夜中の鳥の風切羽
たまに思うんですよ。
人はどこに向かうのか。どこに行こうとするのか。つーか、なんでそこに行こうと思うのかなって。
* *
いや、吃驚したのなんの。
遠山君がヤリチンなのは知ってたけど、守備範囲広過ぎッちゅうかストライクゾーンガバガバッちゅうか。
「ぇ、俺ッ?俺なの俺ッ?!」
とまぁ、ヤリ逃げした女に 出来ちゃった☆ 言われて即金五十万請求された男のようになってしまった俺ですが、そこは勘弁してください。
場所は居酒屋 【呑蜂(ドンパチ)】 熱烈コンパ中の金曜の夜、陰謀蠢く男便所にはヤリチンの遠山君と俺。
さァ〜て恋愛戦士の小休止終了! とばかりにブォ〜ッと手ぇ乾かす俺でしたが、出すモンも出さずに無造作ヘア弄くってた遠山君に呼び止められて、こりゃてっきり今夜の同盟組む相談だと思ったんですよ。
要するに右端のロリ娘が俺で左3番のセクシーアンジェラアキがお前〜とかな、思うでしょう普通、この状況ではさ。
ところが青天の霹靂です。遠山君たら、おもむろに告りやがったんですよ俺に! この俺にッ! 好きだって! 本気だって! だから二人で抜けようって!
事件です。
俺人生にあり得ない珍事です。
で、人はあり得ない事に遭遇すると、まず否定から入るわけなんですよ、こんな具合に。
「てかアレか? ゲーム? 罰ゲーム? 王様命令か!? だなッ、だよな畜生ッ? どぉ〜こで写メってやがる?! もぉー遠山ビビらすなよコノヤロ、うっかりトキメイちゃったらどうしてくれんのよォ〜」
あり得ない、あり得ない!
ドカスカ個室のドアを蹴り上げ、必ずや潜んでいるであろう 『ゲームの証人』 捜しにもー必死。
なにせバイオの壺割りで鍛えた俺だから、瞬く間に三つの個室をクリア。
ならばヨシわかったココだッ! と最後の砦、掃除用具入れのドアに伸ばした腕がグワシと捕まれ、貴方のリードで華麗な二分の一ターン。
背中に用具入れのドア、バンと顔の横に左手、右腕はロックオン、至近距離少しばかり上に、なぁるほどコリャ女はメロメロだとしみじみ感心する遠山君のワイルドフェロモンフェイス。
長い睫毛が卑猥ねアナタ ―― 酔ったお袋のカラオケ十八番を何故か思い出す俺。
「ま、マジですかぁ〜?!」
図らずも裏返った声にはビブラートが掛かりましたが、深ァく頷く遠山君を見た俺にはたいした問題じゃないのです。
「……イヤ〜俺ミニスカ似合わないしパイズリも不可だから、グルメな遠山君にはきっと物足りないって言うか、こんなのヤダァ〜イって息子さんも号泣って言うか……」
やんわり拒否する俺です。
なのに馬鹿馬鹿
「大岡がいい」
頬を撫でられてしまいました! スリスリされております! んでもって
「・・・大岡が、欲しい」
だなんて蕩けそうな瞳ぇして耳元に囁かれちゃったりして、うわぁ〜コレじゃお姉ちゃんパンツ脱いじゃうよ!
俺、女子のパンツは断然ヒモ派なんだけど。
まー奥さん大変だよ、この人相当にテクニシャンッ!
「ちょちょちょちょ待って、タンマ遠山君、近い、コレ近い、ヤバイ近い!」
「まだ足りない……」
だなんてもォ〜!ジタバタしようにも、既にがっちり抱擁。激密着。下手に動くとアッチもコッチもスリスリ嫌ンなフィーリングで、ナスがままの無力な俺。
「…… こうされて気持ち悪い?」
聞かれたけども、だよね耳の穴に息が掛かるからこう、キモ気持ちイイ感じで、微妙っていうか
「いや…… え、アァじゃなくて」
「今、鳥肌、立つ?」
「や、鳥肌は立たないだろう? つか、ここ暖房結構キツクね?」
「……じゃなくて」
こめかみに引っ付いてた顔が少し離れ、それでもかなりの近距離で見る顔は顰めッ面+落胆の微妙なハーモニー。
「ナニナニ、あんた寒いの? 悪寒? ハッ! それだ…… 君、ポン酒とビールがゴチャだったから決まりね! コレ悪酔いの延長」
「ンじゃねぇよ!」
更に顰められた顔は既に怒ってて、声なんか心成しかちょっと震えてて。
やっぱコイツ悪酔いだ。
でなきゃ在り得ないでしょう?
だな、素面の顔したタチ悪い酔っ払いだよ。
決定。
途端に余裕の出る俺。
ゴチャゴチャ言ってる遠山君をどうどうと宥め、あーこの人明日は真っ青だぜ、今宵の相手が秘密を守れる男、この大岡で感謝しろよ? と、無意味に微笑んでみたり。
わかった何も言うな、と器の広さを見せ付け抱擁してみたり。
「ホラ、顔赤いよ。見掛けによらず、かなりヨッパだね、遠山君」
「酔ってなんかねぇよ」
「でもアレだね男前は怒ってても絵になるねぇ!」
「…… 大岡、人の話聞かない人?」
「わ、失敬なッ!心配してるんだよ、じゃなんだよ、遠山君は寒がりか?寒がりの上に甘えん坊とキタか? 思わず優しい兄の面影のあるこの俺に甘えてしまったか? コノヤロ!」
「兄貴なんか居ねぇよッ!」
「やれやれ、母性本能擽り捲りのとんだ罪作り君だなッ!」
「…… なら、それで絆されてくれよ」
「んッ?!……」
…… 3、4、5、6、7、8、9、10 ……
理不尽な事に遭遇したら心で数字を数えろと、そしてゆっくり答えを出せと死んだ爺ちゃんが言ってたけど答えを出す前にコレじゃあ。
さすがヤリチン、さすがH大の種馬、深〜く甘〜く、ねっとり絡みつく渾身のチュウは、まっことハンパ無い破壊力。
豊富な知識と経験に裏付けされた匠の技は、俺のささやかな理性や常識を軽ぅく凌駕して瞬く間の陥落.骨抜き。
『お前らオッセェーよ、何?ウンコぉ〜?』 と乱入して来た幹事の金城に遠山は、茫然自失でグンニャリする俺を介抱宜しく担いで
「大岡、潰れちゃったからレッカーするわ」
「えーツートップ抜けたら俺、一人勝ちの予感〜?」
「ゴム、付けろよ」
「イェッサー!」
勢い良く敬礼する金城に、笑顔で見送られたのは目の端で見てた。
けども、男たるもの前戯無き戦いは恥辱なり! の忠告を贈れなかったのは、もうそれどころじゃなかったからだ。
いまや勢い良く敬礼するのは俺の息子も同じ。
イエッサー!
息子よ、ナニにそこまで同意したいのだ?
軽く前屈み、フェイク泥酔学生1の俺は、手際の良い人攫いのような遠山がスタイリッシュに停めたタクシーに押し込まれ、フライデーナイトの喧騒を速やかに離れる。
そして見慣れたマイハウス。
築十八年、コーポ山下205号。
がっちりロックオンした左手そのままに、右手がスルリと俺ケツポケットにIN.鮮やかに抜き取られた鍵で手際良くオープンザドア。
靴脱ぐ暇もなく縺れて押し付けられて、今宵二回目のディ〜プチュウ。
あー金持ちは靴履いたまま部屋入るのかなァと、土足でたたらを踏む玄関先、けど俺んちじゃ通用しねぇぜ、靴脱げよ靴ッ!
遠くに逝きかけている俺を翻弄する舌と唇と。
だぁあァッ!!
スクランブルスクランブルッ! シャツん中、手ェ進入ですよ! ターゲットは乳です。
あぁん、馬鹿馬鹿そこは人見知りだから触んないでッ! 摘ままないでッ! 揉んでもデカクなりませんからッ! 何も挟めませんからッ! ワワ、だからッて膝ッ! 膝クルかッ! 膝ヤメテッ! 膝で息子グリグリすんの卑怯だからヤメレッ!!
ッて、膝で済む訳が無くチチチと下ろされたファスナー、はぁ〜しんどと顔を出した息子をやんわり力強くイヤぁ〜ン、生握りはダメッ!
あまつさえ男だよ、野郎の生握りなんて絶対に厭ンッ!
「お、おまえヤリチンの癖に余裕ねぇぞッ! こ、ここですんのかよッ! 土足だろッ! 玄関だろッ! 微妙に部屋でも廊下でもねぇだろッ! いきなりホモ初心者に対面立位かよッ! ゴム付けろよッ! 前戯しろよッ!」
だからね、動転していたんですよ。
「そ、か。 …… 大岡がそこまで覚悟してくれてたんなら、じゃ、遠慮無く」
なんてな、妙〜に甘い声で囁かれちゃったりして。
「ちちち違う違うッ! してないッ! 俺覚悟なしッ! 覚悟なんて学食の便所に流しちゃうッ!」
「いいよ。前戯も後戯も、大岡が好きなだけ・…・・ ちゃんとさせて?」
「ち、違うからッ! 違うから遠慮しろよッ遠山ッ! 畜生、遠山ッ!」
* *
そもそも接点、ねぇっての。
そもそも俺なんてば、ありがちな三流私大の二年。
実家は神奈川だけど、通うの面倒だから脛に齧り付く一人暮しも二年目。
近代アメリカ文学専攻とか言っちゃッて、読むのは日本語オンリィだし、英語は中二レベルで止まってるし、日本語ですらたまに読めない漢字も多いから。
猫とチキンラーメンと昼寝を愛する俺は、いわゆる覇気の無い今時の若者で、やっぱり同じ匂いのするパンチの足りない仲間達と、それなりうまくやっていたと思う。
で、たまに喋り、たまにたむろし、パパママ感謝! の容姿は努力の要らない取得だから、たまぁに タダでイイって 言われてコンパ行って、誰ともバッティングしない女の子持ち帰って、またね! って絶対無い 『また』 の約束して。
だって面倒じゃない?
手間隙掛かるっていうか色々、女の子って、可愛いけど、まァ可愛くなくても俺案外平気だけどさ。
そんで裏の猫に餌やってラーメン食べて、昼寝して。
そういう三流な俺でも充分知っている一流が、経済の遠山君だった。
遠山君。
H大の超有名人。
だいたい経済ってなにソレ、ナニすんの? てか遠いよね。
俺らからは遥か遠い。
おうち金持ちの癖に奨学金貰って、入学すんのに学校が頭下げたとかって噂で、こんな三流にあるまじきポジション、いわゆるキャンパスセレブ?
で、何より女。
遠山君の喰いしん坊レジェンドは、一体どこまでホントかわかんないくらいゴージャスかつリアル。
人妻三人離婚させたとか、脇腹に刺された痕があるとか、援交して貢いでる女子高生が常時片手くらいはいるとか。
要するに別格だから、やたらと目立つ男な訳で。
きゃーって女子は凄いよ?
コンパじゃ最強のサクラ、けども最悪の諸刃。
そんな遠山君とエンカウントしたのは六月の終り。
バイトがあるからって学校休んだ森君の代返で密かに潜り込んだ一コマ、今年米寿になる名誉教授が趣味でやってる 『国際文化論』。
またの名を 『ジイジのむかし語り』。
訳わかんね、微塵も国際じゃねぇし文化ってのも微妙だし。
全体の八割強が深い眠りに就いているそこで、安らかにレム睡眠へと入り掛かっていた俺を無作法にも揺り動かしたのが遠山君。
はぁビビッたね、目覚めれば噂の男前。
蕩ける笑顔で
「飯、喰わない?」
言われて
「うん」
言っちゃったのは、やっぱ朝喰ってなかったからかな。
うん、腹減ってたんだわ、きっと。
で、そっからだな。やたら遠山君とかち合うの。
おう! ナニ? これから?
トントン拍子につるむつるむ、いや、遠山君って話せばかなりイイヤツで、気が利いてて、観てないDVDとかコピッてくれるし、レアなレコードとかヒョイって貸してくれるし。
さすが帝王、小洒落た店も沢山知ってて、行けば羽振りイイからナチュラル〜にゴチさんきゅ〜だし、やぁ〜マジ、イイヒトだよ遠山君。
* *
「ッて、そりゃ下心ってヤツかよッ?! あッ・・・」
「ソレを今ごろ言われてもね」
「お、俺の清い友情を返せッ! ッンン・・ッ・」
「だから、今更でしょう? ていうか気付かなかった大岡って」
「・ぁ・・ッくしょうッ、しゃべんなそこでッ…ぅ・・んん、」
なんてな、そのイイヒトの遠山君に息子喰われてる俺ってナニよ、どうよ?
あれよあれよと押し倒され、哀れ町娘ヨロシク身包み剥がれて靴下オンリィ。
さすがに玄関じゃぁって彼、なけなしのモラルが働いたか徒歩3歩の居間に到着。
今時ワンルームの罠。
脅威のフィンガーテクで一回、神業フェラッチオで呆気なく一回(迂闊にも初顔射=ダークマイメモリィ決定)。
あぁかみさま、彼のヤリチンはダテじゃないんですね、身をもって学んだ百戦錬磨に僕はただただ翻弄される波間の儚い水鳥です。
ジュルルルッて汁気多めに音たててしゃぶられて、やぁねぇ、天下の男前がンもォ〜はしたない!
見ちゃイカンと思いつつ見てしまう衝撃映像は心とカラダにショッキング。
思わず引けてしまう腰をガッチリロックする腕。
綺麗に筋の浮く二頭筋。
時折、腰の骨ンとこサワサワしやがる指はマニアが喜びそうな長くて筋張ったフォルムで、コノヤロ、どんだけ女子をアンアン言わしたんだよッ!
ッてか只今泣かされ中なのは俺。
俺だよ俺!
「くッ…も、やめッ、とおやま、も、い・・かげんにや・・ッ…」
チュウ〜ッと筋を吸い付きながら流され、カリに歯ぁ当てられるとダメダメダメだって、俺それ超弱い、弱いからッ!
「も、ちょ・・…ッ」
「いいよ、イッちゃいなよ」
「ざケッ・・ん・・ッ・・」
ザケンな馬鹿野郎!
爪先がツンと引き攣れ、無意識に鷲掴んじゃう遠山の後ろ頭。
ツンツンして見えた髪は意外と柔らかくて、少し汗ばんでいて、ムニュッて唇が、舌が、吸い上げてゴクリと嚥下した三度目のエクスタシィ。
「…の、飲んだ?」
「普通、みんな飲むでしょ?」
「飲まねぇよッッ!」
やばいよこの人、今までどんな付き合いして来たんだろう!
女、どんだけメロメロだったんだか!
フェラは俺も好きだけど、コレってちょっとタイミングみながら、様子伺いながら、あわよくばって乗りでご奉仕頂く感じでしょう?
で、多少ぎこちなくてもたまに歯ぁあたっても、うぅんポイント大幅にちがぁうッて思っても、アリガタキ事ですって静かに感謝しイカせて頂くそんなもんでしょう?
なのに普通って何!
ごッくんデフォルトって何様?
とことん男の敵だね、畜生ッ!
「し、しかも俺なんて即尺ツークールかよッ!」
「…… あのさ、大岡、そろそろ前戯もういい?」
「え?」
と、言われるや否やヨイショと大胆な大開脚を披露する俺。
すかさず丸めたナンカがスルッと腰の下に挿入され、おいッ、それ俺のスウェットじゃ、
「おいッ!」
「大丈夫……大丈夫だから、任せて?」
ってファサァ〜ッてシャツ脱ぎィの、グイってTシャツ脱ぎぃの、いやいや、カラダに自信ある奴って脱ぎ方も様になるっていうかウゥンびゅりほ…・・・ じゃねぇし、違うだろクソッ!
ヒトを真っ先に微妙なマッパにしといて、テメェは今頃脱ぎかよ?
しかもさり気に高級感漂うグラビア仕様のセミマッパかよッ?!
圧し掛かり押さえつけ、器用に片手で脱ぎ脱ぎするのは相当テダレの仕事振り。
そんな職人的性犯罪者遠山は、なにやらどっかから取り出して、両手の平でぬちゃぬちゃって
「・・なに、それ・・・」
「ん? ローション。 大岡初めてでしょ? 使った方がカラダ、楽だから」
ホラ、言われて眺めるソレ。
ぬちゃっと粘りがあって透明で、ふわぁんとフルーティーな香りが、かなァり淫靡なそれは
「それって・・ぅわぁっ!」
イキナリあらぬところに生暖かいヌッチャり。
「ま、待てッ!」
「無理」
即答する遠山。
器用な長い指がにゅるるんと、今正に目的を持って進入せんとするソコを、俺は断じて守らねばならないッ!
断固として守らねばッ!
「と、遠山ッ! ちょ」
「大岡、往生際悪いよ? 気持ち良かったでしょ? 俺とこんな事して鳥肌もたたないし、三回もイッたでしょ?」
「や…そりゃあのソコ突かれるとなんともアレだ」
「だからもう観念して? 大岡、嫌がってない癖に」
「いや〜、」
「だから、ヤじゃないんだって」
「や、だからッ!」
ゾクリと湿った感触に震えて呆然と見上げるのは、圧し掛かる遠山の顔。
見ろよと言わんばかりの半脱ぎ、思わずドル紙幣でも挟んでやりたくなるローライズが更に大胆にグイッと下がり、御対面する遠山御子息の、まァ見事な事!
デカッ!
「ヤヤ…勘弁しろよ…」
「…平気……」
「う、嘘ばっか言ってんじゃねぇよッ……」
「・・・… 平気…・…。ホラ……いいこだから、ちょっと黙ってて……」
い、いい子って、いい子って、この俺か? 脛毛もアリのハタチ過ぎたこの俺がか?!
ワイルドセクシーな天下のヤリチンは、舌舐めずりしそうなケダモノの顔で駄目押しのチュウなんかカマシやがるし、臍下方面で繰り広げられるアナルの攻防は一層の激しさを増す欲望のペレストロイカ。
「んッ……」
「…… まだ駄目だよ?」
ぎゅっと握られてもう勘弁!
馬鹿馬鹿ひとでなしッ! あんたフェロモンだだ洩れだよ、そんなツラでひとのケツ狙うのかよッ! にっこり笑って誤魔化すんじゃねぇよ!
あぁピィ〜ンチ! どうしよ!このまま喰われちゃうのかな、ペロンとエロスのアメージングエリアににイカされちゃうのかな? どうしよどうしよどうしよう! 乙女のピンチにクラックラ!
図らずもフェミニンな葛藤に苛まれる俺の耳に、ガチャリと響く不粋な幸福の音。
「み、三輪君ッ!」
「……誰? そいつ……」
瞬間、剣呑な氷点下に凍る遠山なんかはスル〜。
「三輪君!三輪君!三輪君ッ!!」
「だからそれ誰、大岡ッ?!」
あれは二年前の四月、初の一人暮しに心躍らせた俺は婆ちゃんの教えを忠実に守り ご近所付き合いは挨拶から と、引越し挨拶に隣近所を巡礼。
そんな巡礼二日目、いッつも居ない隣家の物音を聞きつけて律儀にタオルと洗剤を持ってった俺は、あーお隣さんが女豹みたいな夜遊びOLかさもなくば緩くて気のイイ先輩女子大生ならスッゲェ幸せだ〜と心躍らせていた。
だがしかし、そんな俺をチェーンつけたまま開いたドアの隙間からジィッと眺め
「鼻血吹くほど殴りつけてくれるんなら、俺、アンタの奴隷になりますから」
そう出会い頭にカミングアウトした三輪君は、デカクてマッチョで三白眼で―― 前に傷害で入ってた ――言われても、あぁ〜だろうね…… で納得しそうなフリーターかつ、自他共に認めるドM。
そのうえ不憫なんだかフリーダムなんだか、上になり下になり、変幻自在に拘りの無いクリエイティブなプレイを好む純度の高いホモだった。
けどソレがどうした?
三輪君は見かけに反してイイヤツだから、以来、裏拳してゴキブリ叩いてもらったり、金蹴りして火を吹く野菜炒めを消火してもらったり。
たま〜に自分がボコられたいからって、 『ゆとりヤンキー』 だらけの深夜の路地裏をわざとウロウロする 『すぐに絡まれる囮役』 を演じさせられるのには閉口するけども。
けど三輪君はイイヤツだ。
率直に、ダチといっても吝かではない。
そして今、この奇跡の音はマブダチ三輪君がバイトから帰って来た音だ。
臭い、暑い産廃処理場の、たまに有毒ガスと酸欠で死線を彷徨う劣悪な清掃のバイトをハードに情熱的に、趣味と実益でこなす三輪君が、さながら救世主のようにドアを開けるその音を、俺は決して聞き逃しはしないから!
「ダァ〜〜〜ッシュッ! 三輪君出番だ、三輪君ッ!三輪君GO! 出動ッ!」
「お、大岡ッ?」
ダンッと駄目押しに壁を蹴飛ばせば、ガラァ〜ッとお隣りでサッシの音がしてシャーッと全開のカーテン。
「ちわ〜ッス・…」
のっそり、勝手知ったる窓から進入した三輪君が見たのは、マッパの俺、圧し掛かるセミマッパ(半ケツ)。
勃起中のフリチンでフリーズする遠山君なんてな、滅多見られない間抜けぶりだが今はそんなの関係ねぇし、俺は高らかに叫ぶ。
「なぁ三輪君、言ってやってくれよッ!こんなん突っ込まれて大丈夫な訳ねぇだろッって! どんだけテクニシャンか知ンねぇけど、初心者の俺が無傷で済む訳ねぇだろうがッ!」
ゆっくり瞬きをする三輪君は、ハッと夢から醒めたような顔をして俺が無作法に指差す 「こんなの」 、半ケツ遠山君の レディ〜GO! な御子息に鋭い視線を一秒、二秒
「厳しいッスね……」
「だぁろぉお〜〜ッ?!」
そら見ろ、俄かホモめ!
含蓄あるマジホモの言葉を聞きやがれッ!
鬼の首を獲った俺は、微妙な表情をした遠山君に、勝利の親指を立ててニヤリ微笑んで見せる。
「…… ま、自分で良ければ相談、のりますから……」
「いや…… 気持ちだけ、サンクス……」
生真面目な三輪君に礼を言い、礼といえばそうだ。
律儀な俺はおもむろに立ち上がり、三輪君にシャープな足払いを決める。
「ぅ…ッ・…!!」
不意を突かれた巨体はダイナミックに転倒、階下の親父の 「ウルセェ〜ッ!」 の声援を受け、馬乗りになった俺は程よい角度で鼻っ柱を一撃。
「お、おいッ!?」
うろたえる遠山君は無視。
ゥゥゥと呻く三輪君は手の平で顔面を覆い、その指の隙間から赤い流血を確認してミッション完了。
「が・…眼福ッス・・・・・マッパで・・馬乗りで・・・・」
くの字に捩じれる三輪君の脇腹をポンポンと叩き
「ま、な……今日はサービスってことで」
俺はテキパキと、そこらに散らばった服を身に付けた。
酔いなんかすっかり醒めていた。
そして程よく小腹が空いているのに気付いた。
「なぁ、ラーメン喰わねぇ?」
絶賛放置中の遠山君に、ひとまず声を掛け、よろよろ起き上がって、そそくさ便所に向かおうとしている三輪君に 喰うよな? と確認し、 汚すなよ? と念を押しておく。
その大きな後ろ姿を追視して、遠山君が小声で問う。
「・・・… あ…… と、アイツって」
「え? 三輪君?」
「アレなんなの?」
「隣りの人だけど」
「その隣りのやつを何で大岡、殴ったり? 鼻血だって」
「あぁ、アレねー結構コツがあってさ、こう強過ぎずこの角度でココいらをね」
「だから、なんで?」
「だから、ナンデナンデ煩いな、三輪君ドMでホモだから、アレでイイんだよ、今だってさっきのオカズに抜いてるんだから!」
思わずキレてしまった俺だけど、遠山君しつこいよ。
しつこくて押しが強くて計算高いテクニシャンだなんて、遠山、なんて恐ろしい子!
やばいやばい、最後まで流されなくて良かったァ〜と、冷蔵庫脇の箱買いチキンラーメンを覗き込み残7個。
ヨシ。
卵は冷蔵庫にジャスト三個。
セ〜フ!
「ねー遠山君、俺、ラーメンの卵は断然半生派なんだけど」
「え・・・… や、俺、生はちょっと……」
「まさか君、ガッツリ固めに茹でてくれとか言わないよね? しかも輪切りで三枚真中だけ欲しいとか言わないよね?」
時刻はゾロ目の午前一時十一分。
深夜の四十万に、行き場の無い鳥はどこで眠るのか、どこで羽根を休めるのか?
直に三輪君がすっきり、鼻にティッシュで出て来て、ケットルがピィーいって、蓋を閉めたらあとは待つだけ。
卵は程よい半生で、俺らはふうふう啜るだろう。
ッて、別に決めた訳じゃないし、せねばならない訳じゃないけど、きっとそうなるし、理由なんかなくソレが1番だと思う。
流し場の小さな窓、黒い夜中の空を眺める俺に忍び寄るのは遠山君。
「なぁ、大岡」
「なに?」
「俺はさ」
「うん。」
「あのさ、俺本当に」
おずおず触れる指、背中で逡巡する指、振り向かない俺を振り向かせようともしないこの人は、ヤだねぇ、さっきまでヒトのことコマそうとしてた癖に、なんだか自信がなくって、まるでらしくないからみっともなくって、なぁに弱気になってんだかコノヤロ可愛いじゃねぇかッ!
てかそういう作戦か?
そうなのかッ?
テクニシャンめッ!
けれど、この場は俺に任せろ。
途端にピィ〜ッと喧しいケットルを瞬殺、三つの丼にキチリとバリスタ宜しく熱湯を注ぐ華麗な薬缶技。
そして心穏やかに、観音様のような俺は、このヘタレに転じたヤリチンをギュギュッと抱擁してやるのだった。
「三分だけだぞ」
「え?」
「のびるから」
「え?」
「いや、気にすんな」
まァ、こっからもそっからも、どっかしらに飛べるから気にすんな。
2008-01-28 ちょっとづつ直した
* 依田さんところのあんフェラに出した小話
アンタのフェラッチオッつうんだから書かなきゃダメだろうと思ったけどあんましダメだな ファンタジスタの元ネタっぽい
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