髪が潮風に晒される。わたし達は、マーニャやミネアの仇のバルザックがいると言われた、サントハイムへと船で向っている。
長く船室の外にいれば、わたしの髪はもつれて、絡んで、ひどいことになるのはわかっているけど、今はこのまま舳先に立って風に当っていたかった。
キングレオ城でライアンさんと出逢ったことで『導かれし者たち』の仲間が揃った。そのときはとても嬉しかったのだけど、わたしは改めてその意味を考えていた。
わたしは本当に邪悪なるものを倒せるという『勇者』なのだろうか?どうやってみんなを導くのか?みんなの旅の本当の目的はそれぞれ違うのに。
キングレオ城の大臣からサントハイムにバルザックが住み着いていると聞かされると、アリーナたちの表情は一変した。
特にアリーナは「なんでよ」と泣きそうな声で叫びながら、キングレオ城の壁を拳で叩いた。アリーナの拳からは少し血が滲み、クリフトがあわてて、治癒呪文(ホイミ)を唱えてアリーナをなだめた。ブライさんはただ無言で俯いていた。
アリーナがエンドールの武術大会で優勝した後に帰ったサントハイム城は、全くの無人で王様も他のひとたちも、どこにもいなかったそうだ。
いつかお城のひとが、ひょっこり帰ってくるのではないかと信じて旅を続けていたアリーナ達にしてみれば、お城に魔物がいるということで、そのわずかな望みさえ絶たれ、とても悲しかったのだろう。
今すぐ移動呪文(ルーラ)でサントハイムへ向かいたいと言ったアリーナに対して、わたしはふと思い立ち、船でいこうと言った。
当然アリーナは怒り出し、マーニャもすぐ行きたいと言ったが、ミネアがわたしに従うべきだと言い、ライアンさんもそんなに大変な魔物ならば、少し休養した上で力をつけて、対策を考えてからいったほうがよいのではと言ってくれた。それで、アリーナもマーニャもなんとか船で行くことに、しぶしぶ同意してくれた。
キングレオとの闘いで死にかけたアリーナをそのまま続けて闘わせることはしたくなかったので、ライアンさんがわたしの思っていることを言ってくれたのは、とても嬉しかった。あとで、ブライさんが「おかげて、姫を落ち着かせてることができた。ありがとう」とこっそりわたしに耳打ちをした。
わたしの考えに、皆が必ず快く従ってくれるわけではない。それなのにどうして、わたしが『導く』のだろう。ミネアの神託は本当なのだろうかと、こんなことがある度にときどき考えてしまう。
考え事をしていると、あまり周りの景色はあまり気にならないものだけど、ふと目の前に陸地が視界に入ったので、そこで少し考えるのをやめ、顔を上げてぼんやりと見える陸地を眺めていた。
しばらくすると向こうのほうの海岸沿いに小さな集落らしきあるのが目に入った。わたしは船室の方へ振り返り、操舵室へと向かい駆け出した。
「ねぇ、船長さん。向こうの陸地に集落がみえるわ」
操舵室には船を動かすのに雇った船長さんと船員さんがいる。
「ええっ?あの大陸には人は住んでいませんよ、デリアさん」
船長さんは驚いて、船員さんに海図とその大陸の周辺の地図を両方を交互に広げさせて、わたしに示した。
「でも見えたの。それでそこに船が付けられそうだったら、ちょっと泊めてほしいの」
「うーん。そうですか。おい、デリアさんと一緒に行ってちょっと見て来い」
わたしは船員さんと一緒にもう一度舳先へ行って、集落らしきものが見える方向を指差した。
船員さんは、まずわたしの指の方向を見て、それから確かめるように望遠鏡を覗いて言った。
「へぇ。こりゃ本当だぁ。あんた、目ぇいいねぇ。こりゃぁ船長にすぐ報告だ」
操舵室にもどると、船長さんは舵を船員さんにまかせ、奥の船長室に入り、わたしも招かれて一緒に入った。海図と地図を机で広げ、わたしが集落のあった位置を指差すと、船長さんがそこへ印を書き入れた。
「で、ほんとうに泊めるんですか?デリアさん。サントハイムの姫さんには急いでくれと怒鳴られているし、マーニャさんもいそいでと言われて……あの……」
「くちづけでも、された?」
「…………」
船長さんは顔を真っ赤にして、わたしから目をそらしていた。どうやら図星のようだ。
「でもいいわ、泊めてちょうだい」
わたしは、どうにもあの集落が気になって仕方がなかった。
船を付けた入り江はとても小さく、わたし達の船がなんとか泊められる程度のところだった。
上陸したところは小さな村だったが、ちゃんと宿屋もあってわたしはほっとした。
「今日はここで休みましょう」
わたしは、少し不機嫌な顔のアリーナとマーニャに言ってみた。
「ええーっ。なんでよ。デリア」
「うん。ごめんね。ちょっと今日は髪を洗いたいの」
「はぁ?何いってんのよ!」
「ん〜。そうなの?あたしもそうしようかな?」
アリーナの反応は予想どおりだったけど、そこでがマーニャがいつもの気まぐれぶりを発揮してくれた。
「あーっ。なによマーニャまで。もういいわよ。わたしもそうするわよ」
アリーナは少し不満だったかもしれないけど、「髪を洗う」と言ったことが効いたみたい。
船に乗るとどうしても潮まみれになるから、考えることは同じなんだなと思う。
宿に泊まって、ごはんを食べて、お風呂に入り髪を洗うと、アリーナもすっかりご機嫌になって、すぐに寝台に潜り込んだ。
あまり寝付きが悪そうならば、睡眠呪文(ラリホーマ)を唱えようと思ったけど、その必要もなさそうに、そのまま眠り込んだ。やっぱりかなり疲れがたまっていたみたい。
「デリア。ありがとね。おかげで落ち着いたわ……」
マーニャはすでにもぐり込んだ寝台で寝言のようにいって、それから何も言わなくなった。
「さて。灯りを消していいかしら?デリア。姉さんじゃなけどここで泊まってくれて、ありがとうね。私も気持ちを落ち着けることが出来たわ」
最後にミネアがそういって、部屋の灯りを消した。
わたしも寝台に身体を横にしたけど、やっぱり今日のことを色々考えてしまって、ぜんぜん眠れなかった。
アリーナとマーニャが一刻でも早くサントハイムに行きたかったのは、よくわかる。それに本当はミネアだって、ブライさんもクリフトも、すぐに行きたかったのだと思う。
皆ミネアの神託を守って、わたしの言う事を聞いてくれているのだろう。だけど、それがときどきとても、心苦しくなるときがある。
今日だって、本当は一刻も早く行かないと、別の不幸なことが起きているかもしれないと思ってしまう。
そして、ふと故郷の村でのことを思い出した。
あのとき、もっと一生懸命に修行して、剣も魔法ももっと強くなっていればよかった。無理矢理あの倉庫から出て村の皆と闘えばよかった。わたしがのんびり構えていたから、村が滅んで皆がいなくなてしまったのではないかと。
そんなことを考えていると、眠れなくなってしまった。ちょっと夜の空気でも吸おうと、わたしは皆を起こさないよう夜着のままそっと部屋を出た。
今晩は満月で外は灯りを持たなくとも散歩ができる。わたしは宿を出ると海岸のほうへ行き砂浜で座って夜の海を眺めた。
月あかりに照らされた波が、きらきらとひかり、とてもきれいだ。
ぼんやりと海を眺め今日のことや故郷のことを思っていると、突然後ろのほうから声がした。
「デリア殿ではないですか?」
ライアンさんが夜着のままで立っていた。
「こんな時間にどうされました?」
「あ……ちよっと眠れなくって……。ライアンさんこそどうして?」
「ははは。私も眠れなくて……。それでこの満月の夜の海でも見ようと思いましてな。私の故郷のバトランドは山国ですから、海がめずらしいもので……」
「わたしも海を見たのは、旅に出てからなの。わたしの故郷も山に囲まれていて…………」
わたしはそこで、さっきまで考えていた故郷のことを思い出し言葉につまってしまった。
「あの……思いだされたのですか?かたじけない。私が自分の故郷の話をしなければ……」
「いいの。マーニャとミネアがバルザックに受けた仕打やサントハイムの人たちのことを聞くと、わたしの故郷のことなど、些細なことだわ」
「些細なことなどと…………。思い出せてしまったことはお詫びいたす。だが、心からそんなふうに思っておられるとは思えませんな」
ライアンさんに言われる前から、故郷の出来事を思い出していたものの、改めてそのことを聞かれると、たまらなくなった。別にライアンさんを責める気はないのに、わたしは思わず大声を上げた。
「………わたしだって、わたしの故郷だって……村は焼き払われて、誰もいなくなったの。亡骸さえなかったの。だから、どうすればいいのかわからなかったの」
そう言うと同時に涙が溢れ出してきた。あのときの光景が思い浮かび涙がとまらなくなった。わたしは膝を抱えて泣きつづけた。
ミネアに占ってもらうまでは、ただ当てもなくデスピサロを探し彷徨っていた。ミネアに『導かれし者たち』のことを聞いてからは、そのひとたちを探すために夢中で旅をして、故郷でのあの出来事のことをあまり考えないようにしていた。「デスピサロを探し出す」ことを除いては。
だからライアンさんにはまだあまり詳しくこのことを話していなかった。いや、亡骸がなかったことを話したのはライアンさんが初めてだ。
「そうだったのですか……デリア殿は皆のため、ご自分の辛い気持ちを抑えてきたのですね」
ライアンさんはそれだけ言うと、あとは黙ってわたしの横にそのまま並んで砂浜に座っていてくれた。今のわたしにはそれだけで充分だった。
しばらくすると、だんだんと落ち着いてきて、泣いていても仕方がないと思うと、なんとか泣き止むことが出来た。わたしはライアンさんに話かけてみた。
「ねぇ。ライアンさんは、どうして旅にでたの?」
「貴女を守るためですよ」
「え?」
ライアンさんにも何か特別な理由で旅をしていると思って聞いてみたのに、いきなりそんな風に言われて、わたしの心臓は一瞬どきりとなった。わたしを「守る」なんて……初めていわれるような気がする。
「それは……あの岬のお告げ所で、神託を受けたからでは?」
「いえ。神託を受けるずっと前より、そう決心したのです。世界を滅ぼそうとする地獄の帝王を倒すと予言された『勇者』の存在を知ったときから私自身の意思で」
「でも、わたしは自分が『勇者』なのか、いまだに信じられないの」
「……だが、ミネア殿の神託の通り私たちはこうして出逢った。そして今も地獄の帝王の手先なるものたちと闘っている。デリア殿の強さは皆も十分認めているではないですか?」
「でもそれは、皆で力を合わせて成し遂げているだけで、わたしだけでは、そんなことは出来ない」
「だからこそ『導かれし者たち』なのでは?」
「……そうね。そうなのよね。そう信じるべきなのよね」
「ええ。そうですとも。私はそんなデリア殿をいつまでもお守りいたしますから」
ライアンさんと話していると、さっきまでどうしようもなく悔やんでいたことや、やりきれなく思っていることが、だんだんとやわらいでいった。そして、このひとが神託を受ける前からわたしを「守る」ために探していたと思うと、とても胸が熱くなった。
「どうやら、少し元気になられたようですな」
ライアンさんがそう言うと、わたしは頷き、顔をあげて海を見た。
するとある部分がなんだか、おかしいことに気がついた。
「ねぇライアンさん。あそこなんか変じゃない?」
「ん?どのへんですかな?」
「ほら、あそこ」
わたしがその場所を指差しながら立ち上ったとき、砂浜の窪みに足を取られ、前のめりに倒れそうになった。
「あぶない!!」
そのときわたしの背中からライアンさんの長い腕が絡みつき、後ろから抱き抱えてくれた。わたしより素早く立ち上がってくれたようだ。
抱きかかえてくれたと同時に、胸のところで暖かみを感じた。ライアンさんの手のひらが、わたしの乳房を包むように支えてくれて、わたしは思わず小さく叫んでしまった。
「し、し失礼……そんなつもりでは……ああ。もう立てているようですな」
ライアンさんはわたしがしっかり立てたことを確かめてから、手を離してくれた。
「あ、あの……平気です。ありがとう」
わたしは慌てて、くるりとライアンさんの方へ向き直してお礼を言った。だけど、わたしとライアンさんとの身体はかなり近づいたままで、わたしはライアンさんの目を見ずに、肩のあたりに向かってお礼を言ってしまった。首のあたりがちょっと赤くなっている。月あかりなのであまりよくわからないけど。
わたしはまた慌てて、こんどは一歩後ろに下がろうとすると、ライアンさんはまた、わたしの背中のほうに腕を伸ばした。
「おっと、気をつけてください。また砂に足を取られてしまいますぞ」
ライアンさんはまた気を使ってくれた。わたしは今度はちゃんとライアンさんの目をみてお礼を言った。
「ありがとう。気をつけます」
そう言うと改めてわたしは、月のあかりの中、なぜか少し気まずそうに頭を掻いているライアンさんの大きな身体を眺めた。
女にしては背が高く、クリフトとあまり変わらないわたしより、頭ひとつは大きい背丈。そして、細身に見えてもやはり肩幅はわたしよりずっと広く、さっき抱きかかえられたときも、ライアンさんの身体の中にすっぽりと収まってしまった。
普通の同じ年頃の女の子と比べて、わたしは身体が大きく、剣を振っているせいで肩や腕が太いと思っていたけど、やっぱりこれだけ鍛えられた男の人と比べるとずっと小さくて、細い。あたりまえのことなのだが、なぜかとても妙な感じがして、急に心臓がどきどきとした。
「それより、デリア殿。何か海が変だというのは……」
ライアンさんに話かけられると、じろじろと見ていたのを気付かれたようで、急に恥ずかしくなった。
でも、気を持ち直して、さっきの見た海の中の丸く干上がっているところを指差した。
「ほう。これはまた奇怪な。明日、村の人に聞いてみましょう。何かわかるかもしれません」
「そうね」
やがて、わたしたちは宿のほうへと向かって並んで歩きだした。
「もう、落ち着いて眠れそうですかな?」
「ええ。今夜はありがとう。あのでも……」
「安心なされ、誰にもいいませんぞ。あの海のこと以外は。ではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
わたしたちは、隣同士になっているそれぞれの部屋の前で別れた。
でもわたしは、この部屋を出たときとは違う気持ちで、眠れそうになかった。
朝の光が見えると、わたしは身支度を整え、すぐ昨日の場所へ行ってみた。
海岸沿いは潮が引いていて、わたしは昨日の夜、ライアンさんと見た海水が干上がっていたところを探した。すると、そのあたりに、ぽつぽつと穴のあいたちょっと変わった石がひとつ落ちていた。
村の人に見せると、これは『かわきの石』というもので、滝の流れを止めたり、池に沈めると一瞬で池の水を干上がらせるものらしい。
トルネコさんは売ろうといったけど、わたしはどこかで必要なような気がしたので、持っていることにした。
いったいどういうところで使うのかは、まだわからないけど。
この海辺の村には海賊の子孫の村だそうだ。この『かわきの石』のほかに、めずらしい宝物の話が沢山聞けた。
『時の砂』の話は面白かったし、『はぐれメタルの剣』はぜひとも欲しい。
「んー。やっぱりよく寝ると、お肌の調子がいいわねぇ」
「よく寝て気分がいいわ。これで思いっきり闘えるわよ。……ねぇ昨日は気がつかなかったけど、いいところね。ここだと毎日泳いだり、日光浴をしたりできるから、退屈しないわね」
「ひ、姫さまの日光浴! そ、想像しただけで……」
「なによ。クリフト。どういう意味?」
「あたしの日光浴姿ではどうなの?クリフト」
「いや……あの……その」
アリーナとマーニャはすごくご機嫌になっていた。わたしの気まぐれで上陸したところだけど、よかった。
再びサントハイムに向かうため、船に乗り込み、わたしは今度は船尾のほうで、手すりに肘をつきながら、あの海辺の村を見送った。こんなふうにまた、潮風に晒されていると、昨日せっかく洗った髪がまた潮まみれになってしまうけど、まあいいわ。今日はとても気分がいい。
「デリア殿!どうされたのですか。まさかまだ昨夜のことを気にされているので……」
ライアンさんがやってきて、わたしと並んで手すりに手をかけた。昨日のことを気にかけてることも嬉しかったけど、それよりわたしはライアンさんのその仕草になんだかどきどきとした。
「違うの。あの村。面白い話聞けたし、思ったより、いいところだったから……」
「ああ……そうですなぁ。退役したら、あの村で漁師として暮らすのも悪くないとろこですな」
ライアンさんも機嫌よさそうに、ぽつりと言った。
退役するころか……。そのとき、ライアンさんはどんなひとと、そんな風に過ごしているのだうろう。わたしも、このひとのそばに来ることが出来るのかな?
わたしはゆうべのライアンさんの太く長い腕と、堅い大きな手のひらの感触を想った。
− fin−
あとがき
やっとライ女勇小説。勇者ちゃんが「恋に落ちる瞬間」でもそれを「恋」いう感情とはあまりわかっていなかったりします。ライアンさんはどうなんでしょうね?ここでのライアンさんとしても饒舌だったりするので、もしかしてもしかするかもしれません。
海辺の村での出来事なんですが、この勇者ちゃん一行はキングレオ城のあとすぐにここへと向かっている設定です。公式攻略本では他に寄り道してからの順番になっているし、個人攻略サイトのでも、あまりこの順番で辿っている人は、少ないようですけどね。
ブラウザバックでお戻りください。
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