主旨、姑息でも



ぼくたちの関係は、法律上進展することはない。
普通、男女間の恋愛においてならここから先も数々のイベントが待ち構えていてピンクな気持ちになったり、ブルーな気分になったり、大きな環境の変化があったりするのだろうけど、ほんと、ぼくたちには無縁なことだ。
約束なんてものは結局、当人たちの気持ち次第で法律や世間的に認められなくてもぼくらはぼくらさっ、と飄々として生きてゆくもんだって思っていた。
「なに悠長なこと言ってるの!」
見るに見かねてなんだろう…今まで何度かぼくに苦言を呈してきた良き友人であり、一番身近でぼくたちを見ていた彼女はどうしてか憤慨しながら事務所のテーブルを強く叩いた。
「なるほどくんはそれで構わないだろうけど、御剣検事がそうだとは限らないでしょっ」
…心配してくれるのは有り難いことなんだけど、そんなに机を強く叩いて手の平は痛くない?
「御剣もぼくと同意見だよ?現状特に不満はないし…今の関係でぼくらは上手くいっれるわけだし…そんな目くじら立てることじゃないよ」
「そういうことじゃなくて!」
「どういうことなんだよ?」
聞き返すぼくに彼女は大きく溜息を吐いた。
「なるほどくんはいいけど…」
前置きをして
「御剣検事はそうも行かないと思うよ?だって御剣検事でしょ?法曹界でこの人ありっていわれた将来を嘱望される天才検事サマなんだよ。真面目だし、仕事熱心だし、給料も破格なんでしょ?見た目ちょっと怖いけどイイ男だと思うよ。世の女性陣がほっとくわけないじゃん!」
ビッと人差し指をぼくにつきつける。
「そんなこと、ぼくだって分かってるよ…でも、いくら言い寄られても御剣にその気がなければそれまでじゃん」
「どうかなぁ〜、本当にそう思う〜?」
…なに、その不適な笑みは。
「将来有望、高給取り、才色兼備な検事サマを世間もほっとかないって、思わない?」
「まあ、少なくともぼくはほっとかないよね」
「バカ!真面目な話っ!」
「……バカっていうなよ」
「なるほどくんはまあいいけど…」
またその枕詞。
そのいいけどってのは、大丈夫だからと言う意味なのか本当にどうでもいいってことなのか。
一応ぼくも肩書きは弁護士で…その響きだけでも結構なもんだと思うけど。実状は置いといてもね。
「年頃の男の子が身近にいたらお見合いの一つや二つ世話したくなるのが世間ていうものなんだよ。どこに出しても恥ずかしくない御剣検事だし相手方なんか大喜びで飛びついてくるもんだしさ、上手くいけば取り持った人が仲人とかになったりするわけじゃん?」
「…そう、だろうね」
年頃の男の子、ね…御剣も真宵ちゃんにかかればそうなるわけだ。
「親族だけじゃないんだよ?」
「まあね」
「職場の上司からも見合いの話とか来ちゃうんだよ?」
「だろうね」
「写真だけでも見てくれ、とか会うだけでも、とかしつこく言われるんだよ?」
「そうだね」
「断れない状況だってあるかもしれないんだよ?」
「多分ね」
「どーすんの、なるほどくん!」
「え?ぼく?」
それってぼくがどうこうするものじゃない気が…。
御剣の人間関係でしょ?
「わかってないなぁ…御剣検事って可、不可の定義ってきっちりしていそうだけど限定的?ピンポイントなこだわりな訳でしょ。法廷ではそうでも実生活ではどちらでもないって範囲が圧倒的に広いと思うの。一箇所以外穴だらけで意外に付け込める隙はありそうじゃん。ほら、理屈じゃない気迫の攻めに弱いって言うか…変化球には手を出せないバッターって言うか…不可じゃなければなんとなく流されちゃうって言うか…」
「…真宵ちゃん御剣のことよく見てるね。ちょっと偏った見方だけど確かにそういうところはあるにはある」
「なるほどくんとそーなったのも流れなんでしょ?なるほどくんの押し勝ち…半分脅迫の半分洗脳」
「違う、といいたいとこだけど否定はできない‥かな」
半分脅迫の半分洗脳?凄い嫌な捉え方だなぁ。一応合意の上での関係なんだけど。
「御剣検事は年功序列を重んじる方でしょ?なるほどくんと違って」
「‥まぁ、目上の人への気遣いはぼくより格段にできてると思うよ」
「年上の上司に強く押され、会うだけでもの見合いを受けた挙句、義理とか付き合いとか強い押しとかその場の流れで気がついたら新郎席に座ってる…その可能性、否定できる?」
「………まさかぁ」
いくらなんでもそこまで単純じゃないよ。
軽く笑いつつも口元が引きつってきた。まさかね、まさか…。
「…真宵ちゃんにもお見合いの話とか来てるの?真に迫ってるけど」
「あたしはいいのっ!ビシッと断ることができるから。でも御剣検事はムニャムニャしちゃいそうでしょ」
「へー…今度お見合い写真とか見せてよ」
「こらっ、ちゃんと聴く」
「……はいはい、じゃあぼくは…御剣が周りの勢いに流されてうっかり新郎席に座らないようにすればいいんだよね?」
「そうそう」
「流されそうになっても踏みとどまれる防波堤を築けばいいんだ」
「…防波堤……う、うん‥そうとも言うのかな?」
形式上でも認可されることはなくても御剣の一生を拘束できる方法。そう考えれば、意味合いが違ってくる。
「口約束じゃなくてちゃんとした拘束具が必要‥か」
「…拘束具……なるほどくん…何する気?」
真宵ちゃんの不審たっぷりこもった視線を受け止めつつぼくは指先で顎を撫でながら暫く考えた。


それからぼくは情報収集でネット検索したりその手の雑誌を買ってみたりした。
あまりその手のことに興味を持たなかったぼくは検索でのヒット数や情報誌の多さに驚きながら、いくつかの雑誌を机の上に並べて火付け役の真宵ちゃんに相談を持ちかけることにしたんだけど…。
普通とはかけ離れた育ちや職種についていても女の子なんだなぁと。
黄色い声を上げながら瞳をキラキラさせてぼくの持ってきた雑誌のページをめくる真宵ちゃんの姿に思った。
「なるほどくん!この青いドレスなんかいいんじゃない?」
「へ〜、真宵ちゃんなら白無垢がいいって言いそうだと思ったんだけどドレスがいいんだ」
「なに言ってるの?なるほどくんたちの結婚式の衣装だよ?なるほどくんが着るに決まってるじゃん」
「………ヤダよ」
「ふーん…じゃあこの赤いドレスは?金の刺繍が入っててとってもゴージャス!御剣検事なら背丈もあるからシルエットとか良さそう」
「……そんなこと本人の前で口にしたらグーで殴られるからやめといた方がいいよ」
「も〜、二人ともわがままだなぁ。何色のドレスなら着てもいいの?」
「何色でも着ないよ…普通、男が着るのってタキシードとかモーニングとかじゃない?」
「えーっ、ドレスは?つまんないよー」
「…ぼく、面白くするつもりなんかないから…ドレスは真宵ちゃんが着れば?…って、そもそも式挙げるかどうかまでわかんないし」
なに考えてんだこの子は?心底残念そうにしている真宵ちゃんに冷ややかな目を送るとぼくは手近にある一冊を開き
「ほら、ぼくが相談したいのはこっち。指輪だよ、指輪」
ページいっぱいに数種類のリングが花束やら他の装飾品に彩られ誇らしげに写っているのをつきつけた。
「あっ、そうだね!順番から言ったらこっちが先だよね!」
真宵ちゃんはてへへと舌を出し、笑いながら開いたページに目を向ける。
ドレスもそうだけど女の子はアクセサリーにも弱いらしい。ダイヤモンドの輝きに負けないくらい瞳をキラキラさせ、「わ〜キレイ」「これいいなぁ」と独り言を連発している。ここに春美ちゃんでもいれば大層盛り上がるんだろうな。
取り合えず相談事は置いといて、真宵ちゃんの女の子らしい叫びや溜息を聞くことにするんだけど…、ふっとページをめくる手が止まり
「ひゃぁぁぁ!!なるほどくん!!大変だよっ、なるほどくん御剣検事と結婚する前に破産しちゃうよ!!」
心底落胆した面持ちで指輪の横についているプライスカードを指差してきた。
「どっ…どんだけぼくのこと貧乏だと思ってるんだよ!そりゃーまだ駆け出しの弁護士だけど人並みの生活基準ではあるんだから…指輪買ったぐらいで破産なんかしない」
たしかにね、こういうのはピンキリだよ。ぼく自身も気が遠くなる桁のものもいっぱいあるさ。
だからってそんな…可哀想な人を見るような目つきでぼくを見なくても…軽く傷つくよ。
「そ、そう?でも暫くの間食費切り詰めた方がいいんじゃない?ほら、ソウメンだけで生きてる人もいるわけだし…あっ、今日の広告で麺ツユが特売になってたから買ってこようか?」
「…アリガトウ…その手の生活にかけては先人がいるから生活術とか訊いとくよ。それよりも、指輪。値段はまぁ適当なところでデザインどんなのがいいと思う?」
本気で心配されてることに泣きそうになりながらぼくは、相談内容を告げる。
デザインなんかどれも同じ…タカを括っていたぼくは選択範囲の広さに呆然とし、早々に第三者の意見を求めたわけで。たかが指輪、されど指輪ってことかな。
「拘束具って指輪のことだったんだね。いよいよなるほどくんも本格的な犯罪への道を歩み始めたのかって心配しちゃったよ……あ、やっぱ宝石はダイヤモンドにするの?誕生石とか言う手もあるけど」
「手堅いところでダイヤかなぁ…でも、そんなのついてたら邪魔になんない?…結婚指輪って拘束具ってたとえが一番しっくり来ると思うんだけど」
「邪魔どころか、なきゃダメじゃない?何カラットを選ぶかはその人の財力と意気込みと好み次第なんだろうけど、あるべきだと思うよ。…なるほどくん、夢がなさ過ぎ。拘束じゃなくて永遠の誓いって言い方できないの?」
「あるべきなの?!そうなんだ…」
「あっ!これいいなぁ!!えーと、ティファニーチャンネルセッティング?なるほどくん!エタニティだよ!きれいだねぇ〜豪華だねぇ〜、エンゲージとマリッジの重ね付けなんて眩しくって目が開けらんないよ」
「…のわりにしっかり開いてるね」
「おおっ!エタニティって永遠って意味なんだって!なるほどくんの永遠の愛なんて重過ぎて怖いけど、御剣検事ならきっと耐えれるんじゃない?」
「ほっといてよ…でも、そんないっぱいのダイヤいらないなぁ。入れても一粒…シンプルなの。えーと、ティファニーならエルサ・ペレッティ?これなんかいいじゃん」
「え?!」
「な、なに?」
「なるほどくん、もしかしてエンゲージとばしてマリッジ探してた?」
「え?!だから結婚指輪って言ったじゃん」
さっきから微妙に真宵ちゃんと目線が違う気がしてたんだけど、その意味がようやく分かってぼくは安心したって言うか、ちょっと驚いた。
「ちょっ…なるほどくん…どんだけっ」
あ〜…この表情。たまに…いや、よく真宵ちゃんはその顔でぼくを見るんだけど大抵信じられないって言葉がオプションでついてくる。
今回はどんだけっと、今年度の流行語大賞有力候補の台詞だけで止まったけど、心の声はしっかりぼくの胸に響いた。
「………うん、そうだね。そこがなるほどくんらしいって思うし、御剣検事も理解してくれるよね」
そして、真宵ちゃんは暫く固まった後、うんうんと頷きながらぼそぼそと独り言を呟いて、諦めにも似た笑顔をぼくに向けた。
あの〜…ぼくには真宵ちゃんの独り言の意味の方が理解できないんだけど。
でも、これを口にすると折角口にしないで飲み込んでくれた心の声が噴き出しそうだったから、笑顔に笑顔で返すだけにとどまり改めて情報雑誌に目線を落とした。


あらかた相談したかったことに答えが出て、あとはショップに足を運ぶだけになった。
ぼく一人で行くか、御剣と一緒に行くかの問題は
「指輪を渡す状況にもよるよね…なんてったって、マリッジリングだから!」
真宵ちゃんの心なしか棘のある言葉で暗礁に乗り上げた。
「関わりついでに真宵ちゃん付き合ってくれない?」
「……えーと、なるほどくん…言っていい?」
「なに?」
「バカ!」
「なんで?いいじゃん、妹とでも言えば店の人も納得するよ?」
「いっそのことなるほどくんのお母さん役にでもなろうかな!和服でも着てさ」
「…それはムリなんじゃない?さすがに」
「なるほどくんのバカ!そんなこと言われなくても分かってるよっ」
「今日の真宵ちゃんは厳しいなぁ…」
バカって頭ごなしに三回も言わなくても…まぁ、このあけすけのない会話ができるのはありがたいことではあるんだけどね。
「まず、結婚について御剣検事と話し合ってみたら?式を挙げるかとか身内だけで軽く食事会でもするか、何にも無しで事後報告だけにするかとか…それもなしにするかとか」
「う〜ん、そうかぁ」
「あ、サプライズを狙うなら先に買っといた方がいいかな?なるほどくんらしくないことだけど」
「サプライズねぇ…夜景をバックに結婚しようってヤツ?」
「なるほどくんなら土下座して結婚してくださいでしょ?お勧めは僕は死にましぇ〜んとか言って道路に飛び出してみるとかだけど」
「何十年前のドラマの台詞?その年でよく知ってたね…あれを本気でやったら死ぬよ。対決相手がトラックでなくても死ぬよ」
「そうかなぁ…なるほどくんは無傷でいそうだけど。結構衝撃的なサプライズじゃない?」
衝撃的って部分には頷くけどさ…ぼく的にはもっと普通の告白で構わないんだけど。
「あたしの知ってるサプライズでは、そうだなぁ〜…真っ白なバラの花が開花する前にリングを通しておいてね、開花した時にそれを渡すの。その人はフロックコートを着てバラの花一輪持って恋人を迎えにいくんだけどそれがまたとってもかっこよくてね…”君の一生を戴く気持ちで向かいます”って約束通り、桜並木の下で恋人を待ってるんだよ」
「ふーん…花かぁ‥それっていいね」
「でしょ?!シャンパングラスに指輪を落とすのもいいけど、一生の記念になるくらいロマンティックな演出ができる人って素敵だよね」
「あ、じゃあこんなのどお?」
その時ぼくの頭の中にはサプライズとかロマンティックとかバラの花とか素敵とか、普段縁遠い言葉がグルグルしていた。その言葉を強引に一纏めにした閃き‥ぼくなりに精一杯演出してみたシチュエイション。真宵ちゃんの酷評がとばなきゃいいけど‥。
「マジックでよくあるじゃん。シルクハットから花束を取り出すっての‥アレって目の前で披露したらビックリするよね」
「‥なるほどくん、マジックできるの?!」
「え?できると仮定してだよ」
「っ、だよね〜、でもまあ、ビックリはするよ。で?で?」
「シルクハットから一本一本バラの花を取り出して御剣に持っててもらう」
「うんうん、この花一本一本にぼくの愛情がこもってるんだよ、みたいなこと言ってみたりしてね!」
「そ、そんなこと言うの?‥‥ま、まあ言うか言わないかはその時次第だけど‥とにかくたくさん出すんだよ。両腕が塞がるくらいたくさんね」
「それでそれで?」
「折角の花だから絶対落とさないようにって念押ししておいて‥」
「違うよ!そこはぼくの愛情だから離さないでねって言うんだよ!」
「‥‥‥そ、その台詞もその時次第だね‥えーと、両腕いっぱいになったころを見計らって指輪を取り出すんだ」
「いいじゃん!なるほどくんらしくなくていいよ!」
「それ、褒めてんの?‥‥で、両腕が塞がってる隙に指輪をはめちゃう、と。嫌がられても花が落ちちゃうからって言えば拒めないでしょ?そして無事指輪をはめて任務完了‥どお?」
「‥‥‥その‥演出に花を使ったのはロマンティック云々よりも、御剣検事に抵抗されないとか逃げられない為?」
「モチロン!細かなものだと力の入れ方次第で落としちゃうし、気を遣うから下手に動けないでしょ。だから指輪を取り出したら手早く動くってのが最大のポイントだよね」


「……えーと、なるほどくん…」
あれ?ノリノリで頷いていたはずの真宵ちゃんの口調が変わった。一気に脱力したみたいな話し方は納得できない意思の現われで‥‥ぼく的にはアリな状況だったんだけど違ったのかなぁ…。
「もし、それを実行するなら指輪をはめた後ちゃんと結婚しようって言うんだよ?いい?絶対だよ!でないと御剣検事が気の毒だから‥事後でもちゃんとフォローしないと本気で気の毒だから!!」
雰囲気から察するに今日、四度目の”バカ!”をとばされるかもと思っていたぼくは意外にちゃんとした助言をもらえたことに驚いた。
「う、うん‥そうだね‥もしこのやり方をするならちゃんと言うよ」
鬼気迫る真宵ちゃんの台詞に頷いて。
告白ってのは結構大変なことなんだなぁとぼくは改めて思った。
奇をてらう告白はサプライズやロマンティックなのかも知れないけど、ぼくには似合わないかも。極々自然に‥変に気負わないで‥やっぱりそれが一番なのかも。
そう感じた瞬間だったのは‥間違いない。




おしまいv





2007/09/12
mahiro