「じゃあまた明日」 〜 5th_白哉




 時間が出来ると、白哉は必ずこの場所を訪れる。
瀞霊廷の南、小さな庵と、四季を彩る花々が元気に咲き香る庵の二倍ほどの広さの庭。
ことに、ここに咲く桔梗の花の色を白哉はとても気に入っていた。

 此処に暮らす気さくな老人との他愛もない花々の話は、忙しい白哉を優しく癒した。
どこの誰なのか聞きもしない。
そんな無粋な優しさが、不器用な白哉には心地よかった。









 久しぶりに訪れてみると、綺麗に咲いた桔梗が白哉を出迎えてくれた。
そっそ顔を近づけその芳しい香りに酔いしれていると、背中からいつもの老人とは違う声で問われた。


「桔梗はお好きですか?」


 振り返ると若い娘がにこにこと見つめていた。
身なりから流魂街の者ではなさそうだ。
 しかし、瀞霊廷の中でも一度も見たことのない顔だった。 
もちろん、白哉とて全ての者の顔を知っている訳では無いのだが。


「失礼だが、翁はどうかなされたのか?」

 娘は、一瞬えっと驚くような表情を浮かべた後、少し憂いを含んだ笑顔を浮かべた。


「祖父は、二週間前に亡くなりました。
 私は、孫のと申します」

「亡くなられたのか ・・・ 気づかずすまぬ事をした ・・・・」


 ついこの前の事のように思っていたのに、二週間以上も日が空いていたとは、全く気づかなかった。

 『死』に対して淋しさを感じたのは、久しぶりだ。
位牌に手を合わせた後、庭が見渡せる部屋での淹れたお茶の温もりに触れたとき、ふとそう思った。

 と名のった娘は、翁と同じく寡黙だが温かい雰囲気を持っていた。
同じように、白哉に何も問わない。

 白哉にとってありがたい事なのだが、逆にに何も問えなくなってしまった。
そして、焦れた心を紛らわすように、視線を庭の桔梗へと移した。


「本当に、桔梗がお好きなのですね」


 問いかけに視線をへと戻すと、にこにこと楽しそうな微笑を浮かべている。


「ああ。 花の中では一番気に入っている」
「そうですか。良かった、ちゃんと世話をしてあげられて」

 の言葉に、目で問いただしてしまったようだ。
白哉の視線を受けて、今度はが桔梗へと視線を向けた。

「明日から護廷に戻るんです。だから、この家にもあまり戻れなくなりますから」
「護廷では見かけぬ顔のようだが?」
「護廷の方ですか?」
「・・・・・ ああ」

 名のるべきか名のらぬべきか、迷うはずなのに、なぜか白哉は、護廷の隊士なのに自分の顔を知らない事の方が気にかかった。


「明日から六番隊に配属なんです。
 お仕えしたかった隊長の元には間に合いませんでしたけれど、今はご立派になられたお孫さんが隊長になられているそうで、とても楽しみなんです」




 恐らく特務により尸魂界を暫く離れていたのだろう。
年回りは、白哉とさほど変わらない様に見える。
の持っている雰囲気を差し引いて考えると、もう少し若いと思う。
なのに、白哉の祖父が六番隊を率いていた頃しか知らないという事実が、の有能さと特務の厳しさを物語っていた。



 期待に輝くの瞳は、眩しいほど綺麗だった。
その瞳を見たとき、白哉の心の中で何かがすっと晴れていった。
白哉は、新しい隊士の履歴を、明日の朝目を通そうと後回しにした事を悔いた。


「私は ?!」

 発しかけた白哉の言葉は、目の前を過ぎる黒い蝶により遮られた。








 緊急性は低いが、できるだけ速やかにとの呼び出しに、に暇を告げる。

「すぐに護廷に入られるのですか?」

 地獄蝶の飛来で少し心配顔のに、いやと短く答えた。

「一度、屋敷に戻り仕度をする時間はあるようだ」
「そうですか。あの ・・・・ 少しだけ待っていて下さい」

 立ち上がり玄関をくぐろうとした白哉を呼び止め、奥へと戻る。
少しして、手に桔梗の花束を抱え戻ってきた。

「あの、どうぞお持ちください」
「良いのか?」
「はい。 好きだと言ってくださる方の元の方が、花も喜ぶと思います」
「すまぬな。 遠慮なく頂いていこう」

 渡すの手と受け取る白哉の手が、触れたとき思わず二人は、視線を互いに向け合った。

「あっ ・・・ あの 明日も護廷に?」
「ああ、暫くは休みは取れぬだろう」
「そうですか ・・・・。 ・・・・・・  じゃあまた明日 ・・・・・」

 躊躇いがちに微笑むに、答えるように白哉も口の端を柔らかく歪めた。

「ああ、また、明日 ・・・・」




 背中に感じるの見送りと、抱えた桔梗の香りが、優しく白哉を包んでいた。

「また、明日 ・・・・・・ か ・・・・・・ 悪くない言葉だ ・・・・」

 微笑んだ白哉の顔は、とても穏やかで輝いていた。
まるで、新たな未来を夢に描いているかの様に。



2008/10/18

五周年企画 リクエスト夢
紗那様に捧げます。
リクエスト、ありがとうございました。
お題素材サイト様:Heaven's(リンクページにてリンクしてあります)