王子様

〜長い長い銀の髪の王子様。
王子様は悲しみに暮れていました。結婚を約束していた、大好きな隣の国のお姫様が、死んでしまったという知らせを聞いたからです。
それからの王子様は、誰とも口をきかなり、誰もそばに寄せ付けなくなっていました。
ただひとりの世話係の娘を除いては。
その娘は王子様の銀の髪をすくのが仕事でした。娘は幸せでした。なぜなら王子様のその長い銀の髪が大好きだからです。
部屋の窓から差し込む朝の太陽や夜の月の光があたると、きらきらとひかる王子様の髪は、ほんとうにきれいで、娘にとっては、その髪をすくことができるときが、一番好きな時間だったのです。
でも、娘は王子様と口をきいたことは、一度もありません。それがこの国のしきたりだからです。
それでも、今はただひとり王子様のそばにいられることに、娘はこのうえもない幸せを感じるのでした。〜

ある日の夕暮れ近くの昼下がり。
デリアは木陰に座り、小さい頃のお気に入りの本を読み返していた。
今日は朝から、剣の稽古に必死になって、昼食をだいぶ遅く取ったので、今ごろの時間に食後の眠気が襲って、少し夢の中にいるような気分になっていた。
本当はこの時間、長老から魔法書を読む課題を与えられていた。だが、満腹感と、疲れから来る眠気で、ほとんど読み進むことが出来なかったのである。
書かれている言葉の難しさもあり、デリアは、それから逃れるように、こっそりと一緒に持ってきた、そのお気に入りの本を取り出して読み、銀の髪の王子様と、世話係の娘のことに、ぼんやりと思いを馳ていた。

そんなところへ、勉強の様子を時々見に来るシンシアがやって来て、デリアと並んで座り、デリアが読んでいる本を覗きこんだ。
「こら。デリア。今は魔法書を読む時間でしょ?ちゃんと覚えておかないと、あとで長老に叱られ……あっ?懐かしいわね。その本」
「……ご、ごめんなさい。あの。なんだか急に、この本が読みたくなって……」
勉強を怠けていたことをもっと怒られると思っていたデリアは、少し気まずそうにシンシアの顔を見た。だが、シンシアは特にデリアを咎める様子もなく、話を続けた。
「デリアが小さい頃、この本ばかり読まされたわね。特に王子様の挿絵の(ページ)にくると、その(ページ)ばかり繰り返し読まされたりして」
「うん。そうだったよね。この挿絵の王子様がなぜかいつも、気になっていた。大好きなお姫様が死んでしまって、とても淋しそうだったから」
「『王子様がかわいそう』と、よく言っていたわね」
デリアもシンシアも昔のやりとりを思い出し、くすくすと笑いあって、お互いに顔を見合わせた。

デリアはシンシアと目が合うと、ふと、思い出したように、ある文が書かれている個所を指差し、シンシアに聞いた。
「ねぇ。シンシア。わたし子供の頃から思っていたのだけど、世話係の娘がどうして『幸せ』なのか、よくわからないの。しきたりのせいで、王子様と口をきくことも出来ないのに……」
シンシアはデリアの問いかけに、少し考えるように、上目遣になりながら答えた。
「そうね。……デリアには、世話係の娘の『幸せ』がわかるようななるのは、まだ難しいかもね……」
「あの……それはやっぱり『恋』というものをしないと、わからないものなの?」
「えっ?……誰かに同じ事聞いたの?」
「うん。レオンに」
「…………そう」
デリアが何気に剣の師匠の名前を言ったとき、シンシアは戸惑いとも、驚きとも取れる奇妙な表情をした。
「……恋をしても、わからないひとには、わからないわよ。恋にも色々なかたちがあるから」
「ふーん。そうなの」
「デリアも外に出られるようになって、色々な人に出会えば、だんだんと、わかるようになるわよ」
シンシアがそう言うと、デリアはぱっと目輝かし、シンシアと手を繋ぐように、両方の手を握った。
「ね、出会うのかな?『恋』が出来るひとに」
「あらあら。いきなり『恋』をするの?……でも、その前に、村の外へ出して貰えるように、もっと修行しないとね」
「へへ。そうだった。そっちを頑張らなきゃね。別にすぐ外に出なくてもいいけど」
デリアはそう言って、シンシアと握った手を離すと、頭を掻いた。

シンシアはそんなデリアを見て微笑んだ後、おもむろに空を見上げた。
「……もう日が暮れてきたわね。さあデリア。せめて明日の朝までに、全部読むように言われているでしょ?夕暮れまでに読めなかったことを、長老に言いに行って、家で続きを読む事を約束するのよ」
「うん。そうしないとね」
デリアはそう言いながら本を閉じると、立ちながら抱え持った。
ふと、まだ座っているシンシアを見降ろすと、シンシアは神妙な面持ちで、デリアを見上げていた。
「……あのねデリア。きっと、出会うわ。恋するひとには、いつか必ず出会うから」
そう言ったときのシンシアの表情は、デリアにはなぜか泣きそうに見えた。どうしてなのか、全く訳がわからないデリアは、思わず冗談を言ってみた。
「じゃあ。明日会えるかな?」
「もう。デリアたら……うふふふ」
「あはは。『恋』はちゃんと修行して、外に出られるようになってからにするよ。じゃあ明日」
笑ってくれたシンシアに、デリアは安堵した表情を見せ、長老の家へと向かった。

*****

デリアを見送ったシンシアは、小さくため息をつき、目を伏せた。
恋に恋する、まだまだ無邪気なデリアが、これから迎えるであろう運命のことを想うと、たまらなかった。
そして、叶わぬことだとはわかっていても、願っていた。いつまでも、いつまでも、このままでいたいと。

─fin─


あとがき

文字どおり「恋に恋する」頃のデリア。
デリアにとって、まだ復讐の対象となる前(村で初めて会ったばかり)の、彼の人の存在は、どんなものだろうと?なんとなく考えていたことが「お題」に当てはまったので、書いてみました。
それが、見た目のまま(?)「王子様」というわけです。ありがちですが。
ちなみに、デリアは予知能力がある設定では、ありません。言ったことは本当に冗談で、翌々日に、彼の人と出会ったのは、単なる偶然(ご都合主義ともいう)です。そんな事があるのが世の中ですから。と言ってみる。
冒頭に書いている、童話もどきは、どこかで聞いたような、お話です。某DQ8とか某童話とか。
続きというか、全体は考えていなかったりします。


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