どんな女だと聞かれても、そういう風にしか答えようが無かった。 髪の長い女だよ、と、俺はモリサキに答える。 痩せ型で背ぇ高くて、髪の長い女。 ブスだか美人だかも定かではない。 何しろ顔の辺り、モヤモヤッとしてはっきりは見えないから。 ただ、物凄く髪が長い。 今時珍しい、腰までとかそんなの。 そう、貞子みたいな長さ。

『あぁ〜、幽霊ってのはソレ、基本なンかなぁ、』

わかんねぇ。 

『ま、基本って言えば、だな、ヤッてるとき出て来るってのも、スプラッタじゃ基本かもな。』

ヤナ基本だよ、勘弁してよと俺は、鳥肌の浮く二の腕を摩る。 俺とモリサキは高2の春以来、12年続くホモカップルだった。 養子縁組だのカミングアウトだの、これと言って小難しい事もせず、なんとなく。 着かず離れず、もはや熟年夫婦の落ち着きで日々穏やかに過ごす俺達は、去年の暮れ、いきなり都内にマンションを買った。 商社マンの俺と、歯科医のモリサキ、理想的なDINKSだから生活はまぁ潤っている。 ならば、この際ちょっと贅沢な「我が家」を手に入れちまおうか? つまるところ白髪を愛でるまで、共に老いようとかなんとか。 

そんな、プロポーズにも似た甘酸っぱい理由に押され、互いの通勤にも便利な私鉄沿線、日当たり良し見晴らし良し、築一年、17階の角部屋。 先住者は半年足らずでそこを出て、新中古の状態はスコブル良し、だけど中古のお得なプライスダウン。 言う事なしの物件に、俺達は一目惚れ。 ウキウキと家具を揃え、内装に趣向を凝らし、ダダンと買ったキングサイズのベッド、キャァ恥ずかしい!

の、ようなウキウキ転居の新生活初エッチ。 ノリノリのモリサキにアンアン言わされてた不甲斐ない俺は、壁際右斜め上、ぼわぁッと浮かび上がるそいつを見たのだ。

う、上! 上ッ! 上だよッ! 

ドモリつつ訴える俺に、モリサキはニヤリ。 

『ンだよ、ヤル気満々だな』

グルリ反転、体位を変え、不本意な騎乗位でソレと御対面する俺。 

違うッ! ソノ上じゃねぇッ!! 

確かに居た、ソイツはそこで見てるのだ。 だがしかし、どうやらモリサキには見えていない様子。 そして幽霊女を眺めつ眺められつ、上機嫌のモリサキは馬車馬のように燃え、流される俺はそれなりにイイ仕事ぶり。 共に果てるまぁまぁのナイトライフをエンジョイし、初めて、俺は幽霊の恐怖とモリサキへの怒りに震えた。 

居たんだよ、確かに俺は見た。

『知らねぇよ、見てねぇし。』

こっち見てたんだよ、顔わかんねぇけど、

『で、ソイツ今も居んの?』

居ない、俺らがイッたとき消えた、スウッて。

『つまりナンだ、そりゃお前の具象化した性欲!』

そんなじゃねぇよッ!


以来一ヶ月、気にしないモリサキは気の向くままラフ〜にサカリ、やっぱベッドだよと嫌がる俺は担がれ転がされ、喘がされつつ幽霊を見る。 幽霊は啜り泣きもせず、恨み言も言わず、ヘッドロックだの金縛りだのの技掛ける訳でもなく。 ただ、ボォッと壁際右斜め上に現れ、ヤラカシタ俺らがイク瞬間、スゥッと壁の中、吸い込まれるように消えた。 そして慣れとは恐ろしいもので、ただ居るだけのソレに俺は次第に慣れっこになり、強いて言えば落ち着かないけども、でも、ナンダかな、しょうがねぇなと流せるようにもなって行く。


アイツさ、なぁにが面白くて出てくんだろう? ただ見てるってのも、アレだよなぁ。

『思うに、ありゃぁ、ヒキコモリで自殺したホモ好き同人女の幽霊とかじゃねぇの?』

か〜もな、それはうん、かなり高確率でリーチ。

『じゃ、見せとけよ、見たかったんだろ? その内飽きるだろ? 今ンとこ実害は無いんだし〜、』

見せとけたって、たって……。 幽霊って訴えたい事アンだろ? 普通、 

『したら、普通じゃねぇんだよ、ォッと、やべぇ、59分!』

腹這い寝煙草のモリサキは、腕をばたつかせ、テレビのリモコンを捜した。 幽霊より、連ドラの続きが気になるらしい。 横一で寝そべる芥子色のカウチは、わざわざイタリアから取り寄せた、一点モノのデザイナーズファニチュア。 そこにボロボロと、落花生の殻が散らばる。 駄目だよ、話になりゃしねぇ。 手先は細やかな癖にどうしてこう、生き方大雑把なんだろう。 

そんなだから、一人抱え込む俺は思う以上に焦れていたらしい。 二週間後の深夜、お馴染みのエッチ、お馴染みの幽霊。 励む俺らがアァンとハジケルいつものフィニッシュ、さいならぁ〜ッと奴が消え行くお馴染みの場面に、いつもと違う俺は叫ぶ。

ま、待てぇッ!! 今日こそハッキリしておくッ! お前の目的はナンナンだぁッッ!!

と、壁の中、腰の辺まで同化した奴が、ぴたりと静止する。 の瞬間、ニュウ〜ゥッと急接近した俺の目と鼻の先、ゆっくり顔を上げた幽霊は、ガサガサする声でハッキリと言った。

--- ひ ま つ ぶ し

!?

そして俺は見たのだ。 長い髪の隙間、へら〜ッと笑う奴の顔、割れた顎を彩る青々とした剃り跡を。



翌日、口篭もる管理人をモリサキは、力技で懐柔する。 半年前、ココに住んでいたのは男。 当時、ニュースでも急死を報じられた、某有名格闘家だったらしい。 

「髪の長い女が、しょっちゅう出入りしてたけど、ま〜風邪こじらせて一人で死ぬなんて、」

・・・・・・ そりゃ、本人だよ、超プライベートモードの、

そして週末、タウンページで召還した僧侶に、俺らは御払いを依頼した。 御代は交通費込みで4万円。 高いんだか安いんだか、そんで、ホントにもう出ないんだか。 猜疑心で一杯の俺に、モリサキは 任せろ! と言った。 太字マーカーを手に、チラシの裏側に大書きをするモリサキ。

      ようこそ!! ブスちゃん!!

ひらひらとインクを乾かしつつ、ベッドルーム、壁際右斜め上にペタリとソレを貼った。

『フフフ、驚くぞォ〜! アノ野郎!』

や、別に驚かせなくっても。 てか、それって余計にカンカンなんでは?

『したら、試してみようッ!』


試して吃驚。 なんと、それきりアノ幽霊は出て来なくなったのだ。 それが御払いの結果なのか、モリサキの張り紙の効能だったのかは未だにわからない。 けれど、あれから二年経った今も、ベッドルームには張り紙がしてある。 


壁向こう、ブス呼ばわりに歯軋りする幽霊を思い、少しだけ、あの頃を懐かしく思った。




:: おわり ::



百のお題  035 髪の長い女