想いの行方



ー  いつの間にかまた、ここへ来てしまった  ー  


関口は京極堂の玄関先で逡巡していた。


ー  やっぱり帰ろうか  ー


そう思った時、するりと戸の隙間から榴がすべり出てきた。

ー にゃぁ ー


ひと声鳴くと、榴は関口の足に頭をすり寄せて、迷っている関口を促すように、先に玄関の内へと入って行った。
意を決して内に入った関口は、家の主を探して居間に足を向けた。

「京極堂、いるか?」


おそるおそる声を掛けると

「いなかったら入って来られないだろうに」


という冷ややかな返事が返ってきた。
それに安心して腰を下ろした関口は、おずおずと京極堂を見やり

「さっきまで榎さんのところにいたんだ。京極堂、榎さんは、」
「知っている!」


関口の言葉を遮りするどく言い放った京極堂は、驚いて口を噤んでしまった関口を静かに見つめ、どこか苦しそうに顔を歪め関口を抱き寄せた。

「関口、榎さんが君に何を言おうと僕には止められないが、君が僕の側を離れることだけはしないでくれ」


されるがままだった関口は、微かにうなずいてみせることしかそのすべを知らなかった。


いつものように目眩坂を登って京極堂の家を訪れた関口は、縁側に腰掛けて梅雨に入ったのかどうかわからぬ、重く垂れこめた空模様をぼんやりと眺めていた。
この家の主は相変わらず小難しい顔をして本を読んでいる。


「京極堂」


密やかに関口が声をかけた。返事を期待しているわけではないのでそのままの声音でつづけた。

「今日、榎さんに会ったよ」


関口がいてもいなくても変わる筈のない主の表情が、僅かに歪んだ。それでも視線は文字の羅列から離さずに

「そうか」


とだけ応えた。もしかしたら彼は私より臆病なのかも知れない。だから彼は人に気付かれることのないように、言葉の呪力でもって彼自身を守っているのではないだろうか。


彼は私に甘い言葉など一度として囁いたことなどない。そんなことができるくらいなら彼は千鶴子さんと結婚はしなかった筈だ。彼は縛られている自分自身に。そして私はそんな彼に囚われている。激しい視線と言葉をくれるきらきらしい人は、私をいつまで諦めずに待つつもりだろう。


私の思いも、京極堂の心の内も、榎木津の忍耐もどこかで交わることがあるだろうか。いづれきっと。どこかが綻び、誰かが壊れてしまう。



その前に。

そうなる前に。


天だけが知るだろう答えを見つけなければ。





   了




      * マニアな眼で、イイ本を教えてくれる、濱田屋さん。 行列の前後で出会い、10年近く、親友。