触れずには居られない。 乾いた皮膚温から伝わる湿った言葉は熱く、どうもこうもなく。
『・・・しよ・・・。 五日?・・六日ぶりじゃん、な?』
ネコタ先輩の言葉に夢なんて無いが、眼差しにはあっけなく陥落して、単純に溺れるのはオガワが恋しているからに他ならず。 こればかりは邪推の余地など微塵も無くて。
『ま、実行あるのみよ・・ケケッ!』
そんな男に翻弄される無駄にマッチョで文系のオガワは、即物的かつ直球な言葉に、仕草に、もう知らねぇよと、単純に落とされ、今日に到るのであった。
実践的ロマンスの達人曰く、百の懸想文より寝技で持ち込むチュウ一発。
是もまた真理ナリ。
February 1, 2003
* オガワ ヨシナオ 様 13000Hit
key words ⇒ 『懸想文』を書く『小川君』を邪魔して欲しいです。
ぼろ雑巾のようなプライドを持っている
小川君を苛めて興奮して欲しい。(誰が?)
小川様を苛めるだなんて、そんな、あたし・・・ 抜けない話ですみません。