いつまでも、こんな所にいても仕方がない。
デリアは村の花畑のあった場所に座り込み、ぼんやりとそう思っていだが、身体が動かなかった。いや、動かないと思っていた。
それでも身体は正直なもので、本当は喉の渇きを感じていた。
水を飲みたくとも、いつでも綺麗な水が涌きだしていた村の泉は、どろどろとした黒いものになっていて、とても飲めそうになかったのだ。
デリアは村を出ても、他に泉や湖や川が見つけられるかという不安はあったが、ここにいても生きて行く事は出来ないことは、わかりきっていた。生きなければならない。そう思うとのろのろと立ち上がり、歩き出した。

村のすぐ外の林は迷路のようだった。デリアはそこを何とか抜け、一本道になった狭い獣道を見つけ、歩きだした。だが、どこへ行けば水があるのかは検討もつかず、ただ獣道をそのまま歩くしかなかった。
そんな所にも怪物だけは容赦なく襲ってくきた。初めての実戦。スライムだ。
デリアは剣術の師匠レオンに教えられた通り、剣を構えようとするが上手く行かず、無我夢中でただ剣を振り下ろすだけだった。なんとか退治はしたものの、すぐに地面に座り込んでしまった。
ただがスライム一匹にてこずって、これからやっていけるのだろうかと、こんな自分が本当に『邪悪な者を倒せる、秘める力』を持っているのだろうかと思うと、やりきれない気持ちになっていた。
それでも、やっていかなくてはならないのだと思い、立ち上がって再び歩きだすのだった。

やがて一件の小屋が見えてきた。小屋の周りとその隣にある墓らしき所は、下草が丁寧に刈り取られた後があり、人が住んでいることが伺えた。
デリアは村人以外の人と会うのが、あの出来事のせいで少し恐かった。だか、喉も渇きはもう極限まで来てどうしようもなかった。とりあえず、今いる場所から森の中を見回してみたが、すぐそばには水の気配は感じられなかった。
デリアは意を決して小屋の前に行った。すると突然、中から動物の吼える声と「こら、静かにしねぇか」と言う人の声と供に、扉が開いた。
「…………」
扉の中かから、白髪混じりの頭髪をした初老の男が、デリアを見るなり何か名前のような言葉を言い、驚いた表情をしたが、その言葉はデリアには聞き取れなかった。
「なんだ。お前」
続けて言った男の無愛想な言葉にデリアは一瞬戸惑った。
「こ、こんにちは。あの。わたし……」
デリアが言葉に詰まっていると、男は勝手に喋り続けた。
「道に迷った旅のもん。てとこだな。このまま太陽を左にしてまっすぐ進んで、山を降りたところが、ブランカ城だ」
「あ、あの。お水を……一杯ください」
やっとことで、デリアが「水」の一言を言うと、男は黙って家の中に入り、水瓶からひしゃくで水をすくうと、そのままデリアに渡した。
デリアがひしゃくの水を一気に飲み干し、礼を言おうとすると、男はデリアをじろりと眺めて、チッと舌打ちをした。
「お前。しけたつらしてんな。俺は陰気くさいガキは嫌いだ」
「ご……ごめんなさい。お水。ありがとうござました……では」
デリアは男にあまり歓迎されてないと思い、この場を立ち去ろうとした。が、その時男が大きくため息をつきながらデリアに言った。
「待て。もう日が暮れる。それにその格好では旅は続けらられんだろう。腹も減ってるだろう。今晩はここで飯食って泊まっていけ」


「犬ですよね。それ」
デリアは男の足元に纏わりつく動物を見て言った。
「おめぇ。犬を見るのは初めてか」
「書物に描かれた絵で、見たことあります」
「……お前……そんなことより顔洗え。真っ黒だ」
デリアはあんな事があった後だと言うのに、初めて会う男に気を許し、家に上がりこんでいる自分に驚いていた。男の言う通り腹も減り、疲れきっていたせいもあるが、この男は大丈夫だという奇妙な確信があったからである。
鏡を借りて自分の顔を見ると煤だらけだった。デリアはそうして久しぶりに自分の顔を見た時、ふと何か奇妙な感覚に囚われた。
それが何がよくわからないまま、顔を拭き終えると、やがて男が火にかけていた鍋から、肉と野菜の汁を皿にすくって、食卓の上に置いた。
「食いな。味は保障しねぇが」
デリアは皿を出した男の手を見て、はっとなった。そして自分の手を見つめた。
自分とそっくりな手がそこにあった。特に爪の形と指先がそのままの形であった。
そして、先ほど鏡に映した自分の顔を思い出し、鼻の形や口元もこの男となんとなく似ているような気がした。
そう思うと、やがてあることを思いだした。
『親とその子は姿がよく似るまたその子も似る』
いつか書物でそんなことを読んだ覚えがあった。デリアは自分が両親のどちらにもどこも似ていなかったので、そのことをシンシアに聞いたことがあった。
『どの親子も似るということはないのよ』
シンシアの答えに安心し、それ以来そんなことは忘れていた。だが、自分の身体に似た特徴を持つこの男を見て、その記憶が蘇ったのだった。
「……なんでぃ。お前。なんか用か」
デリアがそんなことを思いながら、男の手をじっと見つめていると、男もデリアの手元を見て、同じようにはっとなり、少し照れたような表情をした。
デリアは匙を持ち、料理をひとすくい口にした。
「あの……これ美味しいです」
「おう。それ食ったら、奥の寝台を使って寝ろ」
男が僅かながら微笑んでくれたことに、デリアは安堵し頷いた。



翌朝、デリアは目が醒めると、昨夜から気になっていた小屋の隣にある墓のそばまで行き、見つめていた。
「花を供えてやってくれるか」
後ろから声をかけてきた男の手には数本の小さな花が握られていた。デリアはそれを受け取ると跪き、墓に供えた。
「俺の息子だ」
そう聞くとデリアの胸には何か熱いものがこみ上げてきた。
デリアは立ち上がり、後ろに振り返ると、男の両手を自分の両手で包むように握って言った。
「ありがとう。わたし親切な人に会えて、よかった」
「俺が親切な人だと?けつが痒くなるようなこと、言うな」
男は照れくさそうにそうに言い、デリアの手を少し見つめてから離すと、そそくさと家の中へ入った。そして、しばらくして家の中から出て来ると今度はデリアの持っていた袋を抱えていた。
「さあ、これ持ってとっとと行きやがれ!」
男は袋をデリアに投げつけた、中がずっしりと重くなっていたので、開けて見てみると、皮の鎧やお金、食料や水筒が詰め込まれていた。
「じゃあ。行きます」
デリアは男とこの墓の主に対して見えない絆を感じた。それが「血」の繋がりではないかと。
それをはっきりと確かめるにはどうしたらよいのかは、わからなかったが、それを感じるだけで今のデリアには十分であった。これからもなんとか生きてゆける。そんな気がしたのである。
デリアが小屋を後にし歩きだすと、男はすぐに小屋の中に入ってしまった。
デリアは「さよなら」をいい忘れたことを思い出し、立ち止まった。が、すぐその必要はないと思い返した。ここにはきっとまた来ることになる。そう信じると再び歩きはじめた。

─fin─


デリアときこりのじいさん。デリアもじいさんも互いに肉親であると言うことを気付くお話。じいさんはデリアを最初に見た時から気付いています。きっと息子によく似ていたのでしょう。


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