仕事は単純だった。 

微かなモーター音のする部屋で俺は、運び込まれた箱に番号をふる。 番号付きの箱を、所定の棚に並べ、数が揃っている事を確認したら終了。 

箱は部屋の隅、Uの字に、壁から突き出てまた引っ込む、四角いコンベアの穴から搬入される。 穴の横、緑のボタンを押すと、箱が三つ流れてくる。 三つの箱はUの字の曲がりに留まり、それに素早くナンバリングして奥の棚に移す。 コンベヤが空になればまたボタンを押し次の三つを待つ。 箱ぎりぎりに繰り抜いたその穴は、覗き込んでも暗く何も見えない。 だから箱の搬入を、果たして人が行っているのか、あるいは無人なのか、俺は知らない。

箱は、継ぎ目のない藍色の科学樹脂で覆われ、天井に埋め込まれたポイントライトの照明を、ぼんやり靄のように反射した。 滑らかで硬い表面を見る限り、どのように中身を取り出すのか、詰め込んだのかわからない。 しかしそれが空で無い証拠に、一辺が肩幅ほどある立方体のそれは、持ち上げればずしりと見た目以上に重く、そっと傾けるとズズズと中で何かずれる気配がした。 だから、箱には中身が入っている。 


一度、まだこの仕事を始めて間もない頃、うっかり箱を棚から落としてしまった事がある。 箱は棚から滑り落ち、俺の手を擦り抜けて、真っ直ぐ錆色の床に落下した。 瞬間、がしゃりと、確実に中で何か破損した音。 しかし表面上著変なく、それは床に静止した。 壊れた。 それが意味する事を俺は知らない。 しかし壊れた。 確実に壊れた。 だがその対応について俺は何も聞かされては居ない。 箱には、129と印刷されたシールが貼られている。 俺が貼ったのだ。 129番の箱が壊れた。 軽い恐慌に陥った俺はコンベアの四角い穴に頭を突っ込み闇に向かい叫ぶ。 

『誰か! 箱を落としてしまった! 何か壊れたぞ! 誰か!』

緑のボタンを連打し、たちまちどかどか流れる三個組の箱を床に降ろしつつ、俺は幾度も穴に向かって叫んだ。 21個目の箱を床に降ろしたあと、コンベヤは奇妙な物を運ぶ。 飴玉のような安っぽいピンクの袋が三枚。 半透明なそれは予想外に地が厚く、入り口は特殊ファスナーで密封も可能になっている。 袋にはタイプされたメモが貼り付けられていた。

     【破損素材の回収】  

  1. スキンAに該当素材を梱包。 
  2. 1をスキンBにて梱包。
  3. 2をスキンCにて梱包後、準備ボタンにて送信。

スキン、それはこのピンクの袋の事だろうか? 見れば袋にはA〜Cの印刷があり、準備ボタンというのは多分、あの緑のボタンだろうと判断する。 

棚の前に戻り、床に落ちたまま一見何ら変わらぬソレを、俺はそっと持ち上げ、指示通り三重の袋詰をした。 塊をコンベアに置きボタンを押すと、今度は箱は追加されず、ピンクの袋詰だけが流れ穴の中に消える。 あっけない作業だった。 しかし、それが怖かった。 破損回収時、三重にも包装する箱の正体を知るのも怖かった。 以来俺は箱を真っ直ぐ、より慎重に運ぶ。 得体の知れない中身が、万が一飛び出したらと考えると、酷く恐ろしくなったからだ。 


そして、仕事は続く。 

毎日、俺は一人でこの部屋に入り、運び込まれる箱に番号をふり、棚に並べ、数を数え、それを8時間繰り返せば一日が終わり、この部屋を出る。 作業は全くの一人で行われるから、一日の終わり部屋から出た俺は、咽喉の奥に言葉の毛玉が絡まるのを感じた。 それは不愉快な感触で上顎を持ち上げ、丸まって縮こまった舌にべったりと張り付き、出番の無かった咽頭をゴワゴワと圧迫した。 

だから、俺は数を数えるのだ。 1から順に150まで。 部屋の外、つるつるした繭色の壁に寄りかかり、箱の数と同じ150をカウントして、やっと、俺は仕事が終わった事を実感する。 何故だろう、この仕事に就いてから俺は、自分がナンバリングされているんじゃないかという不安に駆られる事がしばしばあった。 そしていつかのあの箱のように、コトンと倒れた俺は安っぽいピンクの袋に三重詰めされ、コンベアで回収される。 誰にも会わず、ただ、紙切れ一枚のメモによって俺はその日、処分される。 

嫌だ。 そんなのは冗談じゃない。 そんな終わり方は冗談じゃない。 ぞっとして、慌てて自分の名前を口の中で繰り返した。 が、それすら何か記号のように思え、跳ね上がる鼓動に急かされた俺は数字を数える。 

『1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、……』

しゃがれた声は、機械の創る歪なそれに酷似する。 

『34、35、36、37、38、39、40、41、42、……』

箱の数字は150で終わる。 終わる数字を唱えて、俺はこのナンバリングを断ち切らねばならない。

『78、79、80、81、82、83、84、85、86、87、……』

ガシャンと、どこかで音がしたような気がした。

『122、123、124、125、126、127、128、……』

廊下の左右に同じような銀色のドアが並ぶ。 が、それらどこからも人の出入りはなく、実際俺は自分以外の人間をここで見たことはない。

『146、147、148、149、150。』



一日の終わり、150で途切れるカウントを、声に出し数える。

微かだが耳につくモーター音。 
途切れる事の無いそれは、脈打つこめかみのざわめきに、良く似ている気がした。
自分は、何番と振られているんだろうと、ふと、思った。







      :: おわり ::



         百のお題  019 ナンバリング