Episode - Natsume


 キーン…コーン…カーン…コーン…

 ――2995年。

 キーン…コーン…カーン…コーン…

 滋賀県甲賀市の、とある高等学校。
 下校時間を表現するチャイムの音がフェードアウトすると同時に、今度は校舎全体
がザワザワと鳴き始めるかのように、生徒達が意気込んで帰り支度をする音がフェー
ドインしてくる。

生徒A:お先ィッ!!

 ヒュッ!

 大半の人々は今の光景に驚いたであろう。
 校舎の三階の窓から、生徒が飛び降りたのである。

生徒B:オイ!待てよイズナぁッ!!
生徒A:ハヤテぇ!オレぁ腹減ってんだ!とっとと降りて来い!
生徒B:…ったく

 ヒュッ!

 そして、後を追うように…もう一人。
 恐れ無く落下してゆくその表情に相応しく、着地は鮮やかなものである。

 一分も立たぬ内に、校庭は次々と窓から飛び出して来た生徒達によって埋め尽くさ
れ、男子生徒の黒い制服と、女子生徒の桃色のスカートの色が散りばめられてゆく。

 …この学校が極めて特殊なものである事は、容易に理解できたであろう。
 
 生徒は皆、『忍』の者なのである。
 『忍』……。一度は歴史上から姿を消した、『忍者』という存在である。
 この時代に、其は存在した。
 さらに驚くべきは、この学校の所在は地図には表現されていない。

 信じ難い事だが、忍の者にしかこの学校の存在も知られず、またこの生徒達も一般
社会では、文字通り『一般人』として生活している。
 …とはいえ、この時代の『忍』は能力の差は血筋によって歴然であるらしく、姿す
ら見せずに暗殺まで容易くこなせる者から、先程の生徒達のように三階の窓から地面
へ着地するのが精一杯といった落ちこぼれまでピンキリらしい。

 タンッ…

 そして今、外へ飛び出そうと窓に右足をかけた女子生徒は、優秀過ぎる『忍』の血
筋に属する。
 三年風組、日村奈津女。

奈津女:帰るよっ!蓮花(れんか)っ!

 奈津女が、背後で授業に使った巻物をカバンに急いでしまっている友人に声をかけ
ると同時に、奈津女の教室の真下付近に男子生徒が2人寄って来る。

生徒C:奈津女ちゃんが飛ぶぞぉ〜!!
生徒D:おぉっ!今日はパンティ〜何色かなぁ〜?
 蓮花:あぁ〜っ!!アイツら、まぁ〜たスケベ始めやがって!
生徒C:安心しろ蓮花ァ!!
生徒D:お前のパンツには期待してね〜からさぁ〜!
 蓮花:アンタらぁ〜!タマタマ蹴っ飛ばされたいってことでいいのねッ!?
生徒C:げッ…!『キン蹴り蓮花』が来るぞ!
生徒D:どうしよ…アイツおもっきし蹴るんだよな…
生徒C:おっ…俺は、奈津女ちゃんのパンツ見るッ!!
生徒D:俺はこの間潰されかけてから、蓮花が「蹴る」って言った日は、やめとくこ
    とにしてんだ……じゃな

男子生徒の一人は奈津女達の方を真っ直ぐ見上げ、一人は猛ダッシュで逃げ帰った。

 ヒュンッ…!

 一際目立つ、奈津女の綺麗な飛翔。
 翼が生えているかのように、やわらかく、スローに降りてくる。
 見上げると、透きとおったスベスベのふとももの隙間から、白のパンティーがチラ
リと覗いた。

生徒C:あ………

 荒い情欲とは違う、頭の中をうっすら朦朧とさせる不思議な興奮。
 奈津女の下着が見える瞬間とは、そこに居た男子生徒にそんな感覚を与えた。

 スタッ…

生徒C:素敵だ…、奈津…

 ゴキンッ!!

生徒C:ひぐあああぁぁぁああああああぁ〜〜〜〜ッッ!!!

 あざやかに着地した奈津女が、正面から発せられた断末魔に目を向けると、そこに
は、背後から強烈に振り上げられた蓮花のスニーカーを、大事なところに深々とめり
込ませて酷い表情をしている男子生徒の姿があった。

奈津女:(うわぁ〜…イタそ〜…)

 ドサッ…

生徒C:はぎっ…!ゥぶッ…!

 奈津女のファンらしき生徒は、地面に倒れた。局部を押さえたまま顔を歪め、その
口からは少量の泡が漏れ、呻き声すら出しにくい様子である。

 蓮花:どぉ〜だ、男の痛みはぁ〜?
    忠告を聞かなかったって事で、70%くらいの力でイっちゃったよ〜ん♪
生徒C:ゥ……ぁ…
奈津女:ちょっ…大丈夫ぅ!?
    もう!蓮花ったら強く蹴りすぎだよ〜!!

 息も絶え絶えの男子生徒の体を揺さぶりながら、奈津女は言った。

 蓮花:あのね奈津女。そんなアマっちょろい事言ってるからパンツ覗かれんのよ?
    エッチな事ばっか考えてるオトコなんて、これくらいキツいの入れてやんな
    いと懲りないんだから!
奈津女:でも、男の子の…その…
    …アソコの痛さって分からないから…あんまり…
 蓮花:はぁ〜っ…甘い甘いあまいッッ!!!
    奈津女、それでも『くノ一三年』?!
    習ったでしょッ!?男のタマなんてねぇ!くノ一から見たら格好の的なの!
    痛みが分からないから思いっきり蹴飛ばせるんじゃない!
    タマは神サマが私達女のために、男につけた弱点!子孫繁栄のためもあるけ
    ど、6割は女が蹴るためにあるの!!
奈津女:…あ……あはははは…

 辺りには、蓮花の強烈トークを聞いて「くすっ」と笑う女子と、蓮花と目が合わな
いようにコソコソと脇を通り過ぎる男子達の姿があった。
 奈津女は少し顔を赤くしたまま、気マズい空気に包まれたのだった。

奈津女:わっ…わかったよぉ…蓮花ぁ…
    だから、帰ろ…?
 蓮花:おっ、わかってくれたか。うむうむ!
    これで奈津女に寄ってくる虫は、タマ蹴りに沈む事となるのか…

 再び、周りの男子生徒達が、ギョッとして奈津女達の方を見る。

奈津女:だっ…!だから蓮花ぁ!あんまりそういうの言わないでって…
 蓮花:んぁ…?何が…
奈津女:何って…だから…その…
 蓮花:何よ。それじゃ解んないって…ハッキリ言ってよ

 ニヤニヤしながら蓮花は言う。
 奈津女に「イジワルをしてますよ」というのがワザとわかるように。

奈津女:イヤ…そっ…
    ………
 蓮花:………
奈津女:たっ……タマ…とか
 蓮花:ぷっ!!あははははははッ!!
奈津女:なっ!何よ!
 蓮花:だってっ…!奈津女が「タマ」とか…あははっ!!
    しかも顔、赤すぎッ!!きゃはははっ!!
奈津女:(むかッ…)

 ビュオオォッ…!!

 蓮花:ふあっ…!
生徒E:おっ…!!

 突然、蓮花の足元から突風が起こり、蓮花のスカートを思い切りまくり上げた。
 白地に水玉のパンティーが丸見えの状態となり、辺りの男子の視線を集める。

 蓮花:こっ…!この風あんたでしょッ!奈津女ぇ〜!!
奈津女:ふんっ!セクハラにはセクハラですよ〜だ

 タタタッ…!

 蓮花:あっ!コラ、待て奈津女ぇ〜〜!!

 タタタタタッ…!

………………

………………

………………

 日村家。瓦造りの荘厳な屋根の建物が、120メートル平方もある敷地内に4つ収
まっている。

 帰りの途中の道で蓮花と別れた奈津女は、10分程して、その鉄壁の城の様な我が
家に帰ってきた。奈津女が門をくぐると、庭に設置された獅子脅しの音が小さく聞え
てくる。

 ガララララッ…

奈津女:ただいまぁ〜

 広すぎる玄関に、奈津女の声が響いた。

奈津女:………
    (ヘンだな…)
    (気配が…無さ過ぎる…)

 奈津女は体の動きを1ミリ以内に静止させ、一瞬で眼球の動きのみを駆使し、前方
240度分の警戒を終える。

奈津女:(近くには……居ない)

 玄関をくぐった奈津女の正面には今、板張りの廊下が真っ直ぐと30メートルほど
伸び、その先は『日村家の道場』へと繋がっている。

奈津女:(………お父さんかお兄ちゃんか解らないけれど…)
    (ここまで気配が無いのは逆に異常……。ワザと消しているとしか思えない
     ………)
    (学校終わって早々、稽古ってこと……?)

 奈津女は『おそらく何者かが潜んでいるであろう道場』へと歩みだした。
 どの道、彼女の部屋は道場を越えた先にある。…選択肢は無い。それに……。

奈津女:いーかげんにしてよねッ!!
    あたしは学校に通ってるの!ヒマじゃないの!!わかる?!
    稽古稽古って…、疲れてるんだからもう少しタイミング考えてよっ!!

 ………

奈津女:なによ…だんまり?
    人の気配が無いよ?逆に不自然なくらい!いるんでしょ!?

 ヒュッ……

奈津女:ッ……!

 バシッ!

奈津女:ひゃっ……!!

 ドタッ…

 道場に入るなり叫んだ奈津女の足を、何かが強烈にすくった。
 奈津女は純白の下着がモロ見えになるほど無様に転倒した。

奈津女:痛っ…たぁ〜……

  男:くくくっ……精進が足らんな、我が妹よ
奈津女:お…にいちゃん………

 つい先程まで何も存在しなかった目の前の空間には、忍装束を纏った男が立ってい
た。一般社会に生きる人間であれば、にわかに信じられない光景である。
 奈津女は男をキッと睨みつける。

奈津女:疲れてる妹をイジめて、な〜にが精進…
 老人:馬鹿者!!才蔵の言う通りぞ!!
奈津女:う……お父さん……
 老人:敵がお前の疲れを気にしてくれるか?
    寧ろ、消耗している時こそ機とするのであろう?
奈津女:(…ウザったいよぉ〜…)
 老人:この源劉斎、半月睡眠を禁じた時すら、敵はおらなんだわ!
 才蔵:父上…さすがにございます
奈津女:お父さんみたいな超人と一緒にしないでほしいわねっ
源劉斎:お前たち二人は、その超人の血を引くもの…ぞ
 才蔵:………
奈津女:………

 日村源劉斎。
 現在、『忍』の技が長い歴史の中で衰え行く中、昔に名を馳せた影の偉人達と遜色
無い技を持つ、唯一人の男である。

源劉斎:のぅ…奈津女
奈津女:……?
源劉斎:お前も、この日村の一族であることは不変の事実じゃ…
    驕る訳ではないが、優秀とされ、この血を妬む者も少なくは無い…
    命を狙われる身でもあるという事だ…
 才蔵:………
奈津女:…だから?
源劉斎:才蔵、相手をしてやれ
 才蔵:承知
奈津女:ちょッ…!!

 ブワッ…!

奈津女:……ッ!

 一陣の風が舞ったかと思うと、奈津女の前から才蔵が消えた。

奈津女:ったく…しょーがないなぁ…
    じゃあ、あたしが勝ったら、今月のお小遣いお兄ちゃんの分も私のものね!
  声:それは負けるわけには行かぬな…俺が勝ったら、どうしてくれるのかな?
奈津女:さぁね〜?それより、声しか聞えないわよ?
    日村才蔵ともあろうお方が、こんな女子高生がコワイのっ!?
 才蔵:奈津女…
奈津女:ヤバ…っ!!

 ガッ…

 突然後ろから声がしたかと思うと、奈津女の首に、才蔵の鍛え抜かれた腕が絡みつ
いた。そう、いわゆるチョークスリーパーの体勢に入ってしまったのである。
 しかし……

 才蔵:フッ…咄嗟に腕を入れたか、我が妹とあらば、少なくともそれ位でなくては
    いかぬ
奈津女:んぐッ…!えっ…!エラソーなのよ、私よりほんのちょっと上って位で〜!
 才蔵:さて…お前を料理する前に、先程の問いに答えてもらいたい
奈津女:くっ…!…問い?なんだっけ
 才蔵:俺が勝ったら、お前が何を捧げるか…だ
奈津女:そんなに私に勝つ自信あるなら、何か巻上げるなんて考えないでよっ!!
 才蔵:勝負とは、過酷でこそ意味のあるものだとは思わないか?
奈津女:うぐっ…苦し…は〜な〜し〜て〜よぉ〜!!
 才蔵:ちっ…よく暴れる

 バタン!ガタッ…!

 奈津女は必死で体を動かしてもがいた。
 才蔵の鍛え上げられた腕に掴まっては、奈津女といえど外す事は不可能。
 …の筈であったが…。

奈津女:(……?なんかカタいものが…)

 奈津女は、自分のお尻に、何かカタいモノが当たっている事に気が付いた。

奈津女:(ちょっ…!?コレって…お兄ちゃんの…!!)
 才蔵:くッ…おい、無駄だ!そんなに動くな!!

 後ろから首を絞めたまではいいが、奈津女があまりに動くもので、奈津女のお尻が
無意識に才蔵の男の部分を擦っていた。その所為で、才蔵は不覚にも勃起してしまっ
たのである。奈津女を押さえつける力も、つい弱ってしまっている。

奈津女:(………)
    (イヤな感触に、危うく悲鳴上げちゃうところだったけど…)
    (コレの状況を利用して、逆転できるかな…?)

 奈津女も日村家の血筋を引く者。
 勝利するための道を割り出すため、頭が自然と回転する。そして、今、奈津女の頭
をよぎったのは、天真爛漫な親友の言葉であった。

 『奈津女、それでも『くノ一三年』?!
  習ったでしょッ!?男のタマなんてねぇ!くノ一から見たら格好の的なの!
  痛みが分からないから思いっきり蹴飛ばせるんじゃない!
  タマは神サマが私達女のために、男につけた弱点!』

奈津女:(…男のヒトの急所……か)

 ゴソゴソっ…

 才蔵:っ……

 奈津女は先程までは無意識に行っていたお尻の動きを、意図的なものに変えた。才
蔵の股間に、強弱をつけてこすりつける。
 才蔵は、妹が意識してそうしているとはつゆ知らず、ただただ、気持ち良くなって
いき、男の性故に意識がそちらへと移ってしまう。結果、才蔵の戦いの念は次第に煩
悩に支配されていった…。

奈津女:私が負けたら…お小遣いあげちゃうのはキツいから…
 才蔵:…?
奈津女:体で払うってのはどう…?
 才蔵:なっ!お前何言って…!
奈津女:男のヒトって…兄妹でも…別にいいんでしょ?
 才蔵:………

 ほんの一瞬。才蔵は奈津女の裸体をイメージしてしまう。
 そして、その体を貪る自分の姿を…。

奈津女:スキありぃっ!!

 バンッ!

 才蔵:あぐゥッ!!

 才蔵の体に、力がガクリと抜けてしまう程の激痛が走った。
 奈津女が一瞬の好機を逃さず、お尻を才蔵の局部に強烈に叩き付けたのだ!
 完全に直立してしまっていた才蔵の陰茎は、最大の急所である睾丸を一切守らなか
った。

 ボスッ!

 腕が解けたところへ、奈津女はダメ押しに、才蔵の股間めがけて踵を思い切り後ろ
へ蹴り上げた。

 才蔵:ぁ……

 ドタッ…

 才蔵はもの凄い音をたてて、道場の板に膝をついた。
 男にしか解らぬ強烈な痛みに悶え、背を丸くして呻くだけだった。
 それもそのはず、加減のわからぬ奈津女は、その辺の男ならば泡を噴いて失神する
か下手をすると死んでしまうほど思い切り蹴り上げたのだから。

 あまりの痛がり様に、奈津女は少しうろたえそうになったが、ここで下手に出ると
才蔵にまだ戦意があれば流れが悪くなると思い、敢えて威圧の眼差しを維持した。

奈津女:……痛い?お兄ちゃん
 才蔵:おぐぅゥ……な…奈津女…、お前何てことを…

 才蔵は生死の境の中、父、源劉斎の方を一瞥するが、奈津女の行為に感心すらして
いるようであった。

奈津女:お父さん、あたしズルいかな?
源劉斎:愚問ぞ。卑怯な事などあるものか
    色仕掛けによる隙の誘発に、男子最大の急所たる『金的』への集中攻撃…
    くノ一らしい、天晴れな手前であった
奈津女:でしょ〜♪
源劉斎:それに引き換え、才蔵…
    修行に明け暮れ、女に免疫がないとはいえ、実の妹の色仕掛けに惑う様では
    先も危ういというものだ…精進するのだな
奈津女:精進するのだなっ
 才蔵:くっ…!

 才蔵は股間を押さえて丸くなったまま、涙目で奈津女を睨みつけるが、まだ痛みの
せいか立ち上がることすら出来ない様子である。

奈津女:さ…お兄ちゃん、降参すればぁ?
    ソコ…痛くてもう無理でしょ?…解らないけど
 才蔵:…ふ…フン!運良くタマに蹴りが入って調子に乗ってるのか?
    女にゃ解らないだろうが、割と平気なものなのだ
奈津女:………

 才蔵は、無様な格好のまま負けを認めたくないらしく、余計な強がりを言った。
 早く終わりにしたい奈津女には、その情けなさが堪らなくイライラするのだった。
 学校生活では可憐な筈の奈津女の眼が、一瞬ぴくっとつりあがる。

奈津女:ふーん…、脂汗なんか出して随分イタそーだけど……あっそ

 ドカッ!

 才蔵:ぐっ!!

 奈津女は、丸くなっていた才蔵の胸板を強烈に蹴り上げ、仰向けにした。

奈津女:おりゃっ!!

 それだけではなく、奈津女は才蔵の足を持って、間髪入れずに才蔵の頭の方へ回り、
足を自分のふとももで押さえつけた。
 才蔵は『逆コの字』…、俗に『チンぐり返し』と呼ばれる型に固められてしまった
のである。

 才蔵:な…なんだ…?間接技のつもりか…?ははは!これじゃ痛くないぞ?

 確かに今の体勢ではどこも痛まない。ただ身動きが取れないだけである。
 だが、才蔵は次の奈津女の行為に、顔を青くし、言葉を止める事となる。
 『覚悟は出来てる?』そう訴えてかけてくるような眼差しの奈津女の手が、ゆっく
りと露骨にさらされた自分の股間に伸びて来たのだ!

 才蔵:まさか…!やめッ…ひッ…!!

 ぎゅっ…

 才蔵:はゥぐッッ!!

 なんと、奈津女が目の前にある才蔵の睾丸を握りつけたのだ。
 そう、この兄に二度と自分にちょっかいを出さないよう、徹底的に体に覚えさせる
事を決意したのだ。
 そしてこの瞬間は、一人の天使のような女子高生が、男の急所を狙う無邪気な小悪
魔へと変身を遂げる瞬間でもあったのだった。

奈津女:あれ?まだ、全然力入れてないけど…?そんなに痛いかな?
 才蔵:うぐぐぅ〜…離…じて……
奈津女:割と平気なものなんでしょ?演技かもしれないし…離すの怖ぁ〜い

 ぎゅううぅぅぅッ!!

 才蔵:はうっ…!アッ…ぐぎ…ぎぅッッ…!!

奈津女:あたし、痛み解らないからどんどん力入れちゃうけど…
    ツブれちゃったら…ごめんね、お兄ちゃん♪

 ぐぐっ…!

 才蔵:ひあァァァァぁああッッ!!!
    あぐヒぃッ!!ぎハぁぁぁああぁ!!!
奈津女:うるっさいなぁ〜…効いてないんでしょ?演技はもういいよぉ
 才蔵:ぐひぃッ!!痛ッぐ…!エンギ…じゃな…

 ギュウウゥゥッッッ!!!

 才蔵:ギャああぁあぁーーーーーーーッッッ!!!
奈津女:………
    ぷっ……!あはははははっ……!!
    ヒッドい顔っ!!上手上手!お兄ちゃん役者になれるよ!忍辞めたらぁ?
 才蔵:ぅ……ぐぶ………

 才蔵は気を失いかけていた。
 奈津女も馬鹿ではないのでどのくらいの力で握るとどれ程のダメージがあるのか感
覚が掴めてきていたので、才蔵の睾丸が潰れない程度に調整している。
 しかし、それが逆に生き地獄を創り上げていた。

源劉斎:奈津女よ……完全に勝負あった、終わりじゃ
    その状態から男に起死回生は無い
奈津女:え〜……なんかそれ言われると、さすがにお兄ちゃんをヒイキしてるように
    思えて悲しくなっちゃうなぁ〜
源劉斎:贔屓などではない…
    それに、奈津女よ。お前はその手で日村の子孫をヒネり潰すつもりか…?
奈津女:……あたしは構わないけど
源劉斎:さぁ、お前の勝ちじゃ……才蔵を解放してやれ
 才蔵:うぁ……うぅぅ……

 才蔵は眼に涙をためていた。顔は青ざめ、殆ど死人に近い状態にも見える。

奈津女:(この辺りで許してやるかぁ………)
    (それにしても、男の人のココってホンッットに効くのねぇ…)
    (蓮花が男子に恐れられるのも無理ないなぁ〜……ははは…)

 青い顔で下唇を震わせて、完全に戦意喪失したと見える実の兄に、奈津女はやっと
優しく声をかけることにした。

奈津女:じゃあ、手ぇ離すけど……
    約束通りお小遣いは貰っちゃうからねぇ〜?

 最後に奈津女は、本当に小遣いを奪う気は無かったが、瀕死の兄に冗談を送った。
 そして遂に、兄を男の痛みから解放してやろうとした刹那……。

 才蔵:ゥぐ……キ○タマ握るヘンタイ女に払う金など無いわ………!

 男は発言を誤った……。

奈津女:あ〜〜〜〜っそ………

 すぅっ……と奈津女が冷めた眼で空気を吸い込む…。
 才蔵はその殺伐とした空気を読み取り、己がどれ程愚かな選択をしたか後悔した。
 ……が。後悔は先に……立たず。

奈津女:つぶれちゃえぇぇぇぇぇッッ!!!
    バカぁ〜〜〜!!!


ギュムゥウウゥゥゥゥッッッッ!!!

才蔵:ギぃィィやあァァぁああッッ!!!
   ああああぁァァぁああぁーーー!!
   あッ!!ふぐぁぁぁああぁ!!!


奈津女:あたしのお尻がこすれて、コカン膨らませてたエロ馬鹿にヘンタイ呼ばわり
    されたら潰すしかないでしょーー!!?

 ギリリッ…ギチッ……!!

 才蔵:ハぎゃああぁあぁーーー!!ぶっ!ゥぎっ!!おごオぉぉォォォォッ!!!
    はッ……!離ッッ……!!
奈津女:いーーやーーーだっっ!!離さないッ!!死んじゃえっっ!!
 才蔵:ぶぐぐぐ……ぐ…だ…、父上………だす…け………
    ………………

奈津女:…はっ!!
    げ……ちょっ…!あ…ちょっと?!お兄ちゃん!?
 才蔵:………

 才蔵は死んだような顔色になり、白目を充血させ、大量の泡を噴いている。
 源劉斎が眉間にしわを寄せ、痛々しい表情を浮かべ、才蔵の股間を軽く掴んだ。

奈津女:あっ……あの…その………大丈夫…?
源劉斎:………
奈津女:つっ……潰れて…ない?
源劉斎:………
    なんとか………といったところか。だが、5倍くらいに腫れ上がっておる…
    九死に一生とはこの事だな……完全に気絶しておる………
奈津女:ごっ……ごめんなさい……あたしったら……
源劉斎:…まぁ良い。才蔵も死んだわけではない、ギリギリだがな
    それに、ここまで容赦無く『睾丸』を痛めつけた経験は、今後『くノ一』と
    して精進するにあたって、大きな糧となるであろう……
奈津女:………
    (たしかに……コレは女のあたしには想像もつかないくらい有効だったわ)
源劉斎:才蔵を玄武の間で寝かせてやれ、装束も脱がせて、睾丸を冷やしてやるのだ
    ぞ、それくらいの介護はしてやるがいい
奈津女:え…えぇ〜………年頃の乙女にそんなコトさせるのぉ〜…?
源劉斎:この才蔵の悲惨なまでの睾丸の姿は、その年頃の乙女が引き起こしたもので
    はなかったかな?
奈津女:はいはい……わかったよぉ…

 源劉斎は天井を一瞥し、ゆっくりと視線を正面へ戻すと、威厳ある足取りで道場を
後にした。

………………

………………

………………

 ??:……なかなか見込みのあるコね……
???:そうかぁ…?確かにあのスゲー剣幕の『タマつぶし』は評価できるけどな、
    アタシやオマエ程じゃないだろ、ユン?
 ユン:それはそうだが、忍術という武器も兼ね備えているようだ
    もしかするとスピードでもクレアといい勝負をするかも知れないぞ
クレア:アタシとぉ〜!?言い過ぎじゃね〜の、ソレ?
 ユン:どちらにせよ他に候補も居まい。決まったようなものだ
クレア:……フン。ま。ユンの眼なら信じてやってもイイかな
    日本の『忍』なんて胡散臭ェったらねェと思っちまうんだけどな
 ユン:そうでもないようだ
    少なくとも、あの源劉斎とかいう老人は屋根の上の私達の存在に気づいた上
    で見逃してくれていたようだ
クレア:げ……ホントかよ。ってかユン、オマエ何でそんなの解んの…?
 ユン:そういう修行を積んできたからだ
    良いではないか。クレアは代わりにパワーとスピードがあるのだ
クレア:フン……じゃ、ズラかるかね
 ユン:…ああ


 2ヵ月後……。

 オーロラに、たった三人の女性チーム『ヴァルキリー』が誕生した。


                                                    〜 Episode - Natsume  END 〜


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