行政特区事件ののち、相次ぐテロやゼロの進撃によりブリタニア軍が壊滅状態に瀕しているという設定です シュナイゼルさまはエリア11にいます そのほかいろいろと捏造設定が氾濫していますが、OK、大丈夫だという方のみスクロールしてどうぞ 約束 シュナイゼルは、第二皇女コーネリアに呼び出され、彼女の私室の前に立っていた。 何用だろうかと思案しながらドアを開けると、そこには見慣れた妹が立っていたが、彼女の目は真っ赤になり、まぶたは腫れていた。 「どうしたんだい、コーネリア姫」 シュナイゼルは驚きを隠せない様子で、そう尋ねた。 彼女――コーネリア・リ・ブリタニアは、すがるような目をして、こう言った。 「兄上……兄上から預かったあの、実験適合生体のことなのですが」 「ん? ああ、ジェレミア・ゴットバルトのことかい? あれがどうかしたのか?」 コーネリアは言葉を選ぶように少し沈黙してから、 「……わたしは、もう、あれを、手元に置いておきたくないのです」 そう、言った。シュナイゼルは驚きながらも冷静に返答した。 「何故だい? あれが何か失礼なことでもしたのか? だが脳の損傷が激しく、知能の回復は望めないとバトレーが……」 「そういうことではないのです。その……お恥ずかしいことなのですが、」 コーネリアは一瞬間間をおいて言った。 「あれを……あの純粋な、子供のような瞳を見ていると、幼い頃のユフィを思い出すのです」 シュナイゼルはうつむくコーネリアを見つめた。少しやつれているようだ。 彼女は幼少の頃からユフィを溺愛していたな……とシュナイゼルは思い出す。 ユフィの突然すぎる死には、シュナイゼルも戸惑いを隠せないでいた。 コーネリアにとっては、もっと受け入れがたい事実だろう。 そして、言われてみればあの実験適合生体の瞳は、……確かに、幼少の頃のユフィを思い起こさせる。 今までずっと、どこかで見た気がする光を帯びた目だと、シュナイゼルも思っていた。 かつてブリタニア軍純血派を束ねた「ジェレミア・ゴットバルト」という個人とはまた別の、そう、子供のような目だと。 「そう……、それならば仕方がないね」 しばらく考えてからシュナイゼルは言った。 「あれの面倒はわたしが見よう。君の手はもう煩わせないよ」 「わがままを言ってすみません、兄上……」 「いや、こちらこそ、つらい思いをさせてすまなかったね。用事はそれだけかな?」 「はい」 力強い彼女の返答を聞いてから、シュナイゼルは部屋を辞した。 (さて……) シュナイゼルは広い廊下を歩きながら、ひとつため息をついてから、「彼」の純真な笑顔を思い出しながら、こう考えた。 (わたしは、どうすればよいのだろうか) 正直なところ、わが軍にはもう余裕というものがないのです、殿下。 バトレーが沈んだ調子でそのように言ったのは数週間前のことだ。 先日の行政特区……そして合衆国日本の一件以来、ブリタニア軍はすっかり以前の威厳を失ってしまった。 実験機と実験適合生体の管理ができる余裕すらも、もう残ってはいない……。 「彼」を切り捨てなければ軍が立ち行かない事態が起きているのだ。 余裕のない軍の中でも、まだ以前の威厳を確固として残しているコーネリア軍にいれば、 「彼」のことは安全だと、安泰だと思っていたのに……そのコーネリアは 「彼」をシュナイゼルに返すという。その理由はいたし方のないものだった。うなずかざるをえないものだった。 すでに人の形すら失った「彼」と、自らの妹にして第二皇女のコーネリア……どちらが大事かなんて、常識で考えれば歴然としている。 自分は正しい選択をしたはずだ。それが「彼」に対する裏切りであったとしても、自分は享受しなければならないのではないのか? そう自分に何度も言い聞かせてシュナイゼルは自室の椅子に座りながら、呆然と考えていた。「彼」……ジェレミアと話した日のことを。 ジェレミアはシュナイゼルが訪ねてくるたびに笑顔で迎えてくれた。研究員や軍の人間からいい扱いを受けていないのは明らかであるのに、 そんなことを微塵も感じさせないくらいに嬉しそうにシュナイゼルと会話をした。他愛もないことばかりで、何を話したかなどほとんど記憶にない。 知能が足りないジェレミアの言語は不自由だったけれど、それが会話する上での障害になることはめったになかった。 そして、シュナイゼルはジェレミアとある約束をした。 『幸福にしてあげる』と。 『もう眠りながら涙を流すことのないようにしてあげる』と。 何故自分がそんなことを言ってしまったのか、今ならばわかる。 シュナイゼルはジェレミアに、純粋な目をした哀しき実験体に、惹かれていたのだ。 大人の体に子供の心を持った実験適合生体。 その無垢な瞳にコーネリアは昔の実妹の姿を重ねたが、シュナイゼルはその瞳に憧れと羨望と、そして慈愛の念を抱いた。 だからこそ……今、シュナイゼルはそのような口約束をしてしまったことを後悔していた。 約束が守れないと知れば、きっと彼は傷つくだろう。ただの約束ではない。 彼にとってシュナイゼルは、唯一の希望の光であるに違いないのだから。 そのシュナイゼルがジェレミアを見捨ててしまったら、ジェレミアはきっととてつもない悲しみに暮れることになるだろう。 シュナイゼルも、ジェレミアを失いたくないと、切り捨てたくないと、今確かに心から思っていた。 どんなことをしてでも彼を幸せにしてやると、誓ったはずだったのに。 自分には彼を必ず幸せにする力が、権力があるはずだったのに。 何故、何故今、運命は彼との別れを迫るのだろう。 シュナイゼルはゆるゆると力なく首を振った。自分は、自らを、そしてブリタニアという国を過信しすぎていた。 それがいけなかったのだ。 軽々と「幸せにする」なんて約束をしてはいけなかった。希望を、与えては駄目だった。 「くっ……わたしは、無力だな」 自嘲気味に笑って、シュナイゼルは立ち上がった。 「彼」に、ジェレミアに、謝りに行かねばならない。 そして、別れを告げなければならない。それによって自分がどんな痛みを感じるとしても、もう、そうするほかに道がないのだ。 「でんか!」 部屋に入ってきたシュナイゼルの顔を見て、ぱあっと、花が咲くように、ジェレミアが笑顔になった。その笑顔が胸に突き刺さる。罪の意識で、頭がどうかしてしまいそうだ……シュナイゼルはそう思った。 たったった、とジェレミアが走り寄ってくる。 「でんか、どうしたでした?」 心配そうにジェレミアが首をかしげる。 「どこか痛いでした?」 「どこも痛くはないよ。ありがとう」 シュナイゼルは無理に笑ってから、勇気を振り絞ってこう切り出した。 「ジェレミア。きみに、謝らなければならないことがあるんだ」 「ごめんなさいする、でした?」 「ああ。この間の約束、覚えてるよね? 幸せにしてあげる、って言ったこと」 ジェレミアがこくりとうなずく。 「あの約束……守れなくなってしまったんだ」 ジェレミアはきょとんとしていた。何を言われたかわからない、そんな表情だった。 「やくそく。でんかは守ったでした」 「え?」 シュナイゼルは予想しなかった言葉に戸惑って聞き返す。 「でんかはわたしといっしょにたくさん、おはなししたました。わたしはとっても、」 ジェレミアが満面の笑みで、言った。 「しあわせになったでした! ありがとうしてるでした!」 涙があふれてくるのをシュナイゼルは抑えることができなかった。 (わたしは……わたしは……なんて愚かなのだろう) シュナイゼルは嗚咽をこらえながら思った。 (ジェレミアが何をしたというのだ。何も……少なくともこの「彼」は、軍人でも、人ですらない「彼」は、何もしていない、ただの被害者ではないか!) 「でんか……? どうして泣いてるでした?」 ジェレミアが不安そうにシュナイゼルの表情をのぞきこんでくる。 「ジェレミア……すまない……」 シュナイゼルは涙をぬぐいながら言う。 「本当に……すまないっ……」 ジェレミアは何か思案しているようだったが、すぐに、 「でんか。おすわりして、でした」 まじめな表情で、そう言った。 シュナイゼルは一瞬迷ったが、言われたとおりその場にかがんだ。 ジェレミアが一歩近づいてきて、上からシュナイゼルの体を力強く抱きしめた。 「……!ジェレミア…?」 「ぎゅってしたら、なみだ、なおるました」 ジェレミアが耳元でそう言った。 シュナイゼルは、泣き笑いのような表情を浮かべて、 「ありがとう」 と言った。 心の底からの、有り余るほどの感謝の言葉だった。 何度言っても言い足りないほど、彼の言葉に感謝していた。救われていた。許されて、いた。 彼の体(特に機械でできた半身)は冷たく、熱は伝わってこないけれども、彼の温かさは十分、シュナイゼルに伝わっていた。 (ああ、ジェレミアは、こんなに醜い心を持ったわたしでも、愛してくれる。抱きしめてくれる) そんなふうに思いながら、シュナイゼルはぎゅっとジェレミアの体を抱きしめ返した。 「……ありがとう。わたしは、きみに救われた」 別れを告げる前に、シュナイゼルはそう言って、にっこりと機械の半身を持つ彼に微笑みかけた。 それに対して、ジェレミアが微笑みを返してくれる。 それだけで、わたしはきっと幸せになることができるのだ。 そんなふうに、シュナイゼルは思った。 070603 ツッコミどころ満載です。ええ、ガンガン突っ込んでくださってかまわない感じで。 というかこれは捏造通り越してパラレルなんじゃねえの?というツッコミが一番的確かと思います。 今までのSSの中で一番自己満足率高い話です(笑)。書いてる間すっごい楽しかったです。 中途半端なところで切っちゃいましたが、このあとは殿下がジェレミアを戦場に送り出して死別エンドとか、 軍や研究所で管理しきれなくなったという理由でジェレミアが抹殺されちゃったりとか、 そんな感じの哀しいエンドしか思いつかなかったので自粛しました。 だってジェレミアには幸せになって欲しいんだ……もん……とあくまで主張しま……す……。 |