覗くとなんか見えるッつうのは、今時有り得ないと思う。
が、しかしコレなら有り得ないでもナイ。
『わっかんねぇよ、ホレよ、この針金、奥までするする入んじゃん? てコトは貫通だよなぁ、や、無理無理、暗いンだよ、こっち照らしても無理ってか、』
そこはオリベのジジイの土蔵ン中。 日給一万につられ、俺らは土蔵の虫干しを請け負う。 期間は三日。 が、半端じゃねぇ物の多さに、二日過ぎても先は見えず。 したらジジイは言いやがる。
『おう、カエレ!カエレ! その代わり、中途で投げんなら昨日までの二万返せ。 あ〜、帰る前に出したもんは元に戻しとくんだぞ〜、フォッフォッ!!』
クソジイィ! とオリベは楯突いたが相手が悪すぎた。 質屋ナルシマ二代目の老獪さは伊達じゃねぇ。 そもそも昨日一昨日の二万など、こけたバイクの修理でとうに無くなっている。 ソレ見越しての挑発だとはわかっているが、果敢にも掴み掛かったオリベはジジイ渾身のアイアンクロウに泣く。 ジジイはシャープ兄弟にはじまる、コアなヒール系プロレスファンだった。 そして幼少時、俺とオリベは逆四の字で関節外れかけた過去がある。 こりゃ、かなわねぇし。
だから三日目、午後七時。 夕飯抜きでもまだ終わんない土蔵の中、キレたオリベが提案した。
『無理! 無理ッたら無理無理無理! どっち道一生終わンねぇ。 二万返金で地獄マッシグラ確定ッ! したら、売っちまおうぜ、なんかさ、ココらのチョロッとよ、』
オリベが言うに、今俺らをドツボに嵌めてるこのエリア、先代辺りから溜め込んだ「流れない質草集団」らしい。
『まァアレだ、高すぎるとかマニア過ぎるとか、質屋の店先じゃァ売れねぇ難アリばっかってこったろ? けども、あのジジイが捨てねぇトコ見ると価値は有るンだと思う。 じゃ、餅は餅屋、骨董とかン店持ってって俺らでサクッと売っちまうってのはどうよ?』
え〜マズイだろう、とホンの少し思ったが何しろこの堆積群。 山の一つ二つ無くしてもわかりゃしねぇってか、寧ろスッキリするんじゃないかと思った。 何より日銭返金の恐怖に比べたら、リスキーでも収入アリのがイイに決まってる。 それに次期三代目が言うんだから、俺なんかウキウキと商談を纏めるのが似合いかも知れない。
『すっげぇお宝プライス出ちまったりな』
と、某鑑定団のドリィムに遣られたオリベは夢、見始めちゃってて。 ンな甘い事ねぇだろうとか言いつつ、もしやバイク修理するよか新しいの買えるんかな〜とか、俺も相当に駄目だ。 そうしてオリベがコレだ! と目をつけたのがコレ、更なるイライラで俺らを苦しめる結果となるこの、日本昔話風のデカイ長持。 ジジイが妖怪の三匹くらい仕込んでそうなソレには、如何にも鍵穴が わたしを開けて御覧! と不適に微笑んでたりした。
『屁でもねぇ! この手の鍵は単純。 何しろ兄貴のチャリ、こうして拝借した実績が俺にゃァあるし、任せろッ!』
ネジネジと針金を曲げる鍵師オリベをセコンドして、懐中電灯男に転ずる俺。 しかし、単純な筈のソレはどうにも手強い。 やたら重くてピクリともしねぇソレ。 中身、呪いの鎧じゃねぇの? とか、ゴッツイ中国の壺クサイだの、揺する訳にもいかねぇソレん中は全く検討もつかず。 通した針金はすかすか空回りして、照らす懐中電灯ではどうにも、揺ら揺ら手元はおぼつかず。 中腰の俺の腰は痛み、埒の明かない作業に焦れ焦れ。
『クソ、喧嘩売ってンのかよ ウリャッ!』
ダァッと蹴りを噛ます短気なオリベだが、ヤナ感じに足首を捻り、犬のように縮まって鳴く。
『っくぅ、……ッ、ちゃ、ちゃんと照らしとけッ! 覚えてろよッ!』
覚えてろって言われてもな……。 八つ当たりされる俺に発言権は無く、変な闘志を燃やす涙目のオリベには、何言っても無駄らしい。 こうなりゃ自棄だった。 中身は何だろうと、かまやしない。 もはや御宝に期待はしてないが「イイ気になんなよ、長持さんよ」と、益々意固地に俺らは格闘する。 いっそ鋸で切っちまおうかとも思ったが、大工道具は母屋の納戸。 ジジイにバレたら元も子もない。
うんざり覗きこむ鍵穴は、小指の先ほど、案外大きく如何にもな穴。 コンくらいデカけりゃそりゃ向こうッ方、ナニしたりコウしたり覗き放題まさしく秘密の鍵穴。 うぅんロマンだなぁと、イニシエの御約束シチュに合点が行く。 良く見りゃ漢字の『穴』ッつうのは、この形に似てンだよなぁと、驚きの連続発見にも感動。 早速この感動をお裾分けせんと横向けば、至近距離、疲れ目で頭痛が出た不機嫌なオリベが地を這う低音で告発するのだ。
『・・・・・・てかよ、おまえ、何で、アン時、あそこでコケタわけ?』
キタァ〜ッ! 必殺蒸し返し。 ヤナ区切り方がカモン不吉。
あそこ、すなわちノギワ小学校交差点。 アン時とはコレ、2週間前の木曜深夜。 あの日、ミロチンのニュウ彼女見に行こうッてんで、バイトの帰りにオリベと合流。 噂の爆乳にウハウハしつつ、けど他人事じゃんとピッチ上がる野郎供。 がしかし、二件目のひょうたん横丁で元彼女に遭遇しちまって、ジモッティの悲劇ブリザード到来の修羅場。 金切り声の元彼女を諌め、ファイターな今彼女抑え、説得虚しくアッパー喰らったミロチンを介抱すれば、時既に深夜。 なんだかなと、家路に着く一同は散り散りに、俺とオリベはバス通りをチンタラ走る。
そして件の交差点、信号待ちからの急発進。 ググンとバランスを崩し、無免の中坊風味にコケた俺。 そして不測の事態を避け損ね、巻き添えオリベもコテンとコケる。 何で? ナンでコケたか? 何でって、それはこう、微妙ってか……
『そんなに見所たっぷりだったかよ、目ぇ離せなくてウロタエルほどアレに、釘づけなンかよ、』
アレ? アレって、うわ、気付いてた? 気付いてたって、わ〜!
蒸し暑い深夜の交差点、信号待ちの小休止。 「バイク、止まると駄目だねぇ〜」などとぼやくオリベは、オモムロTシャツの裾をベロンと捲くる。 夜目にも白い、腹だの背中だの。 「かぁ〜、アチィ!」と扇ぐ、ハタハタした臙脂のシャツ。 ハタハタするシャツの狭間、ちらリズムで見え隠れする凹んだ腹、突き出した腰骨、白い、見慣れた筈の見慣れないソレ。 グググと腹の底で唸り、かぁ〜ッとテンパッた俺は、今更ナンデダヨってくらい純情一直線。 とそこに元凶の声。
「青だ!」 だな、青だ、けどその声に不必要なほど動揺して、暴れ馬のように発進。 してヤベッと思う間も無くステンとコケる俺。 何で? 何でこけたか? 畜生てめぇに欲情したんだよバ〜カバ〜カ。 無神経なオリベは勝手なオリベの癖に、サイテェだよ、気付いててアレん事、蒸し返すか?
『図星かよッ糞ゥッ! そ〜か、そ〜だよ、おまえがそうだってなぁ薄々気付いちゃ居たけど、けど、でも、でもしたら俺の立場はどうよ? なぁ、この際ハッキリしようぜ、俺はおまえのナンだ?』
……って、やぁ〜参ったな、そうキタか? えぇと、あの、やっぱ、こ、恋人?
『ザケンナよッ、ご機嫌とりにゃ騙されねぇぞ、畜生。 詰まるトコおまえ、マトハラに未練たッぷりじゃんか。 どうよ? 久々に見てヨリ戻したくなったかよ? ヘッ、残念だな、男連れだったモンなッ! 悲しくて動揺したか? あぁ?』
マトハラ? マトハラは俺の元彼女だ。 クリスマス前に付き合い、三月、卒業と同時にあっさり俺を振ったドライな女。 が、どうした? マトハラ、こっち戻って来てるンか? ニュウ彼氏も一緒に? で、それだからって何でコイツカンカンなわけ? 勝手にムラムラした俺を責めてるとかそう云うの?
『そもそもてめぇは乳デカイのが好きなんだろうッ! あの爆乳にも釘付けだったし、マトハラもソッチ系だったし、』
って、アリャだって、おまえも見たろ? 乳半分以上丸見えだったじゃんか! ソラ、普通見るだろう?
『畜生畜生! どうせ俺ァ、ンなもなねぇよッ! 代打にもなんねぇよ! 馬鹿野郎ッ! 元彼女見たくれぇでビビッてコケやがって!』
ち、違うッ! 違うし何か、話もワカラン方向へ。
『動揺したかよ! ケッ、御安心サマだ、向こうは俺とテメェと並ンでたとして キャッ!デキテル とか思やしねぇよ、ホッとしとけ、俺ら元々ダチだもんなぁ。 バレちゃいねぇからどうよ、アッチに戻るンかよ? おいッ!』
おいッて、あのよオリベ、戻るも戻らないも俺は今に満足してるッつうか。
あの頃、マトハラに振られた俺は喪失と傷心の日々を過ごし、なんとなくある日、ウワァって感じの勢いで、気付けばダチのオリベとデキていた。 ソレは人生最大級のアドベンチャー。 でも、決して自棄とか怖いもの見たさとか、ましてマトハラの代打とかソンナ付き合いを俺はしちゃいねぇ。 オリベはソコんトコわかってねぇし、強気のオリベはその場合、弱気の代わりに逆切れる。 普段ベタベタするとえらい剣幕の癖に、しょうがねぇなぁ、つまりコレ、焼きもちか?
で、オリベ、あの、さっきから出てくるそのマトハラってば、どこに居たの?
『え? 居たじゃん、信号ンとこのコンビニ前』
いや、ソンナンは俺、見ちゃいねぇ。
『嘘吐けッ! ロン毛のホストすれすれ男とチュウかましてたじゃん。 てか、おまえ、モトカノのベロチュウに動揺走ったんだろ?』
はぁ〜? 走ってねぇよ、しかも見ちゃいねぇ。 なぁ、俺が見たんはてめぇの腹だの背中だので、クソ、おまえアンなトコでベロンって捲るから俺ァ、無駄にムラッとキテ、んだから無様にコケたんじゃねぇか、馬鹿野郎ッ!
『俺?』
おう、おまえ。
オリベの白い顔がジワ〜ッと赤くなるのは、中々に見ものだった。 あさっての方をキョロキョロして、殊更熱心に鍵穴を覗くオリベの肩を、後ろからギュウムと抱く。 気の短いこの勝手者に言ってやらねばならない。
今、俺は悪くないハッピィなんだと、この怒りっぽいハニィに示してやらねばならねぇ。
首筋に唇を押し付ければ汗とオリベの匂いがした。
『ベタベタすんな、クソ!』
などと言うヘソ曲がりのシャツの中、滑り込ませた手の平はあの日見た白い腹を摩る。
ビクともしない長持ちに凭れ、埃塗れでイチャイチャする不器用な俺ら。
夏の夕辺にナニする人ぞ、鍵穴越しの奇天烈ワールド。
古長筒には妖怪三匹、奴らは仲良く生ホモを見たか?
:: おわり ::
百のお題 032 鍵穴
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