ココロのチカラ 1



 いつものように鴨川ジムで予定以上の練習をこなした幕之内だが、表情がいまひとつ冴えないのは、対沢村戦のスパーリングの相手が見つからないからだ。
 ヴォルグも努力はしてくれているが、超えられない壁はどこにでもあるものだ。

「一日五十時間くらいあればいいのに・・・・・」

 時間さえあれば、ヴォルグなら間に合ってくれるだろう。
考えても仕方のない事など、いつもの幕之内なら思いもしないのだろう。しかし、それほど今回は直感的に危機を感じているのだろう。


「そうあせるなって。お前なら、大丈夫」

 帰り支度を終えた木村が、幕之内の言葉に答えた。

「そうですよ、先輩。ヴォルグさんだって、もしかしたら、間に合うかも知れないし」

 少し残った汗を拭きながら板垣も言葉を足した。

「べっ 別に! ・・ そんな意味で言った訳じゃないですよ ・・・・」

 本意を皆に読み取られ、ヴォルグを責めているように聞こえてしまった気がして、慌てて否定の言葉を付け加える。

「で、その本人はどこいったんだ? 今日は顔出してねえみてえだが」

 しかし、青木の言葉に、幕之内のフォローはあっさり無効化された。
考えてみれば、この仲間が悪意を持って言葉を判断する訳がない。自分の中にあるヴォルグへの期待が、負い目となって言葉に出たのだろう。

「そういや来てねえな」

「今日は、用事があるからって午後から出かけました」

「練習より大事な用事ってなんだよ。まさか、女?」

「ヴォルグさん、居るんですか、彼女?」

「確かに言われてみれば、俺達と同じ匂いがするかも」

 いや、貴方とトミ子さんの香りは絶対にしないだろう。
ヴォルグに彼女が居る事を確信出来ていない木村と板垣も、幕之内と同じ意見だった。

「あっ?! いえ、知りませんよ、そんな事」

 しらばっくれても、三人とくに二人の追及はひるまない。ふうっと一息ついて、辺りをきょろきょろと見回す。幸い鷹村は、まだ、シャワーから戻っていないようだ。それを確認した幕之内の周りに、内緒話をする格好で三人が円陣を作った。



「実は、ヴォルグさんが帰った後もずっと待っていた人が居たそうで、今日はその人とデートに行ったんです」

「カムバックするつもりのヤツが、女なんかに時間つかっていいのかよ!」

「やっぱりな。で、どんな女なんだ、ヴォルグの彼女って」

「待ってたって事は、ずっと前から付き合っていたんですか? いつ知り合ったんですか?」

 一番に食いついたのはやはり木村。続いて青木、板垣の順だ。

「なんでも、以前来日した時に知り合って、別に付き合っていたとかじゃなかったそうですけど、でも、待っててくれたらしくて、それで彼女を好きだって事に気づいたらしくて ・・・」

「なんだそりゃ? ぜんぜん説明になってねぇじゃねぇか」

「だって、ヴォルグさんの説明だから、僕も良くわからなくて」

「で、彼女ってのは間違いないんですか?」

「うん、たぶん。電話は毎日かかってくるから。会ったことはないんですけど」

「どんな声だった? どんな事しゃべってんだ、あいつは!」

「そんな電話の内容なんて、解りませんよ。でも、すごく感じいい声です。活発な感じかな」

 思い出しながら表情を緩める幕之内を見ていると、ますます興味が沸いてくる。


「で、どこ行ったんだ、ヴォルグは」

「初デートなんでどこ行っていいか解らないって言ったから、とりあえず遊園地なんかどうかなって」

「なんだよ。ガキじゃあるまいし」

 
 気に食わない木村は、いちいちケチをつける。


「でも、ほら、お化け屋敷とか、けっこうオイシイかなぁなんて」

「あーお前! さては、あの久美って子と行ったな」

 えへへと、思い出し笑いする幕之内に、このスケベ野郎と言う青木も、同じ思いなんだろうと板垣は薄い目で見つめた。
矛先が危なくなってきた幕之内は、話題をそらしにかかったが、ソレがトンでもない裏目へと出る。

「彼女も、もともとこっちの人じゃないらしくて。
 だから、ヴォルグさんに遊園地までの地図と乗る駅とか書いてあげたんだけど、ちゃんと行けたか少し心配だなぁ」

「今は、何所に住んでるんですか?彼女さんは」

「大学に入ってから、こっちに居るらしいんだけど、あんまり道と解らないらしくて。
 ヴォルグさん、彼女に僕のうち教えてもらって、三日も迷ってたから・・・・」

「えぇ!あの地図書いた人ですか!そりゃ心配ですね」

「だよね。二人で迷子になってないと良いけど」

「ほーぉ、そりゃぁ心配だなぁ」

「「「「  ?!!!!!!  」」」」

 突然、頭上から降ってきた悪魔の囁き。あれほど警戒していた鷹村が、いつの間にか幕之内の後ろに立っている。
遊び心満載の彼の事だ。もしも知れたら、そのまま見過ごすとは思えない。細心の注意を払っていたのに、最悪の事態が起こってしまった。
 青ざめる幕之内と深い同情の表情を浮かべる三人だったが、そのまま何事も無かったように鷹村はジムの扉を開けた。


 奇跡は本当にあるのだ!

 それとも、今日の鷹村が普通ではないのか?


 どちらにしろ回避できた様だと、幕之内がほっとした表情で鷹村の後姿を見送っていると、沈みかけた夕日が少しだけ振り返った横顔を雄雄しく照らした。

「どうした? 行くぞ!もたもたするな」

「へっ?行くって・・・ まさか・・・・・」

「当たり前だろう? 大事な客人が困ってるかも知れねぇんだ。様子見に行くぞ、急げ、お前ら」

 幕之内の淡い期待を木っ端微塵に打ち砕く鷹村の微笑みは、悪魔の様に深く少年の様に楽しげだった。




20110916 執筆者 天川ちひろ
 やはりなにもナシじゃつまらn可愛そうなので、
前回の分と含めて3部作の予定です。
サブタイトルは『頑張れヴォルグ』で(笑。
 私にしては長くなったので分けました。
前ふりだけですみません。
 トラブルメーカー的ポジションにしてしまいましたが、
鷹村さん、尊敬しています!
ボクサーとして、とってもv