あいたくて
あいたくて
でも、あえなくて



情熱のゴング



これと言った目的もなくリモコンを軽く握り締め、ポチポチとTVのチャンネルを替えてみた。
明るい笑い声や意味ありげな挿入歌。大自然を懸命に捕らえようとするカメラマンの意気込みに溢れた映像と雰囲気たっぷりのカメラアングルで綴る物語。
腰を据えて魅入る、までも行かない番組を替えて、替えて…ちらちらと何度もごろんと転がったベッドから壁にかかった時計を見る。
長い針は2の文字を通過したとこ。短い針は10の文字を指している。
宵っ張りなほうじゃぁないけれど、このまますることもなく寝てしまうのは惜しい時間帯。
全面的に両親の管理下におかれていた頃は、今ぐらいな時間まで起きていることなんかなかった。成長には睡眠が一番大事だからって日が暮れたら夕食やお風呂…お気に入りのTV番組もそこそこ歯ブラシを持たされて半ば強制的に布団へと追い込まれたし、成長云々よりも学校の成績が大事と言われるようになったらなったで勉強勉強と捲くし立てられ、自由に自分の時間を過ごすことなんかできなかった。
大人になれば…義務である勉強をしなくてもよくなる大人になれば…観たいTVにやりたいゲーム、ソファーに寝そべってうたたねとか趣味の時間?なんてものに興じたり、何にも縛られないことに凄く憧れたものだ。
扶養家族に置かれている立場で果たすべき義務に反発したり、不満に思ったり、今となってみればほんと、気兼ねなく甘えられる環境だったのになって思うけど、あの頃は分かんなかったよね。本来自分の為である義務を果たしてさえいれば結構好きなことできてたのに…取り合えず生活面では不自由することなんかなかったのに。なんか、勘違いしてたんだよね。子供であることを棚において大人であると主張していたって言うのか…義務と責任、二つで一つだってしらなかったって言うのか…単に甘えてただけって言うのか…そんな、今となっては時代のことを憧憬を篭めて思い出しながら変わることのない速度でまわり続ける時計の針をじっと見詰めた。
相変わらずリモコンを弄るけど、どの番組にも興味が湧かない。
夕食もとったし風呂も入った。遊びに行く約束もないし持ち帰った仕事もない。
子供の頃は憧れた自分が好きにできる時間は、得てみると持て余す。かと言って寝ちゃうのもなぁ…。
TV画面から視線を外し何かすることがないかと室内を見渡すけど、ないんだよね。これがまた。
いやいや、こんな時こそ力いっぱい散らかってる部屋を片付ければ?なんて、真宵ちゃんとか千尋さんとかから異議を申し立てられちゃうかもだけど…何にもすることがないからこそ見てみぬふりなんだよね。試験勉強する時は片付かない部屋に居てもたってもいられなくなったもんだけど…逃避する現実がなければ掃除する気にならないって問題かなぁ。

弁護士、と言う肩書きは凄く‥なんと言うか‥忙しそうなイメージがある。
常に臨戦態勢で、のほほんと呆けてる時間なんかなさそう。
華やか?高給取り?高い地位や名誉?財界とのつながりとか?イメージは限りなく広がるけどさ。法曹界で真っ向勝負‥民事刑事事件を検証し被告や被害者、事件そのものに関わった人たちなんかの運命を左右する重要な仕事に追われ息つく暇もない?そんな風な印象があるんだけどね。
自営業なんだよ‥大手弁護士事務所に所属するならまだしも、所謂個人事務所って‥まだ経験浅い弁護士って。
依頼主が現れなきゃちょっと暇なんだよね。
同じ法律家でも公務員である検察官、裁判官は仕事内容が過密だ。否応無しに事件を扱わなきゃいけないし、事後処理だけじゃなく上との連絡系統も必要。有能な者になると担当した事件以外の事務処理とかもあるわけでしょ?後輩の指導とか広く深く状況を検分するとか、担当事件のことだけ考えてればいいって訳じゃぁないから忙しいよねぇ。
有能で優秀になればなるほど忙しくって、重責を強いられる仕事だからとにかく忙しくって‥
仕事柄守秘義務があるから口にはしないけれど
「まだ、仕事してんのかなぁ‥」
働きすぎじゃない?尽くしすぎじゃない?かかりっきりでしょ?休みもあってないくらい身を捧げてない?
僕の、恋人は仕事の鬼だ。
いや、まぁ‥それは当然なんだけど…。
やっかみじゃなくてね…。
『私と仕事、どっちが大事なの?!』そんな切羽詰った子供の言い分ってのをぶつけるわけじゃなくてね。
純粋に、単純に、僕は君の身体が心配なんだよってことでさ。
君を想えば僕は何も手がつかない。
娯楽に興じる気にもなれず、厚いフィルターがかかった視界にチカチカ眩しいTVの画面が反射するだけ。君の幻に気も心もそぞろ。無意識に時計の針を睨んで悶々としちゃう。
あいたくて
あいたくて
でも、あえなくて…
寝るにはまだ早い時間だからという言い訳で起きてるけど、今寝たら、夢で君に会えるかなぁ。夢で君の声が聞けるかなぁ。
右手に持ったままのリモコンをポトンと布団に落とし、僕の直ぐ横で待機中の携帯電話に手を伸ばす。
登録されてるアドレス帳…検事局の窓口と自宅と携帯電話。ポチポチダイヤルボタンを弄ってみる。
名前で検索…表示されるナンバー。
検事局は、今の時間かけたら繋いでくれるんだろうか。
自宅は留守電になってない?
携帯はどうかなぁ…仕事中だからってマナーモードとか?でも、執務室に居るんだったら繋がるかなぁ。
行動が分からないからどのボタンを選んで良いのか分かんない。ってか、仕事の邪魔にはなんない?
いつもなら、平然と押せちゃうボタンでも…いつもなら、用もないならかけてくるなって怒られちゃうくらい気安く押せちゃうボタンでも…こんな風に悩む時だってある。一時が万事鷹揚に振舞えるほど僕も無神経じゃないよ‥たまにだけど、躊躇うことだってあるんだ。
会いたいのだって我慢。
声が聞きたいってもの辛抱。
でも、でも‥ほんの少しだけ繋がりたい。電波で良いから‥電子信号で良いから。宛名入力、アドレス帳で検索、件名は何にしよう。仕事中?ま、そんなもんでしょ。
本文。
会いたいってのは本音だけど重い気がする。受け取り手がどう捉えるか‥軽く流してくれるのなら良いけどそうでなければ押し付けだ。もし、仕事中なら無理な願いそのものだし、相手の状況が分からないなら避けなきゃいけないことで。
液晶画面に浮き出る時間はさっき確認したときより進んでる。当然だけど、戻るなんてありえないんだけど、遅い時間なのは確かだ。
無理すんなよ…かけれる言葉はそれが精一杯。
追い縋れるほど子供じゃない。追い縋りたいけど必死な自分が嫌だ。
恋なんて、簡単そうで存外難しい。好きなだけなのに余計なしがらみが絡み付いてくる。5年…10年前ならもっと簡単だったのかもしれないけど…。
送信完了と表示される画面を消して溜め息一つ、おもむろに寝返りを打つ。
返信なんかに期待しないさ…期待したらそこで終わりでしょ?
会いたいのだって我慢。
声が聞きたいってもの辛抱。
だったらメールなんかもしなきゃ良いのに…期待しないといいながら実は期待してる、そんな自分が惨めだし哀れな気がする。
好きなだけでいいって思えたころが懐かしい。一方的に恋してたころが無性に懐かしい。
片恋ってそう思うと気楽だったよね。たくさん望んでいたつもりだったけど想うだけで幸せな気分になったんだ。ぬくぬく好きだというあったかい気持ちに包まって夢心地でいられた。ただ、君を好きな僕って自己満足に浸って、好きと言ってもらえる日を夢見てた。
相愛になったらそれ以上に幸せなことはなく、寂しさもやるせなさも切なさも‥何もかも消え去り胸いっぱいの幸せで満たされるって本気で思ってた。
アレだね。
年取ると恋するだけの労力を惜しむっての?分かる気がする。想うだけで満足するっての、理解できる。
臆病とか気弱とか傷つきたくないとか体の良い言い訳なんだよね。
焦がれて
焦がれて
どうしようもないくらい想いが募って苦しくなる。
二人でいる最高に幸せな時間と一人でいるもどかしい時間の落差に愕然とするってか‥。毎日が充実しててもふとした瞬間に気づいちゃうってか。温度差にビックりだよ。自分だけがそうなんじゃないかって言う疑心、てか‥う〜ん…。愛されてる自信が揺らぐってか。

結局のとこ忙しい恋人への愚痴なんだけど。
とどのつまりは君に構って欲しいってだけなんだけど。

着信メールランプが光る。
着信設定にしたメロディーが鳴る。
期待しないって言い聞かせていた大人としての意地が脆く砕ける。
いそいそと手を伸ばしかけ――
いやいや、これは御剣からのメールじゃないかも。呑みに行こうという矢張からのお誘いとか?なんて、なけなしの意地が期待することを押しとどめようとする。
砕けても意地は意地、か…大人ってのは滑稽だなぁ。呆れ。


駆け出したのは君が好きだから。


風呂に入って寝る前だったから…トレーナー姿だってのは許して。
サンダル履きだってのも裸足よりマシでしょ?
洗いざらしそのまんまの髪の毛も飛び出してやっと気づいた。
握り締めた携帯は受信内容展開画面から切り替わることなく、イルミネーションも消えている。
ばたばたと足音を夜の住宅街に響き渡らせはっと気づく…財布!
ポケットをゴソゴソあさりなんかの時のおつりでもらった小銭を確認し、再び駆け出した。
あいたくて、あいたくて
焦がれて、ひたすらに焦がれて
衝動に突き動かされる。
後先なんて考える余裕なんかないさ…だからなんだって言われれば、なんだろうねぇって返すしかないけど。
ソレを受け取るまではぐだぐだしてたのに。結構な濃霧の中彷徨っていたはずなのに。
煌々と夜空に照らされる最寄の駅、家路につく人並みを潜り抜け僕は向かう…君の元へ。
別に必要ないしって今まで思っていた車の免許。沿線沿いにさえ住めば移動手段には困らないって思っていたことを今更だけど後悔した。
維持費とか駐車場とか諸々考えれば足踏みしちゃうことだけど…時間を気にせず、終電とか始発とか気にせず、それこそ飛んで行ける移動手段なら習得してもいいかも。覆される価値観は恋すればこそ。
駆け出して駆け出して
頭ん中、君一色で駆け出して
全力疾走、途中休憩…ふらふらになりながら目的地にあるインターフォンを押した。
形振り構わず…多分、僕の部屋並みに荒れた外見。うっかり職務質問とか受けそうな外見。
それでも
「なんだ…」
の問いかけに
「きちゃった!」
と返すくらいに、君が好きだ。
セキュリティーが解かれ開かれるマンションの扉。
エレベーターに乗ってる時間がもどかしいし、この扉、開くの遅くね?って唸るけど、高鳴ってる胸の鼓動は無理な運動をしたからじゃない。
好きだから、会いたいから、会って君を抱きしめたいから!ぱんぱんに君への想いが詰まってる胸が、心が、君を求めてる。
開いたドア越しの対面は変な間が空いた。
背広すら脱いでない御剣の出で立ちは帰宅したばかりってとこ?う〜ん、遅くまで仕事お疲れさん。
ひっそり寄せられる眉間のしわの意味は…やっぱ、着の身着のままってとこが引いたんだろうか。それとも、髪をセットしてないから僕が誰だか分からないとか?
「ム、本当にきたのか」
素っ気無い台詞でも僕には充分な潤い。
「だって、会いたかったから!ひと目だけでも君に合いたかったから!」
十代の青少年みたいなことを恥ずかしげもなく言っちゃうよ。
「まあ、良い…こんなところで立ち話もなんだ…」
中へと促す視線と、室内の情景…ふんわり香る君の縄張りの匂い。
「みつるぎぃっ」
「わっ?!馬鹿!玄関前で盛るな!」
そんなこと言ったって堪んないんだもん。がばっと覆いかぶさる無防備な身体に。ぎゅーぎゅーに抱きしめて、しがみついて、離したくないってグリグリ頭をこすり付ける。
あいたくて、あいたくて
焦がれて、ひたすらに焦がれて
誤魔化して、強がって
「好きだよ!好き好き好き!」
抑え込んでいた想いを君に伝えたい。
「わ、分かったから…落ち着け‥こ、紅茶でも淹れるから。ひとまず落ち着け!」
ぐいぐいと引き剥がそうとするつれないところも好きだから。
「御剣っ、これだけっ‥ただいまのちゅーっ」
「ば、馬鹿か?!断る!」
「じゃぁじゃぁ、おかえりのちゅーっ!」
広い玄関でも男二人すったもんだと暴れればそこはリング場。ゴングは君からの返信メールで既に鳴ってるわけだし、ギブは無しだよ?リングマットを何回叩いたってカウントテンまで試合はおわらないっつの。
終電の時間なんかどうでもいいさ‥このままたたき出されても僕は大丈夫。
明日の出勤時間とか仕事内容とか今はどうだっていいでしょ?
「待て、待てっ!ひとまず待て!」
「いやいやいや、待つ前にちゅーだけっ!」
好きだから
大好きだから

大人だから我慢しなくちゃとか子供じゃないんだから色々わきまえなきゃとか、変な意地‥分かったような強引な我慢とか、この際無しにして。

会いたかったよ!大好きだよ!
素直に伝えられる関係に感謝しよう。
片恋もいいけど、両想いは最高だって噛み締めよう。
恋する想いは止められない、好きな気持ちは止まらない。
「御剣っ、大好きのちゅーは譲らないからなっ!!」
幾つになっても情熱だけは失わないんだって、ちょっと前の僕に突きつけてみようと思う。




おしまいv




2007/08/13
mahiro