『じゃぁよ、』

そこでビサが低くそう言うから、俺は「おう」と片手を挙げる。 
おらよ、またな、サヨナラだ。 

さっきまでポテトを摘んでいた指先が、なんだかベタベタしてて、油ギッシュに違いないソレを手持ち無沙汰の俺は、ガクランの裾でグジグジと擦った。 二年のヘッポコ野郎に、無駄な走り込みばっかさせられた俺らは、膝はガクガク、ケツの筋肉までもぴくぴく引き攣って、どうにも今日は参っていたのだ。 

なのにビサはマックの前、ガードレールに軽くケツを預け、人相の悪い三白眼を明後日の方に向けて、だんまりでそっぽ向いてやがるから。 ンだよ、どういう了見だよ? ムカッとキテなんか言ってやろうとする俺より早く、ボソボソした声が先手を打つ。

『きょ、今日な、マジ、バテたな……』

わかってんなら早く帰れよ、俺もとっとと家、帰りてぇんだよ。 

見ればビサの唇の横っちょ、薄くこびり付いてるケチャップ発見。 あぁナンだな、お前が外人でキアヌNG程度の男ならばそりゃ、バァ〜ンとしたマライアみてぇな女にチュウでもされたか? 口紅ツイテんぞッくそう! などと俺も突っ込みようがあるんだが。 だが、お前じゃソレは、頭の悪いダラシナイ小僧。 ケッ、そのマンマじゃん。 そのマンマすぎて笑う気もしねぇよ。 ビサ、お前、激しくカッコわりぃよ。 

そんなんカッコ悪いビサに告ったヤマギワは、そうとう男の趣味悪いと俺は踏んでいる。 趣味わりぃ、ヤマギワ。 まぁまぁ可愛い部類なのに。 


寄り道定番のマックの二階、ビッグマックを三口で喰ってまだ喰いたそうにしている意地汚いビサに、さっき俺はハッピィな伝言を伝えたのだ。

―― ヤマギワがな、お前と付き合いたいってさ。

どうだ、嬉しいか? ブス揃いの女子部員中では、ピカイチの一押しのヤマギワだぞ? と、願っても無い筈の朗報に、あの野郎「う」とか「お」とか生返事しやがって。 なんか余裕でも見せようってのか、ニコリともしねぇでコーラ一気すると、さくさく帰り支度しやがるもんだから。 そんな礼儀知らずの身の程知らずに、明日にでも返事しとけよ、と、常識ある俺は忠告をしてやったのだった。 なのにこの野郎、ウンでもスンでもなく。 イッチョ前に、黄昏たような顔しやがって。

なぁビサ、この話お前にとっちゃ生涯忘れ得ぬラッキィデイの始まりとかじゃねぇの?

ラッキィボーイビサは、俺とか見ると呆けてるだけってわかるけど、端から見たら「カツアゲの計画でもしてるんじゃないか?」 ってな凶悪面で突っ立っている。 ボケッと突っ立ったまま、いつものようにガードレールを乗り越えバス道路を斜めに横断して、 ビサはコンビニ脇の路地へとダカダカ走り出そうとしなかった。 

『……あのよぉ、』

あぁ?

返事してやった俺をチラとだけ眺め、今度は靴紐観察を始めやがったから、温厚な俺もそろそろキレドキかも知れない。 頭の悪いビサだから、どうせロクデモねぇ生意気な事考えているに違いないのだ。 ビサの短い爪が、ボタンの凸凹を引っ掻いては弾き、弾いては引っ掻き。 取れ掛けてぷらぷらしてるソレがマックの照明を受けて、腹ンあたり、カラータイマーみたくピカリチカリ光って、言っちゃなんだが間抜けだった。 

シテ、間抜けカラータイマーは黄色だ、ビサ。

でけえ図体でトロトロ勿体つけてんじゃねぇよ、ウだのォだのアノだのテメェは日本のお父さんかよ? そんで俺が アラララ何かしらぁ? とかツ〜カ〜でわかるとか思ってんならコロスぞ畜生、何様のつもりだよ?

イイじゃねぇか、オマエ、告られたんだぜ? 見掛け倒しに凶悪面のオマエが、よりによって中の上のヤマギワに告られたんだよ、お付き合いしたいとか言われてんだよ、なぁ、それのナニをオマエは不服としてんだよ? てか、オマエにゃ選択権ネェ幸せだろう? 二つ返事で「わぁラッキィッ!!」って、本来今日はハッピィなオマエに俺は、バリュウの二つでも奢って貰って然るべき恋のキューピットってヤツなんだろ? ソレをオマエは人生最大のチャンスをオマエは、

『お、オレな、ヤマギワとは付き合わねぇよ!』

はぁ?

ナニ言ってんのオマエ、なぁ今のオレの聞き違い? モテナイ君のオマエがカワイコちゃんにオコトワリ入れるなんて、ケチャップ口につけたダラシナイ小僧が女の子失恋させるなんて、ンな失敬千万な事なんて、在り得る筈がねぇし、ねぇよな? まさかのソラミミなんだよなぁ?

『オレ、付き合えねぇから、だからオレ断るから、オレ、好きなヤツいるから、』

誰? ソレ、

『オマエだよッ!!』

そして、ビサはヒョイサとそのガードレールを跨ぎ、バス道路へとダッシュする。 イキナリのダッシュで膝がカクンとしたかブザマによろけ、ヨモギ色のビッツにプワンとクラクション一つ。 そして、へこりと頭下げながらも、あっという間にコンビニ脇の横道へとビサは消えて行った。 

残された俺は、人生最悪のアンハッピィに立ち尽くし、ケチャップくっつけた忌々しい馬鹿の超マジ顔と奇天烈な意表発言を、不本意ながら反復リスニングで、もうもう多分忘れようにも一生無理だろう。 その癖だらしないビサだから、どうせテメェの仕出かした事の後始末なんて、何一つ、片す気も拾い集める気も無いに違いない。 絶対だ。 そら、絶対確実だ。


俺とビサの間に一本、薄汚れた灰色のガードレール。
サッキとイマの間をザクッと区切って隔てた、落書きだらけのガードレール。

飛び越せそうで無理っぽいソレを前に 「試しにチョットくぐるってのはどうよ?」 と、
チャレンジしかかる己に、俺は、我ながら驚愕するのであった。



      :: おわり ::



         百のお題  012 ガードレール