Stand by me


           暗い夜も、凍てつく冬の朝も、
              気が触れそうな真夏のアスファルトの上にあっても、



                                 **

師走、年の瀬、ドン尻の晦日。

去年実家の物置から略奪した石油ストーブは、狭いワンルームにこれでもかと一酸化炭素を撒き散らし、揺すりあい縺れあう俺たちは、残量少な目のイイ空気を無駄にゾンザイに消費して。 クラクラして痺れるのは何も酸欠のせいばかりじゃあなく、ココ小一時間ゲル化しそうな勢いで繰り広げられてる、はしたなくもアニマルライクな年越し手段に問題点は多々あるわけで。 

湿度三割り増しの畳の上、尖った顎を突き出して嫌々するみたいに頭を振るコミチ。 薄く開いた唇は浅い不規則な息を漏らし、角度を変えた抜き差しにヒクンと窄まる粘膜が否応無く俺のテンションを上げた。 

築七年、格安部屋の壁は薄く、音量を上げたテレビがどこまで不埒な騒音を防御してくれるかは当事者たる俺らには知る術もないが。 「ご近所ホモデビュ〜? 冗談じゃねえよ」 と言い張るコミチだから、きりきりと息を詰め、トキに俺の腕だの肩だのを噛み、迂闊にアンとか言いそうになるのをコレでもかと堪えるこの強情者め! けど、そのギリギリがもう限界なのは明らかだった。 濡れたコミチの先端が、俺の腹を擦りフルフルと震える。  

ダクダクの汗で手の平が滑った。 


「・・ぅ・・ン・・」

ズルリと抜けかかり、キュッとしがみ付いたコミチが最初の声を漏らす。 押し殺しても、うっかり零れちゃった声はいつだって、やけに可愛い。 眉根を寄せ、潤んだ目で睨むコミチはゾクゾクきて凄いから。 すくい上げ抱え直そうとした足は、キツク俺の胴中を締め付ける。 瞼から頬、頬から唇へ。 キスを滑らし、とろとろのコミチに触れ、括れの下のへんに指を巻きつけてやわやわと擦る。 ちょっと苦しい顔をしてたコミチはゆっくり息を吐き、精一杯力を抜いたのがわかった。 だから、俺はココロして再び目指すホットゾーン。 

目指すだろ? 

ッてナニ? 


「・・・・・・何時?・」

「え?」

パチッと開かれた目。 妙に醒めた声でイキナリ尋ねられても今、だって俺らソレドコロじゃ・・・半端な挿入での中断は、その後どうしていいやらの間抜けぶり。 けれどグルリと首を捻り、壁の丸時計を睨んだコミチは、


「エじゃねぇだろッ? ひゃ〜ヤバッ! 超ヤバッ!」
 
オラヨと鳩尾を蹴られ、ヒュウと呼吸停止する二秒。 邪魔だッ! と、俺を押し退ける野蛮な膝頭。 結果イヤァ〜ンと引き摺り出された未練タラタラのマナムスコが、憐れで哀れで俺はもう、

「ちょ、おい、」

「黙れ、間に合わねぇ」

「あ?」

ワタワタと、脱ぎ散らかしたナンだかを漁るコミチ。 
訳もわからず、半勃ちの横座りで放置プレイに突入する俺。
 

「あったッ!」

ジャジャァ〜ンと脱ぎっぱなしジャージの下から、リモコンを誇らしげに掲げるコミチ。 て、テレビ? だったら手動で点けたらインじゃないのと思ったが、すぅっと腕を伸ばしたコミチは華麗な仕草でスウィッチオン。


「セ〜フッ!」

鳴り響く大爆音、花火爆竹これでもかのド派手な画面。 齧り付きでにじり寄るコミチの、四つン這いになった生ケツ越しに見る元横綱の円形禿げ。
 

「たぁ〜も、駄目だなッ、ダメダメッ! いっそスパッと止めちまえよボーノ、」

駄目ッつうかナニ? マジ? なぁ今からコレ観んの? 

コミチときたら微塵も続きには興味がないらしく、恥じらいもなく至近距離で晒されるコミチのケツの、その奥まった窄まりの、さっきまで僅か数十秒前までシッポリ俺を包んでくれたそこは、最早本日閉店ナリの趣で。 プシュゥ〜ッとうな垂れて行く我が息子よゴメン。 無情なコミチは俺の気も知らず、先行き不安と意気込みを語る大デブに仇名までつけて親身になってうなづくし。


「ボーノ?」

「コイツ元外人だしさ、ならイカした名前の一つ二つ持ってんだろうに、スティーブとかウェスカーとか、」

何でもローマ字にすりゃイイッてモンじゃねぇよと憤慨するコミチだが、スティーブもウェスカーも奴が梃子摺っている「直ぐ死ぬ」ゲームキャラの名前だった。 それじゃますます駄目だろうと思う。 ソレに帰化したからといって『元外人』ッてのは・・・・ていうか ボクらの愛の営みはアレで終了? 俺にはそこが大問題。



「・・・おい、」

「チョトうるせぇ、」


ブラウン管に釘付けのコミチ。 俺のクェススチョンは、デブ渾身の体当たりにアッサリと負ける。 興味対象アレ以下? 微妙にショックだった。 所在無い俺はモソモソ体育座りに落ち着くコミチを眺め、テーブルの上の煙草に手を伸ばす。 

「あッ!」

「え?」

背筋が伸びるのは、多少の後ろめたさでもあって、


「ソレ最後だからな、吸ったら責任持ってコンビニへ走れ。」

「つぅかさ、そうじゃねぇよ、こう注意とかしねぇの?」

「ぁア?」

「ァアって、俺、偽りなく未成年だし」

そう。 こう見えて、俺はまだアオハル真っ只中の高二だった。


「で、俺にヤメレ言われて止めンのかよ?」

「ヤ、止めねぇけどもでも、アンタの立場的にはさ、」

「なんだとコラッ、人の煙草パチッといて尊い恩師をアンタ呼ばわりすんなッ!」

「ッて、怒鳴るポイント違うし・・・」

そして、こう見えてコミチは俺ンちの高校の化学教師だった。 


二週間前の放課後、夕焼けに染まる化学準備室でのアンビリバボー。 追試の結果を聞きに言った俺は、サクッと手際よくコミチに魂を抜かれる。 日頃はツンと取り澄ました無表情が、あんな風に色付くのは反則だと思った。 白衣の下、半端に脱がした服の下で、同じ野郎の身体があんなに艶かしくソソルのは犯罪なんじゃないかと思った。 ぶッちゃけマンマと喰われてしまった俺はトントン拍子に、この我侭で年上で危なっかしい床上手な男の恋人となった。 はっぴぃ。 

―― 万事メデタシの筈、だったが


「ヤクシ」

「ぉお?」

イキナリ名前を呼ばれてキョドる。


「蕎麦な、半熟月見にしといて、」

「へ?」

「作ンだろ? 年越し。」

や、作るさ、作るとも、俺は作る、そりゃ作るとも。 晦日ッたら蕎麦、紅白の結果だけ見て、全部のチャンネルザッピングして寺ばっか写るの眺めて鐘聴いて、オメデトウ言って、やっぱ蕎麦でしょう? 俺的には掛け蕎麦推奨。 

けどでもソレがメインッちゅうか、いやぁ違う、やっぱ重要なのはソレを仲良くアツアツふぅふぅ啜るまでのシッポリウルウルの『ボクら今年もラブラブで行こうネ』なヒトトキであって、


「俺、生月見食えねぇから、」

そ、そうですか・・・・ッて財布放られても、これで蕎麦を買う? 煙草買う? ついでにビールもですかアサヒですか生ですか、つまり寒空の中パシレッて?


「モタモタしてると、日付け変わるぞ?」


わからない・・俺は時々わからない、マジ愛されてるんだろうか? 
それとも遊ばれちゃってるんだろうか? 遊ばれる? 

―― 年上の高校教師に弄ばれる多感な18歳 ・・・

ッて、きゃーアリガチ! 事実だけどアリガチ過ぎる王道AV風味!!


けども、例えその通りでも俺はコミチにフラフラ付いてくし、コミチに逆らえないだろうし、コミチが 「カラスは白い」 と言うなら 「ン〜百歩譲って灰色かも〜」 とか言っちゃうだろうし・・・。 つまり俺はどうしようもなくコミチに骨抜きなのだから、コリャ、どうもこうもないだろう。 

おりしもテレビ画面は、改心のデブVS眼光鋭い小男。 見入るコミチの瞳は爛々としてイイ感じで、薄べったい胸板の申し訳程度の点がココロモチぷちんと腫れぼったいのがアー俺だよ俺がシタんだよとウレシハズカシ、


「・・・で、センセはなんでイキナリ来たんだよ?」

「ん〜幾らスポーツ馬鹿でもボロアパートで独り年越すのは寂しいかなッてなぁ、アハハ俺も気ィ使ってんのよ、」

などと一つもコッチを見ない口先ばかりのコミチは、早速腕を捻られヒィ〜言ってるデブに夢中。 だから俺はゴチャッとした机の上、モタモタ彷徨う右手が何か倒す前に、そっと飲み掛けの缶ビールを握らせる。 


「オシ」

それは俺への礼なのか、最早瀕死のデブへのエールなのかはわからない。 が、優しい俺は貧相で寒そうなマッパの肩にそっとジャージを掛け、摘み上げた下着を一先ず穿いとけと差し出すのだった。 甘い・・甘過ぎる・・・。 「俺」の半分は、優しさで出来てるといっても過言じゃない。 

それだから間も無くブッチギリで走る俺は、角のサンクスでビールと煙草と海老せんと 『蕎麦打ち名人・本格十割』 価格少々お高めの勝負蕎麦を買い込むし、揚げ玉と麺ツユと長葱(二分の一本)も忘れずに買うのだ。 いやそれどころか 箸休めの糠漬けもつけちゃうゾ! なサービスぶりを、コミチの金で遺憾なく発揮するに決まってるし、寒さに息を切らし強張る能面顔で戻る俺は、それが煙草や海老せん目的であっても、微笑み迎えてくれるだろうコミチを見て、それだけで間違いなくボカァ幸せだと感じることが出来るのだ。

何故なら俺は恋する男。 
 
例えそれが俺一人の恋でも、一方通行でも、いずれサヨナラがあっても、だから何だよ? 侮らないで欲しい、俺は本気だ。 俺って今、コミチに本気の本気なんだ。 若いッて素晴らしい。

恋愛真っ只中の男は、真冬の理不尽なパシリくらい屁でもない。

サラバ常春の六畳。 モサモサ着ぶくれした俺は、じゃぁ・・と財布を掴み、極寒の路頭へと今まさに旅立つ。 が、ヨイコラショと屈めた首筋に、おんぶお化けのように撒きついたコミチの腕は、グイッと意外な強さで俺を引き寄せ、


「・・・早めに蕎麦喰って、年越しでヤろうな?・・・・・・」


掠れた声は意味深に囁き、ニヤリ唇を吊り上げるのだった。 
そして溜息と上目遣い、舌から触れ合う下心たっぷりのキス。

ブラボ〜〜年越しッ!! 

コミチはうっとり目を伏せて  

ビバ CM中!


今行くから、すぐに戻るから、五分で戻ってチョチョイで蕎麦なんか作るから。 だって年越しのコッチ側はもう残量僅か。 愛しあう俺らには、全然足りないンじゃない? 

暗い夜も、冬の朝も、気が触れそうな真夏のアスファルトの上にあっても、どうか傍に居て、離れないで、篠つく雨に打たれても、頬を切る風に薙ぎ倒されても、傍に居て、離れないで、俺はココに居る、ココだよ、傍に居る、離れない、君の傍から向こう、決してどこにも行きませんからッ!


今や発情期の、馬並の俺だけど。 あんたは、必要としてくれますか?




Stand by me


1/21/2005



      :: おわり ::



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