僅か六畳のカオス。 しかし、作業は困難を極めた。 


『ツカぁ、この剥き出しCDどうするよ?』
『ケース、ケース探せッ!』
『ねぇよ、てか、ドレが中身ナシだかわかんねぇよ。』
『ヨク見ろよ、そこらにナンカあんだろうよ?』

卒業ぎりぎりの1月、駄目モトで受けたソフト開発の急募。 余程あちらは余裕が無いのか、俺は奇跡の御採用を手にする。 そして勤務地は東京。 ノゾミ通勤できる御身分ではナシ、駄目モトだからココらがチョッと誤算だった。 が、何しろこの就職難。 呼ばれて飛び出て明日十時、俺は故郷を離れ帝都に向かう。 

『やっぱねぇよ、ツカよう、この部屋マジ汚ねぇよ、コンナじゃ昼マデとか絶対終わんねぇ、』
『終わらせる為におまえ呼んだんだろ? サクッとそこら探れよ、おら、』
『サクッもねぇだろ? この修羅場の何がサクッだよ畜生、ミンナ騙されてるッ! お前の爽やかに俺んちのババァも節穴の面接官も、ミンナころっと騙されてるッ!!』


まぁ、確かにこの部屋は我ながら酷い。 たかが六畳、大きな家具もナシ、なら前日チョチョイだろうと、タカを括って大失敗。 拾っても集めても、ナンダかわからんアレだのコレだのソレだのの、敵は小物なり。 でるわでるわでうろたえた俺は、歩いて二分走って一分、無駄に付き合いの長いサンメを、この引越し作業に已む無く召還する。

『おぉい、このベッドん下ナンカ詰まってんぞ? ははぁ、ツカシロくぅん、ココはキミのオカズ図書館かなぁ?』
『あァ?』
『ゲッッ!! 小三理科自由課題へちま日記全二巻!!』
『ソコにあったか……』
『お、お前、うっかり母親に捨てられたとか言ってミサワユウコに丸写しさして提出したよなッ!! マドンナゆうちゃんにッ!! クゥ〜〜ッッ、12年の歳月を経て解き明かされる衝撃の真実!!』

表紙の濃緑が焼けたジャポニカのノート。 12年前の俺の字は、どこか懐かしいナゴミ系の下手糞だった。 引きずり出されたソレを束ね直し、物置行きの廊下へと並べる。 既に狭い廊下には、そんなナゴミ系が溢れている。 駄菓子かめ屋に搾取され続けた、苦肉のプロ野球カードスクラップ。 紅葉台中央中学校卒業アルバム。 撮影当日インフルエンザに倒れたサンメは、欄外、悲しみの故人宜しく病み上がりのスポーツ刈を曝す。

『けどよ、ツカ、お前ミサワに告られたんだろ、何で付き合わなかったの?』
『めんどくせぇし、』
『うわ、今アナタ、旧3年4組男子ほぼ全員敵に回しましたねッ! …… したら、6年のミユ先輩はどうよ? ツカくぅん!! ッて、チョコとか貰ってたじゃん、あとモミ中ん時のアサクラとか、あとホレ、女子バレーのサオリ先輩とか、そう! 高2ン時、お前、バイト先の女子大生に告られてたじゃん、グラマーなハヅキリオナっちゅう感じの、』
『付き合ってねぇよ、ナンカ面倒なんだよそういうのが、ナンカ、』

面倒なのだ。 無理というものだ。 何しろミンナ爽やかな俺が好きなのだ。 しかしエセ爽やかな俺は、ソレを自覚していたので、とてもじゃないがそのマンマ彼女のご機嫌を取り期待に応える自信がまるで無かった。 

『面倒って、お前。  …… ツカ、マジでマトモに付き合った奴いねぇの?』
『いねぇよ、ずっとツルンでたんだから、そこらへん知ってんだろ?』

そう、花も実も無くずっと、俺はサンメとつるんでた。 接客用の爽やかな俺とサヨナラして、このカオスの六畳、スナック菓子とゲームとマンガに浸り、あの日もこの日もサンメとウダウダつるんでた。 改めて確認すれば、不可解なモヤモヤが腹の中で固まる。 振り返るどの記憶、どの想い出にも、サンメの間抜け面が洩れなく付いている。 ならばサンメの記憶、想い出、どこを切っても俺は、エセ爽やかに潜り込んでいるのだろうか? 

『あ〜  ツカ、お前さ、カナァリ年上にモテモテな。 気を付けろよ、東京で喰われねぇように、』
『喰われねぇよ、面倒だし、   おい、ガムテープ! 』

飛び出そうとする、無理目の箱詰めを両手で抑え、デカイ図体でチマチマ小物を分類するサンメに、窓枠に置いたガムテープを頼んだ。 しかし、サンメは、ぼんやりしている。

『サンメ、 テープ、ガムテープここ。 おい?』

グイと腕を回し、サンメがガムテープを掴む。 のろのろと近付く影に、もう一度俺は急かす。

『ココ、ぐるっと貼れよ、』

手元が暗くなり、サンメが屈み込むのがわかった。 両手で抑える箱の隙間、洗剤の残り香がツンとキタ。 通りのオクダ薬局で貰った「徳用ザブ20箱入り」のダンボールには、ガラクタみたいな想い出が溢れている。

『サンメッ! ナニやってんだよ? ココ、ビットよ、 』

ビビッと引き伸ばすテープはヤケに長く、ケチつけようとした俺より早く、両手を広げたサンメがソレを貼り付けた。 箱と、ソレを抑える俺の腕に、横一で。

『な、ナニすんだよ? おいッ、』
『面倒とか言うなッ!!』
『え?』
『ツカ、面倒とか言うな、ナンもカンもイイ事もワリィ事も、お前、いつもどうでもいいふうに面倒だとかすぐ、もう言うなッ!』
『サンメ?』
『俺は、俺は一つも面倒じゃねぇんだよ……』

貼り付けられた至近距離、見慣れたサンメが見慣れない顔で俺の唇に触れた。
なんだよ今更なんだよ今になって、
なんだよ、なんだよ、急にうろたえてダンマリすんなよ、デリ野郎めッ!

『ツカ、』
『…… お前は面倒じゃない、面倒じゃない、』

二度目のソレは、性急で熱烈で、なんかメロウだった。


カオスと混乱の六畳。 
想いは特大ダンボールに収まらず、ガムテープの横一を跳ね除ける。
撤収作業は、いまだ難航中。





      :: おわり ::



         百のお題  024 ガムテープ