カツカレーは油ギッシュで、カツドンは卵ばっかだった。

『マメ、いま何時?』
『まだだろ? マダはえぇよ、』

カツの衣をもそもそ剥し「まるで、ハム」とマメは言う。 俺はガブガブ飲み過ぎた水のせいで、なんか、胃の中カレーが分離したよな予感で一杯。 惰性で噛み締めた福神漬けは、コレでもかと甘かった。

『……ダメだ、ますます駄目モード、駄目駄目ヴァージョンアップ。』
『んなコト言うなよ、まだ半分、半分じゃん。』
『けど、オマエ、持ち金幾らよ?』
『え? あぁ、ぁ、と、1026円。 微妙ではある、』
『び、微妙じゃねぇだろう? 帰りの電車賃どうすんだよ、差っ引いたら400円切ンじゃんかよ。』
『後半100円ずつ賭けりゃインだろッ! 俺の勝手だろッ! 地道な作戦にケチつけんのかよッ、今更、後に引けねぇんだよ馬鹿野郎ッ!!』

キレたマメは小鬼のようだった。 吊り気味の目が更に吊り上がり、拳固が出なかったのは奴なり、衆目を気にしたのかも知れない。 そして俺は、改めて色々絶望的だと確信して再び、油浮くカレーを一匙すくう。 やっぱ、作戦は失敗だ。 やっぱ、ドカタの方が手堅く安全だった。 てか、そんなの火を見るより明らかだったのだけど、でも、俺はコッチのハイリスクを選んだ。 なぜか? マメがそう言ったから。 マメは、俺の絶対だったから。

俺が初めてマメに会ったのは、親父にどやされ泣く泣く入部したチビッコ剣道の道場でだった。 半ベソで嫌々板の間に正座する俺は、目の前、凄まじい気合の一人に釘付けになる。 小さな身体、高い声。 ぶんと空気を切り、デカイ上級生をカシンと打ち止める無駄の無い綺麗な動き。 こりゃスゲェ女子だと驚いた。 けど、手合わせを終えたその子は、俺の隣ストンと座り、あちぃッ!と防具を脱ぐと興味津々の猫目で言うのだ。

『デケェなぁ〜オマエ、何年? 今日から? こないだの「ひょうきん族」見たかよ?』

捲くし立てるソイツは男。 小さいけど俺と同じ5年。 エンドウッ!!と先生に怒られても、懲りずに竹刀ダコ自慢するソイツこそマメだった。 

『オマエなッ、俺がチビだからマメだとか思ったら突くぞッ! 俺は、エンドウだからマメなんだッ!! わかったかよッ!!』
『う、うん。』

実は良くわかんなかったが、マメに「チビ」は禁句なのだと俺は悟る。 

そんなマメは両親を早くに亡くし、骨董屋のお爺さんと二人暮らし。 そして、知れば知るほどにマメは凄い奴だった。 マメは道場の期待の星で、北小のエンドウといえば大会常連の入賞組。 素早しッこいから足は早いし、小器用だからファミコン巧いし。 勉強こそ今一だったが、吉本芸人のプロフィールだの、アントニオ猪木の過去対戦記録だの、変な事を良く知っているし。 何よりマメは、ここらで1・2に喧嘩が強かった。 

つまり、子供社会では最強条件をマメは持っていた。 だから、俺はマメに憧れる。 俺の中、マメはいつもピカピカした絶対だったのだ。 迷ったら見上げる、そんなピカピカのマメだから。 例えソレがちょっと理不尽であっても、雀百まで、俺は未だにマメに逆らえない。 逆らえないから、給料前の来週末「日帰りダイビングスクールに行く!」の提案に『そうだね』とか言っちまう。 したらば講習費用の資金繰りに競馬、とかいう蛮行にも『そうだね』とか言って、日曜朝8時の中山待ち合わせ、そら見た事かと昼にはこのように貧困を極める。

『シンッ! 午後一行くぞッ!!』
『お、おう。』

午後一、12時45分にゲートイン。 小雨降る中山、条件はオモババ。 俺らはホールのベンチに座り、濡れそぼる馬と、やや惨めな騎手を眺め、やっぱ駄目そうと密かに溜息を吐く。 

『マ、マメ、やっぱ2−5はマズカッタかなぁ?』
『黙れ、俺は2番カクタスアニータに300円も張り込んじまったんだよッ!』
『さ、三百円! おい、コレまだ午後一だろッ? ソンナン賭けて残りどうよ?なぁ、』
『うるせッ、ピンとキタんだよッ、なんかこの馬、金に縁が有りそうな気がしたんだよッ!』

アニータじゃソレ、縁は有っても分捕られるんだろう? と思ったが、瞬間ピカッと光る掲示板。 ファンファーレと共に飛び出す馬どもに、大の大人が大熱狂。 

『イケッ! イケッ! 廻り込め、廻り込め、廻り込めッ! イイぞッ! アニィ〜タッ!!』

前のめりのマメが絶叫。 俺もなんだか、手に汗握り。 最期のカーブを二番と五番とやや? 追い上げてきたか四番が団子で、

『逃げろッ逃げろッ逃げ切れアニィ〜〜タァッ!!』
『ヲォッ!!?』

二番、カクタスアニータの騎手が、ゴール寸前でコロンと虫みたいに落馬。 煽りを喰う五番とソレを避け損ねイキリタツ四番。 ソコに暢気に、とことこゴールインする冴えない三番。 
 …… ナニ? 今の、ナニ?
再び電光掲示板がピカッッとキて、一斉に見上げる一同の耳にアニメ声のナレーション。

―― 只今のレ〜ス、1枠2番カクタスアニータの落馬により、3枠4番ロマンスメロディが4枠5番シンバシイレブンの進路妨害となり失格ぅ〜。よッてぇ〜2枠3番マンセープリンス 一着、4枠6番ハナハナドンドン 二着ゥ〜……

『マメ……』

ハニワみたいなマメの手に三枚の馬券。 

『……くしょう、畜生ッ、畜生ッ!! ナンダよナンダよコレが俺の人生かよッ!! ガキン頃は竹刀ふりゃ一番だし、運動会じゃヒーローだし、道ッぱたでは喧嘩上等だった俺なのに、畜生ッ、今じゃ朝からババァの文句にヘコヘコ頭下げて、クゥ〜ッ! 何で俺が「申し訳アリマセン」とかウナサレなきゃナンねぇんだよッ!!』
『な、何でって、』

一昨年、マメは家の前、バナナの皮に滑って転んだ。 ネタですか?と思うベタなアクシデントはマメにとっての大打撃。 咄嗟に手を庇ったのが仇になり、ヘンな角度で肩の骨を折ったマメは、剣道入学した大学で非常にキッツイ立場となる。 マメから剣道が無くなった。 そして、慌てて捜した就職先は食品会社のお客様係とかで、マメは朝から晩までクレーム電話に謝る生業。 そんなマメの苛々は悔しいほどわかった。 けど、俺はどうする事も出来ない。

『やり直そうにも学校は二流だし、会社は三流だし、道ッぱたではケツ撫でられるし、』
『ケツっ?! だ、誰だよ、ソンナンする奴誰だよッ!!』
『知らねぇよッ! どっかのジジイだよッ! 人ン事カワイコチャン呼ばわりしやがって馬鹿野郎ッ! そんなに俺は弱ッチョ虫に見えんのかよッ! シンッ! おまえテメェがデカイからって、やっぱマメはチッチャイからしょうがねぇなぁ〜とか思ってるんだろうッ!
『や、そんな、』

違う、マメ違う、マメは俺にとってマメは、ずっと、

『クソウッ! いいトコまで昇ってたのに、最後はスカンピンで終了なのかよッ!  悔しいッ、悔しいッ、くや』
『ソンナじゃねぇよッ!!』
『どんなだよッ!』
『カッコ悪いこた一つもねぇッてんだよッ!!  俺ン中じゃずっとずっとマメはピカピカでずっとずっと上の方で、下から眺めりゃワ〜言うそう云う、そう云うンがマメじゃん、おまえ、ずっとそうじゃん・・・・・・したら、』
『したら今どん底の俺はナンなんだよッ! 慰めてんのかよッ!』
『慰めちゃワリィかよッ! どん底でも俺が居るじゃんかッ! 俺はずっとずっとお前の後付いてくって言ってるじゃんかッ! ソンじゃ嫌なんかよッ!』
『い・…やってか、じゃなくて、あの、・……』

ーー 非常に気まずい。 俺、なんか、物凄くアツイんですけど、

ハズカシィ〜〜ッ!! と身悶えしたい空気が、息切れする俺たちの間に満ちていた。 嘘は言ってない、俺は嘘なんて言ってないけど、ああまで熱烈に言う必要があったんだかナンか。 見ればマメも握りしめたハズレ馬券を、縦折り横折りまた開き、強烈な励ましにリアクション考え中。 並んだベンチで視線をずらす、居心地悪い俺ら。 なんか言わなきゃと焦る俺は、ふと覗き込むマメの手元、衝撃の事実に気付く。

『マメ、ソレ、3って、』
『へ? …… をぉ! 嘘ッ! ナンでッ!? 3ッ!! おいッ! 3だよ! えぇッ? なんでッ? 3ッ、確かに3ッ、』
『あ、あのさ、マメもしかしてマークシート、2んトコ 隣の3塗ったとか、』
『それだぁ〜〜〜っ!! よっほほぉ〜〜っ!! やっぱなッ、わかるだろ? 俺はこう、運がイインだよ、あ〜、どうしようッ! 大穴当てちまったよッ! シンッ!! コレで週末はバッチリよッ! お前の分も俺がガツンと出してやるからなッ!この際一式買っちまおうぜ、ソンで夏は南の海っテナもんだッ! 感謝しろよッ! なッ!』

瞳孔開き気味のマメは、よろよろと32倍の96万、未知の金額を引き取りに向かう。 あぁ、コレで週末は安泰だと思った。 そして潜れる俺らは多分、夏は南の島へ行くだろう。 マメと俺とで南の島……それはなんか、野郎二人でナンてかソレは、気まずいさっきのアレが脳裏に浮かび、再び ハズカシィ〜〜ッ! とモジモジする俺だけど。 でも、まぁ、いいやと思う。

俺は、キット、マメと行くのだ。
恥ずかしかろうが気まずかろうが、ナンか違う展開になろうとも、俺はマメと行くのだ。

例えるならソレ、電光掲示板。
ピカッとするソレに俺は、浮かれ、落ち込み、キィとなり。 
でも、ソレから目なんて離せない。
何故ならマメはマメだから。 ずっとずっとマメなのだ。





      :: おわり ::



         百のお題  027 電光掲示板