バニラ エッセンス
広い屋敷の広い庭で、夢の散歩を楽しんでいると、散歩よりも大切な声が耳をくすぐる。
すぐに夢散歩を止め、霧の中でも迷う事無く道を照らす一筋の光の様な笑顔を、近くで見たくて体を起こした。
「あっ、ごめんなさい、骸さん。 起しちゃいました?」
「いえ、大丈夫ですよ。 寝ている訳ではありませんから」
良かったと甘い香りをさせながら、僕の傍らへと腰を下ろす。
ヒットマンらしくないは、今日もお菓子つくりに精をだしていたのだろう。
「10代目は、見つかりましたか?」
「いいえ。 書類の山にうんざりされたらしくって。
相変わらず、イタリア語は苦手のようです ・・・・・・」
「大丈夫ですよ。 10代目なら」
心配そうに少し落とした肩に手を置いて、慰めの言葉を一つ。
すると、ふわりともっと良い香りが、僕の熱を優しく煽る。
自分の手を重ねるとすっぽりと隠れてしまうほど小さくて可愛らしい手を、そっと口元に引き寄せ唇を寄せた。
「骸さん ・・・・・・」
「すみません。君がとても甘い香りを放つものですから」
「あっ、それなら、バニラエッセンスです。今焼いているパイに使ったから」
「そうですか。いけませんね、こんな香りをさせていては、あちこちから好からぬ輩を呼び寄せてしまいます ・・・・ 僕のようにね
・・・・・」
「あっ ・・・・・ ん ・・・・」
そのままを腕の中に閉じ込めて、甘いだけではないキスをする。
そう、彼女がこの手に堕ちるように深く熱く ・・甘く激しく。
「骸さん ・・・・」
「いいですね、このまま、部屋まで抱き上げていっても。 それとも、ここでの方が良いですか?」
「だっだめです、どっちも ・・・・」
真っ赤になって慌てる彼女の姿は、とても可愛くいつもの様に僕の熱をさらに煽る。
もう、何を言われても、止める事など出来ない。
「なぜ、ですか? 僕が、嫌いになりましたか?
もっとも、嫌いになったとしても、なにも変わりませんが」
クフフと喉をならして笑う僕に、少し拗ねた表情で物言いを唱える。
何を言っても無駄なことくらい解っているはずなのに、それでも、意義を唱える理由はただひとつ。
それがとても嬉しくて、手のひらで遊ぶように彼女を困らせてしまう。
「パイが焦げちゃいます。せっかく、骸さんの為に焼いたのに ・・・・」
口の端が自然に緩むのを感じる。
まるで、自分ではない、優しく穏やかなもう一人の僕が、彼女の愛で目覚めるように。
「もちろん、頂きますよ、どんなに焦げていようと、が僕のために焼いてくれたのですから。
それに ・・・」
「それに?」
僕の言葉に、まっすぐな瞳で答えを待つ。そんな素直さがどうしようもなく愛しくて、もっともっと僕だけを見ていて欲しいと
、君への愛が深く深く歪んでいく。
「こんなに甘いの後に頂くのなら、苦いほうがちょうど良い口直しになります」
さらに頬を染め言葉を探すの唇をふさぎ、ほの暗く深いそれでいて暖かい二人の夢へといざなった。