わ、困りますよ! えぇ、困ります。 申し訳無いけれど、ここはちょっと譲れません。

ほら、ねぇ見てわかるでしょう? わたし、ここで釣りしてるんですよ。 えぇ、気温・天候・風向き・全て網羅して「すわッ」 とね。 今日なんです。 今日じゃなきゃダメなんです。 それだからわたし、かれこれ4時間はこうして機を狙っているんです。 だからねぇ、あなたには申し訳ないんだけれど、ここでそういう、あの、あの、あ、逢引き? ……ですよね? 逢引きとかされんのはちょっと、ちょっと今日は不味いんです。 今日だけは遠慮して欲しいんです。

優先権? は? 早い者勝ち? 12年前からの約束だから、あなた御自分がここに佇む権利があるって仰るんですか? ははぁ〜ッ!! それを言うならわたしなんて『水吐き貝第三暦588年』からの計画ですからねぇ! ……え? おや? コレは奇遇だ、こちらも同じ12年前ですか? あぁ、つまりお互い年月すら譲れないと言うんですね? そうですか、それは。 あぁ、ホントに参ったな。

…… で? …… じゃ つまりその方、あなたとその娘さんとの仲を勘違いされたんですね? そんで怒って出てったと。 そんであなたは誤解を解かんと拠り戻さんと、この12年、ひたすら宥めすかして拝みこんで、そう言うコトで今日、今日ですか? 会ってやらんでもないと返事を貰ったと、そう言うコトなんですか。 はぁあぁ〜〜〜っ………… いや、ソレあなた、言っちゃなんですが気が長いってより、はっきり申しましてシツコイんじゃありませんか? えぇ、わたしの経験から申しまして、その方きっと相当ウンザリされてますよ。 気の強い方なんかですと出会い頭 『消えろ!』 と張り倒される事くらいの覚悟はなさっておかないと。 

気? もの凄く強い? あぁソレは…… えぇ、気が強くて美しいんですね、えぇ、ソリャよう御座いましたね、えぇ。 あなたね、首、ぐるぐる回しといた方が良いですよ。 イキナリ横っ面張られると首痛めますから。 えぇ、まぁ、コレもわたしの経験ですけど。 

それにしてもあの、あなた物凄いコスチュームですねぇ。 あ、いえいえ、とってもとってもお似合いですよ、えぇ、とりわけソレ、やけに短いズボンですな、かぼちゃのように真ん丸く膨らんで、わぁ、ウェストで襞になってるんですねぇ! 手が込んでらっしゃる! ホントにまぁ、吃驚するほどすんなり自然に着慣れてらして、えぇ、わたし、コレまでの人生で正直、あなたくらいひらひらの似合う男性に出逢った事が御座いません。 えぇ、ホントにお似合いで ……え? ……な、何ですって? わぁ! コレは驚いた! あなたあそこの御城の『王子様』でらっしゃいますか?! ひゃぁ〜『王子様』と生でお会いするなんて、わたし、ひゃぁ〜! 

あ、あのちょっとココ、ココの背中のところに一筆、なんか書いて頂けます? わたしが王子に逢ったなんて知ったらもう、お袋なんてば、コリャぁ吃驚だ! は? えぇえぇ、何でもいいです、えぇ、そうですねぇ 『王子参上』 とこう一筆で。 ハイ。 チョちょっとっ、あの、あのですねぇ、図々しいんですが 『ホラムカ賛江』 って横に書いといて貰えます? あはは 『ホラムカ』 えぇ、わたしの名前なんです。 地元の言葉で 『腹は一杯』 とかエェそういう意味なんですけども。 『ホラムカ』 いい名前でしょ? レカ叔父が付けました。 その叔父も6年前の「耳腐れ熱」で死にましたが。 

ハイ? え? インクの出が悪い? そんじゃ貸して下さい、こう、ヨッ! ホッ! っと振って見ると、どうです? ね、書けるようになったでしょう? 安モンはこうすんのがインですよ、あはは、あなた知らないでしょう? いやぁ〜、マァ、生活の知恵ってのでしょうかねぇ? あはは、ンッ……ひゃ、チョ、そ、ソコは止して下さい、こう、エェなんか気恥ずかしくコソバユイんです、えぇ、も少し横のほうに寄せてエェはい、そ、その辺です、すみません。 

で、王子、あなたのその、気が強くて美しい元恋人とかいう方は一体何処からいらっしゃるんですか? あっち? やだなアッチは海じゃないですかぁ、海ですよォ、海……あっ!! そうですか! 異国の方なんですね! ん? チョト待って下さいよ、そんじゃダメじゃないですか! その方船かなんかでいらっしゃるんでしょう? ダメですよう! 海ン中静かぁ〜にさせといてくんなきゃぁ、それを船なんて! あぁ困ります、ホントにわたし困るんですッ!

はぁ? 船なんかでは来ないって? 王子! 馬鹿言わないで下さいよ! えぇわたしは確かに無学な茸売りのセガレですが、やんごとない美しい方がこの氷みたいな海を泳いで来るとか、そういうのを信じるほど愚かではないんです! こんな海、強屈なここらの漁師でさえ2秒でカチンカチンの死体になっちまう! ソレを、ソレを、

あ、海原走りの風が吹いた、

シッ! 静かにして下さい、いよいよです! いよいよなんです! アレが、アレがいよいよソコに現れるんです! あぁ、待ちに待ったんですよ、えぇ、この十二年と云うものの! 村は7年毎に流行る「耳腐れ病」で大勢の死人を出しているんです。 六年前のそれでは、全体の半分を亡くしました。 わたしの父も叔父も、二人の兄と三人の妹も、その中に入っています。 そして来年、再びその時期が来るんです。 あぁ、今、ようやっと活気を取り戻し頑張って行こうとしているのに、次にまたあんな病が流行ったなら、村は今度こそ滅んでしまう! それだから、  

来たッ!! 七色の泡立つ海原に、半人半魚の異形あり!!

エッ?! なにすんですかッ! 止して下さいッ! アレをわたしは捕まえるんですッ! アレの鱗を二つばかし剥ぎ取って、煎じて、村人全員に飲ませてやらねばならないんです! ソレが万病の治癒にも予防にも効果があると、東から来た旅の魔術師に聞いて以来、わたしはずっとずっとこの機会を待ちに待っていたんですからッ! 止してッ!離してッ、はなッ、 ?! ……

・・・・・・・ あのォ、確かにえらく綺麗な方ですけども、あれ、あの方、男の方じゃありません? え? オンナなどと一言も言ってナイって、ナイってあなた、ヤヤ、なんかわかんないですがあの人、すんごく怒ってるふうで。 ヒャッ! ワワ何ですコレッ? ひゃぁ〜〜手紙の束ッ! ・・・・・・え? 王子がお書きになったヤツ? つ、突っ返されたわけですね? ナニナニ? 『この世のただ一つ、無比の愛を捧げよう、我が魂のスウィートハァト・・・・・・』 か、かっこ悪ッ ・・・・・・お、王子? うわ、平謝ってるよ! 仮にもこの国の、な、泣いてるし、あぁ、王子情けないですよう! あ〜あの 

…… チョチョちょっとっ?! 証人を連れて来たって、国一番の賢者ってなんですかッ?! ヘッ? わたし? わたしが?! え? 話し合わせて弁護しろって? そしたら鱗何枚でも剥してやるって? ほ、ホントですか? 約束ですか? 嘘じゃないでしょうねッ?!  え? 早くなんか誉めろって? チョ、チョト、急かさないで下さいよ、ねぇ王子、絶対ッ絶対ですよ? 鱗二枚、いえ、欲を出しましょう、鱗3枚! 3枚です! 絶対絶対ッ約束ですよッ!!


――― あぁ、はじめまして美しく聡明な海の神秘、美の使いのあなた。 わたくし「鯖照らす蒼の国」一番の賢者ホラムカと申します者。 ホラムカとはこの国の言葉で「腹一杯」の意味が御座いまして、まぁ、ソレはさておき。 ココにおわす我らが素晴らしき王子の質実剛健清廉潔白を暫し、わたくし語らせて頂きとう御座います…… 




      :: おわり ::


* 人魚姫が下敷きです。  一応書いておこう。


         百のお題 005 釣りをする人