時間が出来ると、白哉は必ずこの場所を訪れる。
瀞霊廷の南、小さな庵と、四季を彩る花々が元気に咲き香る庵の二倍ほどの広さの庭。
ことに、ここに咲く桔梗の花の色を白哉はとても気に入っていた。
此処に暮らす気さくな老人との他愛もない花々の話は、忙しい白哉を優しく癒した。
どこの誰なのか聞きもしない。
そんな無粋な優しさが、不器用な白哉には心地よかった。
久しぶりに訪れてみると、綺麗に咲いた桔梗が白哉を出迎えてくれた。
そっそ顔を近づけその芳しい香りに酔いしれていると、背中からいつもの老人とは違う声で問われた。
「桔梗はお好きですか?」
振り返ると若い娘がにこにこと見つめていた。
身なりから流魂街の者ではなさそうだ。
しかし、瀞霊廷の中でも一度も見たことのない顔だった。
もちろん、白哉とて全ての者の顔を知っている訳では無いのだが。
「失礼だが、翁はどうかなされたのか?」
娘は、一瞬えっと驚くような表情を浮かべた後、少し憂いを含んだ笑顔を浮かべた。
「祖父は、二週間前に亡くなりました。
私は、孫のと申します」
「亡くなられたのか ・・・ 気づかずすまぬ事をした ・・・・」
ついこの前の事のように思っていたのに、二週間以上も日が空いていたとは、全く気づかなかった。
『死』に対して淋しさを感じたのは、久しぶりだ。
位牌に手を合わせた後、庭が見渡せる部屋での淹れたお茶の温もりに触れたとき、ふとそう思った。
と名のった娘は、翁と同じく寡黙だが温かい雰囲気を持っていた。
同じように、白哉に何も問わない。
白哉にとってありがたい事なのだが、逆にに何も問えなくなってしまった。
そして、焦れた心を紛らわすように、視線を庭の桔梗へと移した。
「本当に、桔梗がお好きなのですね」
問いかけに視線をへと戻すと、にこにこと楽しそうな微笑を浮かべている。
「ああ。 花の中では一番気に入っている」
「そうですか。良かった、ちゃんと世話をしてあげられて」
の言葉に、目で問いただしてしまったようだ。
白哉の視線を受けて、今度はが桔梗へと視線を向けた。
「明日から護廷に戻るんです。だから、この家にもあまり戻れなくなりますから」
「護廷では見かけぬ顔のようだが?」
「護廷の方ですか?」
「・・・・・ ああ」
名のるべきか名のらぬべきか、迷うはずなのに、なぜか白哉は、護廷の隊士なのに自分の顔を知らない事の方が気にかかった。
「明日から六番隊に配属なんです。
お仕えしたかった隊長の元には間に合いませんでしたけれど、今はご立派になられたお孫さんが隊長になられているそうで、とても楽しみなんです」
恐らく特務により尸魂界を暫く離れていたのだろう。
年回りは、白哉とさほど変わらない様に見える。
の持っている雰囲気を差し引いて考えると、もう少し若いと思う。
なのに、白哉の祖父が六番隊を率いていた頃しか知らないという事実が、の有能さと特務の厳しさを物語っていた。
期待に輝くの瞳は、眩しいほど綺麗だった。
その瞳を見たとき、白哉の心の中で何かがすっと晴れていった。
白哉は、新しい隊士の履歴を、明日の朝目を通そうと後回しにした事を悔いた。
「私は ?!」
発しかけた白哉の言葉は、目の前を過ぎる黒い蝶により遮られた。
緊急性は低いが、できるだけ速やかにとの呼び出しに、に暇を告げる。
「すぐに護廷に入られるのですか?」
地獄蝶の飛来で少し心配顔のに、いやと短く答えた。
「一度、屋敷に戻り仕度をする時間はあるようだ」
「そうですか。あの ・・・・ 少しだけ待っていて下さい」
立ち上がり玄関をくぐろうとした白哉を呼び止め、奥へと戻る。
少しして、手に桔梗の花束を抱え戻ってきた。
「あの、どうぞお持ちください」
「良いのか?」
「はい。 好きだと言ってくださる方の元の方が、花も喜ぶと思います」
「すまぬな。 遠慮なく頂いていこう」
渡すの手と受け取る白哉の手が、触れたとき思わず二人は、視線を互いに向け合った。
「あっ ・・・ あの 明日も護廷に?」
「ああ、暫くは休みは取れぬだろう」
「そうですか ・・・・。 ・・・・・・ じゃあまた明日 ・・・・・」
躊躇いがちに微笑むに、答えるように白哉も口の端を柔らかく歪めた。
「ああ、また、明日 ・・・・」
背中に感じるの見送りと、抱えた桔梗の香りが、優しく白哉を包んでいた。
「また、明日 ・・・・・・ か ・・・・・・ 悪くない言葉だ ・・・・」
微笑んだ白哉の顔は、とても穏やかで輝いていた。
まるで、新たな未来を夢に描いているかの様に。
2008/10/18
五周年企画 リクエスト夢
紗那様に捧げます。
リクエスト、ありがとうございました。
お題素材サイト様:Heaven's(リンクページにてリンクしてあります)