N県Y町『あざ』のつくココ、風光明媚な所謂田舎で俺らは生まれた。

村 とは流石に言わないが、しかし、つい最近まではそうだったココ。 白鷺の町へようこそ! 看板は御大層に掲げているけど、うろうろ川面を拾い喰いするのはチビのコサギと稀に見るダイサギ。 王者ゴイサギなんてのは未だかつて、俺は見た事もなかった。 

『綺麗らしいよ。 大きな白い羽で、ほぉッと見惚れる美しさだって、本家の爺さんが言ってた。』

駄菓子ノセ屋の店先、小豆ミルクをしゃくるキイチが、目を細めこめかみを押さえる。 山は山でも微妙に盆地なこの辺り、夏真っ盛りの8月は相当に暑い。 ガキの頃なら、川で泳ぎ池に嵌りそれなりの避暑も愉しめたモンだが、御年頃の今になるともう、どうにもならないダルダルの夏。 田舎だから冷房の利いたデパートも無く、コンビニはといえば元よろず屋の11時に閉まるそれ。 せめてプールでも、と思うと駅二つ先の町に出ねばならず、それには70分に一本の使えねぇ三両編成に乗らねばならない辺境の不便さ。

『まぁね、長閑で不便なのが田舎だから・・・・・・    あ、溶けてる、』

水滴のついた指がすいとこっちを差し、オウッ!と合点が行く俺。 暑さに呆けてた間、氷カルピスの北壁は、まさに雪崩を起こしそう。 慌ててシャクシャク掻き込むそこに、キイチのスプーンが割り込んだ。 

『まずい、酸っぱくて』

なら喰うなよ、ていうか、カルピスは酸っぱい部類じゃねぇだろう? 

『酸っぱいよ、乳酸て言うんだから、酸なんだろ?』

そう言えば、キイチは給食に出たヤクルトが飲めなかった。 そして果実の類はまず喰えない。 ドレッシングのかかった野菜や、酢の物・和え物なんてのもNG。 そんな俺とキイチは小学校六年間、給食を分担して喰っていた。 肉・魚担当のキイチ、野菜・酸味担当の俺。 都会にリタイヤした夢見がちな教師は、俺らの共同作業に気付く事無く、食パンを千切る。 そこには見てくれの問題も、大いにあったと察する。

サギサワ キイチ、いかにもな名前と色素の薄い痩身。 薄らボンヤリなだけのおっとりは「品が良い」とババァには好評で、通学沿線の車中、奴を「王子」と呼ぶ女子学生は少なくない。 そして奴の横に立つ俺を「野獣」と呼ぶ、不届きなヤカラも少なくないのが現実だ。 けども、実際はコンナだ。 体質的に薄味菜食は俺。 フルーツとお茶で生きてます〜なキイチこそ、佃煮・漬けもの・肉食で生きている獣系。

『甘いだけならイインだよね、あと辛いの。 最近食べてないなぁ、うんと辛いカレーとかキムチとか…… あぁ、クノウんちの婆ちゃん、今年らっきょう漬けた?』

漬けたよ、瓶二つ、塩ターボで漬けてた。 

ニンマリしたのはきっと、お裾分けを期待してのそれだろう。 ここらは元々、半端でなく塩分摂取量が多い地域。 おかげで「卒中の里」とか、影で言われてたりした。 なにせ山間の寒村、食料は保存に限るってんで、当然塩はガンガン。 結果、人生60年を切るあんまりな早死に率が問題となり、10年位前から保健所職員が各家庭の塩分チェックをしたり、随分と薄味になって来たんだが。 だけど家の婆ちゃんは、未だ伝統の極辛を守る数少ない塩推進派だった。 そしてキイチを始めとする、コアなファンを虜にしている。

『ムラタさんの塩漬け岩魚も、美味かったなぁ。』

ヤモメのムラタさんが作るそれは、一口で水三杯イケる極塩。

『あ、思い出した! ミヨシのおばさんが、蜂の子を分けてくれるって言ってたんだよ。 おじさん一昨日捕って来たんだって。 だから帰りウサギ沢の方回ってこう。』

極甘の蜂の子、地元の連中だって若いのは喰わないそれは、キイチの好物だった。 どう見てもウジムシなそれ、流石に弁当に入れてきた時は あっち向いて喰え! と俺は怒鳴った。 が、キイチは涼しい顔。 紅茶飴みたいな目をしばしばさせ、やたら綺麗な箸使いで 「クノウは喰わず嫌いなんだよねぇ」 と丸っこい一匹を摘んで見せた。 ソレ、お前には言われたかねぇよと思いつつ、薄い唇がパクリとウジムシもどきを飲み込むのを見た。 音も無く咀嚼する粒揃いな歯。 「すっごく美味いンだけど、騙されてみなよ、」 少女漫画な王子スマイルで差し出すウジムシは、やっぱでも、俺には喰えなかった。

『暑い……』

ガラス鉢の底、練乳混じりの小豆汁をズズズとキイチが啜る。 

『暑いねぇ……』

ジィジィ蝉が、一際大きく唸る。

昔、沢向こうの爺さんが、庭先で産まれた犬の仔を、大きなダイサギが攫ってくのを見たと言う。 
―― あいつらァ、鼠だの魚だの蛙だの、ついでに虫も喰うからよぅ!

綺麗な鷺は、悪食だ。

『……』

伏せた瞼、青白く見えるのは長く伸びたヨシズの影。 重なる唇はひんやりと甘い。 が、さっと離れて店の奥、甘い唇は叫んだ。

『オバちゃ〜ん、御代、ココ置いときますよォ!』 


何事も無く小銭を数えるキイチ。 「今日はおごり」 覗き込む目は笑ってた。 
畜生めと手を繋ぐ、人っ子一人居ない白鷺の里、昼下がりの畦道。 
見上げればクラクラする晴天の入道雲。

山青く、水清く、自然に囲まれたこの町で産まれ、俺らも青く、だけど少しばかり濁る。


白く、品良く、ほおッと見惚れる綺麗な鷺が、悪食だったと誰が知ろう?






:: おわり ::



百のお題  033 白鷺