自堕落海域



                憐れなものね、退屈だけれど。 


私は、けだるく脚を組替える。 天井は低く小窓は小さく、そこから射し込むのは惨めな陽光。 
浮遊する、埃。 何故だか見惚れた。 
積み上げられた幾つかの箱。 
些か整い過ぎてるその配列に、金糸の残像が網膜によぎる。


  あぁよくわかるわ、アレが、やりそう。


私は如何にもそうして並べる、優雅な手をした男を思う。
淫らな身体を闇色に包み、如際なく奪う卑怯な男。 だけども、男は卑怯であるけど己のエゴ、隠しはしない。 愚かで、惨めで、手段を選ばぬ浅ましい様を、曝け出す其れは或る種清冽な自虐の行為。


  だからね、私は、あなたが、嫌い。


嵐は既に近付きつつある。 海にも、此処にも、心の闇にも。 大きく揺れたその床の上、芋虫みたいに男が転がる。 無数の腕が男を縛め、無数の指が男を苛む。 花びらみたいな口唇が四つ、淫靡に音をたて吸い付きしゃぶる。 堪らず発する男の声は三つ目の舌に絡まり捕られ、言葉を成さず掠れて篭る。


  ねぇ気にいって? そうは味わえないでしょ?


男の視線が憎悪を浮かべ、一瞬、私を刺し射抜く。 しかしほんの一瞬の事。 白く細い指先がキツク、いきり立つそれの根元に巻きつく。 小蛇みたいな薄赤い舌が、滴る雫を啜って抉る。 男の肌は意外と白く、甘く噛まれて舐られ吸われ胸の突起も色づき濡れた。 焦点を亡くし彷徨う男は、硬く眼を閉じ虚無へと逃げ込む。


ほら、眼を開けて。  この様を御覧なさい。
あははは、天下の剣豪様が惨めなものねぇ。 快楽に縋るこれが、現実。 ほら良く見るのよ、憐れな身体を ---えぇ、恨むがいいわ、そうなさい、ね?悔しいでしょう?




曇り無き空、海原の蒼。 炎天に燃える炎のような、オレンジの髪の娘が呟いたのを聞いた。 瞳は遠く、娘が捜しているのはそこには居ない手に入る筈の無い一人の男。


 『だけどね、あたしは求めてしまうわ。 腹立たしいほど触れ合えなくても、あたしはあいつを求めてしまうの。 どうしてあんたはそんななの?って。 どうして自分を計算しないの? せめて嘘でも欺瞞でもいいわ。 贋物だってあたしは思い込みたい、でなきゃあたしは、あたしが壊れてしまうじゃない? 馬鹿よ、大馬鹿だわ、そんな生き方嘘っ八だってあたしはアイツに言ってやりたくなるの。』




月明かりのみが晧々と照らす、まだ薄ら寒い見張り台。 滑らかな所作で夜食を勧める痩躯は夜風に撓り、甘い言葉に浮かべる一匙の自嘲。 男の金糸が海風に舞い、晒された白皙に苦渋の笑みが顕わにされる。 


 『俺はこんなでアイツはああで、俺はつけ込みアイツは許す。 ハハ、そりゃァ身体は繋いでいるけど、なァ、ソレってて御情けか? ほだされてンだろ・・・・・・オレが? アイツが? ・・・・・・まァどうだってかまわねぇよ、かまわねぇけど俺ァ憐れまれるなら突き放されたいね。 アイツ見るたンびに突きつけられちまう。 見たくねぇのに抉じ開けられて見せられて、あぁそんなのは酷い、ソンナラば俺はテメェの卑怯に気が狂っちまう。』



   --- どうしようもない、どうしようもなく愚かでどうしようもなく逃げ道が無い。
                             転がり呻く男を眺めて、焦燥、衝動、激しい殺意に私は溺れる。 


  だからね、私は、あなたが嫌い。 


悪いけど許せないの。 綺麗ぶってるあなたを憎むわ。 他意が無いって? アハハ、そうねぇ他意は無いにせよ悪意はあるのよ。 ねぇ知ってた? それは残酷、振り回す刃先に傷つくのは誰? 誰だと思う? えぇ、あなたには覚えは無いでしょ? わからないのね、恐ろしいわね無意識っていうのは、あぁでも勘違いはやめて頂戴、無意識にせよわからなかったにせよ、だけども人は、血を流すのよ。

知らなかったでしょう?
あなたはいつでも思惑無しで、真っ直ぐ故に労わりも無い。
素直と無知の違いってあなたわかる?


ねぇ、知ってる? 真っ当過ぎる正論を吐けば、人は逃げ場を失うばかり。 
あなたに向き合いあなたを知る度、人はね、自分の歪みに気付くの。 
そして綺麗で清冽なそれに憧れながらも、歪み濁りを生じたその身はホロホロと崩れる。
どうしようもないのよ、もう今更どうしようもないの、崩れ落ちる自分を自分ではもうどうしようも出来ないの。 だけど、あなたはソレを無言で---或いはお天気の話をするさりげなさで相手に非難するのよ。 オマエは変だ。 オマエは間違っていると。

ねぇわかってる? 貴方の、残酷。



 『---- 俺が・・・・・・一体・・・何をした? ・・・ 』


身を捩り、荒い呼吸の狭間で男が言葉を搾り出す。


  一体何を?  訊くの? 私に? 

馬鹿ねぇ、何にもよ。 
あなたは何にもしてはいないし、そもそも何にも自分は動きはしない。 
えぇ本当に理不尽だわねぇ、何にもしなくて正直故の、その真っ直ぐさが罪だなんて。 



  でもね、私は娘を憐れに思う。 

生きて守る為の必然の打算。 自ら手を染めて、投げ打ち裏切り漸く掴んだ暫しの安寧なのに。 だけどもそれすら否定されれば、娘は己の所在を失うわ。 真っ直ぐなそれを渇望しても、娘は更なる自責に陥り、汚れた自分に悲鳴を上げるのよ。 言葉は益々心と裏腹、男は当然の如く裏を読む事も無く、娘の言葉はただ空しく海原に漂う。 


  だから、私はコックの諦観を思う。 

皮肉な口調と軽薄で覆う、あまりに危うい自らの所在。 求められる事・守る事、それが総てで投げ打つような生き方。 けれども男は、それを否定する。 そんなの自己満足の自己犠牲だと言う。 そして愛とは憐れみのかたち、拒絶されぬ故に愛憎の深みに嵌る。




ねぇ、知っている? 
嘘吐きはなぜか、嘘吐きを呼ぶの。 だけども皆で嘘吐きだから、ちっとも心は休まらない。 
だから嘘吐きは渇望するわ。 嘘でも良いよと、嘘付く事すら認めてくれる正直者を。



  あなたは、それには、なれないようね。



最早意識を飛ばした男が、昼尚暗い倉庫に転がる。
私は男の身体を整え、薄く開いたその口腔に、一切れの果実、それを押し込む。


さぁ眠りなさい、そして忘れる。
あなたは何時もの午睡から醒め、何故だか気だるい午後を過す。


           それで、お終い。 
           それで、終り。


私は男の耳朶に触れる。 躊躇った後に口唇を落とす。


     --- ね、内緒よ、教えてあげる。 私もあなたに、激しく惹かれる。

        そして激しくあなたを憎む。




  愛だと言っても、かまやしないけど。



耳朶のピアスが幽かに鳴った。


憐れな小鳥の囀る如く。





August 20, 2002




      * ヘベレケン様、ハピバスディ。 
      とりあえずですよ。  壊れ、ニコ×ゾロ SM風味  (微妙に、ゾロ・ナミ、ゾロ・サン GO!)