―― マジですかぁッッ!! リナ、そぉいうヒト、ちょぉしんじらンなぁいッ!!
下着みたいなキャミソールの女が、キャァ言って大ハシャギしてる。 ラメラメの瞼に半開きのテラテラ唇。 見た事も無いその女は、見た事はあるけど名前が出て来ないお笑いコンビに、シモネタ系の突っ込みを連発されて、いたく御満悦の女王様気取り。 がしかしカメラが追うのはリナの得意顔なんかではなく、半端な高さのスツールの、見えそで見えない太腿付近ばっかだったりする。
『リナ、メインゲストぶってるけど、パンチラキャラくせぇな、』
グビリとチューハイを飲み込んだ俺は、広げたサラ金屋のチラシの上、足の爪を不器用に切るコジシにそう話し掛けた。
『リナってアイウチ?』
『いや、見た事もねぇ「リナ」』
『したらイエロウキャブの誰かだろ?』
『それはナイ。 かなり貧乳。』
ンだよ、ドイツだよと目を細めるコジシは、そこまでするか? というほどブラウン管に近づいて、その「リナ」を観察し始めた。 コジシは半端じゃない近眼だ。 あと一息で国の保障が受けれるのよ とか、なんか得意気に言うくらいに見えない。 視力は小数点幾つとか言うレベルのコジシは、愛用のコンタクトを義眼一号二号と呼んでいた。 が、昨日、その愛器はドブに消える。
『わぁかんねぇなぁ、がしかし、アイウチじゃねぇってのは何となくわかった。 髪、短けぇもんなぁ、』
『てか、ソイツ結わいてんぞ?』
『アラマァ〜〜!!』
イヤンとオカマぶる仕草が、ヤナ感じで様になるコジシはいわゆる綺麗系の男。 生まれてこの方21年、近所のババァのアイドルを自負していた。 地元商店街じゃ値引きは当たり前〜 と、顔パスプライスダウンを自慢するコジシだが、その御自慢の美貌に今はデカイ傷を負っている。 昨日の晩、どっかの親父と熾烈なストリートファイトを展開したのだ。 とは云うものの別に、その親父がテコンドーの使い手だったとか中東の傭兵だったとかそういうのではなく、不可抗力の不運によってコジシは昨日苦戦した。
そもそも見かけに反し、コジシは喧嘩が弱い方ではない。 まして相手が酔っ払い親父となれば、オラヨで勝負はついた筈だろう。 だが、ファイト開始直後、コジシは大きなハンデを負う。 掴み掛ってきた親父と揉み合ったその時、コジシ最愛の義眼一号&二号が「パパママ許して!」とでも言うように、そろって路肩のドブに飛び込んだ。 最悪だった。
ほぼ全盲でのファイトは、親父相手とはいえキツク、勝利こそしたものの顎に頬に鼻っ柱に、痣だのかさぶただ擦り傷だの。 死にかけのコジシが獣の勘でココにやって来たのはもう、深夜二時を回ったところ。 玄関先へなへなと倒れこむ背中に、うろたえた寝起きの俺は『死ぬなッ!!』とヘンな盛り上がりを見せる。 呼びかけに薄く目を開いた傷だらけのコジシは、オロオロと覗き込む俺を見つめて言ったのだ。
『タ、タナミ……最後に、きつく、抱いて……。』
斯くして、コジシはは玄関先ドア前広場で一夜を過ごす。 慈悲深い俺は、朝方は寒かろうと毛布を一枚恵んでやったのだが、飯まで御馳走するとは言ってない。 ましてや二食喰わせて、風呂まで沸かしてやるとかそんなの、どうぞと言った覚えも無いし、そこまでしてやる義理も無い。 だから一つ、ここは釘を刺して置かねば。 友の非礼をイサメルのは、親友なればこそ。 その礼儀知らずの友は深夜番組に見入っている、見えてない癖に。
『なぁコジシ、一つ言って置きたい事があるんだが、』
『ていうか、謎だよな、深夜番組。 全く知らない奴らが、思い切りもてはやされて、思い切り盛り上げて、声だけ聞いてると、すっげぇスターが出てるかの待遇。』
ていうかって、お前、俺の話はソレでスルーしたのかよ? ブラウン管では例の「リナ」が、何故水着で? の嘘発見器に掛けられている。 コリャ盛り上がる。 パンチラどころじゃないハシタナサ。 で、ソレ見えてない筈のコジシはと言えば、なにやら気難しい顔で思案中。 あぁ、考えろよ、なんだかワカランけども、そんで俺にも一つ聞かせてくれ。
『あのよ、お前、当然のように今日も泊まる気で居るのか?』
『そらそうだろう? 俺、怪我人だもの、』
『そら、ってそら……そもそもなんでお前、昨日酔っ払い親父と乱闘になったわけ?』
『ん〜〜〜ヤラセロとか言われちゃってさぁ、』
きゃぁ〜〜〜!!
チューハイ吹きそうになる俺の動揺を知らず、やけにフラットなコジシは「アブノーマルなセックスは好きか?」と問われるリナに代わり、力強く「イエス!!」と返答。 イエス!! ってお前、
『ホ、ホモに間違われちゃったってか、はは、そりゃぁコジシ、災難だったな、はは、』
『ホモはインだよ、あながち外れちゃいないし、けども許しがたいのは俺をヤろうって言うあの親父のアツカマシサがこう、我慢ならなくってなぁ。』
『え?』
今、何か不穏な言葉を、確かに俺は聞きました。
『俺的には、ガシッとヤルほうだと思ってたから、』
『ヤ、ヤルって、あの、』
『うん、ホモるんならヤル方だと決めてたんだな。』
『だ、誰と?』
『え? タナミ。』
『ォを?』
『なぁンか、最近ふと思うんだよねぇ、俺、タナミん事愛してんじゃねぇかなぁとか、したらタナミのアレとかソレ、もしやヤろうッたらソレとかアレ、出来ンじゃねぇかな、俺。 や、そりゃぁ無理だろうって俺、試しに想像したンだけど、驚くよなぁ、自分基準軽くクリア。 で、なぁ、タナミ、お前どう思う? コレって恋の始まりなんかなぁ?
深夜1時のトークショウ。 司会がコジシで俺、ゲスト。
不吉なソレに、今夜は釘付け。
:: おわり ::
百のお題 013 深夜番組
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