年中無休
   

           黒っぽい緑のタートルの袖口、しぶとく引っ付いてるケモノの毛を発見。 
              ソレは件のゴイチだろうか? クランキーだろうか?


ワカナとは大学一年の夏、バイト先のパチンコ屋で知り合ったのが始まりだった。 ズボラなワカナとマメな俺はヤな感じに相性が良く、気付けば俺はワカナの後始末をし、ワカナは俺に色ンな厄介を押し付け、もーナンなんだろうなとイブカシムほどに、俺らは急速に近付き、つるみ、交友を深める。 そして卒後、俺はしがない自動車販売の仕事に就き、何を思ったかワカナは犬の調教師の学校へ入り直す犬三昧の日々。 

のように日々ワカナが馬鹿犬にキィ言ってる頃、猛烈販売員(自称)の俺はぶらりと中古のヴィッツを買ったセクシィでズボラなトオヤマ ベニコと恋に落ちる。 三つ年上のベニコは色んな意味で俺を骨抜きにしたから、恋の奴隷の俺は呼ばれて飛び出て飯を作り、でかい家具を動かし、ついでに風呂場も掃除して、夜ともなれば上になり下になり馬車馬の如く大活躍。 やがて空も白む未明 アァ空が黄色・・・ と抜け殻になり、それでも幸せだとか言ってるから始末が悪い。 斯くも、実に、ベニコは手の掛かる女だった。 

が、手の掛かるのはワカナで慣れっこだったから、俺にはソレが一つも苦ではなかった。ていうか寧ろ生き甲斐? 

ズボラ同士通ずるものがあるのか、いつからだろう? 俺らのスウィ〜トライフにワカナが加わるようになる。 秩序無きズボラ。 シッチャカメッチャカする二人の世話を、満更でも無く嬉々として焼く俺。 正直、かなり充実していたと言える。 


「や、だって便利だよね、お前、」

「うるせぇよ。」

「ひゃ〜カリッカリッ!」


――― のように、精進揚げもプロ級の俺。


「なァ〜コレは〜?」

「ダァだッ! ツユ付けんなッ! ソッチの竹の子はコッチの山椒塩で喰えッ!」

「こ、こまけぇ〜〜 ・・・あ、垂れた、」

「布巾そこ、」

「ほい」

――― のように、気が利き過ぎて怖い俺。 

俺はそんな自分が恐ろしい。 
前世は間違いなく、夫に先立たれても子供6人を育てた日本のお母さんだろう。 


「あ〜うんめぇなァ〜俺ンちの死にそうな野菜連中もナンとかしてくれよォ〜・・・野菜侮りがたしッ!」

「あんま飛ばすなよ、今から蕎麦来るぞ、」

「で、海苔切ってんの?」

「おう」

「家事テツの鏡・・・・・なのに確実に捨てられるってのがデフォルト・・・不憫だよな、お前」

「い、言うなッ!!」


ソレは言うな。 例え事実でも言うな。


あれほど尽くし、二言目には 「便利な男ねぇ〜」 と洩らしていたベニコなのに、御付き合い五ヶ月目の熟年期、ベニコはいともあっさり便利な俺を捨てた。 しかも、その後釜ときたらワカナ。 どうやらマメさよりヴィジュアルを重視したらしい。 雑な生き方と反比例に、ワカナは汗臭さ皆無の綺麗系の男だった。 アァ遣り切れない。 四角い部屋を丸く掃くどころか、冷蔵庫の中、ゲル化した何かが眠っていても二年気付かなかったとかいうワカナの癖に、最後に布団干したのは有に半年前の引越しす前の日ッていう、ある意味ダニに強いワカナの癖に。 

が、しかし斯くも切ない失恋&寝取られショックの俺を、待ち構えていた予想外の惨劇。 恥知らずな奴らは週に三回は喰うものがない、部屋が汚過ぎて座る隙間すらないだのとドカドカ俺ンちに押しかけ、飯を喰い、風呂を浴び、たらふく酒を飲んで『イ』だの『ト』だの形で豪快に眠り、一部屋しかない俺んちを我が物顔で占領した挙句、廃棄場のように荒らし放題して『ナンか帰って喰うものちょうだい』と持参したタッパーにオカズまで詰めて帰った。 

無論、出てけと怒鳴る権利が俺には有る。 だが壮絶なズボラの二乗は、マメで世話焼きな俺にとってアバヨと回れ右出来ない抗い難い吸引力があった。 イヤよイヤよも好きのうち?  という例えは駄目に犯されそうだが、だがしかし、やがて訪れた終わりとは唐突かつ案の定。 四ヶ月のほぼ合宿生活を経て、ベニコはマメさよりヴィジュアルより収入を選ぶ。 職場の上司の箱入り息子に毒牙一発、マンマとデキ婚に雪崩込んだベニコ。 

あんまりだ。 あんまりじゃないか、俺をコンナ身体にしておいて。


「ま、気にすんな。 いつか犯罪チックにズボラな女が現れて、アァンあたし、ハマカワ君が居なきゃ生きていけなぁ〜い・・・部屋汚くて・・・・」

「あんまウレシかねぇよ・・・」

納得いかねぇよと啜った茶蕎麦は、我ながら素晴らしい茹で具合だった。 椀の端っこにつけたワサビをトキトキしていたワカナが不意に箸を置き、


「ツユ、撥ねてる・・・」

スイと寄せられた顔は忌々しく小奇麗で。 キュウッと抱え込まれた後ろ頭、唇の端に軽いキス。 すかさずしっとり重なる、熱っぽい、深いキス。 逃げ回る悪戯な魚のような舌を追いかけて、しばし俺たちは体温を上げる。 


「・・・・シたい・・・」

「え?」

「・・今・・すぐ・・・シたい・・」

力を抜いたワカナは、半ばぶら下がるように俺を引き倒し、圧し掛かる俺の重さにン・・と鼻に抜ける吐息。 伏せた瞼の縁は泣いた後みたいに赤く、ソレに煽られない野郎は余程のマニアかインポだろう。 どちらでもない俺はツルリと、万歳させたワカナのタートルを脱皮のように脱がす。 その袖口に張り付くケダモノの毛。


『何しろ覚えなくッてさ、すぐサカルしさ、いっそ諦めちまえ! な、馬鹿犬なんだよねぇ』

意外に気長なワカナにすら、そう言わしめる駄犬とは。 二匹はかれこれ二ヶ月、諦めのつかない飼い主によって、これまたあんまり当てになりそうにないワカナの調教を受ける。 かつ成果がナイ。 けれどワカナは言うのだ。


『ツーかソレが可愛いんだよ。 出来が悪くて馬鹿だから、あーもうしょうがねぇなぁ的に可愛くッてもう・・・』

ッておまえにソレ言われると、 

 
どこで間違ったか踏み外したか掛け違えたか、ベニコに振られた俺はズボラでガサツで野郎のワカナなんかと、不毛で下品でイカンともし難い甘酸っぱい通い婚なんてのをマッタリ実践していたりする。 そして呼びつけられれば出向き、押し掛けられれば喰わせ、甘ったれられれば易々と落とされる年中無休の構いっぷり。 

だって可愛いんだよ。 出来が悪くて馬鹿で、


「・・ぁ・・ッ・・クソ、ちゃんと動けよッ!・・・」

勝手で。


なのに俺はこの先、やっぱりサクッと捨てられちゃうのがデフォルト? 


「なぁ、」

ドサクサ紛れに尋ねてみれば、薄く開いた唇がニンマリ笑ってバ〜カと、


「・・・ばぁ〜か・・・・俺は年中無休で構って貰いたいんだよ・・・・」



―― 利便性をトコトン追及してお客様のニーズに応えるのです!! ――


だから抱きしめよう、キスをしよう、トコトン尽くして甘やかして見せよう。 
開いてて良かった開けてて良かった、便利な俺はConvenience。



年中無休で愛してる。







1/22/2005

      :: おわり ::



                                       百のお題  045 年中無休