菜の花や 月は東に日は西に 与謝蕪村
『でもさ、やっぱ腹持ちイイのは天麩羅だろ? 衣カリッとさして、オロシで喰う。 ま、オカズになるよな。 湯掻いて醤油ってのはこう、喰った気しねぇッてか、』
と、風情のない奴は放っておいて。 侘び寂びのわかるツゥな俺は、そっと採り上げた二本を丁寧に束ね、保水シートを巻いた。 まだ薄ら寒い五月、日が暮れてからの冷えは、結構厳しかった。 ケツに当てたアメリカンな座布団では、とても、痔の予防にはナラン気がした。 のように、火の気皆無の集会場、町の有志(ツイてない長男)俺とアトリはバケツ20個分の風情と格闘中。
ここスワダは、別名「菜の花町」と呼ばれる菜の花栽培の盛んな町。 その昔、国の政策であまりに増えた休耕田に菜の花を植えた。 花は食用として一部市場に出回り、種は菜種油となり、絞り粕は肥料になる。 今はその数も一時より減ったが、それでも町は春、黄色に染まる。 しかし半端な田舎、半端な若者の数と、話を聞かない頑固な自営ミドルの織り成す結果は、プチ過疎化。 したらナンカするか? ナンカってナニ? 花ばっか作ってた連中に、柔軟な発想やグッドアイディアが有る訳も無く、無駄に会議を重ねて まぁコンナです と出た企画が【スマイル菜の花祭り】。 わかんねぇよ。
しかし決定。 町の真ん中にあるスワダパーク、聞こえはイイが開発しようがないタダの空き地に五月の下旬、縁日モドキを身内的に展開。 そんでソコで、町の名産、菜の花をお客様に配る。 わぁ!綺麗!! コンナ町で暮らしたいッ!! となる予定らしい。 無理だなと、皆思ってる。 でも後に引けないからサクサク企画は進み、下準備兼ねた厄介な雑事に借り出されたのが、町の有志こと俺とアトリ。 ツイちゃぁいねぇ、親父が町内会長・副会長だというだけで。
『あぁッ、まぁただ、ノノッ、取ってくれッ、くそうッ!』
ヘルプを叫ぶアトリ。 手にした菜の花の一束、その蕾だの花だのが、アトリのジャケットに引っ掛かっている。 動くに動けないアトリはキレる事も出来ずオカンムリだが、俺の方が百倍カンカンだ。 舌打ちしてオラヨと身を屈める俺。 ファックとか怒鳴ってる馬鹿に、何度目かの提案をする。
『それさ、脱いだほうが良くねぇ?』
『やだよ、寒いじゃん。』
即答かよ? それは旧日本軍とか言う感じのカーキのジャケット。 それはいい、まぁイイだろう。 けど問題は、あそこにもここにもコッチにもソッチにも、至るところに不可解な網が張り巡らされて、さながらリサイクル地引網。 ポケットも兼ねてとかいうにしては肘だの肩だの背中だの、まるで使えないソコに、それはある。 そして作業開始から今の今までコレでもかと、無駄な網は菜の花の頭を掴んで離さなかった。 で、その度に狩り出されるる俺。
『脱げ。 俺はもうイやだ。』
『じゃ、そのフリースと交換』
『ンじゃ、意味ねぇよ。』
花は、アトリの左腕に蕾を絡ませていた。 花は地引網が気に入ったらしい。 不精して束で握った菜の花は、コッチを取るとコッチが絡む。 キィとなりそうな俺は、アトリの暢気な声を後ろ頭上方に聞く。 何よりムカツクのは、ソレが 製作=アトリ だという事。 俺もアトリも、将来は親父の後を継ぐのだとほぼ決定していた。 その辺、俺らに決定権は無い。 そう云うものだと育ったので、他の選択肢がなかった。
だから、俺は農学部で将来に備える。 してアトリはと言えば、将来絶対役に立たない事をしたいとヤケになり、服飾科の専門学校に行き、これでもかと奇天烈な服を製作。 時々試作品を「着ろ」と寄越してくるが、「ウメヅカズオ調ドラエモン柄アロハ」だの「スピードスケート風デニムスーツ」だの、手間が掛かってそうな割にどれも馬鹿馬鹿しく、着れたもんではなかった。
『お前さ、コンナンばっか作ってて卒業できんのか?』
『チッ、コレだからセンスの無い奴はもぉ〜、俺はねぇ期待の北極星なのよ、ククク……』
『お前の学校、おかしい。』
『おかしかねぇよ、こないだもスカウトマンが来ちゃってさぁ、卒後即、来てくれって、』
『行くのか?』
『行かねぇよ、花マミレの未来があるしよ・・・ぅ・・・ノノ、駄目だ、ソッチ引っ掛かってる、』
信じがたいがアトリは将来有望らしい。 しかしソレを蹴る。 蹴って花マミレになる。 俺にはわからない、確かにアトリは長男だが、妹二人と弟が控えている。 二人とも、都会に行く気配の無い、真っ当というか地味なワカモノだ。 なのにアトリはここで花を作る。 奇天烈な服で、如何にもな未来を蹴って、
『ナンで? なんでお前、わざわざ家継ぐの? 服、作る方がイインじゃねぇの? アパレル? わかんねぇけど、そう云う奇天烈なのイイって言われてるんなら、ソッチ行けばイインじゃねぇの? てか、合ってるじゃんお前、ソッチのが、』
『嫌か?』
『え?』
『昔さ、なぁ、花ン中隠れて仏壇の菓子喰ったりしたじゃん、中二ン時とか親父のセブンスター二人で吸ったじゃん、アハハそうだよ、ノノさ、シオダとキスしてたろ?』
『な、ナッ、』
『高三とき、ちょっと夕方、俺、親父に頼まれて温室覗きに来てて、そんで、うん、あ、ノノだって思って声掛けようとしたら横にシオダ居て。 や、覗くつもりじゃなかったんだけど、ン〜〜ナンか、ナンか、ナンかだったなぁ。』
『お、お前だってソン頃、ドンドンバーガーのウェイトレスと付き合ってただろッ、』
『あれは、その後。 俺、お前とシオダ見て、駄目だ、所帯持たなきゃとかナンか、アハハ、焦ったんだよねぇ〜。』
焦ったのは俺のほうだ。 あの頃、俺はアトリに先を越されそうで、色々躍起になっていた。 当時、アトリはモテ組だったのだ。 しょっちゅう告られ、しょっちゅう相手が変わるアトリ。 もう同じ距離でないような気がして、毎日ゾワゾワした居心地悪さを感じていた。 落ち着かないアトリは常に目が離せなかったが、でも、俺はアトリの後を追い、アトリは先を行くそのカタチがどうにも釈然としなかった。 散々世話焼かしてテメェは向こうに行くンかよと、ジリジリする気持ちを持て余していた。 そんな時シオダに告られた。
二つ返事でOKを出す俺が、ホントにシオダを好きだったかは良くわからない。 だけど、これでアイコだと思った。 アトリとアイコだと思って俺はシオダと付き合った。 アトリとつるまない時間を、俺はシオダと過ごした。 半ドンの土曜日、メシッ! とうるさいアトリを撒いて、シオダと花の下にしゃがみ、クスクスと笑う。 それはアトリと話す馬鹿話ほど面白くも楽しくもなかったが、でも、こうすべきなのだと自分に念を押した。 またある時は、アトリとの約束を蹴り、シオダの細い肩や、良い匂いの髪におずおずと触れた。 骨ばって雑な作りのアトリと比べ、壊れ物めいたそれは心許無く落ち着かない気持ちに襲われたが、でも、アトリもどっかでこうしている筈だと苛つき、あの日シオダと唇を重ねた。
そんなだから、アトリがウェイトレスと別れたと聞き、俺はホッと力を抜く。 もはやシオダとの付き合いをどこまで続ければ良いか、どこで切り上げれば良いか、俺にはわからなかった。 頭の中、何かと引き合いに出すアトリとの見えない競争にホトホト疲れてしまっていた。 それだから、あっけなく俺はシオダと別れる。 引き止めなかったシオダは、俺の誠意の無さに気付いてたのかも知れない。 俺は最低だ。 思い返せばシオダと付き合いながら俺は、今まで以上にアトリに振り回されていたのだ。
そのアトリが、ウェイトレスの女と結婚するつもりだったのだと言う。 初耳な情報に、俺は呆然とする。 アトリの女関係はひっきりなしではあったが、あくまでカル〜ク、カルク。 じゃれ合うような無邪気さに、所帯なんて重い言葉は似合わない。 しかし、アトリはそれを考えたと言う。 俺とシオダを見て? どうしてだよ、ナンでお前がなんだよ? 女とっかえひっかえなのも、イキナリ服作りに学校行っちまうのも、ココ出てく気満々で俺と距離広げんのはいつも、アトリ、お前ン方じゃないか?
『俺ね、お前に置いてかれるとか思っちゃってさぁ、ずっと当たり前に花マミレだったのに、ノノ、シオダとここ出てくンかなとか、じゃ、俺はどうなるよとか。 どうもこうもねぇんだけど、 ……だから俺、ノノが家継ぐって聞いて嬉しい。 服作ンのおもしれぇし、あの学校ヘンな奴ばっかだから毎ンち飽きないんだけど、でも、やっぱ俺はココでずっとやりてぇんだな、ココでノノとずっとやりたい。 やりたいんだけど、ノノは嫌か? この町で暮らすの、俺と花マミレの百姓やるの嫌か?』
菜の花はとっくに網を離れてる。 でも、俺は頭を上げれなかった。 暢気なアトリの声が震えてる気がして、それは耳の奥が轟々する感じで。 俺は頭を上げられずに、アトリの声を聞いた。 俺は、アトリと、アトリは、俺と、
『・・・・・・・ ごめん、ノノ、』
『ごめん言うなッ、 』
瞬間、見上げたアトリの眉は泣き笑いの「はの字」。 だから俺は言うのだ。
『あやまんな、アトリ、お前がヘンチクリンな服で土ホジクルの、俺は眺めて笑うから。 絡まったり引っ掛かったりするのを、横でずっとヘルプしてやるから。 だからな、アトリ、どうもこうもするこたねぇ。 ジジィになるまでずっと見ててやる、ずっとだ、俺らずっとだから、ココで、花マミレで百姓やろう、な、嫌か?』
『ヤじゃ、ないです・・・・・・ ジジイになるまで、俺、見ててくれ。』
そうして、俺らは五月の夜に、黄色い花束をソワソワと作る。
ホッとして落ち付かない春の夜に、俺らの未来は少し、カタチを変えた。
菜の花や 月は東に日は西に アトリが歩けば 俺に当たる
:: おわり ::
百のお題 028 菜の花
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