それをエゴだといわないで



第一印象、というものは中々侮れないものだ。
生理的、本能的に合う合わないもそうだけど、見た目や初対面での接し方、その時の状況や会話や表情仕草で自分の中での快、不快、どちらでもないなど人間関係フォルダに相手を無意識に割り振り今後の対応の機軸ができるというっても過言ではない。
はじめは快に割り振られていた相手が交流を深める中で不快に移動されたり、その逆になったり…また、違う種別のフォルダが作られたりするものだけど、初対面時に割り振られるフォルダは良いに越したことはないだろう。
人は成長過程で色々なタイプの人間と付き合ってゆき自分の中のキャパシティが広がってゆく。人生経験が浅いとフォルダへの割り振られ方や容量、種別そのものも未成熟。特に子供なんかは優しいけどひどい人とか冷たそうに見えて懐が深い人なんて経験から学ぶ人間の奥行きなんて見定めることなどできず、笑顔だから優しい人とか怖い顔だからヤナ人みたいな表面的な印象だけで判別しやすい。
だから見ず知らずの人にはついていっちゃいけませんや、お菓子とかゲーム類とかちらつかせる人からは逃げなさいとか、防犯対策で保護者や教育関係者から口をすっぱくして言ってるわけだけど。


「あ、もう暗くなるから春美ちゃんうちに帰ったほうがいいんじゃない?今日はぼくだけでも大丈夫だから真宵ちゃんもあがりなよ」
ブラインドから差し込む明かりが淡いオレンジ色のものとなり、時計の針が半周するくらいには宵闇に煌々と灯るホテルの窓の明かりに代わるだろう。
急ぎの仕事はないし、数日前に結審した法廷の記録を纏めるだけの事務処理しかないわけだから、年頃…と年端もいかない女の子を無駄に拘束するのも考えものだと帰宅を促した。
「うん、そうだね。今日は机の上を何十回も拭いたことだし、帰ろっかな」
……うぅ‥大して汚れてもいない机の上を台布巾が擦り切れるほど拭いたってのは、事務所的にどうなんだろうって考えは悲しいから口にしないけれど。
所長なみに仕事内容を把握している有能な…と言っても処理が追いつかないほど依頼があるわけじゃないから把握しやすいのかもしれないけど…事務所の助手兼副所長である真宵ちゃんは、ささっと手際よく後片付けと身支度を整え学校の宿題と格闘していた少女に声をかける。
「はみちゃん、帰りがけにデパ地下巡りしていこっか」
「デパ地下!はいっ、ご一緒させていただきたいです」
定時あがりのOLじゃないけど、夜はこれからって感じの会話が楽しそうで羨ましくもあり
「時間的に試食コーナーも活気付いているだろうし、楽しみだね」
「わぁぁvわたくし、先日よったTデパートのお惣菜のお味が忘れられなかったんです!」
「そうなんだぁ…中華の方?和食の方?」
「どちらもよいお味でした!」
「うんうん、どっちも美味しかったよねぇ!じゃあ今日もTデパートから行くとしますか」
「はいっ!そう思ったら急にお腹が空いてきちゃいました」
「そうだね!あたしもさっきからグーグーだったんだよ」
キャッキャと弾む黄色い声に身につまされるような切なさも微妙に感じ…
「‥寄り道もほどほどにね」
「じゃあ、なるほどくん消灯と戸締りよろしくっ」
「なるほどくん、ではお先に失礼します」
ひらひらと手を振るぼくに二人は爽やかな笑顔を残し、事務所のドアノブに手をかけ…。
「ひゃぁぁっ?!び、ビックリした!」
「ま、真宵さまっ!大丈夫ですか?!」
ノックと同時で開いたドアに奇声を上げた。
「……ム、…す、すまない」
廊下に響く奇声の原因が自分にあると理解し、慌てて謝罪する声の主が目に鮮やかな赤を纏い困惑顔で立ち尽くしていて
「御剣検事っ…いるならいるって言ってくださいよ〜」
出る者と入る者と、絶好のタイミングで鉢合わせしたことがわかった。
「定時だったんですか?珍しいですね」
「思っていたよりも早く仕事が片付いたのでよってみたのだ。真宵君たちはあがるところなのか?」
「そーで〜す!残業するほど仕事がないんで、はみちゃんとこれからデパ地下巡りツアーなんです」
た、頼むから、試食コーナー完全制覇が目標です!だなんて言ってくれるなよとぼくは心に冷や汗をかきながら
「そうか‥この時間帯はきっと混み合うだろうから潰されないよう気をつけたまえ」
真宵ちゃんたちに薄く微笑む御剣にいらっしゃいの意味を込めて手を振った。


「‥なんだって」
「へぇ‥そういえば僕にも覚えがあるなぁ」
「えー、なるほどくんも?」
「うん、初対面の時挨拶もろくにしてもらえなくて結構難儀した」
「それは、なるほどくんが人攫いにでも見えたんじゃない?それか、痛そうとか刺されそうとか」
「なにそれ‥真宵ちゃんはぼくが犯罪者顔って言いたいの?‥にしたって、痛そうってのは初対面で思うことじゃないでしょ」
「え、痛そうだよ‥今でもあたし、なるほどくんの後ろをついて歩く時身構えちゃうもん」
‥そう言いながら顔の前でアームブロックのポーズをする真宵ちゃんの言葉の意味が分かってしまい、ぼくは無意識に自分の頭を撫でた。
「‥‥倉院の里って言葉は悪いけど閉鎖的だし、そういう風に育てられた感じだからどうしたって人見知り体質になっちゃうだろね」
「でも、イイ子なんだよ?打ち解けるまでに時間がかかるかもしれないけど、素直で明るい子なんだけどなぁ」
「うん。一旦心を開くと無邪気でカワイイよね‥子供らしい一面とかも普通に見れるし」
「そー思うとはみちゃんだけのせいじゃないよねぇ〜御剣検事‥明らかに子供受け悪そう」
「まぁ、犯罪者顔じゃないけど誤解されそうだよね。口下手だから砕けたしゃべりもできないだろうし、子供がなつきそうな笑顔なんかまず無理だよね。顔面神経痛とかになるんじゃないかな‥無理して笑顔を作れば」
春美ちゃんことはみちゃん不在の事務所でぼくと真宵ちゃんはお茶休憩。
マグカップと湯飲みを傾けながら雑談中。
話題の中心は春美ちゃんと御剣についてだ。
意外な組み合わせ?うん、そうなんだけど…なんでも、昨日デパ地下巡りツアーの帰り道、春美ちゃんがこっそり打ち明けてくれたんだって。
「子供が苦手にするタイプ、なんだろね」
そう言ってぼくはぬるくなったコーヒーを口に含み、検事席に整然と立つ御剣を思い描いてみた。
「え、苦手ってのは違うかな〜。はみちゃんの言い方だとかしこまっちゃう?う〜ん、違うなぁ‥萎縮しちゃう?」
ピッと背筋を伸ばし、綿密に練られた法廷戦術を駆使して容赦なく弁護側を追い詰める、正確で冷淡な兵器みたいだもんなぁ。そこだけ見たら。染み付いた生真面目さが普段でも際立ってるし‥とっつきにくい印象を持っても仕様がない。
「あ〜、アレだ。盆正月ぐらいにしか会うことがない遠い親戚のおじさんの隣に座る時みたいな心境なのかな。どう反応していいかわかんなくて、もじもじしちゃうみたいな」
「多分ね、相手も自分も出方が分からなくて、積極的に関わっていこうとしないから余計にぎこちないって感じ?」
そういわれてみると、二人が和やかに語り合う光景にこれまでお目にかかったことはないかも。
大体、真宵ちゃんやぼくが間に入って会話は進んでゆくし。
あ、でも御剣は女の子二人に分け隔てなく接してる気がする。あの口調でだけど。
いやいや、普段でもあのスタイルが崩れないからこそ春美ちゃんも身構えてしまうのかな?
「ま、苦手なら苦手でも構わないじゃん?別に無理に仲良くなんなくたっていいわけだし‥滅多に会わない親戚のおじさん扱いされても御剣は気にしないと思うよ」
「‥‥そこでどうにかしようって思わないところがなるほどくんらしいよ。ほんと、すごいよね。御剣検事独占主義って言うのかなぁ〜、対自分じゃなきゃどーでもいいんでしょ」
湯飲みを手に持ちながらプッと膨れる真宵ちゃんの、呆れを含んだ冷ややかな視線を笑顔で受け流し
「本当の御剣を理解してるのはぼくだけでいいと思ってるよ、実際」
真宵ちゃん曰く、御剣検事独占主義を肯定してみせる。
「なんかなるほどくん‥病んでるよ、知ってたけど」
あ、それって褒め言葉?だったら言わなくちゃね。
「ありがとう、真宵ちゃん」
皮肉でもなんでもなく心から‥だってここ十数年ぼくは御剣に病的なほど執着してるわけだし。だからこそ今のぼくがいるわけでしょ?
「あたし、褒めたつもりはないんだけど‥御剣検事が絡むとなるほどくん、本気で怖い」
なのにどうして怖いって言われるんだろう‥真宵ちゃんの価値観っていまいちわかんないんだよね。
御剣の過去から現在を繋ぐ糸を握り締め、現在の彼を形成した事柄を知り理解して受け入れる。外観だけでは分からない内面を把握し甘受することの幸福感。行動、仕草、表情、思考‥あらゆる事態への反応と対応、そして結果‥全部、全部、ぼくだけが分かってればいいんだよ。
好きならば相手を理解したい‥それって普通のことでしょ?
好きならば相手を丸ごと受け入れるって‥当然のことだと思うのに、どうして怖いと言われるんだろう。
「どーしようもない問題にぶち当たらない限り、このままでいいんじゃない?」
結論は静観。
じっとり、上目遣いでぼくの様子を窺う真宵ちゃんに小さく溜息を吐く。
底にうすく溜まったコーヒーを一気に飲み干し、やりかけの書類に向かおうとマグカップをテーブルに置き短い休憩時間に終わりを告げた。





  



2007/08/26
mahiro