「そら〜、やっぱアレっしょ」
「アレってなんだよ」
「男のロマンての?アレがなけりゃ人生に潤いのひとかけらも無いっつーさ」
「だからなんだよ、アレってのは」
「うム、興味がある。教えてくれないか」
「あれれ?まったく思いつかない?っ、か〜‥お前ら干からびちゃってんの?寂しい生き方してんのな」
ぷは〜っと少し酒臭い息を吐き幼馴染で一応親友ってくくりの男は、可哀想な奴を見るような目つきで両手を広げ、これ見よがしにリアクションするから…ちょっとだけムカついた。



Heartful



其々が思い思いの生き方をしていて私生活以外の仕事もあって、都合のつく時間てのが少ない中でぽっかり空いた空白の時間。
入れようと思えば入れれた予定を先延ばしにし、集まった。短直に同窓会?にしては内々すぎたけど暇じゃない大人がこうして顔を合わすことができる貴重な時間を満喫してみるのもいいかなぁ、なんて。
昔懐かし、現在進行形で何かと顔を合わせちゃってる三人が、居酒屋でグラスを合わせる。
一人は厳粛な法曹界で咲き誇る天才検事サマ。一人は目下自由業、と言えば聞こえはいいけどこの年でソレはどうよって感じのフリーター。一人は高給取りのイメージが強いながらも実状は世間評価ほどでもない弁護士。
‥なんと言うか‥この面子って‥ありそうで中々なさそうな。だからこそ昔懐かしメンバーなのかもしれないけれど、だからこそ変な気遣いとか卑屈っぽさとか無しで笑いあえちゃうのかもしれなくて思った以上に居心地が良いから不思議。
うん、実に不思議。
話題も其々の近況や全国放浪記から恋愛相談‥と言うか女性間放浪記?までわりと富んだ感じで小難しいことになりかけると、ままま、こんな場でそんな話もなんだからってことでお酌が為されわりかし砕けてる。
男三人集まれば猥談に華を咲かせるってことはなく至極‥健全で気のおけない感じである種、貴重。
追加注文されるツマミはひょいひょい無くなり、ジョッキやお銚子も新調され互いにほろ酔い加減で笑いあえるって楽しい。
「満天の星空を肩を寄せ合い眺めて夢を語り合うロマンスに共感できないお前たちの方が、俺としてはシンパイだっつーことだよ」
‥楽しい‥中にも刺々しさを感じちゃうのはぼくの心が狭い証拠なのか?
「‥だからそのロマンってのを教えろっつってんの」
ネギマ片手に陶酔しながら居酒屋の天井を仰ぐ男に、口を尖らせて突っかかる。
不機嫌になったのはあからさまに恋少なき男だと嘲られてることへの不満じゃなく、そういう意図が無くても目の前でその肩を寄せ合う光景を実演されてるからで ‥。
そういう意図を感じて無くても肩を取られたまんま平然とお猪口を傾けてる男に不満て言うか‥心中複雑なわけで‥。
そもそもこの席順てどうよ?!と、ショッパナの憤りを再熱してみる。
この面子で一番時間に正確なのは一番時間に縛られているであろう公務員職の男。多分、集合予定時間よりも前に到着し座席の奥に収まるのは当然。
多分これは推測だけど、タッチの差で二番手になったフリーター男は軽い挨拶と共に占拠した‥
「‥肩なんか組むな、バカ」
おかしくね?普通‥四人がけの席で二番目に到着したら向かい合うだろ‥普通は。
遅れた自分が悪いんだけど‥三番手になったおかげで席順に文句を言うのもなんだけど‥。
「‥つか、大人しく肩、組まれてんなっつの」
二人の座ってる状況がラブシートになってたのには正直驚いた。
お座敷で足を楽に伸ばせるホリゴタツ風の四人席。そこに三人で座るなら二対一になるってのは心得てるけど、だ。
おかしいよなぁ…この並びが当然とまかり通っちゃってるのは、おかしいよなぁ。
行儀悪く指揮棒みたいに肉とネギの刺さった串を振り回す友を若干据わった目で睨みつけ、表面に水滴のこびりついたジョッキをちびりと傾けた。
「短く、言い易く、的を得た単語か‥」
「おうよ、しかも夢と希望に溢れる言葉っ!」
「ゆ、夢と希望?そ、壮大なモノだな」
ぼそぼそと小声で突っ込みをいれるぼくを余所にラブシート座りの二人は会話を進めてゆくんだから
「‥‥‥やっぱ、”金”ってのが妥当じゃないか?」
投げやりな感じで出されたヒントに見合う答えを出してみた。
「はぁ?!成歩堂‥お前、生活そんなに荒んでんの?夢と希望と男のロマンを足して出た答えが金って‥全然ダメ」
「荒んでるって‥お前にだけは言われたくないよ‥」
にもかかわらずおもっくそダメだしを食らってしまったぼくはますます不機嫌になってしまうわけだけど。

この禅問答みたいな会話の始まりは、今となってはどうでもいいようなことだった。
街中を歩いてる時空を見上げてるカップルが多かったとか、どっかのマンションのベランダに望遠鏡が出ていたとか、そんな何となく目に留まった光景が始まり。
今日なんかあるのか?花火大会とか?みたいな流れで互いに顔を見合わせ
「あぁ‥そういえば今日はペルセウス座流星群が観測できるらしいが、それでだろうか」
この面子で一番歳時記の情報に精通している御剣が端を発したのがこの会話のスタート。
多分、ワイドショーなんかじゃ取り上げてるであろう話題でも、それを観なければいけないと言う条件下では同レベルなぼくたち。抜きに出るのは情報量を自ら欲するが故の長で、そういえば‥な雑学で語ったこと。
毎年この時期‥と言っても観やすさから言えば極限られた日に一時間当たり30〜50個ぐらい観測できる流星群てのがソレ。観測方位は特に無く、放射線状に流れる星なのだからとのマメ知識に感心しながら話題はペルセウス座流星群から流れ星に移った。
すわ、流星群の観測!と行かないところがぼくららしいと言うか‥機動力の無さが浮き彫りになったって言うか‥なんだけど。ワイワイ語り合うにはそれなりの題材だったから、子供の頃の思い出や近年話題になった流星群のことなどを酒の肴に暫く楽しんだ。
そこで、
まぁ、恒例って訳じゃないけど流れ星=願い事の図式にのっとって話が膨らんだわけだけど。
「流れ星に願いをかけるっての、口にするのは簡単だけどほとんど無理だよね」
正直な感想に頷く。
「あれだよな?流れ星が消えるまでに願い事を三回言うっての?」
「あっ!って思って終わりじゃない?」
「‥昔、私も実行してみたがあの速度についてゆけず諦めた覚えがある」
「へ〜、御剣も?俺もさぁ、今でもたまにトライすんだけどさぁ、まず無理だよな〜‥ヤツら速すぎ」
「うん、ぼくも無理だった‥一回も言えない」
流れ星への願掛けが叶うかどうかはそっちのけで、ほろ苦い思い出を口にして。
可能性の話をする。
時間にして一瞬。星が流れる奇跡の瞬間に如何にして願いを告げるか‥そこんところを議論してみる。
で、この面子で一番ロマンチストな男が率先して指揮をとるわけだけど…速攻ダメだしを食らっちゃうと凹むよなぁ。
”金”ってのもある種ロマンだと思うんだけど。
なんでも、今の子供たちの将来の夢ってのに金持ちになることってのがあるんだってさ。しかも上位なんだってさ。
漠然としてるけど将来の夢ってくらいだから当てはまる気がするんだけど…この中で金持ちと言う言葉に一番縁遠い男が一脚するくらいなんだから『アレがなけりゃ人生に潤いのひとかけらも無い』 アレに興味が湧く。
どうせね、ぼくは夢も希望も頭の中にない干からびかけた寂しい男だよっ、開き直り
「じゃあ、言ってみろよ」
教えてくださいじゃなく、言ってみろっ!強気な感じでへらへら笑ってる親友を顎先でツイと促す。
「へへへ、よーく耳の穴かっぽじって聞けよ!そらぁ決まってるさ…愛だよ、アイ!生きる目的!人類の夢!命の潤いっ!愛しかないじゃん!」
ビッ!っと親指を立てて自信満々突きつけてくる回答に正直…呆れて言葉も出なかった。
「そんなのお前だけだよ!」
「んなことあるかっ!だからお前は寂しい男だって言ってんだよ!」
異議あり!
異議あり!
ぼくと矢張は互いに異議を申し立てあった。
「一山いくらって感じでそのアイってのを叩き売りしてる男がナニ言うよ?!」
「ばっか!一山いくらなのは恋だよ、コイ!愛ってのは別物、別格なんだよ!」
「どー違うんだよっ」
「全然ちげーだろ?!」
帰って辞書引いてみろって、矢張だけには言われたくない。アイもコイもごちゃ混ぜになってるような男に諭されたくない…ぼくにだってその違いは良くわかんないのに。
「なぁ、御剣は分かるよなぁ?愛と恋の違いをさぁ」
…って、そこに振るのか?!
ぼくとの禅問答に見切りをつけた矢張はこともあろうにこの中でその手の話題に一番遠い位置にいるかもしれない男に同意を求めた。
御剣がその手の話題から一番遠い位置にいるかもしれない‥てのは、推測じゃなくて結構言い当ててるとぼくは思う。失礼じゃなくて、本気で。
だって、だって‥
「ム‥」
ほら‥いきなり振られて言葉を詰まらせるところとか、黙り込んじゃうところとか。
いやいや、もっと言うならそーゆーことをこれまで口にしたことがないってこととか。
実はちょっと答えを気にしてる現恋人的な位置にいるぼくを見ようともしないで固まってるところとか‥やばい。ヤナ汗かいてきた。恋なんか知らんなんて豪語されたらぼく、この場で泣いちゃうかも。
「正直なところ‥」
‥‥おもっくそヤナ予感の漂う御剣の台詞に心臓がばくばくいってるのはナイショ。
「矢張の言うアイとコイの違いは私には分からない‥分からない、が‥ソレを夢や希望にたとえ星に願いをかけるロマンはなんとなくだが理解できる‥ような気がする」
「だろ?だろ?なんとなくでも理解できるよなぁ!ほらみろ!枯れてんのは成歩堂だけだよ!」
えっ、えぇぇぇ?!
それでいいのか?っていう、矢張への突っ込みは思ってもいなかった御剣の回答に飲み込まれた。
いや、まぁ‥馴れ初めはどうであれぼくと御剣は恋人同士なんだけど‥日頃ぼくの方が圧倒的に好きを口にしている危うい感じの恋人同士なんだけど‥どっちかって言うとウザがられてるかもしれない一方通行気味な恋人同士なんだけど‥‥意外に‥ぼくが思ってるよりは少しくらい‥
アイ、
されちゃってるのかもだなんて。
いやいや、アイされてはないかもだけどほのかにコイの雰囲気があったのかもだなんて。期待しちゃうあたり‥
「ぼ、ぼくもっ!理解してるっ、つか、今理解したっぽいし、力いっぱい実感してる!」
か、感動した。
「はぁ?成歩堂、お前意味わかんねー」
ぼくだって意味わかんないさ。何にこんなに感動してるかとか、さっきとは違う意味で心臓がばくばくいってるとか、会話自体がこんがらがっててちょっと本気で混乱してるっぽいのとか。
「や、だって‥御剣の口からロマンて言葉が飛び出ると思ってなかったから‥マジで驚いた」
言葉を選ぶこともできずぽろり、素直な感想を口にしたら
「ム…失敬だな」
「そりゃーお前、御剣にひどくね?」
冷ややかに非難されてしまった。

も、席順なんてどうだっていいや。
目の前でぼく以外の男と肩を組んでたっていちいち腹を立てない。
妙なところで意気投合してるのも気になんかしない。
ムカついたり、不機嫌になったり、この際忘れてこっそり祝い酒。
「今日はぼくのオゴリね」
ウキウキ気分でふるまっちゃう。
「いや、それはどうかと思う…」
そんないわれはないって風な御剣にこそオゴリたいんだよ。
「あっ、マジで?んじゃ遠慮なく…」
‥て、あからさまにメニューを見出した矢張にも
「お前金払う気あったの?」
憎まれ口を叩きつつ寛容でいられちゃう。

しこたま呑んで、食べて店先で別れたぼくたち幼馴染三人。
矢張はこれから深夜のバイトだって言ってたけど、千鳥足で仕事になるんだろうかってのは、ま、いいとして。
同じ方向に足を向けるぼくと御剣。
パッと見、恋人同士っぽくない肩の並べ方でも気持ち的に繋がってる気がしたし、今までよりも深い位置に心がある満足感。
今日は良い日だったなんて一日を既に締めくくり
「流れ星‥見えないかなぁ」
心にかかるのはこれ一つ。
「どうだろうな‥街の明かりに焦点があった状態だと見つけ難いらしいからな」
ネオンに照らされる夜空をぼくらはそっと見上げる。
「う〜ん‥山奥にでも行こうか。星を見に」
「今からか?だが、呑んでしまったから運転はできないぞ」
「‥だよなぁ」
無理だって分かってることでも口にしたかった。
「流れ星、見えたらなんてお願いする?」
「うム‥そう、だな…今日の会話の流れからいくとロマンを願ってみるのも良いかもしれん」
「はははっ、愛って三回叫んでみる?」
「金、でもいいな」
「荒んでるなぁ」
「そう言ったのは君だろう」
「ま、ね…矢張が言うに、ぼくは枯れてるらしいからなぁ」
夜空を見上げながらくつくつと笑うぼくたちだけど、言うほど枯れてはいないつもり。それに…
「既に手にしてるかも知んないしさ…」
流れ星に願いをかけるまでもなくってのは自惚れすぎかなぁ、なんて。だって、アイって姿形がないもんだし決まった概念もないでしょ?青い鳥じゃぁないけれど存外近くにあったりしてさ…それに気づくか気づかないかの差なのかもしれないしね。あと、自己満足次第だったりして。
「愛と恋の違いも分からない君がか?」
「そう、愛と恋の違いも分からない君もね」
あかるずぎて星自体見えないビルの向こう側の夜空に薄く笑み、一呼吸置いてからぼくは細めた目で御剣を見詰めた。
ゆっくりと歩きながら、ぼくの視線に気づいた御剣も夜空から視線を移し柔らかく笑む。今にも肩が触れ合うんじゃないかってくらいの距離で歩調を緩めることなく微笑をかわし
「では、見るだけに留めようか…欲張りすぎて失うのも癪に障る」
今日の御剣はいつも以上に素直で可愛いことを言うなぁと胸がまたドキドキしてきた。
ロマンスとは縁遠いぼくらだけれど、たまにはそれに浸ってみるのもいいもんだと思いながら。
ほろ酔い加減で都会の夜空を見上げ、帰途に着く。すっごく幸せな心地でね。




おしまいv





2007/08/19
mahiro