1. 足踏み

あなたの存在を認めたくないのです。 
あなたの前に浅ましい自分を曝したくはないのです。 

 2. 胴作り

あなたはきっと私を笑うでしょう? 
いえ、笑われるならまだ、ずっとまし。 
黙殺される所在無さに比べれば。

 3. 弓構え

ねぇ、純粋な気持ちは美しいだなんて、あなた本当にそんな事を信じるのですか?
そんな嘘っ八、私は信じません。
都合の良い偶然なんて、そうそう在る筈がなく。
そう、例えば私があなたと出逢ったとか、あぁ、それは確かに偶然なんです。
都合の良い、バラ色の、それ故に切ない偶然なんです。

 4. 打起し

だから、私は恥ずかしい。

――― あぁ、なんだか縁がありますねぇ!

そう屈託の無い笑みを向けるあなたは、なんて幸せなんだろうと、
私は自分が恥ずかしくなる。 
いかさまの偶然を、当たり前に受け止めるあなたを前に、
私は自分を恥ずかしく思い、そして、あなたをほんの少し恨みます。

 5. 引分け

もしも、もしも私が美しい少女であったり、妖精のような少年であったのなら、
その愚行すらきっと、「一途」と呼ばれる美談になる事でしょう。

私は毎朝、家から17分も歩き、倍近くかかる路線のバスに乗るのです。
あなたに、会うために。

私は絵筆すら握った事も無い癖に、高価な画集を何冊も、大通りの本屋で
注文するのです。
あなたと語る、その時のために。

そして私は落ち着かない出で立ちで、場違いな店に行き、余裕のある振りをします。 
まるで上の空だというのに、さぞ愉しんでいるという顔をして、
愚かで虚しい時間を潰します。
すべて、あなたとの偶然を装う為に。

一途ですか? 心打たれますか? こんな私をいじらしいとか思いますか?
冗談じゃない、馬鹿馬鹿しい!

私はね、美しい妖精じみた少年少女ではないんです。
下劣で浅ましい、一人のおとななんです。
だから私は自分がこう呼ばれるだろう事を知っています。

     「気持ち悪い」

 6. 会

だから、あぁ、なんてことでしょう!

今此処であなたが私に話し掛け、微笑み、私の話に深く頷くこの奇跡のような時間を、
私は信じられずにいます。
感極まったあなたは黒蜜みたいな素敵な目を輝かして、あまつさえ心臓が跳ね上がりそうな私の肩を、背を、その指先で、手の平で、触れるのです。

だから、あぁ、私は勘違いしてしまう。

もしかしたらあなたと、何か通じ合う事が出来たのではないだろうか?
もしかしたらあなたは、私に好ましい何かを見つけてくれたのではないか?
もしかしたら私は、あなたにほんの少し期待しても良いのではないか?
もしかしたら私は、


――― じゃ、もういいかな?

 7. 離れ

開いた唇は言葉を発せず。 動けない私は、木偶のように立ち尽くす。
未練がましい魂は肉体を離れ、別れを告げる潔い背中に向かい、
無音の懇願を幾度も、幾度も、繰り返し。

 8. 残心

私は、私の魂の悪足掻きを、虚ろな肉体で為す術もなく眺め。
放てども届かぬ、役立たずの想いに憤り。
放つ事すら出来ぬ私の役立たず振りを憂い。
また、性懲りの無い偶然作りの策略に、一人、浅はかに思いを馳せるのです。


     届かぬ想いならガラクタとなり、塵屑にまぎれ焼かれてしまえ。
     射抜くことすら侭ならぬそれは、もどかしく撓る、毀れた弓。


        :: おわり ::




   *  1.〜8. 射法八節 弓を射る時の基本作法。

         百のお題 007 毀れた弓(こわれたゆみ)