ここは、中国河南省龍明寺。
門と寺の間にある広場には、中央にいる六人の人間を取り囲むように、武道着を着
た若者数十人が正座している。
中央の六人のうち、四人は若者である。
残りは七十を過ぎたであろう老人と、その隣にいる二十前後の女性だ。
これだけの人間が集っていながら、この空間は今、無音だった。
沈黙を破るように、老人の隣にいる女性が口を開いた。
女:フェイ、始めていいわ
フェイ:はい……
フェイと呼ばれた老人は小さく頷くと、静かに四人の若者の方を睨むように見つめ
る。
フェイ:ユン、ウォン、カイ、チェイ…覚悟は良いな?
四人の若者は、無言のまま構えを取る。
フェイ:始めェェッッ!!
若者達:ハアァァッッ!!!
ガッガッ!パンッ!
老人が合図を送ると、四人の若者は勢いよく飛び出し、互いに殴り合いを始めた。
静寂を吹き飛ばすように、激しい音が場を支配する。
しかしそれは、攻撃と受けから奏でられる音であり、数十秒経っても、四人共無傷
のようだった。
女:…ほう、やるようね
フェイ:流石はメイ様……解りますか
メイ:間合いを測ることも無く打ち始めたから、何事かと思ったけれど…あれだけ
隙の無い攻撃を打ち続けられるなら頷けるわ……良い腕に育てたわね
フェイ:光栄にございます…
メイ:あなたは誰が勝つと?
フェイ:ウォンも腕の立つ若者ですが……まず、ユンが勝つかと…
メイ:ユン…?あの女か
メイは砂煙を上げて戦う四人の中にいる、紅一点を目で追った。
ユン:ハッ!
カイ:チィッ!
メイ:…最近の女子は発育が良いな、少し羨ましいわ
フェイ:ふぉっふぉっふぉ…
メイ:あんな邪魔そうな胸が付いてて、ウォンに勝てるのか
ウォン:ハイィヤアァァッッ!!!
ボゴンッ…!
チェイ:ブゲッ…!
突如、大砲を撃ったような轟音が響いたかと思うと、小柄な男が広場の中央から門
の壁まで吹き飛び、強烈に体を打ち付けて地面に落ちた。
メイ:噂をすれば…ウォンが吼えたぞ
『大砲』を撃ったのはウォンという大男のようだ。もっとも、実際に大砲を撃った
のではなく、ただの肩による当て身だ。
フェイ:ふむ…チェイが破れたか
メイ:ユンがあれを倒すと?
フェイ:おそらく…
メイ:どうやって?
ずっと四人の戦いを凝視していたフェイは、メイのその問いに彼女の方を振り向い
た。
フェイ:…私が教えている『暗拳法』は、中国拳法をさらに『急所攻撃』に特化させ
た武術です
メイ様……人体の急所がいくつあるか…ご存知ですか?
メイ:どの程度までを言えば良いか解らないがな…
フェイ:ツボや経絡といった細かいものは考えなくて結構です
メイ:一七七だ
フェイ:その通り……ですが、それは女の場合
男に限り…一七八です
メイは少し可笑しそうに口元を緩め、ぷっと息を吹く。
メイ:そうか…『金的』か
フェイ:さよう…
メイ:ユンがウォンの金的を狙って勝つと…?
私も男と戦う時はよく狙うが、ウォンのように武術に長けた者相手には無理
があるんじゃなくて?
フェイ:それを言うなら…
パンッ!
カイ:くうッ!!
今までと違う音が一つ鳴った。ユンの脚がカイの顔を横殴りにする音だ。その音か
ら、致命傷にはならなかったのは、周囲にいる者全てが分かった。
カイ:ちっ…!
カイが咄嗟にユンの方へ向き直った時…
カイ:…ッ!?
そこにユンは居なかった。既にカイの後ろへ回っていたのだ。
カイ:ひッ…!!
メイ:…?
メイは不思議そうに眉をつり上げた。
カイが突然、ユンを探そうともせず、情けない声を上げて自分の股間を両手でカバ
ーしたのだ。
グシャァ!!
カイ:オゲッ…!!
カイの嗚咽と共に、鈍く、何かが潰れる音が響いた。
ユンが背後から容赦無しにカイの睾丸を蹴り上げたのだ!
カイの両手でのガードは空しくも、鍛え抜かれたユンの脚の前には何の役にも立た
なかったらしく、白目を剥いてその場にくず折れ、泡を吹きながら少しだけピクピク
体を痙攣させた後、全く動かなくなった。
今まで表情を変えなかった周囲の門下生も、女を除いて全員が目を逸らした。
フェイ:ユンも…武術に長けた者です
メイ:………
メイの驚きをよそに、ユンはすぐにウォンと拳を交え始めた。
ユンは女の中では一、二を争う背の高さだったが、さすがに体格の良いウォンの前
ではひどく非力に見える。
ウォン:…ったく、怖ぇ女だよオメーは
ホンっト、キンタマ狙うの好きだよな
ユン:……また、前みたいに蹴って泣かせてあげる
ウォン:オメーの金蹴りは死ぬほど痛ェからな。もっとも、カイは死んじまったみて
ーだがな
そう…チェイとカイは気絶したのではない。
チェイはウォンに飛ばされた衝撃で骨が内臓を突き破り、カイはユンに男の最大の
急所を蹴り潰された痛みでショック死した。
今日…この四人は殺し合いをしているのだった。
ウォン:いくぜ、ユン!
ユン:………
ガッガッ!ブンッ!!
メイ:フェイよ…
フェイ:はい…?
メイ:ここの男達は、睾丸の痛みに耐える修行はしていないのか?
フェイ;無論、してはおります
ですが、ユンの金的蹴りのテクニックは恐ろしく高い…まさに、一撃必殺
玉を逃げないように蹴り潰す軌道…耐える動作が取れない時に蹴るタイミン
グ…修行した者でもあれは耐えられません
この私ですら、ユンに股ぐらを蹴られては悶絶は免れますまい…
メイ:…そういうものか…
フェイ:女であるメイ様には分からないでしょうが、男にとって『金的攻撃』はそれ
程に恐ろしいものなのです
メイはしばし沈黙した。フェイ程の達人が十七歳のユンという女子を恐れるような
発言をしたからだ。
ウォン:フッ…!やるな、俺に攻撃を当てられるのはさすがといったところだ!
だが、得意のキン蹴り以外は非力なものだなぁ?
ユン:………
メイ:…龍明寺内でユンの金的蹴りが脅威になっているのは解ったが…、何故あの
娘はそんなに金的蹴りが得意なのだ?
フェイ:…我が流派は敵の殺害が目的…金的攻撃は積極的に教え込みます
ですが…ユンは、他の門下生とは違いました
メイ:あははっ…!男の股間を蹴り上げるのに才能があるとでも?
フェイ:少々違いますが…まぁ、一つの才能とも言えましょうな
メイ:?
フェイ:ユンは…睾丸を蹴るのが非常に好きなのです
稽古で金的蹴りを行った時も、他の女の門下生は、相手が股間を抑えてうず
くまったり気絶した時に、戸惑ったり謝ったりするといった反応を見せたの
ですが…
…ユンは、男のそういう姿を見て…笑うのです
メイ:変か?私もどちらかというと、股間を押さえてグゥグゥ唸ってる男を見ると
笑ってしまう方よ
フェイ:ユンはそういった感覚を超えています。普段は殆ど笑うことの無いユンが唯
一笑う瞬間です
…このような言い方もナンですが…
メイ:?
フェイ:まるで、ユンは男の股間を蹴る事で快感を得ているような…そんな気すらし
ます
メイ:それほどか…
フェイ:は……何せ、稽古の中で、七人の門下生がユンに玉を蹴り潰されて殺されて
おりますからな
メイ:…随分とサディストなコね
フェイ:痛みを知らぬ女ゆえ…というのはありましょうが、非常なのは確かです
そういった意味で…『オーロラ』のスイーパーとしては素質があるかと…
メイ:………
なるほどな…
ドンッ…!!
空中から襲い掛かってきたユン目掛けて、ウォンが例の『大砲』を撃つ。同時にユ
ンの体が再び空高く打ち上げられ、一見、勝負が着いたかのように見えた。
ユン:………
ウォン:空中という悪条件で「いなす」とはな…、相変わらず小癪な女だよお前は
ユン:フンッ!
ウォン:うおっ!!
バチンッ!!
ユンは着地すると、即座にウォンの股間目掛けて蹴りを放ったのだ。
ウォンは両手でその脚を弾いた。
ウォン:……ッ!!
(手が痺れてる…?こんなのをキンタマに貰ったらさすがにイくな…)
(ジジイがユンの脚力は俺に続いて二番目と言っていたが…)
(これはまんざら……ウソでもねェ…!!)
ビュッ!!バッバッ!ガッッ!!
ユン:…少し消極的になったわね?
今ので、私に蹴られるのが怖くなったのかしら
ウォン:あぁ…?
ユン:図体大きくて結構強いけど……、所詮は男ね
ウォン:ナンだと…?
ブォッ…!
ウォン:うぉッ!?
パンッ!
ユンが放った蹴りをウォンが咄嗟に受ける。
ユン:ムダ口叩いてると、潰れちゃうわよ…?
ウォン:……ッ
ガッガッガガッ!!
メイ:………気のせいか…
フェイ:はい…?
メイ:ウォンの動きが…鈍った
フェイ:ふぉふぉふぉ…いや、良い目をしておられる
そうです…ウォンはユンのペースに飲まれ始めました…、先程の防がれた金
的は威嚇が目的…
メイ:………
フェイ:ユンは、金的を執拗に狙う事や言葉で相手を飲み込みます
そして…隙が生じたら、睾丸を蹴りつける……決着はもうすぐ着きます
メイ:………
ブオォッ!!!
メイ:…ッ!?
メイがフェイに視線を向けた瞬間…風が起こった。
ウォンが渾身の当て身を外した音だ。紙一重でかわされたため、間合いが空かず、
即座にユンに背後を取られる。
ウォン:しまッ…!!
ゴンッ…!!
ウォン:ひぐぅゥッ…!!
ユン:………
ユンはそのまま、躊躇無しにウォンの股間を蹴り上げた。
力が抜けたウォンの体を、無理矢理引き寄せ正面を向かせる…。
そして……。
ゴキュッッ…!!!
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