ここにキス 〜 04. 冷えた頬
今日23回目の溜息を吐いた時、背後から聞きなれた声がした。
「何を呆けているのだ? お前らしくもない」
「?! なんだ、ルキアちゃん、脅かさないでよ」
「脅かした訳ではない。 お前が、ぼーっとしているからだ」
そう言うと、二人並んで歩きはじめる。
はルキアの学院時代からの、数少ない友達の一人だ。
ルキアが朽木家に入ってから、更に絆が強まった。
も流魂街出身で、時を前後して、朽木家ほどではないがそこそこの上流貴族の養子となった為だ。
馴れ合いが苦手なルキアにとって、常に人の中心にいたは苦手な部類に属していた。
しかし、同じような境遇をどちらからともなく話し始めて、当事者にしか解からない悩みを互いに抱えていることが解かったから。
護廷に入隊したルキアとは反対に、花嫁修業を始めた。
しかし、忙しい合間を縫って、互いの家を行き来しては、友情を育んできた。
本当の義兄妹と解かって、どう接すれば良いか相談した時、不安を笑い飛ばしてくれたのも、だった。
そんなが、溜息を吐きながら護廷をうろついていた。
暫くは見守っていたのだが、先ほどの溜息でさすがにこらえ切れなくなって声を掛けたのだった。
中庭の長椅子に腰を下ろした時、また、溜息が一つ零れた。
「話したくなければ話さなくとも良いが、私への気遣いでなら無用だ」
「話したくない訳じゃないのよ。
ここへ来たのも、もしかしたら会えるんじゃないかって思ったからなの」
「だったら、隊舎を訪ねればよかろう? 私が、十三番隊に居るのは知っているはずだ」
「うん、でも、あんまり歩き回るとねぇ ・・・・」
頬杖ついて、また、一つ。
今度は、ルキアまでつられて、小さく溜息を漏らした。
「最近、朽木家に来ないのもその所為か?
先日、兄様も気に掛けていらした。
また、茶の湯をと誘っておくようにと、仰っていたぞ」
「白哉様が?! ・・・・・・・」
「?! おっ、大声を出すな。
前の入れた茶を、たいそう気に入られているようだ
兄様が、茶の湯をされるのは、お前が来た時だけだからな」
ほんのりと頬を染めて俯くに、色恋沙汰には疎いルキアもやはりなと思った。
と、その時、噂をすればとはこう言うものだ。
恋次を従え廊下を歩く白哉が、足を止めた。
慌てて立ち上がると、二人揃って深々と礼をした。
(なんで、ルキアがお辞儀するのよ)
(お前がしたから、つられたのだ)
(そんなのヘンだよ)
(仕方なかろう)
こそこそとやり取りをする二人に、甘く研ぎ澄まされた声が降ってきた。
「ルキアとか。何をしている?」
「そこで、行き会いましたので、少し話を」
「はい。用事を言い遣って参りましたので、そのついでに」
同時に話し出してしまい、顔を見合わせてクスッと笑いあう二人に、視線で微笑むと。
「そうか。
また、邸に遊びに来るといい。 今度は、私が茶を立ててやろう」
「はっ、はい! ありがとうございます」
にっこり微笑み礼を言うに、今度は口の端を歪めた。
そして、ルキアも、そんな白哉に嬉しそうな笑みを浮かべた。
白哉の後ろ姿をじっと見つめる。
その泣き出しそうな横顔に、ルキアはそっと目を伏せて。
「私は、お前ならかまわぬぞ」
「えっ?」
「・・・・ 姉とは、呼ばぬがな」
「ちょっ!!! ちょっと、何言ってるのよ。
そんな、私、何も、・・・・ だって、その ・・・・」
顔を真っ赤にしながら、うろたえる。
言葉よりも秘めた想いを、しっかりと表す。
そんな姿を見て、自分も、いつかは、これほど想える相手に巡り会いたいと思った。
しかし、その表情はどこか寂しげで。
理由を問おうとした時、満面の笑みを添えたありがとうの言葉で遮られた。
「私たち、何があっても、ずっと友達だよね」
「当たり前だ!! 何をいきなり、呆けた事を!」
その時、遠くでルキアを呼ぶ清音の声が聞こえた。
「絶対よ。 だったら、私も勇気が出せる」
「 ・・・・・・」
「ありがとう、ルキア。やっぱり、 私の一番の親友だわ ・・・・」
抱きしめられたの肩は、少し震えていた。
二度目の声にその場を離れ廊下へと戻ったルキアに、思わぬ声が届いた。
「私ね、結婚するの!!!
でも、今言った事、忘れないでね!!」
絶対よと、大きく手を振るに、同じように大きく手を振り返した。
『勇気が出せる』の言葉に、一筋の期待をかけながら。
そう、朽木の名に負けぬ様にと、いつも強さと勇気を与えてくれただから。
やっと仕事を終えて邸に戻る頃、見事な弓張月が昇っていた。
六番隊隊舎をでて少し、壁際に佇む小さな影。
白哉を見つけると、背筋を正しぺこりとお辞儀をした。
「か? どうした、こんな時間に」
あまり表情を変えない白哉も、さすがに心配の色を映した。
しかし、そんな事も、気づく事など到底無理で。
「申し訳ありません。 あの ・・・・ どうしても、お話したくて 」
「別に責めている訳ではない。 用があるなら、訪ねればよかろう?」
「いえ、そんなめっそうもありません。
お仕事の邪魔にでもなってしまっては ・・・・ ?!」
近寄って来た白哉は、の頬に触れる。
指の先から伝わる冷たさが、どれだけの間待っていたかを教えた。
「邪魔になど、なるはずなかろう?」
優しく響く言葉に、胸がいっぱいになった。
泣きじゃくりそうになるのを、必死でこらえて、言葉を探した。
「私、お見合いするんです。来週 ・・・・・」
「・・・・・ そうか」
「その方へ ・・・・・・ 嫁ぐ事になると思います」
貴族間の結婚は、見合いによる事が多い。
家と家との格のつりあいなど、当人どうしの意思が反映する事はまれで。
それは上級になればなるほど、色濃くなる。
四大貴族には及ばずとも、ほどの家なら当然だろう。
「なぜ、それを、私に? 」
問う言葉は短く、何を意図するかには、差し図る術はなくて。
「す、すみません。ご迷惑は承知で、お待ちしていました。
どうしても ・・・・・・・・」
こらえきれず零れた涙に言葉は途切れた、
しかし、必死でその涙を拭うと、にっこり微笑んだ。
「私、白哉様が、好きです。大好きです。
ご迷惑だと解かっています。
でも、どうしても、この気持ちだけは、お伝えしたくて ・・・・・」
再び涙が零れ始めた顔を、両手で覆い、ごめんなさい、ごめんなさいと何でも繰り返す。
「謝る必要などない。涙を拭け」
迷惑ではないと、差し出され手ふきに、顔を見上げると。
視線の先の表情は、とても穏やかで優しくて、余計に心が潰れそうだ。
――― でも、これだけで十分 ・・・・・
そう言い聞かせながら、受け取った手ふきで涙を拭い笑顔を見せる。
そんな健気なに、たまらず手が伸び、その冷たい体を抱きしめた。
「びゃ ・・・・・ 白哉 ・・・ さま ・・・・・・ ?」
「やっと、決心が付いたようだな」
白哉の言葉に、えっと見上げる。
目を閉じていても離れる事のない白哉の顔。
でも、間近でみるそれは、比べ物にならないくらい、美しく凛々しい。
見る見る染まる冷たい頬に、再び柔らかい微笑が口元に浮かぶ。
「朽木の名は、重い。背負うにはそれなりの覚悟が居る。
思ったより、早く心が決まって嬉しい」
「あ、あの、白哉様、意味が ・・・・・・・ ?! ・・・・・・・」
問うの頬に、柔らかい唇の感触が伝わった。
ぎゅっと白哉の着物を掴み、再び零れ始めた涙の瞳で見上げる。
そんなを、もう一度しっかりと抱きしめて。
「何も心配するな。 私を、信じて付いておいで」
「びゃ ・・・ 白哉 ・・・・・ さまぁ ・・・・・・」
顔を埋め泣き出してしまったを、大きな手が優しく撫でる。
始まったばかりの二人を、月明りが優しく照らしていた。
2006/12/1
三周年企画 リクエスト夢
紗那様に捧げます。
リクエスト、ありがとうございました。