その距離をどう埋めようかと、俺たちは見上げ、或いは見下ろし、立ち尽くす。


『東館の階段に、自殺した美少女の幽霊が出るらしいから見に行こう』 などと言う、馬鹿も休み休み言って欲しいサキサカの提案に俺がすんなり乗ったのは、それなりの算段があった訳で。 放課後、西日射すオレンジ色の渡り廊下をスタンへタン、踏み付けられて変に平たくなったサキサカの上履きを眺めつ、俺は実験棟のある東館へ進んだ。
 

『すっげぇ美少女って噂だぜ、なぁ、』
『噂だろ? 出所どこよ、』

『コバとナナセ先輩。』
『・・・・・・ 絶望的だな。』

『や、コレ、確実だって、だって聞けよ、』

後ろ歩きでムキになるサキサカの顔が、半分、オレンジに染まった。 ブラバンのトロンボーンのパートが調子外れにウタダヒカルを演奏する。 オニカンの千本ノックの音が、鐘一つとばかりにカーンと澄んだ音で鳴った。 喉の奥が、砂漠みたいにイガイガする。 ムキになるサキサカの顔半分、影になった黒い半分が、秘密を隠しているような気が、何故かした。 

『ココ、ココでコバとかは見たってのな、』


東館の階段は、変電室のある屋上から実験棟につづく三階までの、たった一階分のハンパな階段だった。 三階の昇りはじめには小さな踊り場があって、件の美少女は階段上から現れ、この踊り場まで降りて来ると、蹲って泣くのだと言う。 したり顔で話すサキサカが、暢気に階段を上がり始めた。 

『何でもよ、7年くらい前の二年生だって噂。 三年の野郎に呼び出されてココで告られたらしいんだけど、お断りしたら野郎、逆切れてガバァッッと、』
『ヤッちまったとか?』
『いや、必死の抵抗の末、美少女階段落ち。 で、足の骨折ってそれを苦に自殺したんだと、』
『骨折くらいで死ぬか? 普通、』
『それがねぇ、その子、バレリーナだったんだって。 だもんで アァッ、もう、アタシ踊れない! ・・・・・・で、 サヨナラみんな ・・・・・・ぷしゅううぅ。』


プシュゥじゃダァ〜メだねぇ と、笑うサキサカのゲラゲラが、くの字の階段に反響する。 笑いの余韻を残したまま、最上段に座り込み、ホレホレと手招きするサキサカに俺は、どうしようもない腹立たしさを感じていた。  コイツはココでそのワケのわかんねぇ幽霊女を、阿呆みたいに俺と二人、まだかまだかと待つつもりなんだろうか? 俺と二人? 腐れ縁だった俺との思い出作りとやらに、残りわずかな毎日を充実させようとか、俺がそれを喜んでるとか思ってのアレコレナのだろうか? 冗談じゃねぇ。

4月、俺はN県で一人暮らしを始める。 俺はこの町から離れたかった。 ココを離れ、新しい生活に賭けてみたかった。

−−  進路進路、なぁドコする?
−− N大。

−− ふうん、遠いじゃん、下宿しないと無理じゃん、
−− まぁな。 


サキサカは、俺の進路を知っていた。 知っていて、そうかそうかと肯いていて、最期の最後に提出する進路調査の一番上の欄に、奴はH大と書いた。 私学のH大なら、下宿したって国立のN大より金はかかるだろうし、レベルから言っても俺にはやっとこのN大は、サキサカには手堅い安全圏と言える。 だけどオマエがH大を選んだ。 オマエがN大を選ばなかった。 その癖、この一ヶ月のサキサカは、余裕の無いはしゃぎ方で、クダラナイ思い出作りに俺をシャカリキに誘う。 そして、こんな風に切羽詰った顔を俺に見せる。

『なぁ、骨折っただけで死んじゃおうって決意するのも、人によっちゃぁアリなんだよなぁ。 したらさぁ、タカラとか、どういう時死んじゃいたいとか思う? もう死んだほうがマシって思う?』

間延びしたいつものサキサカの声。 が、右手の平が右膝をしきりに擦っていた。 緊張して余裕の無いサキサカが、切羽詰った顔で階段上から俺に、何かを言わせようとしている。

『俺さ、親死んでもそうは思わねぇよきっと。 ジブン病気になってもまぁ、出来るだけ生きてたいなぁと思うし、受験失敗すんのも別にコレってコワかなかったし、死にてぇとか言う奴の気持ち、正直わかんねぇなと思ってた。 けど、けど・・・・・・お、俺ねぇ、タカラのダチじゃなくなんのかなぁとか思うとものすごくコエェ。 新しい場所で新しいダチが一杯で、ある日街で擦れ違っても 「えぇとワリィ、名前わかんねぇや」 とかタカラに言われんの思うと俺、相当に死にてぇかもしんねぇ。』
『・・・・・・ナニ言ってんの?』
『あぁあ? ナニもクソもねぇよ死にてぇって言ってんだよ、俺はまいンちここんトコ死にてぇ気持ちで一杯だって言ってんだよ、』
『じゃ、なんでテメェはH大とか書いてんだよ、最期の最後で針路変更したのはテメェの勝手だろう?』
『タッ、タカラは俺と離れたかったんだろう?!』

聞いたか? おい。 馬鹿だ、コイツ馬鹿だ、コイツ馬鹿だ、俺も馬鹿だ。 ひんやりする指先は震え、目玉の後ろは火を噴きそうで、大馬鹿の俺らの間を埋めるのは、見上げ見下ろす歩み寄らない18段。 泣きそうな馬鹿の為、無鉄砲な馬鹿たる俺は身を持ってコレを打開セネバなるまい。

『・・・・・・タカラ?』

西日射す放課後、階段の上と下。
幽霊女よりある意味コエェ、先が見えねぇ予想外の怪談を俺たちは今、語り合う。



        :: おわり ::


も少しぎゅっと縮まんないかなぁ。  三月ネタだよコレは。 アリキタリでお茶を濁す感じ。 





         百のお題 002 階段