雲雀 恭弥 夢
三年生も卒業して、少し寂しくなったテニスコート。
これからは私達が部を頑張って引っ張らなくちゃと気持ちが引き締まる。
でも、今日ばかりはこの話題で持ちきりだ。
意中の男の子からお返しをもらえたとか、義理チョコのお返しばかりとか。
そんな友達を少し羨ましく思ってしまった。
渡せただけでよかったんだと、あの日ちゃんと納得したはずなのに。
一ヶ月前のバレンタイン。
私は、生まれて初めて男の子にチョコを渡した。
その人の名は、雲雀恭弥。
誰もがその名前を聞いたら震え上がる。
でも、私は、彼の事を好きになった。
とっても陳腐な出来事で。
私を不良から助けてくれた彼。
それは私を助けたのではなくて、ただ、咬み殺す相手が欲しかっただけ。
狂気を含んで輝く瞳がそう教えてくれた。
戦いの中の雲雀さんは、まるで修羅のように強くて綺麗だった。
さらっとした黒髪と、涼しげな瞳。
雲雀さんと目が合って初めて、見惚れていたことに気がついた。
不良たちは、とっくの昔に地面に倒れていたのに。
ブンブンと頭を振って、練習練習と呟いた時、周りがざわめいているのに気づいた。
振り向くと肩に羽織った学ランをなびかせて、真っ直ぐこちらへと歩く、雲雀さんがいた。
私は、喜ぶよりも青ざめてしまった。
不良に絡まれた時も、チョコを渡した時も、私服だったし、名前も聞かれる事はなかった。
―――― なんで雲雀さんがここに ・・・・・・・・
特別目立つ生徒ではない私の事を、雲雀さんが知る事はありえない。
だとしたら、他の理由でこの学校にやって来たのだ。
雲雀さんが現れる理由はただ一つ。
誰かを『 咬み殺す 』ためだ。
また、あの素敵な雲雀さんが見られるのは嬉しいけど、同じ学校の生徒がめちゃくちゃにされるのはやはり辛くて。
そう思っている間にも、雲雀さんはどんどん校庭を横切って。
――― えっ? こっち?
校庭の奥の私のいるテニスコートへとやってきた。
そして、金網の扉を開けて私の目の前で立ち止まった。
「ひ ・・・・・ 雲雀さん ・・・・ あの ・・ ?! ん ・・・・・・・・」
目の前に薄く開いた雲雀さんの綺麗な瞳。
キスされていると気がついたのは、息が苦しくなった時。
何が起こったか解からずに、無意識に息を止めて固まっていたらしい。
唇を離すと、何事もなかったように背を向けられてしまった。
「 ・・・・・ ひば ・・・・ り さん ・・・・・」
私の言葉に、少しだけ振り返った瞳は、やはりすごく綺麗だった。
風に揺らされる髪を、気にも留めず、私を見て。
「 ・・・・・ 恭弥 」
「えっ?」
「そう呼んでいいよ。 許してあげる、君だけは」
そう言うと、雲雀さんは、再び背を向けてもと来た通りに戻っていった。
へたへたと座り込んだ私は、ぼんやりとその背中を見送った。
「恭弥 ・・ さん ・・・・・・」
私は、呼んでもいいといってくれた彼の名を、そっと呟いた。
雲雀さんの行動が、何を意味するのか解からない。
夢のようなファーストキスが、雲雀さんからのお返しなのだろうか?
ただ、唇に残る柔らかい感覚が、夢じゃない事を教えていた。
2007/3/14
拍手ありがとうございました。
お礼は、このSSのみです。
2007/3/22
再録