想いを抱きしめて 〜揺れるの想いの果てに その後





  世の中に「出来ちゃった・・・」は良くあるけど、「産んじゃった・・・・」となると珍しいと思う。
その相手が、事もあろうに四大貴族正一位「朽木家」の当主、護廷十三隊最強にして六番隊隊長、朽木白哉なのだ。
 慣れない子育てに追われながら一月と半分余り過ぎた頃、昼寝を始めた愛娘の傍らで庭を見つめてふと思った。

「本当に、私ったら迷惑かけてばかりね ・・・・・」

 小さく溜息をつくと、ゆっくりと目を閉じ、暫しの休息へと眠りに落ちた。







 ふと気がつくと、赤ちゃんがいない。
目を覚ましたのに気付かぬ筈はと、慌てて起き上がる。
 しかし、それはすぐに杞憂へと変わった。



 日が傾く前の柔らかな日差しの中、腕の中の赤ん坊へ何かしきりに話しかけている。
牽星箝をはずし、羽織を脱いで、一人の男に、一人の父親に戻った白哉。
とても、穏やかなその笑顔に、娘への溢れんばかりの愛情が感じられる。

 普段めったに触れることがないのに、いつの間に、抱き方を覚えていたのだろう。
きっと、それも愛情が成せる所なのだ。何事にもそつの無い白哉らしいと、笑顔が浮かぶ。



 その愛しい光景に、目を細めていると、だんだん様子が怪しくなる。
そろそろ乳の時間なのでむずかりだしたのだが、白哉は気づかないようだ。
体を揺らしたりして、懸命にあやしている。

 狼狽えると言う文字など、彼の何処を探しても見つけられないはずなのに、泣き始めた赤ん坊についにさじを投げた様だ。
小さく溜息を吐くと、部屋へと歩き始めた。

「お前も、が一番のようだな。
 だが、そろそろ、少しだけ、返してもらえないか?」

 困った表情なのだが、見つめる瞳は変わらず優しい。
独り言の様に呟かれた言葉に、胸が熱くなった。





「白哉 ・・・・」
「?! ・・・・ 起してしまったか?」
「ううん、少し前から起きてたわ」

 の言葉に、苦笑を漏らす。

「なにやら、機嫌を損ねたらしい」
「お乳の時間だも。 白哉の所為じゃないわ」
「そうか。 やはり、には、勝てないな」

 赤ん坊を大事そうに、の腕へと返す。



 ――― こんなに穏やかに微笑(わら)うんだ



 何気ない仕草が、新しい白哉を見せてくれている様で。
まるで、再び恋したかの様に、胸がどきどきする。
気づかぬうちに、熱い視線で見つめていたのだろう。

 すうっと伸びてきた綺麗な指を伏せ目がちな視線で追うと、優しく頬に触れてくれた。

「・・・ ・・・・・・」

 名を呼ぶ甘美な響きに、近づく愁眉な表情を惜しみつつ瞳を閉じる。
 しかし、唇に感じた気配は、重なる事無く離される。
ついに泣き始めた娘に、白哉とは、顔を見つめて笑いあった。





 ――― こんなに楽しそうに笑うんだ





「すまん。 あまりにも、見透かされたようで」

 見惚れていたのを、勘違いしたようだ。
しかし、は、詫びる白哉に頬を染めて小さく首を振る。


 そんな時、襖越しに声が掛かり、侍女が湯桶を置いていった。
 家老を初め使用人達は、今まで以上に温かく迎えてくれた。
てこずる子育てに、出すぎずそれでいて誠意を込めて手伝ってくれた。
今も、子供の泣き声を聞きつけて、乳首を拭く湯を用意してくれたのだ。

 赤ん坊を布団に降ろそうとすると、娘の名を呼びながら長い腕が伸びてきた。

「白哉 ・・・・」
「どうした?」

 頼んだ訳ではないのに、ごく自然に手伝ってくれる。
驚いて見つめてしまったが、当人はいたって平静で、の意図が全く解からないようだ。

 なんでもないと嬉しそうな微笑を浮かべるから、安心して再び視線は娘へと。
そして、暫し。

仕度を終えたへと、赤ん坊を返した。









「美味そうに、飲んでるな」
「ええ ・・・・・ 」

 穏やかなに娘を見つめる顔は、母親の顔で。
愛しくもあり、口惜しくも感じる。

「美味いのか?」
「えっ?」
「いや、どんな味がするのかと、思って」
「うーん、どうなんだろう。言葉では、表現しにくいけど ・・・・・ 味、見てみる?」
「?! ・・・・・・ いや、止めておくよ」

 少し頬を赤くした白哉を、不思議そうに見つめながら、そうと少し不満げだ。
大切な娘のご飯を、異様な物とでも言いたげなのかと。

「嫌ではない。 だが ・・・・・・ 」
「だが? 」

 さらに顔を赤らめて、らしからぬ物言いでボソリと呟く。

「赤子の様に、吸い付くのは、やはり ・・・・・・」
「はい?」

 鼻に手をあて恥ずかしげに視線をそらす白哉を、の点になった目が見つめ返した。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

「あ ・・・・ いや ・・・ お前が良いと言うのなら ・・・・・ 」
「嫌です!」

 絶対にと言い切るに、今度は白哉の目が点に。
そんな白哉に、こらえきれず笑い出してしまった。
 ひとしきり笑い終えた後、もう片方の乳房から零れる乳を指ですくうと。

「はい、召し上がれ」

 苦笑いを浮かべながら、微笑むの手を取ると、その指先を口に含む。

「・・・・・・・」
「どう?」
「ふむ  確かに、言葉では言い難い ・・・・」
「不思議でしょ? 美味しくないのに、不味いって言えない気持ちになるの」
「ああ。の言う通りだ」


「のどごしは、美味いかもしれないな。やはり、これだけではなんとも ・・・・」
「へ? ・・・・・ そんなに、真剣に考えなくてもいいわよ」

 思わぬ所に拘る姿も、初めて見る白哉だった。
夫婦になった後、育児に追われゆっくり見詰め合う時間もなかったなぁと、娘を布団へ寝かしながらふと思う。







、そろそろ、 私の・・・・・ 私たちの部屋に戻ってこないか?」

 『私の元に』と言いかけて変えた言葉に、ほんのりと頬が染まる。
素直に求めていると言葉にする白哉。
それが、にとってどれだけ嬉しい言葉なのか、知って言っている訳ではないだろうに。

「白哉 ・・・・・」

 見つめるの頬にそっと手を添え微笑む。
添えられた手に白い小さな手を重ねた。
互いの温もりが溶けあってゆっくり一つになっていく。
は、その心地よさに、暫し頬を預けた。


「母屋に戻るのは、もう少し夜泣きが収まってから ・・・・・ ね」

 の言葉に、少し寂しそうにあぁと呟いた。



「でも、今夜は、一緒にいてもいい? この子、じいやにお願いして ・・・・・」
「ああ。安心して任せるといい」

 初めて子供を他人に預ける不安を拭うように、白哉は優しく微笑みながら答えてくれた。
ありがとうの言葉を添えながら。


「なんだか、私の知ってる白哉じゃないみたい」
「こんな私は、嫌いかい?」
「ううん。私の知ってる白哉も大好きだけど、今日の白哉は、もっと好き」

 そしてと視線を絡めると。

「きっと、もっともっと好きになるわ ・・・・ 白哉のこと」
「私もだよ。 が、どうしようなく愛しい」

 愛していると囁きながら、夫婦として初めて重ねた唇。
二人は互いを、そして、これからの未来をしっかりと抱きしめた。



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お世話になった薊様への捧げ物。
天然兄様、全開になってしまいました(苦笑。
薊様、リクエストありがとうございました。


2006/10/20  

創作者 天川ちひろ