王宮戦士と

「もーいや!!!なにが鍛錬よ!!いい加減わたしと、真っ向から勝負したら?」
「……別にそれでも構いませんが。ですが姫。ご存知のとおり、直接組み手を行っても、私では物足りないのでは?」
「うー……。なによ!」
「そうすぐに結果が出るものでは、ございませんよ。成果が出るのを気長にお待ちください」
「もういい!!やめっ!わたしは、もうやらない!!クリフトあんたもやめるのよ!」
「はっ……はぁ姫さま」

『導かれし者たち』の最後の仲間として、バトランドの王宮戦士ライアンが仲間に加わった事で、「勇者」と言われる少女デリアは、これでやっと剣の稽古の相手が出来たと安堵し、武道が得意なサントハイムの王女アリーナも「戦士」とならば手合わせしてもらえると、最初の頃は大喜びだった。
デリアとアリーナは競い合うようにして、ライアンにそれぞれ剣と武術の指南を申し出た。
だが、ラインアンはデリアとアリーナに、ほんの数回だけ剣術や組み手の相手をすると「とりあえず、一日中『走れ』」と言い出し、ちょうど手ごろな高さの山が近くにあるので、山登りをしようという事になった。

急な斜面を早足で駆け上がるというこの鍛錬は、かなりの体力を要する。
神官であるクリフトは一応の剣術は身につけているが、戦士としての本格的鍛錬は受けたことがなく、基本的な体力が出来ていない。その為ライアンが行うこの鍛錬について行く事が困難で、いつも遅れを取っていた。
そんなクリフトにアリーナはいつも叱咤していた。だが、一向について来られないクリフトを見て業を煮すと同時に、自分自身も目に見えた成果を感じられず、やがてライアンに対して「鍛錬のやり方が悪い」と悪態をついたのである。



「行きますか。デリア殿」
「はい」
次の日。デリアはライアンと二人きりで、この山登りの鍛錬に行く事になって妙に緊張した。
普通に剣の稽古をするときは、それほど仲間から離れた場所では行うことはない。
ときには、仲間全員が見守る中、稽古をすることもよくある。デリアにとっては、それが当たり前のことで、ある意味落ち着いて稽古が出来るのであった。
だがこの鍛錬では、長い時間他の仲間達と離れてしまう。明け方から始め、頂上まで登ってまた降りてくると昼過ぎになる。
それだけの長い時間ライアンと二人だけになる……。
デリアはそんなことを思うと、なぜか海辺の村での出来事を思い出した。

「デリア殿?聞いておられますか?」
デリアはライアンのかけた声に、心臓が飛び上がりそうになった。まさか心に思ったことを口にはしていないとは思いながらも、心の中を見透かされてはいないかと、心臓の鼓動がとぎまぎと続いた。
「は、はい。ごめんなさい。ボンヤリして……」
「では、もう一度申しますぞ。本日は霧が深く、夕べの小雨で足元も悪い。充分気を付けなされ」
すぅ。と、デリアは大きく深呼吸をして、返事をした。
「わかりました」
「うむ。では参りましょう」

登り始めると、今日はなんて静かなんだろう。とデリアは感じた。
いつもは、クリフトを叱咤したり、愚痴をこぼしたりするアリーナと、それに答えるクリフトの言葉でとても賑やかなのに、今日はいつもとは違う音が気になる。
山の遠くで、さえずる鳥の声に混じって聞こえてくるのは、自分とライアンの山の斜面をざくざくと踏みしめる音。そして、自分の息づかい。

時間がたつと、デリアは自分の息づかいが、だんだん荒くなっているのに気付いた。
いつもは、楽々とライアンについてゆくことが出来るのに、今日はなんだか身体がきつい。
やがてデリアは、ライアンがいつもよりずっと素早く山を駆け上がっていることに気がついた。
いつもこれぐらいの速さだったのか?それとも今日は自分の身体の調子が悪いのか?
と思いながら、だんだと引き離されるライアンの背中をただ見つめ続けた。

そんな時、一匹のエアラットがデリアの目の前を横切った。
魔物もデリアに気付き、すぐに逃げ出す体勢をとった。が、デリアは足場も不用意なまま、思わず剣を抜いてしまった。
次の瞬間、デリアは踏み出した足の裏が、ずるりとなった感触を覚えた。
「あっ?」
気がつくと、身体の均衡を崩して前のめりに倒れ、そのままの姿勢で、ずざぁーと山の急斜面を急激に滑り落ちていった。
「きゃぁ!」
デリアは思わず声を上げた。
滑り落ちる一瞬の中、無意識に何に掴まろうと、片方の手を頭の上へと振り上げたそのとき……

がしっ!

デリアは振り上げたほうの手首が、強い力で掴まれているのを感じた。
「デリア殿!!」
顔上げると、先に行っていたはずのライアンが、片手で木の根っ子を掴み、もう片方の手でデリアの手首を掴んでいた。
「お気を付けなされと、言ったではありませんか!」
「す、すみまぜん」
デリアは頭上から聞こえる怒鳴り声におどおどとしながらも、ライアンにそのまま片手でぐいと引っ張りあげられると、やっぱり力のある男のひとは凄いなと思い、妙にどきどきとした。
「はやく、そこに足を……」
デリアの足元の横には、人が二人ほど腰掛けられそうな岩棚があった。デリアが身を捩って足を掛けその場を確保すると、ライアンはほぅと息をついて、デリアを掴んでいた手を離した。

デリアは岩棚に腰掛けると急に、力が抜けたようになった。
ライアンにまた助けられた。そう思うと、デリアは不思議と落ち着くと同時に、なんだか情けなくなった。
「デリア殿?」
岩棚に座り込んだまま、そこから上がって来ないデリアを見たライアンは心配になり、慎重に岩棚まで降り、デリアに並んで座った。
気が抜けたように、向こうの山をぼんやりと見つめるデリアにライアンが話しかけた。
「……申し訳ございませぬ。今日はデリア殿だけなので、ついて来られると思い、少々早く登ってしまったようですな」
ライアンの口から出た思わぬ言葉に、デリアはあせった。
「いえ。そんな。ライアンさんのいう事しっかり聞いていなかった、わたしが悪いんです」
今日は色々と考え事をしながら、鍛錬を行ってしまったのだなとデリアは反省し、続いてライアンに礼を述べた。
「……あの……助けてくれて、ありがとうございます」
「いや……とにかく、大したケガがなく、よかったですな……おお。そろそろ日の出のようですな」

いつのまにか空の上の雲も霧も晴れ、向こうの山から朝日が昇り始めた。
デリアはこんなふうに、ライアンと共に海に写る月あかりを眺めた事をまた思い出した。
「きれい……。そういえば、いつも気がつけば日が昇っていて、じっくり日の出を見たことがなかったですね」
「そうでしたな。こんなふうに休息をとれば、きっとクリフト殿でも……あっ。今のは聞かなかったことに……」
ライアンがふと漏らした本音に、デリアは少し驚いた。
「どうやら、私は反省せねばならないようですな……デリア殿だけでなく、皆が強くなるように気を配るべきでした」
自らの失言を反省し、バツが悪そうにするライアンをデリアはなんだか、見てはいけないものを見たような気がした。
「ライアンさんがそう思っていることがわかれば、アリーナとクリフトまた一緒にやってくれるかな……?」
「……いや。姫様がご自分でやりたいと、仰るまで気長に待ちますよ。本来私は王宮戦士の仲間から『のろま』と言われたほど、気は長いほうですから」
「わたしもマーニャやアリーナからしょっちゅう『どんくさい』とか『とろい』とか言われます」
デリアが何気に言ったことに、ライアンは少し引きつった笑顔を見せた。
「……デリア殿それはあまり私の慰めになっていませんぞ」
「ええっ!!そうなんですか?ご、ごめなさい」
「いやいや。いいんですよデリア殿……貴女らしい」
「……わたしらしい?それってどういう意味ですか?」
今度はライアンに言われた言葉にデリアがむくれ気味に反応した。
「わははははっ!デリア殿。お相子ですな」
「そうなるんですか?……うふふふ」
豪快に笑うライアンにデリアもつられて、くすくすと笑い出した。



ライアンの鍛錬をアリーナ達がやめてしまってから数ヶ月たった、ある日の夕暮れ。
デリアとライアンが剣の稽古をしているのを、アリーナとクリフトが眺めていた。
次第に真剣になっていく、デリアとライアンの表情にアリーナとクリフトも思わず真剣な表情で見入ってしまっていた。
やがてデリアがライアンの剣を飛ばして勝負がついた。
「お見事。だいぶよくなりましたな。ご自分でわかりますかな?」
負けたはずのライアンが満足そうに、頷きながらデリアを見た。
「ええ。前より腰が安定して、より剣がしっかり振れるようになりました……」
そういいながら、デリアは、はっとなり、ライアンに言った。
「あっ……あの山登りの鍛錬は……?」
「そういうことですよ。デリア殿」
デリアの顔がぱっと輝き、満面の笑がこぼれた。

そんなデリアを見たクリフトもなぜだかとても嬉しくなり、思わず微笑んだ。
「いいですね。ライアンさんとデリアさん」
「なにが?」
「なんと言いますか……そう。信頼しあっている師弟。という感じが」
クリフトのその言葉は今のアリーナにとって、とても意心地悪く響いた。
アリーナはクリフトを一瞬睨みつけると、口を尖らせながら再び下を向いて、ぼそぼそと呟いた。
「クリフト……どうして、格闘で強くなってくれなかったのよ……」
「え?」
クリフトはアリーナの呟きを聞き返そうとしたが、その間もなく、アリーナがライアンの方へと駆け出していた。

「ライアン!!!」
アリーナが叫んだ。
「わたし、もう一度鍛錬につきあう!クリフトも一緒よ!!」
「はっ。私は構いませんが。クリフト殿は……」
怪訝そうにクリフトのほうをちらとみるライアンをアリーナは口を真一文字に結び、真摯な瞳で見つめた。
「ついてくるわよ。わたしが、ついていかせるから」
「うむ。よろしいでしょう」
アリーナの真剣な様にライアンは満足そうに頷いた。
「ありがとう……ねぇ。あとついでといってはなんだけど、今度はサントハイムの王女として、ひとつ頼みがあるの」
「なんでしょうか?」
アリーナはさらに真摯な瞳で、ライアンを見つめた。
「ねぇ。この旅が終わったら、わたしの国へ来てくれない?」
「それは……?」
「あなたのように、優秀な戦士を育てるひとが欲しいの」
「出来るだけ、ご協力はいたします」
「そう。じゃあ、ずっと居てくれるかな?サントハイムに。すぐに将軍位にするし、俸禄もそれなりに出すよ」
「それは……私はバトランドの王宮戦士でございます。いずれは故郷に戻ります」
「君主を替える気はない……というわけね」
アリーナがにやりと不敵に笑うと、ライアンは黙って頭を垂れた。

そんな二人のやりとりをじっと眺めていたデリアに、クリフトがゆっくりと近づき話しかけた。
「どうしました?なんか淋しそうな顔をしていますよ?」
「え?わたしが?」
「いや……すみません」
そうなんだろうか?淋しかったのだろうか?でも……なぜ?
デリアはクリフトに言われたことを、なぜたが否定したかった。

「クリフト!!なにしているの!!行くわよ!!」
いきなりアリーナがクリフトとデリアの間に入り、クリフトの手を引っ張った。
「な、なんですか姫様。いきなり」
「今からまた、始めるのよ。ライアンの指南する鍛錬をね」
「ええっ!もう?今から夕食ですよ……」
そこへライアンが苦笑いをしながら、アリーナをなだめた。
「姫様。明日にいたしましょう。いくらなんでも、もう日も暮れますので……」
「そう?そうね。そういえば、お腹すいてきたわ」
アリーナはあっさりそういうと、クリフトの手を引いたまま「ほら、行くわよ」と言い宿の方へと向かった。

そんな二人を見送りながら、デリアとライアンもまた、宿へと向って並んで歩き出した。
「また、山登りでもしますか?」
「そうですなぁ……」
明日のことをふと思ったデリアがライアンに話しかけると、ライアンは先ほどの苦笑いを続けていた。
「あの……わたしも行きます」
「ああ、そうして貰えると助かります。私ひとりでは、あの二人の面倒を……あっいや。今のは……」
デリアはまたもや言ってしまった言葉に、バツが悪そうにするライアンを今度は見ないようにした。さっきクリフトに言われた「淋しい」と言う言葉をすっかり忘れて、なんだか楽しい気分になっていた。
「ライアンさん」
「はっ……?」
「あした。みんなで日の出が見られればいいですね」

─fin─


あとがき
当初この話のプロットは「鬼コーチ」ライアンさんで、私の頭の中では「巨○の星」のテーマ曲が流れておりました。
なぜかというと、野球をやっていた人が「最初はランニングばかりやらされた。でもそれで下半身が安定してバットが振れるようになった」という話を聞いて、この話を発想したからです。

ライアンさんの人間くさい一面と「王宮戦士」としての誇りを書きたかったのですが、肝心の「王宮戦士」がいまいちになってしまいました。


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