何で同じ曲ばかりかかるんだろう?

気が付けば鼻歌がマツウラアヤで、あたしは腹立たしさにガラスをドンと叩いてみた。

『おねぇちゃん、イマドキのは叩いてもダメだよぉ!!』

わかってるわよ馬鹿野郎、とは口には出さず。 親父が赤ら顔でニコニコしているんで、あたしは糸のように目を細め、愛嬌があると評判の作り笑いをくれてやった。 親父は嬉しそうにまだ話し掛けたそうにしている。 と、ソレばかりでなく、気を大きくしたか、今更のようにあたしの谷間と組んだ太腿に釘付けだ。

ふん、存分に見やがれ。 どうせ、あたしの取得ったらそんなもんだ、畜生。

さっきから二頭身のトビ達が、セカセカと梁を昇り木槌を振るい、見込みのないリーチをかけては散り散りに、走り回り去って行く。 トレイの玉はググッと減ってじわじわ戻り、また少し減って流れ込みのプラマイゼロ。 そう言うのはなんか、今に凄くぴったりすぎて、嫌味なほど嵌りすぎて。 あたしはまたガラスを叩きたくなった拳をそっと膝に置き、プラマイゼロで何とかなってるハンドルに、小銭を一枚挟んで固定した。 1124 誕生日と同じ台だなんてやはり縁起が悪かったのかも知れない。

でも、あたしはこの台に賭けてみたかった。
あたしは今日、勝負に出たかった。

ポーチをまさぐりタバコを取り出す。 かちかちツキの悪いライターがあの馬鹿野郎のだと気付き、吸い込んだ煙に咽てツンとしたから、少し泣いた。 

あたしは、このまま負け人生で終わるのは厭だったのだ。 
だから、あたしは悔しくない。
あたしは絶対、後悔しない。



あたしが己の容姿を正当に評価したのは、8歳の時。
その切っ掛けを作ってくれたのは母の一言であった。

『サチコは亭主に似て器量がどうも今一でねぇ! でもアレだよ、この子はこう、愛嬌があるんだよ、女は愛嬌があればいいトコに嫁に行けるから、マァちょっとばかしヘチャでも良しとしなきゃぁねぇ!』

おかしな話だが、ソレまであたしは自分が不細工だと思った事はなかった。 

子供らしく当たり前のように 「マァ、可愛いねぇ」 と言われるのを、疑う事もなく、その通りに受け止めていた。 そして、母はといえばミス神楽町に選ばれたのが自慢の、子供の目にも粋で派手な女だったから、「お母さん美人だね」と言われれば自分の事のように喜び鼻高々と。 すなわち、いずれ自分も母のような粋で華やかな美人になるのだと信じ、疑う事すらしなかった。 

しかし、8歳のあたしは己が母には似ていない事、つまり鬼瓦のような父親似だと知り、美とは縁がない人生を歩むだろう事を悟る。 過酷だわ。 だけど、救いが無い訳ではない。 あたしには愛嬌がある。 それが、あたしの武器になるのだ。


という訳であたしはそれ以降を、愛嬌のあるブスとして生きる。
そして不思議なほど男に不自由しなかった。

何故だろう、あたしが自ら告って上手く行くそのタイプは、いわゆる二枚目。 モテモテのモテオ君。 いくら愛嬌があるとはいえ、どう頑張ってもコブス止まりのあたし。 奴らは、あたしじゃなくとも美人で可愛いあの子とかこの子とか、つまみ放題喰い放題じゃないの? と思うのだが。 不思議とその手のモテオは、あたしの告白にイェスを出し、あたしだけに見せる「本音」とやらを暫し披露した。 クールだったりカッコ良かったりする外面を外した男達は、甘えたがりで我がままで、時にあたしをホトホト梃子摺らせ。 そうしたイイ男達の素顔を見れる自分と言うものに自信を持ち始めた頃、あたしにとっても武器がもう一つ増えた。 

あたしは、いわゆる床上手な女だったらしい。 
そりゃぁそうだろう、あたしはいつも必死だったのだ。

嫌われまいと必死のあたしは、相手の望む事を見抜くのに、悲しいほど長けていた。 なにせ、愛嬌しか武器はないのだ。 黙ってブッチョウズラで居ても、ちやほやされるカワイコちゃんとはスタートラインが違う。 あたしは意識して微笑んでいなければ、ただ黙っているだけなのにこう言われるのだ。 『ねぇ、ナニ怒ってんの?』 怒ってなどいない、コレが、あたしの素なのだ。 しかしその素をあたしは認められてはいない。 だから仕方ない。 

あたしは前に出過ぎず、しかし常に周囲を把握し、そしてあくまで相手を持ち上げた上で、アレコレと色々のサービスを提供した。 それはさながら、テダレのホステスのそれに近く、中には『水っぽいんだよねぇ』と影で囁く連中もマァいたけれど、気にするもんか、何でも結果だ。 男好みの服、男好みの化粧・ヘアスタイル、そして男の好むセックスをあたしが心得て行ったとして、それは流れとして当然ではないかと思う。 そうせねばならなかったから、そうせねばあたしは愛されないのではと、不安で仕方なかったのだ。

アナタ好みに染まるあたしは、こうして愛を掴んで行った。 掴んだ気になっていた。 
おととい、現実に気付くまではね。


モリタとあたしが付き合い始めたのは、新人歓迎会での席順が切っ掛けだった。 タレントのKに似ていると評判のモリタは、引いたクジの席番号があたしの隣と知り、一瞬、でも、はっきりわかる程度にがっかりした顔をした。 しかし、そんなリアクションに慣れっこのあたしは、自慢の愛嬌ある微笑を振りまき、あぁもこうもモリタの世話を焼き、モリタをたて、モリタの話を聞いてやった。 そして会の終わりには、すっかり初対面のあたしに愚痴をこぼし始めたモリタと、二次会へ向かう一群から抜けて2件目のバーで軽く飲み、誘われるままにモリタの部屋でセックスをした。 つまり御馴染みのパターンだった。

当時モリタには年上の彼女がいた。 が、美人でデキル女の彼女との付き合いにひと時も気は抜けず、ホトホトに疲れていた。 ならばやはり、あたしだろう。 見栄に振り回されてたモリタは、癒し系の最高峰、つまりあたしとの関係にどっぷり肩まで浸かった。 いい按配のそこからは早々抜けられるもんではなく、結果ずるずると1年2年が過ぎ、3年目の今年、あたしたちは『結婚』と云う言葉をあえて口にする。 まぁ、気合のようなものかも知れない。 

25になったあたしはそろそろ愛嬌にも限界を感じていた。 一方30まで一息のモリタも、今更この微温湯からイケルオトコへの冒険に走る気力がもう、無かったらしい。 例え勢いでも『結婚』と云うリーチをかけて置かなければならないほど、あたし達は自分達の行方がわからなくなって来ていたのだ。 だから、あたし達は貯金をし、ぼちぼちカタログを眺め、洒落たインテリアの店に行けば『あぁいうのはイイねぇ』などと新居のドリィムに浸ったり。 なんとも微笑ましい馬鹿振りを、発揮して過ごした。 だけどもモリタは具体的な時期を決して口にせず、言いたくないモリタに、あたしが圧力をかける事も無く。 ただ、じりじりする腹の内をモリタに悟られぬよう、愛想笑いで隠した。

だけど所詮、あたしは、愛嬌が良くセックスが上手いブスだった。

モリタが別れようと言った。 おとといあたしの部屋に、予定を大分過ぎてやって来たモリタは、無言で好物のナシゴレンとガドガドを食べた後、皿の隅にこびりついたアルファルファをフォークの先で突付きながら言ったのだ。

『俺さ、カサハラと付き合ってるんだ。』

好きな人が出来たとかじゃない。 付き合いたい奴が居るとかでもない。 モリタは付き合っていると言った。 そしてモリタは、とっておきのワインをがぶりと水みたいに飲むと席を立ち 『貯金は折半、荷物は暇な時送ってくれれば良いから、ごめん。』 と、出て行く気満々だ。 冗談じゃない。 二年もあたしはモリタに尽くしたのだ。 二年!! あたしの最長記録じゃないか!

あたしは今まで別れ際の綺麗な女だった。 別れてくれだの好きな奴が出来ただの言われても、にっこり、時に冗談すら交え、別れをすっぱり後腐れなく収めた。 しかしそれは男に未練が無かったとか判りがイイ女だったとかではなく、単に、ブスが泣いても引き止めてもまるで効果は無いだろうと踏んでの作戦であった。 今、この恋が終わっても、次のを探せば寂しくは無い。 その為にも、みっともない女だ、惨めでどうしようもない女だったなどと、口の軽い男どもの噂にのぼらせまいと、あたしは必死で笑っていたのだ。 あっさりとさっぱりと、終いまで癒し系のブスとして、あたしは最良の生き方を必死で、演じてきたのだ。 だけど、事態は変わった。

あの頃とは違う。 あたしにはもう、次の恋を始める若さも勢いもない。 身体も愛嬌も賞味期限を過ぎている。 

泣き叫び怒鳴るあたしに、モリタは最初うろたえて。 今更歯の浮くようなお世辞を並べ、あたしがイカに素晴らしい女だったか語り、投げつけられたサラダボールを軽業師のような仕草で、小憎らしく器用に避けた。 面倒なサラダなんて作るんじゃなかった。 カフェ風のお部屋が素敵でしょ? などと、安くない模様替えをひっきりなしなん度も、この馬鹿の為にあたしはホントに。 「料理と掃除の下手な女はナンもカンも駄目そうで、俺はパスだね」 などと言ったこの馬鹿を、この2年、あたしがどんだけ甘やかしてきたか、わかるか? 畜生。 

カサハラは今年入った短大出で 「味噌汁って水と味噌じゃダメなんですねぇ〜!」 などと得意になって話す女で、なりはマツウラアヤにそっくりだった。 部屋の掃除はずっとママがしてるんだぁ〜と隠さずに言うカサハラは、スーツを洗濯機に入れて回した女だった。 そしてロッカールームのエロ話でカサハラは言うのだ。 「フェラしろとかイキナリ言う男って、あたしホントどうかしてると思うんですよねッ!そんなのお店の人にやってもらえばいいのに!」

なのに、モリタはこいつを選んだ。 食道楽で、インテリアオタクで、挿入よりもフェラの好きなモリタは、それらすべてクリアのあたしよりカサハラを選んだのだ。 そしてその理不尽を責めるあたしにモリタは吐き捨てる。

『ブスがごちゃごちゃウルセェんだよッ!! ナニかと言えば人の顔色ばっか覗いやがって、オマエ自分てのが無いわけ? ウザイ、正直ウザイんだよッ!!』

あぁ、本音が垂れ流し。



そしてあたしは今日、モリタの荷物を着払いで送り、あの部屋そのものを引き払った。 すっきりはしたけど、どこか勢いがつかないまんま、軍艦マーチに背中を押され、自分の誕生日の台の前で足を組替えタバコを吹かし、かれこれ二時間を過ごしている。 小さな玉はくるくると弧を描き、幾つかが外れ幾つかが当たる。トレイの中は少し溜まり少し減りまた少し減って今はなんとなく減り気味だ。 ここでも、あたしは負け組みなんだろうか? 嫌だ、そんなの絶対嫌だ。

あたしはこの先もきっとブスだろうけれど、卑屈なブスになるくらいなら、陽気で楽しいブスになってやろうと思う。 あたしの若さはだんだん失われていくだろうけれど、でも、あたしが今まで習得してきた社交術だとか家事能力だとか、話題作りのため養いまくった雑学だとか。 それらは年齢とともに磨きがかかり、必ずやあたしの魅力の一つになって行くだろうと信じている。 だから、あたしは今負け人生に踏み出したくはない。

ダン、とガラスを叩く。 するとストッパーにしていたコインが外れ、慌てて屈みこみソレを拾うあたしの背中に、例の気のいい親父が興奮した言葉を投げる。

『おねぇちゃん、リーチだよぉッ!コレ、確立高めのリーチかかってるよぉッ!ホレッ!』

ハンドルを親父が押さえていてくれた。 いまやトビ達が よいしょ!よいしょ!と梁をあげ、高く高く天守閣を目指し、棟梁の掛け声を待っている。 生暖かい親父の手を掠め、あたしはそっとハンドルを握る。 

     頑張れ、頑張れ! ちびすけ! ソレッ!!

いよいよ棟梁が大槌を振るい始めた。 コレは相当に確率が高い。

     一回!二回!三回! 四回! 

7よ! 7が来なきゃ駄目なのよッ!!

     2! 3! 4! 5! 
あぁ、また戻って

     3! 4! 5! 6! 
そして、

            7 !!

−−−− 1124番台フィ〜バ〜です!!フィ〜バ〜です! おめでとう御座いまぁ〜す!

あたしッ!それ、あたしッ!
ねぇミンナ、わかる? あたしなのッ! その1124は、あたしッ! あたしなのよッ!!

ダカダカと零れ落ちそうな銀の玉の流れが、綺麗なご褒美のようにトレイを満たす。

『ハコッ!箱ココに一つッ!いや二つ、三つだッ!!』

シャカリキになった親父が店員に叫び、あたしに向かって恵比寿様みたいに笑う。
あたしは、不幸なブスなんかではない。

『をぉッ!!ねぇちゃんッ!二度目だっ!二度目のリーチかかッたッ!コリャぁもしかしてもしかするとだぞぉッ!!』

ほら御覧! あたしは不幸なんかじゃないのだ。

『ヨォッサァァッッ!! キタァ〜〜〜〜〜ッッ!!』

親父の歓声と二度目の放送が、水の中みたいに優しくあたしを取り巻いた。

あたしは不幸な負けブスではない。
あたしは愛嬌とセックスに自信がある、ツイているブスなのだ。

その事に関しては断固として、異議を許さない。
絶対に、許さないのだ。





      :: おわり ::

パチンコで棟梁モノはあったように思うけど、それはコンナではありません。 ちなみにフィーバー台の館内放送は、数年前の話ならば、わたくしの知っている店でやってました。 かなり恥ずかしいです。 


         百のお題 008 パチンコ