『さぁて、どうしよう? 肉と豆腐、どっちがいい?』


タキと出逢ったのは台風で足止めを喰った新大阪、深夜の緑の窓口でだった。 ダイヤルは不通、4時間待ちでも絶望的。 いよいよ慌てた私は宿泊先を窓口で捜す。 が、その狐目の男は言うのだ。 

『ツインしか空いてないんですよ、ですからお一人ではねぇ。』
『ならツイン料金を払います!』
『ていう訳にも……そちら、女性一人客はお受けしないそうなんで、』

女一人、何か仕出かすとでも言うのだろうか? それなら連れ込むのも呼び付けるのも、男のほうがずっとずっと多いだろうに。 なんて不愉快なホテルだろうと思った。 しかし、時刻は0時を回る。 季節は10月、野宿は非情に辛い気がする。 ムカつくホテルだが仕方ない。 他に予約が入っているならまだ知らず、空いてるなら泊めてくれたって良いじゃないか? 泊めろよ、金ならある、払ってやるとも、イイじゃないか、一晩くらいイイじゃないかッ、

『『どうしてもダメなんですかッ?!』』

ダンとカウンターを叩いた拳そのままに、ハモリに横を伺うと、やはりこちらを伺う若い女が居た。 それが、タキだった。

『『こ、この人と一緒に泊まりますッ!!』』

即決。 そんな訳で私とタキは、二人でそのムカつくツインに泊まる。 
駅から20分、ホテルに向かうタクシーの中、無口な運転手を幸いに、私はタキに一人旅ですかと訪ねた。 クリクリした二重のマスカラターボの眼。

『や〜あたし、セクハラで会社辞めちゃってぇ。 んで、失業記念に喰い倒れの旅なんですよォ〜。』
『わ、私もッ!! 私も部長殴って会社辞めたのッ!!』
『うっそぉ〜〜〜ッ!!』

嘘じゃない。 通販の子会社に勤めていた私は、何故か部長のお気に入りだった。 そして先月、あまりにしつこく誘われるのでコリャしょうがないと、部長お勧めの『チョットいい店』とやらに付き合ったのだが、それが運のツキ。 食事が終わり店の外に出た途端、待たせてたタクシーに埒被宜しく押し込まれて乱闘。 『チョットいいホテル』へ連れ去られまいと、渾身の一撃を放ったその翌日、私は勤務態度が悪いとかの理由でいきなりの解雇を言い渡された。

『うわぁ〜! あたしは飲み会で胸揉まれちゃってさぁ! ガツンとイッたねッ、課長鼻血出してたもん!』
『やったぁ〜〜ッ!!』

似たような事もあるものだ。 しかも多少の後ろめたさか、特別臨時支給とか言う変な金が、結構な額振り込まれたのも共通していた。 そして聞くほどに驚く共通項。 タキと私は家族構成から生年月日、血液型、主だった過去のエピソード、果ては忘れたいトラウマの数々までコレでもかと重なりコレでもかと酷似した。 件のツインルームでパンストを脱ぎ、足をばたつかせる私に、色水みたいな緑茶を啜りつ上目づかいのタキが言う。

『あのさぁ、聞きにくいんだけど最近、サイテェな男と付き合ったことある?』

Yes. 私は去年、とんでもないクズ男と付き合っていた。

『去年ね、酷い目に遭ったわ。』
『キィワードはお金と女?』
『私名義でカードローン踏み倒して、どっかの女と逃げたのよ。』
『あぁ〜〜〜〜。』

おかげで私は会社帰りのホステス業を余儀なくされ、借金は返したが心労からの激痩せで女振りをやや上げた。 ラッキ〜。 そして案の定タキも似たようなもの。 タキは去年婚約を破棄した。 結納も済み後は式をおいおいと、などと暢気に構えていた矢先、男の隠し妻が子供を抱いて現れたという。

『どうかと思うよ。 その人と結婚するなら、その人の借金払って下さいとか言うんだよ。』

タキはショックで6キロの激痩せをする。 そしてヤケッパチのショッピング三昧エステ三昧、帳尻合わせはお約束のホステス業だった。 

『ヤナ客が居てねぇ〜、ふたこと目にはヤラセロっても〜。』
『いるよねぇ〜、 あと自称社長!』
『居た居たぁッ!! で、散々ツケといてトンズラなんだよねぇッ!!』
『そぉなの、参っちゃうよねぇっ! あはははは!!』

アハハじゃないよ、どうしようもないよ、そんで今は失業かよ? 私達は斯くも最低だった。最低な私達はそうして、嵐の大阪で出逢う。 運命なんて怪しい占師の常用句かと思っていたが、あながちそうでもないらしい。 運命と言う言葉は多分、こう云う時に嵌るんだなと思った。 何故ならココに、真っ暗なホテルの一室、隣のベッドには運命の片割れが転がっている。 窓を打つ雨風に重ね、片割れは独り言のように話し始めた。

『あたしね、自分で言うのナンだけど、人生に前向きだしソコソコ取り組みは真面目だし、見た目よかずっと一途だと思うんだけど。 でもなんでかなぁ、ココゾでさぁ、いっつも外すんだよねぇ。 ホントにココゾって時に、何で今ソレがって予測不能なナンカで。 そう云うのって努力とか日頃の行いとかでは、まるで回避出来ないナンカがあるんだよね。 したらさぁ、つまりあたしの人生ってずっとソンナなのかなぁって思って。 ずっとココゾでなんかにブロックされて、なんとなくまぁイイやで、まぁた、ややレベルダウンで初めからやり直して、そんでまた、いつかココゾが来るとナンカが現れてって…… や〜冗談じゃないよ。 冗談じゃないよねぇ?』

冗談じゃないよね。 ホントに冗談じゃない。 タキの言葉は独り言と同じだ。 私は闇の中、私自身の独り言を聞く。 ホントに、冗談じゃないのだ。 今まで私の人生はそのようにココゾで何かにブロックされてきた。 何故今? と思うココゾで、あぁまたかと終いには力が抜ける程度の確立で、ココゾは私の行く先をマークした。 私が何をしたというのだろう。 もう一人の私に、私は問う。

『私が何をしたんだろうって、思う。 ココゾで何かが駄目になって、あぁまたかと思うんだけど、もういい加減何度もだと「まぁいいや」になって少し馴れっこな自分が嫌なんだけど、でも、改めてふと思うんだ。 けど、私、一体何したって言うんだろうって。 うん、そりゃね、少しづつなんか思いたる節はある。 あぁ、あの男の挙動不審に何となく目を瞑ったのは、あたしの弱気だったんだろうなぁとか、二人の間が離れるのをどっか避けようとして、見ない振りしてたんだなぁとか。 エロ部長がウハウハしてるのはわかってたけど、でも痩せて嬉しくて、ついセクシィ風味な服ばっか選んで、まして夜のバイトもあったし、自然とそういう雰囲気出てたんだろうなぁとか。 そういう所、私ってあんまり目立たない子だったし、やっぱどっかで注目されてモテてるってのが、嬉しかったんだろうなぁとか。 思い当たるけど、でも、それだからってこんな風に外れつづけるのはどういう事だろうって私、物凄く納得行かないんだ。 ホントは理不尽で腹立たしいんだ。 ちょっと今より幸せになりたいだけなのに。 それだけなのに。』

『ちょっと、幸せになりたいだけなんだよね、』
『ちょっとだけなんだよね』

ちょっとだけ〜ちょっとだけなのにぃ〜 と、暗がりでタキのふざけた小さな声がする。 一昔前のロマン歌謡みたいな変な節でタキが口ずさみ、つられて私も一緒に歌った。 
   ちょっとだけ〜ちょっとだけなのにぃ〜何故かぁココゾにぃ負けるぅわたしぃ〜〜 
頭の悪そうな歌を暗がりで歌いながら、私は少しだけ泣いた。 タキも泣いていたのかも知れない。 何となくだがそう思う。 そしてやがて、私達は ちょっとだけぇ の狭間で眠りに就いた。 外はまだ、激しく嵐だった。 

けれど、嵐なんて一夜で明けるものだ。 明けない嵐なんてない。 

どちらが仕掛けたか忘れたが、ピピピと愛想の無いアラームの音で私達は同時に目覚め伸びをする。 

『『おはよ』』

ろくにドライヤーをかけないで寝たタキは、御茶ノ水博士のようで。

『『変な寝癖』』

私もだった。

窓を開ければ嫌味なほどの快晴。 暑くなりそうな一日の予感。 そしてスローダウン。 数時間後、私達は東京へ戻り、ココゾで負ける生活に再び足を浸す。 まぁいいや。 まぁいいや。 まぁいいや、多分。 のろのろ身支度をしてゾンザイに化粧した私達は、キィをちゃらちゃら揺らしフロントへ向かう。 フロントに立つ地味な若い女に、タキが言った。

『あの、ここ、モーニングチケットとかないんですか?』

女はおやおやといった変に外人臭い仕草で答える。

『御座いますが、チケットは予約のお客様へのサービスとさせて頂いております。 ですが、宜しければ「和洋・御一人さま700円」で、そちら一階カフェテリアにて御提供させて頂いておりますが?』
『『じゃ、いいです。』』

馬鹿か? 700円も払うなら、そんなのは要らない。 タキのパンプスがキュッと大理石モドキを擦った。 生意気な回転扉を回せばムワンとした朝。 外れ人生の幕間、日常を忘れた大阪の朝。 だけどもうすぐ私たちは戻る。 ココゾで外す「まぁいいや」の人生に、生活に、あと数時間後に私たちは戻る。 厭味たらしい青空の向こうに。

『だぁ〜〜ッ、今更日焼けかぁ?』
『エステ行けばいいじゃん。 レーザー、マックスでさ。』
『そんでまた、お水?』
『プ〜だから本業へと移行。』
『『ヤダねぇ〜〜ッ!!』』


タキのパンプスが良い音で鳴る。 と、私のも満更でなく良い音だった。 して良く見ればまぁ、同じブランドの型違い。 あぁ、それじゃ、私たちは西から東、良い音で靴を鳴らし現実へ戻るのだろう。 私は東京へタキは川崎へ。 それぞれの空の下「まぁいいや」「チョットだけぇ〜」と、靴を鳴らし何かを外し、トホホとそれぞれ笑うのかも知れない。

やがて人垣の向こう、緑の窓口が見えた。 私はグズグズとバッグの中、財布を捜す。 手際良く財布を出したタキが、後ろに並ぶ私に言った。

『プ〜女は暇でしょう?』
『あんたもね。』
『お金はまだ、銀行に眠ってるわよね?』
『お陰様でね。』
『じゃ、決まりだわ。』

タキがしてやったりと、威張って笑う。 だから、私は主導権を奪うのだ。

『さぁて、どうしよう? 肉と豆腐、どっちがいい?』
『まかせちゃお。』
『やだ、いいの?』
『いいわよ。 だって、おんなじでしょ? あたしたち、』



     快晴の秋、私たちはもう少し旅をする。
運命はあるかも知れないし、ないかも知れないけど、
外す日常がもしも運命ならば、二人で外すソレはきっと、一人よりはマシかも知れない。

     私たちは窓口で暫し、議論する。
神戸で牛を食べるか京都で豆腐をつつくか、それはまだ、
私たちにだってわからない。







      :: おわり ::



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