Report - VS GROW 3


 ―― 中華人民共和国:黄龍楼 最上階 PM 16:25 ――


 黄龍会会長、王武刃(ワン・フーレン)は、230キロもある巨体に汗を浮かべ、玉座
に腰を据えていた。
 ここ『黄龍楼』は、中国の人里離れた山の中に聳える9階建ての塔。
 中国の秩序も容易に介入できぬ、危険度Bの組織の拠点である。
 
    王:くうっ!!使えん奴らだ!!

 下半身にのみ道着を身につけた、辮髪の男は青龍刀を手にし、周りの配下達に怒鳴
りつけた。
 黄龍会会長ともあろうこの男が、ここまで荒ぶれている理由。
 それは…

    修:醜く怯えるな、豚。お前が俺を倒せばいいだけの事だろうが

 自分の命を狙う冷たい眼をしたハンターが、いとも簡単に配下達を屠り、すぐ目の
前に立っていたからだった。

 ハンターは黒のビジネススーツを着ていて、髪は丁寧にセットされており、いかに
もエリート。一見、戦闘は不得手と思える容姿をしていた。
 しかし、その眼の奥には黄龍会会長が恐れるほどの憎悪と執念が確固として存在し、
王の毛穴から冷や汗をとどまることなく滲ませた。

 彼の名は、緒方修(オガタ・シュウ)。
 GROW4幹部が一人、イースト・ボスと呼ばれる男である。

    王:何なんだ貴様は!?どこの組織の者だ!?何しに来たァ!!
    修:ベラベラと立て続けに質問…。怖がってる野郎の典型的な態度だな

 緒方は、ポケットに両手を突っ込んだまま、王に言い放つ。

    修:教える義理はねぇ。だが、『何しに来たか』は教えずに殺したんじゃあ
      意味がねぇ……だから教えてやる
    王:殺す…だとぉ?
    修:一年前、ここでドンパチあったろ…?そん時、俺の相棒がお前に世話に
      なってな
    王:一年……
      が!?あの時の奴らかッッ!?
      あれは、貴様らからフッ掛けて来たんだろうがァ!
    修:宮田って野郎なんだが、お前に殺されちまった
    王:………
    修:アイツがあの世でお前を殴りたがってる気がしてな
      …一周忌の記念に、お前をアイツんとこに送ってやろうと思って来た

 今この場には、緒方と王の二人しかいなかった。
 緒方の発言から、一対一の勝負を挑みに来たのだと王は悟った。

    修:ってな訳で死んでくれや
      下は俺の部下が張ってっから、逃げるって選択肢はねぇよ
    王:…言っておくがオレは強いぞ?
    修:だろうな。宮田を殺れたんだからな
      でも俺は、喧嘩にゃ相当自信があってね
      そんだけ汗かいちまってるんだ、本能でうすうす分かってんだろ

 それは図星だった。
 黄龍楼の8階までを守る部下達が敗れた事もそうだが、それ以上に、王はこの男の
得体の知れぬ威圧感に押されていた。
 自分よりも一回りも二回りも小柄な緒方という男に…確かに気圧されていた。

    修:一つだけ…いいこと教えてやる
    王:何だとぉ〜?
    修:8階から下は、俺の部下が50人ほど居るが…

 緒方はポケットから両手を抜いてゆく…。

    修:俺に勝てたら…
      楽勝で50人皆殺しにして、ここから出られるだろうな

 そして、血管がボコリと浮き出るほどの握力で拳を作った。

    王:上等、上等ォ!!大した自信だ!!

 ボウッ!!

 余裕綽々のイースト・ボスに対し、王は今まで何百人の血を吸ったか分からぬ青龍
刀で空を斬った。
 緒方は、眼の前を巨大な刃が掠めたにも拘らず、微動だにせずに王を見てニヤけた。
 ニヤけたかと思えば、次の瞬間……。

    修:行ィくぞォォ!!豚ぁぁァァッッ!!!!!
      グシャグシャに叩ッ潰したらァッッ!!!!!

 …何千人殺したか分からぬ、鬼の形相へと変貌した。


 ―― 中華人民共和国:黄龍楼界隈 PM 16:32 ――


   ユン:………
  奈津女:う〜〜ん……

 生い茂った草木に紛れて、美女が三人。
 緒方の軍勢が黄龍楼に殴り込んだ時点から、この地点で様子を伺っていた。
 奈津女は気配を殺したまま、遠くにある黄龍楼の最上階に向けて目を凝らしていた。

  クレア:いくら奈津女が歩く望遠鏡っつっても、こっからは無理だろ
      6、7………9階建て?
  奈津女:む〜、そうですねぇ。あれだけ高い建物だとさすがに死角ばっかりで、
      中の様子は、さっぱりです
   ユン:………

 くしゃくしゃっ…

  奈津女:あっ……

 ユンは、一生懸命周囲の把握に努めている奈津女の頭を、優しく撫でた。

   ユン:十分だ、奈津女
      フッ……その能力は羨ましいな
  奈津女:あ…ぅ…

 憧れのユンの不意打ちに、少し奈津女がポーッと紅くなる。
 ユンの魅力は、時折女性すらも惹きつける。一瞬、レズビアンのやり取りの様にも
見えたが、彼女を前にそんな不謹慎な台詞を吐く勇気ある者はいない。

  クレア:お前ら、レズっぽいな

 …この女を除いては。

 ヴーン…

 金髪頭を小突いてやろうと、ユンが拳を軽く振り上げた瞬間、ユンの耳についてい
る超小型通信機が、電子音を立てた。

【ソフィア:はぁい♪こちらソフィア。お取り込み中かしら?         】
   ユン:いや、私をレズ呼ばわりした猫を、拳で撫でてやろうとしただけだ
【ソフィア:あら。女の子には興味無し?                  】
【     やっぱりユンは、蹴っ飛ばすタマがついてないと、萌えないのねぇ〜】

   ユン:………
  クレア:んあ?ユン、ほっぺたちょっと赤くね?
   ユン:う、うるさい…通信中だ

 ユンにしては珍しい反応だった。ソフィアの台詞が図星だったのか、一瞬ではあっ
たが、動揺した。

   ユン:ソフィア、茶化さないでくれ。クレアが調子に乗る
【ソフィア:ゴメンゴメン。本題に入るわ♪                 】

【ソフィア:黄龍楼周辺の調査は完了。『シャフト』のチームから通達があったわ】
【     別部隊の存在も無し。他の武装設備も無し……          】
【     ヴァルキリー、動いていいわよ                 】

   ユン:そんなところだろうな。ヨハネスブルグで聞いた話の感触では、GROW幹
      部の私情による、単純な殴り込みだ
【ソフィア:神経質になり過ぎたかしらね?調査費、ムダだったかなぁ…    】
   ユン:いや、どこからかは分からないが、ヴァルターはこちらが盗み聞きして
      いた事を知っているんだ
      それに私情とはいえ、この黄龍楼を落とすメリットがなくては、GROWを
      統括している者が止める筈ではないか?
【ソフィア:相変わらず、想像力豊かね                   】
   ユン:もっとも、GROW4幹部の内の一人が統括者なのか、それとも4幹部の上
      にそのような存在が居るのか……サッパリだがな
【ソフィア:そうねぇ…。強敵だわ、GROWは                 】
【     …そこは、大きな進展があるといいわね?            】

   ユン:フッ、どうかな。あまり期待はしていない
      ここでは、ヴァルター戦の鬱憤が晴らせればいいさ
【ソフィア:うっわ〜…そこの男のヒト達、カワイソ〜……          】
【     私、タマタマついてないのに、キュンってなっちゃったぁ     】

   ユン:フンっ。『キュン』なんてモノじゃ済まさないさ

【ソフィア:体の調子はどう?                       】
   ユン:完治…と言うのは嘘になるかもしれないが、心配無用だ
      男など、タマに一撃入れるだけでいいんだからな
【ソフィア:あなたと話していると、いつも『女で良かったぁ』って思わされるわ】
   ユン:よく言う…。ソフィアだって男と戦う時は『金的』だろう
【ソフィア:やぁん♪だって、私か弱い乙女だもの〜。ソコを狙うのくらい、仕方】
【     ないじゃな〜い?                       】

   ユン:フフッ、私らの上司としては相応しいんじゃないか?
【ソフィア:あ〜あ。こんな話してたら、なんかタマタマ攻撃したくなってきちゃ】
【     ったなぁ…。キースが正気に戻ったら、拷問、私がやろっかなぁ〜♪】

   ユン:アイツか…、そんなに強く蹴ったかな
      まぁ、煮るなり焼くなり、蹴るなり握るなり……好きにすればいい
      こっちは、先に楽しませてもらおう。フフッ

  奈津女:んっ…?
   ユン:…どうした奈津女?
  奈津女:黒スーツさん達の動きに少し変化が…
   ユン:ソフィア。そろそろ始める……通信を切るぞ
【ソフィア:了解よ                            】

 ツッ…


 ユンが通信を切り、クレアの方へ向き直ると、何やら楽しそうな笑顔でこちらを見
ていた。

   ユン:何だ?
  クレア:やっぱ前、オジサマに負けたの根に持ってんだな♪
   ユン:悪いか?
  クレア:いや、安心したわ
  奈津女:入り口の男達が、何者かと通信を始めてます…
      上に登っていった男と…でしょーか
      あの人達、『用が済んだ』のかも…
  クレア:へぇ、敵さん結構手際イイじゃん

   ユン:よし…ミッション開始だ
      目標は、GROW主要人物の確保
  奈津女:幹部クラスの人がいるといいですね、確保は…難しそうですけど

  クレア:おい、ユン
   ユン:?
  クレア:お前は、オジサマにやられて、まだ本調子じゃねーんだ
      今日は、あんまり出しゃばらず、アタシに甘えとけよ?
   ユン:フッ、その時の気分で決めるさ

  クレア:よっしゃ!行ぃくぜェ!!!


 ―― 中華人民共和国:黄龍楼 最上階 PM 16:32 ――


 ドゴォォォン!!

    王:ぐうぅぅぅっ!!?

 王が緒方の拳を紙一重で避けると、緒方の拳は大理石の玉座を粉々に叩き壊した。
 夢でも見ているかのような、人知を超えた破壊力に王は身震いした。

    王:キサマッ!人間なのかッ!?
    修:ふん。テメェこそホントに人か?ブタじゃねぇのか?

 緒方の拳。それは、誰が見てもその異常さに気がつくだろう。
 彼が拳を振るう瞬間、肘まで覆うような真っ赤な炎を纏うのだ。
 当然、ハデなのは見た目だけではなく、触れた者を粉々にする『爆弾』の様な拳だ
った。

    修:さて……もう殺すかな
    王:!!
    修:テメェは、俺に言わせりゃァ、一般人に毛が生えた程度の強さだよ

 ザッ…

 緒方は、王にじりじりと歩み寄り始めた。
 もはや、これは対決ではなく、単なる処刑だった。

    修:こんなに弱ェんじゃ、俺が神サマみたいに思えるだろう
      …でも、ウチの組織にゃ、俺よか強ェのもいるんだよな、これが

 ザッ…

 王は、距離を詰めてくる緒方に後ずさりしながら、好機を窺っていた。
 そして、緒方が一歩踏み出した、その瞬間。

    王:うおぉオォォッッ!!!!

 緒方の首筋目掛けて、豪速の太刀を浴びせた。

 ドッッ!!!

    王:フハハハハハハァァ――ッ!!!

 自慢の青龍刀が首にメリ込む確かな手応えがあり、緒方の首を軽く…

    王:ハハハ…、ハ…?はァぁっッ!!?

 飛ばす、ハズだった。

    修:クッ…ククククッ!!
      豚が豆鉄砲喰らったような顔しやがって…

 緒方の首は数ミリほど刃が食い込んだだけで、少量の血しか流さなかった。

 ドサッ…!

 王が信じられないといった表情で青龍刀を手放し、尻餅をつくと、緒方は青龍刀を
ブラリと首に食い込ませたまま、余裕の笑みを漏らした。

    王:ヒッ…ヒググ!バッ、化け物っっ!!!

 恐怖で血色の悪くなった黄龍会会長を見下しながら、緒方は自分の首に刺さってい
る、青龍刀を手にした。

    修:さ…テメェにも首に叩ッ込んでやるよ
      俺と同じ様に首で止められたら、逃がしてやるよ
    王:ヒッ!ひぃぃイイィィッ!!!


 ―― 中華人民共和国:黄龍楼 大手門 PM 16:40 ――


   男A:くうっっ!!なんだこいつら!?
   男B:弾が当たらんっっ!

   ユン:…下手糞だな。GROWは幹部以外は所詮こんなものか

 緒方の部下、『イーストフォース』は決して弱いわけではない。
 ヴァルキリーの身体能力が、常識を逸脱しているだけだ。
 それ故、彼らはこの突然の劣勢には免疫が無いとも言えるのだった。
 照準はどんどん定まらなくなってゆき、気がつけば…。

 ゴキュッッ!!

   男A:ヶ……ぁが…っ!!
  クレア:ゲェ〜ムオ〜バァ〜♪

 金髪の美女の膝に、睾丸を見事に直撃され、エビの様に丸くなって意識を失った。
 黄龍楼入口を警備する他の7人の男達は、仲間が男だけの絶望的な痛みに顔を歪め
る様と、その顔を見てケラケラと高らかに笑うクレアに背筋を凍らせた。

   男C:シュウさん、異常事態です。身元不明の戦力が大手門に現れました。
      女…3人です。
【   修:ああ、来たか。ヴァルターから聞いている。           】
【     やはり、アイツの読みは当たるな。               】


   男B:ヒッ!ひぃぃぃっ!!!
  奈津女:えへへっ
   男B:やめ…!
  奈津女:よっ!!

 キンッッ!!

   男B:あがああぁぁぁぁ―――ッッ!!!

 ドサッ…

  奈津女:え〜と…ごめんなさい。はは…

 つま先で手加減無しの金蹴りを放った女子高生は、ペロッと舌を出して、床でヒク
ヒク痙攣している男に微笑んだ。

   男C:女ですが…、3人とも信じられぬ強さです
【   修:おいおい、情けねーこと言ってんじゃねーぞ           】
   男C:もっ!申し訳ございません!しかしっ…こいつら常識外れにッ!
      うわあぁっっ!!?
  クレア:さよなら、男のコ♪…っと!

 ドボォッッ!!

 緒方の耳に、通信機が地面を叩く音が響くと同時に、クレアのしなやかな脚が股間
の急所を蹴撃した。
 遠目から見ても、男のモノが使い物にならなくなったのが一目で判るめり込み具合
である。

【   修:…フン。見張りも務まらんか                  】
  クレア:ハイハァ〜イ♪こちら強ーいお姉様3人衆でーす
【   修:………                            】

 宣戦布告。
 大胆なクレアらしい、パフォーマンスである。
 精巣を蹴り潰された男が落とした通信機を拾い上げ、大声で緒方を挑発し始めた。

【   修:…メスの分際で、少しはやるようだな              】
  クレア:え〜っと、多分このヒト、オスだからやられちゃったんだと思いますよ
      ぉ〜?タマタマって蹴られるとそんなに痛いんですねぇ〜きゃぁん♪
【   修:金的蹴りか…。女が男とやり合うには持って来いだが、よくチャカ相】
【     手に決めたもんだ                       】

  クレア:冷静だねぇ〜。お前、ボスだろ
      こんなところに何しに来たんだい?教えてちょんまげ〜♪

 あまりのクレア節に、普通の者ならば挑発に乗ってしまうか、相手をするのをやめ
るかの二択を取るところだった。

【   修:ここまで上がって来い、相手をしてやろう            】

 しかし、緒方は冷静に会話を続ける。
 それは、この3人の女の始末が、ヴァルターからの依頼であるからだ。

  クレア:サービスいいヤツだねぇ。何で、こんな飛び込みのアタシらの相手をし
      ようと思うんだ?

 緒方は、理解していた。
 あのヴァルターに、『摘んでおこう』と思わせたということが…どういうことであ
るかを。

【   修:オイ、娘。バカっぽい口調だが、俺は解っている         】
【     お前らは、その辺のヤツより強いんだろう?           】

  クレア:ああ、強いよ♪
【   修:上を見ろ                           】
  クレア:…んあ?

 クレアは真っ直ぐ上空を見上げた。
 すると、黒い小さな点がゆっくりと大きくなってきて――……

 ゴヂュッ…!!

  クレア:わぁお♪

 クレアの足元に、黒い点の正体……。
 王の生首が、酷い音を立てて転がった。

【   修:その豚みたいになる覚悟をしてこい               】
  クレア:へへっ…!ロックなヤツだねェ、結構好きだぜ

 ユンと奈津女が、入り口のイーストフォースと戦っているうちに、クレアと緒方は
互いに血を熱くさせていた。
 性格は違えど、どちらも本質が『野獣』の二人。
 暴力的に惹かれあい、暗黙の内に決闘の約束は済んでいた。

【   修:同士からの頼みだ。お前らを始末する              】
  クレア:そりゃ、好都合……待ってて、ダーリン♪

 ガシャッ

 クレアは美しくも、悪戯な笑みを浮かべて通信機を投げ捨てた。
 辺りを見ると、5人残っていたはずのイーストフォースは、4人が股間を潰され、
意識も途絶えながら倒れた為か、酷い体勢で地面に崩れていた。

 残りの1人も、既に地面に倒され、股間の膨らみの上にはユンの足が…。

   男D:い゛いぃぃぃぃッッ!!ヒッ…!やめッ…!!
   ユン:そーらそら、大変だ
      私がこのまま踏み込んだら、どんなに痛いのだろうな

 
ぐりっ…ぐぎゅっ…

   男D:ァぶうぅぅゥッ!!ウグッ!フグゥッ!!
  奈津女:(うわ〜…カワイソ…)

 ユンが意地悪く、睾丸を潰さない程度に強弱をつけて男をいたぶる。
 男は体をうねらせてもがくが、逃れることはとても叶わず、ユンの絶妙な責めで蓄
積する痛みに、意識が朦朧としすぎて、何がなんだか分からなくなってきていた。

  クレア:ユン、悪りィ。待たせた?
   ユン:遊んでいた。気にするな

 
ぐりっ…ぐぎゅっ…

   男D:ヴヴぅぅゥッ!!グ!ブッ!!
   ユン:さ……今から、オマエのこのタマを、踏み潰す
   男D:!!!!!
      やめッ…!やめてくで…!待テ!

 ただでさえ、痛みで朦朧としていた脳に、更なる衝撃を与えるユンの宣告。
 この男も、今の自分のように命乞いをした者の多くを殺めて来た。
 しかし今、女の残虐性の前に、その誰よりも、最も酷い顔で命乞いをしていた。

   男D:待って…、待っテくだサ…
   ユン:ダ〜メ

 ユンは、にっこりと笑う。
 無表情がトレードマークともいえるユンだが、その微笑は、男ならば誰でも溜息を
漏らすであろう、抜群の美しさがあった。
 しかし、皮肉なことに彼女がこの表情をする時、目の前にいる男は、そんな美女の
容姿を堪能する余裕は無いのである。
 
   男D:ふがッ!…やむっ…許し……ッ
   ユン:クスッ…♪

 グジュ…!

   男D:きュ…!!

 ユンは特に大きな動きもせず、男の股間に乗せていた自分の足をゆっくり、ギュッ
と強めに踏み込んだだけだった。
 男は短く、甲高い悲鳴をあげて体を跳ね上げ、泡を吹いたまま動かなくなった。

  クレア:うぇ〜…ヒデェ〜
      散々脅して怖がらせといて、ホントにそのままヤッちまうんだからな…
  奈津女:あわわ、この人痛そ〜…!
   ユン:元々、これくらいの罰では済まされんヤツらさ
  クレア:まぁな。しっかし、ユンちゃん溜まってますなァ〜♪
      やっぱ初負けは堪える?

 ユンは珍しく、キョトンとした表情でクレアを見た後、たった今自分が男を廃業さ
せてやった者の顔を見た。

   ユン:………
  クレア:どした
   ユン:そういうことなのかもしれないな…少々熱くなりすぎたか
  奈津女:でも男の人のアソコ狙うときは、ユンさんいつもこんな感じで…
  クレア:ぷっ!
   ユン:………
  奈津女:あ…

 奈津女はつい思ったことがそのまま口から滑ったが、右手で咄嗟に口を可愛らしく
覆い、頬を赤らめた。
 ユンはというと、先程よりもキョトンとした顔で奈津女を見た後…。

   ユン:くすっ…

 
コツン

  奈津女:あたっ

 少し笑って、奈津女のおでこを軽く指で弾いた。

   ユン:そうだな、何となく調子を取り戻したよ……ふふっ
  クレア:よっしゃ!じゃ〜、行きますか
  奈津女:はいっ!

 ヴァルキリー達は、主を失った悲しくも絢爛な9階建ての塔、『黄龍楼』の門へ駆
け込んでいった――。


 ―― ????? PM 17:03 ――


 ――悪趣味な部屋。
 黄金が使用されているという点では黄龍楼と同じであるが、その部屋の表現するも
のは品に欠け、ただギラギラと地位を誇張するだけであった。

ヴァルター:やれやれ…時間にルーズな方だ
   男E:もっ!申し訳ございません、ヴァルター様っ…!
ヴァルター:あなたが謝る必要は無い
      もっとも、ヘンリー氏は謝らないでしょうがね、フフ

 ヴァルターは、上司の遅刻の間を繋ぐ可哀想な男に、笑みを漏らした。

ヴァルター:む?
   男E:……?
ヴァルター:到着したかもしれませんね、ヘンリー氏の気配があります
   男E:は?はっ…!

 同じ建物内に入っただけで気配を感じ取った、ヴァルターの異常な能力の前に、
可哀想な男は、特にまともな返答も思い浮かばなかった。

 カチャ…

 悪趣味な部屋の扉が開いた。

 ????:ひさしぶりだねぇ〜、ノース・ボス様

 そこから姿を現したのは、短い金髪の男だった。
 薄紫のスーツに、金色のネクタイ。指には、全部の指に……いや、左手の薬指以外
全ての指に、この部屋のような黄金の指輪を付けていた。
 そして何より特徴的なのは、人を見下した表情と目である。
 ある種、この部屋の持ち主に相応しいともいえる目。

ヴァルター:お久しぶりです、ミスター・ゴールド
 ????:おいおい、それは皮肉か?
ヴァルター:まさか。ジョークですよ、ヘンリーさん
 ヘンリー:オイ、そこの。外していいぞ
   男E:ハッ!!

 ヘンリーの指示により、可哀想な男はやっと任務から解放される。
 幹部2人と同じ部屋にいるなど、激戦区の見張りよりも気の張る世界だった。
 男は、体の筋肉がほぐれるのを感じつつ、黄金の扉から出て行った。

 ヘンリー:で、何だっけ?
ヴァルター:『鍵』の件です
 ヘンリー:ああ、そうだったな
ヴァルター:しかし、ヘンリーさんも侮れない方だ
      シルバーバーグ氏の娘さんを見つけ、確保したのですから
 ヘンリー:まァな

 ヘンリーは、わかりやすい程に得意気な顔で、ニヤニヤする。

 この、ヘンリー・デイビスという男は「富と名声」それにしか興味が無い。
 それを手に入れる為には、部下も捨て駒であり、同士も敵視する。組織の中では、
いわゆる嫌われ者に属する。
 そんな男が幹部の一角を担っているのは、その「単純な野心」が力を発揮すること
があるからだ。
 逆に言えば、そこにしか価値は無いということにもなる。

 ヘンリー:兵隊を無理矢理動かして……まァ、こんなところだ
ヴァルター:見事な手並みです
      …深くは聞きますまい、この素晴らしい結果だけで十分です
 ヘンリー:へッ、俺からすると他のヤツらは何をやってるんだって感じだがな
      おっと!アンタの悪口を言ってるわけじゃないぜ?
ヴァルター:では、アーノルドさんやシュウさんのことですか?
 ヘンリー:そうだ。その真面目な大男と、熱血バカのことだ
ヴァルター:そんなに気に入りませんか。同士の悪口は感心しませんぞ?
 ヘンリー:…得意の説教か?
ヴァルター:得意とは、心外ですな
      …『鍵』は一つではありません。アーノルドさんもその一部であろう、
      データを入手してくれました
 ヘンリー:………
ヴァルター:そして、我々が各地に拠点を構えることが出来ているのは…シュウさん
      の…彼の暴力の貢献です
 ヘンリー:わかったわかった。説教は要らん
ヴァルター:ですが、今回のあなたが入手した『鍵』…いや、鍵と呼んでは失礼か…
      ファナ・シルバーバーグは、大きな進歩となるでしょう

      …『Void-666』起動のね

 ヘンリー:人が鍵ってどういうことだ?
ヴァルター:さぁね。それは調べないことには何とも…
 ヘンリー:まァいいさ。その辺はアンタとコアに任せるよ
ヴァルター:しかし、惜しかったですな
      「あの件」が無ければ、あなたの拠点を移動させるという大作業はいら
      なかったでしょうに……災難でしたな
 ヘンリー:ネブラスカの件か、フン!
      キースのヤツ、死ねばよかったものを捕まるとはな、バカが!
      しかも、女にヤられたとか聞いたが本当か?
ヴァルター:女……なるほど、そうでしたか
 ヘンリー:?
ヴァルター:いや、確かにおりますよ。最近、活きのいい女性が3人……ね
 ヘンリー:…キースも弱くはなかった
ヴァルター:その女性達は、「弱くない」のではなく「強い」んですよ
 ヘンリー:会ったのか
ヴァルター:多分、ね
      さて……

 窓の向こうの景色を眺めながら話していたヴァルターだったが、懐中時計を一瞥し、
懐にしまうと、真剣な眼つきでヘンリーを見た。

ヴァルター:本題です
 ヘンリー:ああ
ヴァルター:あなたの拠点移動、どうなさるのですか?
 ヘンリー:というか元々キース共々あの工場と一緒に捨てるつもりだった拠点だ、
      どのみち移動は決行する予定だった
ヴァルター:どのように?あなたの拠点は巨大なマザーコンピューターがあった
      アレは貴重な品だ。破棄するわけではないでしょう?
 ヘンリー:無論だ、動かす……ファナと一緒にな

 ヘンリーは自慢気な顔で、テーブルの上のリモコンを操作した。
 2人で見るには不要な程の、大きなスクリーンが壁際に降りてきて、そこに巨大な
船が映し出された。

ヴァルター:あなたの持ち物ですか
 ヘンリー:超巨大豪華貨客船『ノーア』。コイツにマザーを積んでいく
ヴァルター:大層な名前をつけたものですな
      しかし、目立つでしょう。他組織から攻撃を受けたらどうするのです?

 ヴァルターはそんな質問をしたが、このヘンリーという男がこういった点で抜け目
が無い事は知っていた。

 ヘンリー:その為に貨客船なのさ
ヴァルター:…ふむ
 ヘンリー:移動時は、コスプレパーティを開いて完全に豪華客船として動かす
      一般人を大量に詰め込みゃ、そりゃあ攻撃なんてしない
ヴァルター:なるほど、露骨な手段ではありますが、効果的なのは確かです
 ヘンリー:納得頂けるかね
ヴァルター:はい
 ヘンリー:コスプレパーティは俺の趣味だ
ヴァルター:ヘンリーさんも乗るのですか?
 ヘンリー:実際は状況次第だな
      キースが捕まったんだ、万が一面倒なことを漏洩されていたら、俺は乗
      らない方がよいかもしれん
ヴァルター:そうですな。要人へのピンポイントなら、豪華客船といえど狙われる恐
      れがございます
 ヘンリー:その通りだ

 ヴァルターはヘンリーの考えを聞いた上で、しばしの間うんうんと頷く。
 ヘンリーもその様子を見て、自分の考えが認められているのだと、ニヤける。

ヴァルター:2つめの質問よろしいですかな?
 ヘンリー:なんだ
ヴァルター:ノーアの件について、他幹部の協力は……
 ヘンリー:無論『不要』だ
ヴァルター:…やはりそうですか

 ヴァルターは眼を伏せて少し残念そうな顔をし―――

ヴァルター:それでは、最後の質問です
 ヘンリー:どうぞ
ヴァルター:ここへ、『ファナを連れてこなかった』のは何故ですか?

 ヴァルターの問いに、2人の間の空気が重くなったように感じた。
 ヘンリーは、ピクッと一瞬眉をつり上げたが、すぐに元の表情に戻す。

 ヘンリー:………
ヴァルター:………
 ヘンリー:まァ、そう思うよな
ヴァルター:思いますとも。言ってしまえば、たかが若い女性一人です
      多少強引な手を使えば、優先でこちらへ引き渡せると思うのですが…
      …そんなに手柄が分かたれるのを恐れますか
 ヘンリー:恐れるとかではない、あってはならないことだ
ヴァルター:目的は一つなのですよ?
 ヘンリー:それとこれとは話が別だ
ヴァルター:良く言えば「慎重」…。ですが、あなたは少々、秘密主義過ぎます
 ヘンリー:ダメか?結果、悪いようにはしていないはずだが?
ヴァルター:確かに、今のところはね
      ですので、今回もファナを連れてこなかったことに対して、驚きはし
      ましたが、それ以上何も申しません
 ヘンリー:それは何よりだ
ヴァルター:…ですが、覚えておくのです
 ヘンリー:っ…!

 ヘンリーはヴァルターの雰囲気が突然変わったのを感じ取り、身を引いた。
 怯んだ、というのが正しいだろうか。

ヴァルター:ファナから独自で何かを掴もうと思っているのならば、この辺りでお止
      めください、時間の無駄です
      拠点移動完了後、即ちにファナの身柄をコアへ献上することを勧めます
 ヘンリー:………
ヴァルター:口うるさいと思うかもしれませんが、ご容赦ください

 ヴァルターは踵を返し、豪華な扉を開けた。

 ヘンリー:行くのか?
ヴァルター:ええ、ノーアの件、お願いしますよ
 ヘンリー:フン、言われなくてもな

ヴァルター:…ファナの件、凶と出ないことを祈っております

 不吉な言葉を残されたヘンリーは、少しの間硬直していたが、その硬直をイラつき
に変え、テーブルを拳で叩いた――


 ―― 中華人民共和国:黄龍楼 8階 PM 17:20 ――


  奈津女:よっ!!

 ドボッ!

   男F:がっ…!!
  奈津女:うわぁ〜グニュってしたぁ〜…!

 奈津目のスニーカーが、イーストフォースの股間を直撃し、男はこの世の終わりの
ような顔で、力なくガクンと地面に倒れる。
 しかし、ここ8階にはイーストフォースが複数20人近く集結し、最上階へ上る為の
階段に到達するのは難しい状況であった。

   ユン:こいつら、大した装備じゃないな
      …刀かハンドガンだけだ
  奈津女:でも、武闘派ですね。ヘタに重装備してる人達より、身体能力が高いで
      す
  クレア:そうか?お前の蹴りフツーにキンタマ入ってんじゃん
  奈津女:まっ…まぁ…

 先程のつま先の感触を思い出して、蹴った場所が場所であることの羞恥心と、自分
にはわからない地獄へ男を突き落とした罪悪感から、あはは…と目を泳がせる。

  クレア:しっかし奈津女、今日は随分と積極的にタマ狙ってな〜い?
  奈津女:あ、え〜と…わかります?
  クレア:なんで?目覚めた?

 ニヤニヤしながら、クレアは奈津目の赤くなる頬をつつく。

  奈津女:目ざっ…!ち、違いますっっ!!
      ユンさんやクレアさんみたいに、どんどん熟練しておかなきゃって…
  クレア:熟練…要は『キン蹴り女帝』を目指すって事ね
  奈津女:キっ…!違いますって!!

 睾丸虐待美女2人に挟まれて生活している奈津女であったが、未だに金的へ対する
ある程度の躊躇いはあるようだった。
 その躊躇いを無くしていこうと本人なりに…努力しているらしい。
 もっとも、それは男から見ればあまりに恐ろしい向上心の形である。

 そんな股間が痛くなるような話を平然とする美女3人に、じりじりと間合いを詰め
ていくイーストフォース。
 しかし、自信の睾丸の未来が恐ろしく、あまりこの女達に近寄りたくはなかった。

  クレア:さぁ〜てと、ユン
   ユン:なんだ
  クレア:…ここ、二人でイケる?

 ニッと笑って、ユンの肩にバシンと手を置くクレア。
 ユンは2秒程置いた後に口を開く。

   ユン:ボスとやりたいのか
  クレア:そんな、ヤりたいとか別にセックスしたいとかそんなんじゃ…
   ユン:今は、バカふざけは要らん
  奈津女:(はは……クレアさん、色々スゴ過ぎ…)

  クレア:ユン。お前は強い、異常だ
      でも、今は本調子じゃねェ、だろ?認めろ。今日はアタシに任せろ!
   男G:オマエら準備はいいか、見た目ほど可愛い女じゃねーぞあれは
      全力で殺しにかかれ!!

 ヴァルキリー達の強さに戸惑ったイーストフォースも、改めて覚悟が決まったよう
だ。そろそろ、再び混戦状態になるだろう。

   ユン:行け
  クレア:お?
   ユン:行けッッ!タマ蹴り潰すなり、セックスするなり…
      …お前らしく暴れて来い
  クレア:ヘヘッ…おっけぇ〜♪

   男G:いくぞおおぉぉぉッッ!!

  クレア:じゃ…あとでな♪

 
ツンッ

   ユン:な!

 突然、クレアがユンの胸をつついた。

 
バシンッ

  クレア:ッ痛ぇ〜〜〜〜!!!!

 そして、強烈に頬を平手打ちされる。

  奈津女:はははは

 この、刃物と銃に囲まれた命がけの状況の中、そんなどうしようもないやり取りを
しているユンとクレアに、奈津女は堪えられず笑い声を上げる。

   ユン:バカ、行くなら早く行け
  クレア:おう!痛つつ…

 
ブオッ!

   男H:なにィッ!?

 男は顎が外れそうなほど口を開けて驚いた。
 クレアが近くの窓から、桟を掴んだまま振り子のように外へ飛び出し、壁を蹴って
上空に消えたからである。
 並の人間なら普通に8階分まっさかさまに地面に叩きつけられるだろう。
 しかし、クレアが着いた場所は地面ではなく、最上階、9階だった。

   男H:ああ、がっ……なんてヤツらだっ…!

 
ゴンッ!

   男H:うぎいぃぃぃっ!!
   ユン:よそ見すると、こうやって精巣が酷いことになる
   男G:くっ……!
  奈津女:覚悟してくださいね、悪者さんたち
      あたし、手加減しませんよ?
   ユン:さっさと片付けるか
  奈津女:はいっ!


 ―― 中華人民共和国:黄龍楼 最上階 PM 17:25 ――


 
ザッ…

    修:…?

 緒方は、窓の方から物音がしたので振り返った。
 そこには、露出度の高いレスリング衣装を纏った、金髪の美女が立っていた。

  クレア:あ…結構イイ男♪
      待った?ダーリン♪
    修:………
      どんな雌ゴリラが来るのかと思っていたが、随分とイイ女だな
  クレア:いやぁ〜ん、そんなコト言われると照れるぅ〜…
    修:それで強いのか。信じられんが、まあ遊んでやるよ
  クレア:イイ男がキンタマ蹴られてもがく姿も、また最高なんだよねェ〜
      ちょっと勿体無いけどな、ひひっ♪

 緒方は構えを取った。
 王を相手にするときには、構えすら取らなかった。
 それは、緒方が相手の力量を測れる男だからであろう。

    修:目的だけ聞いておこうか
  クレア:ん?そうだな〜
      …オマエらのことが知りたい
    修:なるほど。単純明快だ
      しかし残念だったな。それは無理だ
  クレア:なんでさ?
    修:俺が勝つからだ

  クレア:そっちの目的は?
    修:お前達が止めようとしていることを、実行することじゃないか?

 緒方は、喧嘩バカのような素振りを見せながらも、そんな淡々とした返事もしての
けた。
 クレアは、修のその図太い肝にちょっとニヤけてしまった。

  クレア:じゃあ始めようか、最高のバトルをさ
    修:いくぞ…

 
ボンッ!!

  クレア:どわあぁぁァァッ!!?

 緒方が突然、大振りの右フックを繰り出す。
 緒方の腕に一瞬、炎が燃え上がり、クレアは咄嗟に避けたが、もの凄い風圧に体勢
を崩された。

    修:ぬりゃぁアァァッッッ!!!

 ブオオッ!!!

 よろけたクレア目掛けて、烈火を纏う蹴りを繰り出す。

  クレア:ちッ…!!!

 
ブオッ!

 クレアは、崩れた体勢のまま、後ろへ跳躍するという超人技で、間一髪、緒方の蹴
りを回避した。

    修:面白いなオマエ!
  クレア:こっちの台詞だよ。何で火が出んの?大道芸?奈津女かっつの
    修:俺の名は緒方修。イースト・ボスだ
  クレア:ボスが名乗っちゃうんだ。幹部にも色んなのがいるね…
    修:どしたァ!?来いやァァッッ!!!
  クレア:らぁああぁぁぁぁッ!!!!

 
ビュッ!!

    修:うおっ!

 
ドッ…!

 クレアが何をバネにしたのか、5m先の緒方に一瞬でドロップキックを放った。
 緒方は、物理的に異常値であるその速度に直撃しかけたが、ギリギリのところでガ
ードする。
 
 
ガンッ

    修:くうっ!

 しかし、さすがにクレアの体重を乗せたドロップキックは、緒方の体を後方へ弾き
飛ばした。

  クレア:おおォォォォッッ!!!!

 尻餅をついた緒方を追撃するため、金猫が超スピードで飛びかかる。
 クレアの膝が、緒方の顔を捉える瞬間――

    修:ガァアァァッッ!!!

 
ドンッ!

  クレア:うぶッ…!!!

 緒方も超人。クレアの膝と美しい太股の横をスレスレでくぐらせ、右足を腹部へ突
き刺した。

    修:フハハは…!!!
      ……!?

 綺麗に蹴りが決まったと思った緒方が、次の瞬間驚愕の表情になった。
 吹き飛びながら意識を失うはずの女が、自分の蹴りを腹に受けながら、脚を掴んで
来たのだ。
 地下闘技場でも、この『予想外の打たれ強さ』で相手のペースを崩し、形勢逆転し
てきた。

  クレア:へへ…♪
    修:(ヤバいッ……!!)

 蹴り出した脚を伸ばし、股間がガラ空きになっていた緒方は、クレアの笑みと男の
本能を持って、危機を感じた。
 クレアが緒方の右脚を掴んだまま、自分の足を緒方の金的目掛けて思い切り蹴り込
む。

 
ゴッ…!!

    修:がァァアァグッッ!!!
  クレア:ちッ…

 クレアのゴールドラッシュが緒方の睾丸を踏み砕くはずだった。
 だが、緒方は間一髪のところで股間を両手でガードした。

    修:ぐカっ……!!ギ……

 ガードの上からとはいえ、緒方はクレアの金蹴りに強烈に圧迫され、視界が一瞬歪
んだ。

  クレア:あれれ?でも結構キいちゃった?
      そりゃ〜そっか。どんなに強くても男のコだもんねぇ〜♪

 クレアは、可愛くもイヤらしいイタズラ顔で、怯んだ緒方の股間に乗せた足をぐり
ぐりと捻る。

    修:クソがぁァァッ!!!!
  クレア:おっと♪

 緒方が獄炎のストレートを放つが、クレアは美しい宙返りで回避する。

  クレア:少しトロくなったな。キンタマ痛ッたくてツラいんでしょ?
      わかるよ?うんうん。わっかんねェけど!アハハハッ!!
    修:………

 普通の人間の男ならば、もうまともに動けずクレアの餌食になるだけであろう。
 しかし……。

 
ボッ…!!

  クレア:うおっ!まだヤんの!?
    修:オオォオォァァァァァ――――ッッ!!!

 
ボボボボッ!ボッ…ボンボンッッ!!!

 緒方は拳の連打を繰り出した。
 爆弾をバラまいているかの如く辺りの空間が、弾け、燃える。

  クレア:ちょッ……!熱っ…!

 拳を避けているにもかかわらず、爆炎がクレアのコスチュームを焼き削ってゆく。

    修:調ォォ―――シにのんなァァァ!!ゴラああぁァァァ――ッッ!!


 
ボンッボボンッ!ボッ!!

  クレア:く…!おいおい……エッチだな
      そんなに撃たれちゃ、アタシすっぽんぽんになっちゃうわぁん♪
    修:黙れァァ――ッ!!

 緒方は強い。間違いなく、尋常ではない猛者だ。
 しかし、今、自分の中に沸き上がる憤怒に、その力は確実に乱れ始めていた。
 蹴りが決まった瞬間勝ったと確信した、己の甘さへの憤怒。
 百人同時に相手にしても勝ってきた己が、たった一人に苦戦していることへの憤怒。
 その一人が「女」であることへの憤怒。

 そして……、その「女」に男の最大の急所を蹴られ、股間からじわじわ広がる情け
ない鈍痛に、一瞬で劣勢となったことへの恥辱。

  クレア:アンタ…大したヤツだよ、バケモンなのは認める

 
ドンッ!

    修:グあッ…!

 クレアは、本来の力を出せなくなった超人の胸を蹴り、その美脚で20m程突き飛
ばした。

 
ザッ…

 緒方はその勢いで黄龍楼の窓から落下しそうになったが、「根性」で踏みとどまっ
た。

  クレア:ふぅ…
      あ〜あ…アタシの人気エロコスチュームを余計にエロくしてくれちゃっ
      てさぁ〜……
    修:(何なんだ…この女……)
  クレア:どーすんのよ、コレ見て
      自慢のやわらかおっぱいが片っぽでちゃったよ、やぁ〜ん♪
    修:(俺は……なんだ…コレは………?)
      (オレが………「そう」なるの…か?)

 緒方は、あまりに信じがたい現実に、ド忘れしていた。
 「負ける」という言葉を。

  クレア:…OK
    修:…?
  クレア:そろそろ終わりにしましょ……ダーリン

 クレアは緒方の目を見て微笑した。
 彼女にしては珍しく、見下した雰囲気の無い、美しい微笑みだった。

 
ダッ…!

 クレアは緒方に向かって駆け出した。
 そして、緒方もクレアに向かって駆け出した。

 男と女の決着をつけるために。

    修:ウオォォォォォォァァァァァ――――ッッ!!!!
  クレア:らああああああァァァァッッッ!!!

 二人は同時に宙へ飛んだ。

 緒方は、不死鳥と見紛うかのような轟炎を纏っての飛び蹴りを繰り出した。
 しかし、睾丸の痛みがセンスを狂わせたか、最後の一撃はクレアの頭上を切ってし
まう。
 ガラ空きになった男の股ぐらへ、ファールクィーンの美脚が迫り―――。


ブギュュッッッ!!!!
クレア:にひ…♪


 超速と超速の激突が生み出す破壊力が、イースト・ボスの男の象徴を一瞬ですりつ
ぶした。
 クレアの蹴りが直撃した瞬間に、男特有のあまりに理不尽な激痛に意識を断たれ、
投げ捨てられた人形の様に酷い体勢で地面に落ち、少し痙攣すると動かなくなった。

 
タッ

 一方、女特有の残虐な蹴りを放ったクレアは、優雅に着地する。

 この瞬間、ヴァルキリーは、ついにGROWの幹部の一人を倒したのだった。

 今や、女の足で去勢され、泡をもらして地に倒れた緒方。
 この姿を見れば、ヴァルキリーに沈められる無様な男達と変わらないだろう。
 しかし、クレアは知っていた。

 この、緒方修という喧嘩屋がどれほど強いのかを。

  クレア:ふふっ…
      キンタマさえツいてなけりゃ、アンタが勝ってたかもな

 クレアは動かなくなった緒方の胸に触れる。

  クレア:あちゃ〜…、金的ショックで逝っちまったか……
      まぁ…アタシが本気で蹴ったからなぁ…
      加減なんて余裕はさすがに……

 敵組織要人の確保に失敗した言い訳をブツブツと呟きながら、クレアは骨盤ごとグ
シャグシャにしてしまった緒方の精巣を、右手で揉んでいた。

  クレア:やっちまったなぁ〜…
      ソフィーちゃん、敵戦力を削ったってコトで大目に見てくれっかなぁ〜
      金蹴りが効きすぎるんだよなぁ〜…ま、しゃ〜ねぇなぁ〜……

 
タッ

  奈津女:クレアさんっ
   ユン:こっちも、もう済んだのか
  クレア:お…

 振り返ると、ユンと奈津女が8階の大去勢を終え、最上階に来ていた。

   ユン:ソイツは…?
  クレア:……イースト・ボス、緒方修
  奈津女:さっすがクレアさん、余裕ですね!
  クレア:はは…奈津女。今回は余裕じゃなかったぜ
      運良く勝ったけど、フツーじゃねェ奴だったよ

 奈津女は、あのクレアに「強敵」と評させたことに驚き、目を丸くして、倒れてい
る緒方を見つめた。

   ユン:…やりすぎたか
  クレア:すまねえ。余裕が無かった
      チャンスの時に、思ッッくそキンタマ蹴っ飛ばしたら……
   ユン:仕方ないだろう。GROW幹部がどれ程危険かは、私も知ってるさ
  奈津女:………
   ユン:よく勝ったな、クレア

 ユンはそう言って、クレアに笑いかけた。
 
  クレア:ソフィーちゃんには残念な思いさせちまうなぁ〜
   ユン:気にするな。そこは私が適当に話す
  クレア:サンキュ♪

 ヴァルキリー達は、イースト・ボスの撃破という結果を土産に黄龍楼を後にした。

 少しずつだが…確実にGROWの殻を剥がしてゆくオーロラであった。


 ―― ????:オーロラ第四拠点 PM 21:51 ――


 オーロラ第四拠点。
 現在は、『Ballkillie』と『Shaft』の活動拠点となっている施設。

 …そこへ、一人の大男が到着した。

アーノルド:……ここか

 アーノルド・クルーガー。
 彼は今、一人の部下も連れず、第四拠点の前にいた。

 そして、第四拠点を少しだけ眺めると、再びそれに向かって歩み始めた。

 そう。
 殻を剥がされているのは……GROWだけでは無かった。


                                                          〜 To be continued ... 〜


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