マッシュルーム・パニック




     「俺、もしかしたら結婚するかもしんねぇわ」
     「はぁッ!?」

 振り向いたそこには男、ヤナギが立っていた。ヤナギは爽やかに、実に爽やかに笑っている。宮本は放尿中にも関わらず振り向いた。液体は若干欄外に飛び出した。

「汚ねッ。小便は前を向いてヤりましょう」

 宮本の後頭部に痛烈な一撃を食らわせた後、ヤナギは颯爽とその場を去った。
 残された宮本の頭はめまぐるしい。

・・・は?
・・・結婚?
俺と?
遠まわしのプロポーズ!?
はっはは。
まっさか。
有り得ねぇ、有り得ねぇ。
は?
・・・・・・・・・・・・じゃ、誰と?

 宮本は丸めたティッシュで粗相を拭き取り、手も洗わずヤナギを追った。


 ヤナギは勝手に、冷蔵庫にあった淡麗生を飲んでいた。

「あッ!お前それ、俺の陣地にあったやつだろ!」
「いちいちうるさいよね、宮本クンって。律儀に線まで引っ張っちゃって」

 宮本は最近、共用の冷蔵庫にビニールテープで線を張った。右は宮本、左はヤナギ。


「お前が食料買って来ねぇわ古いの処分しねぇわ全部一人で食い潰すわで、俺の身体と懐が痩せ細ってしまうんだよ。あと、家賃払えよ。今月お前の番だろ。何度言ったらわかるんでちゅかぁ?」

 宮本、なんだかもう、やけっぱち。

「落ち着け。そんなに怒るなよマミィ。そんな苦労ももうすぐおさらば」

 誰がマミィだ。宮本はぶりぶり怒って、自分のビールを取りに行った。冷蔵庫の扉を開けると、左は年代を感じさせるブツがおぞましく並んでいる。寄生虫めッ!宮本がボソッと言った悪態に、ヤナギは何か言ったかぁと、間抜けに答えた。

「なんも言ってねぇよ。てか、なんでもうすぐおさらばなんだよ」

 ヤナギの正面に座った宮本は、片手でプルタブを開けながら聞いた。
 ヤナギはむっふっふと笑う。

「それがちょっと聞いてくれよ」

 座りなおしたヤナギを見、宮本はろくな事じゃねぇなと思った。

「例の真奈美ちゃん、聞いて驚け?彼女どうやら社長令嬢。俺はどうやら逆玉ですか」


 5ヶ月前。働かないヤナギにいい加減キレた宮本が、自分の職場にヤナギを連れて行った。宮本は、外見だけならタッキーに引けを取らない(自称)と豪語するヤナギを、自分と同じくホストとして働かせようとした。それこそ馬車馬のようにこき使ってやろうと目論んだわけだ。・・・が、当ては見事に大外れ。ヤナギは見事ヤラかした。酒零すわ、客の容姿についてガンガン言うわ(しかも面と向かって)、挙句ライターで客の前髪焦がすわで、どうしょうもねぇ。即行クビだ。その後、俺の尻拭いが如何に涙ぐましいものだったことか。たまらなかった。もういい。お前は働くなって、思わず言ったな、俺。

 真奈美とは、その時客として来ていた18歳の女のことで、ああいう店に来たのは初めてだと言って緊張していた。初めて同士のヤナギと真奈美は妙に気が合ったみたいで、その後も何度かデートしていた。

 ヤナギ曰く、『絶滅寸前、希少価値高し純情娘』らしい。宮本に言わせてみれば、『ウザいくらいの時代錯誤女』だ。三歩下がってヤナギの後を歩く姿を見たときは、薄ら寒くなったね。そうヤナギに言ったら怒られた。

「蝶よ花よと育てられたんだろ。そんなこと言うなよ。お嬢様だぞ」


 庇うヤナギに宮本は面白くない。「あっそ」と言ってヤナギの愛読書、アルバイト情報誌を手に取る。ヤナギは本気で見つける気が無いくせに、フリだけはする。その150円ですら俺のなのな。宮本は諦観の域に達していた。

「それでな、昨日パピィとお会いしちゃった」
「はぁ?なんでだ。お前ら結婚前提のお付き合いだったのか」
「いやいや、まさか。お前という存在が在りながら」

 ヤナギは目を閉じ、チュッと口を鳴らした。アホだ、こいつは。宮本は飽きれつつもときめいた。どちらもアホだ。

「いやー。適当に別れようかと思った矢先に、『私、社長の娘なの。お父さんに会ってくれるよね』とか言われたらしょうがないだろ。つまりこうだ。『お金がっぽりあなたにあ・げ・る。ついでに私も差し上げちゃうわ』だ」
「一つ、聞いていいかな?」
「はい、どうぞ」
「お前、女もイケたっけ?」
「んー、まぁ、時と場合によりけりだな」
「・・・え、じゃぁ情にほだされて、強姦を和姦にして、健気に掘られていた俺って何だ?お前、言ったよな?『俺、男じゃねぇと、いいや!お前じゃないと勃たないんだ』って、涙に濡れて拝み倒したよな?」
「・・・え、えへッ」

 宮本の血管ははちきれんばかり。

「・・・パピィは何て?」
「宜しく頼むって」
「仕事就いてないのに?」
「雇ってくれるって」
「・・・寛大だな」
「・・・寛大だろ」
「・・・とりあえず、言っていいかな?」
「・・・うん。どうぞ」

 宮本立ち上がって、テーブル蹴飛ばす。テーブル上の缶ビールとリモコンとボックスティッシュが散らばる。ビールはどんどん床に染み込む。

 ビックリしたヤナギの胸倉を掴み、力任せに上に引っ張り立ち上がったヤナギを壁に押しつける。ゴッという音、うめくヤナギ。

「おい、ふざけんなよ?死ぬか?土に還るか?結婚って!じゃぁ何か?俺はお前に捨てられるのか?お前ゴトキに!?」
「ごときとかゆーなよ。傷つくからよぅ」

 ヤナギ、情けなくそう呟く。

「お前、金も払わず、そのままトンズラかよ!今までどれだけ踏み倒したと思ってんだ?」
「だからだよ!だから結婚するんだよ!お前にガッポリ渡してやれるじゃねぇか!」

 涙目のヤナギ。宮本掴んでいた手を離す。
 逆ギレだよ。癇癪持ちだよ。ガキですよ、こいつ。あぁ、クソっ可愛いじゃねぇか!

「俺のためか」
「そうだよ」
「だったら辞めろ。しなくていい」
「なんだよ。金、ガッポリ頂けるんだぞ?」
「いらねぇよ。俺のセックス奪われてまで」
「だって金入れねぇの、お前に悪ィじゃねぇか」

 今更だ。全く、今更だ。

「お前の面倒くらい俺がみる。精々ヒモに成り下がれ。お前一人、養えるんだよ。なめんな。俺はNo.5ホストだ!」
「うわ、ビミョー・・・」
「うるせェ!とにかくなぁ、とにかく、俺ァ今まで我慢したんだ!今度からはお前がネコになれ」

 宮本はとりあえずヤナギを殴った。よろめいた隙に足払い。倒れたヤナギを素早く脱がす。実に見事なお手並みだ。伊達にNo.5ホストを気取っていない。

「ゴメン!謝るし!結婚もしねぇし真奈美と別れる!だからヤメテ!俺、受け、無理無理無理ッ!俺の価値って入れてなんぼ!お前一筋、頑張るよ、俺。絶倫目標、キメ台詞は『まだやめねぇよ』だ!だから頼む!勘弁してくれ」
「勘弁しねェよ。精々鳴いてろ。お前、死ぬなら腹上死だ」

 それからしばらく、ヤナギの絶叫響き渡る。宮本の笑い声と共に。


 午前2時。グズつくヤナギはベッドに残し、宮本は小腹を満たしに行く。冷蔵庫を開け、残り物で料理を開始する。

 No.5ホストは節約家なため、自炊をマメにやっている。おかげで料理は六三郎級だ。
 すすり泣くヤナギに食事を与える。飲まず食わずのヤりっぱなしでさぞかし腹が減ってるだろう。

「ほら、食えよ」

 宮本は紳士的に語りかけた。
 なんだかんだで、俺はヤナギに甘いんだ。ちょっと照れた宮本だった。
 ヤナギは思った。なんだかんだで優しい宮本だ。宮本のためなら、掘られるのも我慢できるかもしれないな、と。
 
 二人は和やかに、かなり遅い夕餉を摂った。お互い照れ笑いをしながら。ヤナギ、真っ裸のまま。


 だが、しかし。


 宮本は、ヤナギが思っている程、優しい男ではない。中学時代、借りパクされた漫画を、今も恨めしく思っているほど粘着質だ。
 笑顔のヤナギはあることに気づく。
 同じく笑顔の宮本は、味噌汁に手をつけていない。
 具はなめこ。
 ・・・ちょっと待て。宮本はなめこ嫌いだ。その宮本がなめこを買ってくるはずは無い。
 背中に冷たい汗が流れる。


 俺は

 いつ、

 このなめこを買った?


「ちょっと待て。お前そのなめこ、どこにあった?このヌメリ・・・。まさか何かの異常繁殖の結果じゃねぇだろな?」

 すでにヤナギのお碗は空。
 むっふっふと宮本は笑う。立ち上がり、裸のヤナギにキスをする。思わず息子が立ち上がるような蕩けるキスを。お互い鼓動が激しくなった頃、宮本はヤナギの耳元で囁く。

「ざまぁ〜みろぉ〜」



 次の日。ヤナギは病院に直行した。


 宮本は思っていたのだ。
 腹上死より食中毒の方がいいだろうと。



         2002年8月11日●●○終


        ウメキュ様に捧ぐ、『ダルダル、午前二時、なめこ味噌汁』
        は〜い、アホですよ〜?アホがいますよぅ? おかしい。こんなハズじゃなかった。
                       シリアスで、涙を誘う感動モノだったハズなのに。不思議ね





      * えぬし様のイイトコロは沢山あるけれど、何しろ、こう云う、創作的付き合いの良さは
        特筆すべきモノであると、だとわたくしは思う。
 ・・・こんなワカラン御題で・・・