1960年 ――M社は各新聞紙・週刊誌紙上にてバレンタインデー企画を大々的に展開。
それが、日本国内オンリィとも言うべきチョコを贈る習慣・・・バレンタインデーの始まりであった。
・・・・とまァ、エンゼルマークのあの会社がくだらねぇコト仕掛けやがったからそら見ろ、チョコ売り青年の俺はチョコ売りオヤジのカツマタさんと気温3度の極寒の路上、立ちんぼ4時間目をキメル破目になる。
「――― ミタ君、もう帰ろう、」
「駄目ですよ、まだこんな残ってるじゃないスか?」
「腐るモンじゃないし、明日売ろう。 な?」
「明日って、15日にコレ売ってどうすんですよ?!」
「おォ寒い・・・・・。」
コートの襟を掻き合わせ、足踏みするカツマタさんがカチカチ歯を鳴らした。 急速に気温を下げる午後16時、ビル風吹く駅前の寒い事寒い事。 ショートコートのポケットに手を突っ込みながら、ざっと数える箱の数〆て53個。 約半分は売れた。 ならやっぱもうイインじゃないかなとか思ったが、きっとムロタさんは許してくれないだろう。 「さァ〜頼むわよォ〜!」 そう言って閃かせたシルバーベージュの凶器みたいな爪を思い出し、チョッと震えた。
そんなエレガントでアニマルなムロタさんは、白金発パティストリ−・アラスギの凄腕マネージャー。 今日日デパチカ販売だけでは不景気を乗り切れぬと、暢気なオーナーシェフを説伏して街頭販売を企画。 同時に企画した社内ミスターバレンタインコンテスト、そこで選出された選りすぐりホストに売り子をさせればイイじゃんと、マンマと担ぎ出されたのが俺達二人。
敢えてサラリと言うが、俺達は見た目が良い。 例えば俺、痩せ型長身母親似の女顔は男臭さが無く、年上の女受けはスコブル良い。 小中高と、「先生のお気に入り」は不動のポジションだった。 そしてカツマタさんはと言えばハーフで通りそうなバタ臭い容姿が一昔前のハリウッドスターのようで、コレでもかと気障な事がコレでもかとすんなり嵌る社内切っての伊達男。 そんな俺達はランチタイム狙いの昼過ぎから今までを、木枯らしに吹かれスマイル垂れ流しで一箱700円也のチョコを売る季節労働、本日最終日三日目。 コレで報酬は自社製品――チョコ詰め合わせ一万円相当――と言うのはかなり悪どいのではないか?
「コンバンハ〜! チョコ如何ですか〜? まだまだ間に合いますよ〜、」
二枚目ヴォイスに目を上げればカツマタさんが、「御二人とも素敵ですねぇ」だの「さすが丸の内〜」だの「本命の彼に、ヤキモチだなァ〜」だののホストトーク全開、満更でもないOL風二人にチョコの箱を掲げて見せている。 ならば勢い付きNO.2の意地、勝負スマイルでコンバンハ〜と俺も参入。
「会社帰りですか〜? 本命はともかくだけど、保険とか微妙狙いはまだだったりして〜」
エー−ッ! と顔を見合わせ笑う二人はクスクスしながらも、素早く俺達の顔をチェックした。 嫌がってない、嫌がってない、コレはイケルかも〜。
「でしょ〜? まだでしょ〜? だったらコレ、如何ですか〜? チョット大人なブランデーとオレンジリキュールのチョコボンボン」
カァ〜ワイィ〜と評判のニッコリでペット君を実践する俺は、寒くてカッタルくて早くこれ売って帰りたくて、プライドなんてもうもう微塵も無い。 そんな通り魔的ホストの攻撃に どぉしよッかなぁ とモジモジするお姉様二人の背中は、蕩ける笑顔のカツマタさんがグイグイと押した。
「御値段は、義理クラス・・・でも、シックでしょ? パティス・アラスギだし・・・・貰った側はトキメクかなぁ・・・・・ てことは三月、義理でも期待は出来ますよ?」
「義理だって、御二人に貰ったら、僕は嬉しいけど・・・・」
キモ!男のブリッコ!! と、自ら鳥肌モノだがお姉様には受けたらしい。
「「ハッピィバレンタイン!! 有り難う御座いましたァ〜!!」
四個の御買い上げに成功。
「ヤッタな! ミタ君!」
「残り49個、半数切りましたよ。」
「よぉし、ラストスパート、行くぞッ!」
「ウッス!」
見よ、色男の実力を!
コートの裾捌きもゴージャスに、カツマタさんがお次の三人組にヒラヒラと手を振っている。
「「コンバンハ〜〜!!」」
それを皮切りに、後半戦。 売って売って売り捲くりの媚売り捲くりの二時間半。 あぁこのまま二人で店を出そうか・・・そうね、店の名は 「エスコート倶楽部バレンタイン」 と言うくらいに俺達は頑張った。 ギャル二人に迫られても、オバちゃん三人組に触られ捲くってもスマイルスマイル、俺達はチョコを売り続けた。
「ラストワン!」
パパにあげよッか〜? と、一つお買い上げのママ&娘を見送りつつ、カツマタさんが小さくガッツポーズを決める。 販売台の黒いベルベットの上、ゴールドのチョコ箱は残一つ。 景気付けなのかコートの内ポケットからから取り出した煙草を、カツマタさんは薄い口唇の端に咥えた。 翳す手の平に緋色、少し俯いて火を点ける様は寒さで顔色が死人並でも、なんか映画の一コマの様にカッコ良かった。
「なに? ミタ君吸うの?」
「いや、いいです」
「そう、 今日早く帰れるかなぁ・・・・。」
ソワソワするカツマタさんがいつまでもジッポを握っているのは、そこに家族のプリクラが貼ってあるからだ。
「アッちゃん・・・・・」
「止して下さいよ、切なそうに娘の名を呼ぶのって、」
「切ないんだよッ! 八時までに帰らないとアッちゃんは寝ちゃうんだよ!」
「じゃもう無理ですよ、寝顔見ればイイじゃないすか?」
「・・・動くアッちゃんが見たいんだよ・・・・」
確かにこの時期、俺らは朝早く帰りが遅く、三歳児の生活からは大幅にズレているかも知れない。 それでなくともカツマタさんは無類の子煩悩だった。 可愛い一人娘のアッちゃんと、美人と評判の奥さんと、
「見た目に偽りアリですよね、」
「あ?」
「カツマタさん。 およそ生活感無いし結婚とか家族とか遠そうだし、実はゲイですとか言ってもフウンそうって、」
「あ〜良く口説かれるんだよ、飲み屋で〜」
だろうな、でもカツマタさんは筋金の女好きだ。
「外人モデルの彼女とか連れてて・・・ボクは貴女の瞳に嫉妬する・・・とか素で言いそうだし」
「プッ、ミタ君そう云うの彼女に言うの?」
「言いませんよ! カツマタさんのイメージで言ったんですよ!」
「止めてくれよ、そんなの女房に言ったらサムイッてエルボーが入る。」
「エルボーはちょっと・・・」
でもちょっと入るのかなぁとも思った。 噂に聞くカツマタさんの奥さんは、飛び切り美人で飛び切り武闘派だ。 初デートの青山、絡んできたチンピラ三人を瞬殺した奥さんに、カツマタさんは一生ついて行こうと思ったらしい。
「さ、あと一個、売っちゃいましょう」
「あと一個? 売って会社戻って、日報書いて速攻戻って・・・・ギリギリじゃないか?」
じゃ駄目なんだよ、とおもむろに箱を掴み、カツマタさんはベリベリとラッピングを破った。
「ち、ちょっと、」
「喰っちまおうぜ、お? オレンジか・・・・俺ァブランデーのが良かったんだが・・・はいノルマ。」
「ぅ?!」
グイと顎を鷲掴まれ、突っ込まれた大粒チョコ二つ。
「愛、受取ってね!」
笑うカツマタさんは甘党らしく、嬉しそうにモニュモニュ頬を膨らました。
そのニコニコが小憎らしくて始末が悪くて。
だから、派手なネクタイが様になる首筋にグルリ腕を回すとグッと接近12センチ、如何にもな上目遣いで言ってやるのだ。
「奥さんと、別れてくれる?」
「う〜ん、不倫じゃ駄目?」
「告白した癖にサァイテ〜〜ッ!!」
「ワハハ! ミタ君、大人はズルイんだ。」
「じゃコドモの実力行使」
「ヲッ?!」
あぁもう、ホントにもう。
だからヤなんだ、ノンケなんかイヤなんだ。
想い出作りに、チュウを一つ。
甘いチョコには本音を溶かして、ビターなチョコには嘘が一杯。
バレンタインの夜は水色。
:: おわり ::
百のお題 044 バレンタイン
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