ちょっと精神系な話です。大丈夫!という方はスクロール




















驚くような裏切りは、当然

あの男の橙の目が、怯えたように自分を見ている。
それだけのことなのに、何故こんなにも心が乱れて仕方ないのか、自分はもうわかっているはずだった。 だが、今改めて思うと、自分は何一つわかっていなかった。彼の汚名に関する真実も、彼の苦しみも、彼の気持ちも。聞こうとも しなかった。考えようともしなかった。それは何故か? 信じたくなかったからだ。彼が犯 した失態を、その事実を全て否定だったからしてなかったことにしてしまいたかったから。それについて考えることすら嫌だったから。
だが本当は、自分は聞いてやるべきだったのだ。かつての友の言葉を、たとえ苦しい言い訳だとわかっていても、適当にあしらわずに聞いてやればよかったのだ。


その事実に気づいたのは、埼玉での作戦の次の日のことだ。軍会議を無断欠席したジェレミア・ゴットバルトに苛立ちながら、キューエルは廊下を歩いて更衣室へ向かっていた。
「あれだけ失態を晒し、純血派を地に落としておきながら、今度は無断欠席だと?ふざけるのもいい加減にしろ……!」
キューエルはそう呟きながらロッカールームに足を踏み入れた。苛立たしげに自分のロッカーの鍵を開け、着替え始めようとした。そのとき、
ガタッ
と隣のロッカー――ジェレミアのものだ――から音がした。
「何だ……?」
キューエルのその言葉に反応するかのように、ガタッとまた音がする。微かにだが、確かに何か怪しい物音がしている。
「あの男、猫でも入れているのか……?」
それこそ罰則ものだ。オレンジめ、また余計なことをしでかしたのか……そんな風にイライラしながら隣のロッカーを見やると、鍵はかかってはいるものの、そこについたままだった。
「無用心だな……」
キューエルは迷わず鍵を捻って扉を開けた。そのとき、ドサッ、という音を立ててキューエルの肩に重いものがのしかかってきた。
「なっ……」
驚いてそこから退くと、大きな音を立ててそれは床に突っ伏した。
それは人間だった。
それもこのロッカーの主、ジェレミアだった。
幸い息はあるようだが、気絶しているようだ。手足を縄できつく縛られ、目隠しをされている上、パイロットスーツのままである。手足や顔はところどころ大きく腫れていて、痛々しいことこの上ない。
昨日作戦から帰ってからすぐに、何者かにリンチを受けたのちにここに閉じ込められていたようだ。
キューエルはそこまで考えてから、ジェレミアが本当に生きているのか確認しようと、
「おい、オレンジ!しっかりしろ」
そう言いながらジェレミアの体を揺さぶった。
ジェレミアの体ははぐったりとしていて、全く反応しない。
キューエルは手足を縛る縄を自前のナイフで切って解いてやり、目隠しを解いてやった。
「おいっ、誰にやられた?! いつからここに閉じ込められていた?! 答えろ、オレンジッ!」
「う……」
ジェレミアの顔が――おそらく苦痛で――歪んだ。ジェレミアの指先がぴくりと動く。
良かった。生きている。
その事実にこれ以上ないくらいに安心した自分に、動揺した。
オレンジなんて死ねばいいと思っていたはずなのに?
何故安心しているんだ、自分は?
「おい、オレンジ、私だ、キューエルだ。わかるか?」
キューエルはできるだけ優しくそう語りかけた。
「お……れん……じ……」
ジェレミアはそう反芻したのち、小さく震えだした。
「わたしは……お、お、オレンジ、じゃ、……な……」
「おい、オレンジ? 大丈夫か?」
ジェレミアの顔が恐怖に歪んだ。
震える肩、見開かれた目……様子がおかしい。
「殺さないでくれ……わたしは……オレンジ、じゃ、……」
「おい」
「痛い、痛い、痛い……たすけ、て、……くれ…」
ジェレミアの体が小刻みに、痙攣するように震えている。
暴力による恐怖を続けて与えられたことによる、一時的なトランス状態だ……キューエルはそう分析しながら戦慄していた。
一人の軍人を、こんな状態になるまで追い詰めた誰かは、おそらくキューエルと同じ純血派の同志たちなのだ。
そしてそれは、一歩間違えば、キューエル自身であったかもしれない。
その事実が、キューエルを何より動揺させていた。

確かにキューエルはジェレミアを殺そうとした。身内の恥を雪ぐという名目の元に。
だが……今はもう殺意は消えている。というよりも、自分の中でいつのまにか、ジェレミアを殺したいと思う理由が曖昧になってしまった、といった方が早いか。こんな風にジェレミアに心傷を負わせたいとか、ジェレミアを殺さずにリンチにかけたいなんて考えたこともなかった。

純血派の同志である何者か(おそらく複数だろう)は、ジェレミアのせいで自分たちの出世が絶望的になってしまったことが許せなかったのだ。こんな犯罪行為に及んでしまうほどに、その感情は強かった。その怒りの矛先はジェレミア以外のところへは向けようがない。そもそもの元凶であるゼロはどこにいるのかはおろか、本名すらわからないのだから。
けれど……これは間違っている。こんなのは、粛清でも何でもない。ただの暴力であり意味のない私刑だ。卑怯だ、そうキューエルは思う。四人がかりでジェレミアを倒そうとしたキューエルも確かに卑怯かもしれない。だが、これは度を越しすぎている。やりすぎだ。
キューエルは犯人に対して怒りを覚え始めていた。一度ジェレミアを排斥しようとした自分には怒る資格などないと言い聞かせつつも、許せないという気持ちの方が先に立った。
犯人を捕まえてやる。
そのためには、まず、ジェレミアから犯人を聞き出さねばならない。
ジェレミアを、正気に戻してやらなければ。
「おい、ジェレミア」
よく通る声でキューエルは言った。
ジェレミアの震えが止まる。
「キュー……エル?」
ジェレミアの橙の瞳が怯えたようにキューエルを見る。
「正気に戻ったか? お前をこんな目に合わせた奴らはどいつだ。わたしがそいつらに報復してやる。言うんだ」
さらさらと「報復」という単語が出てきてしまう自分に、キューエルは驚いていた。何故自分が、オレンジの為にそこまでする必要がある?
そう自問しても、答えは出なかった。
言うんだ。
そうもう一度言われて、ジェレミアは目を伏せた。
「言えない」
と、ジェレミアはぼそりと言った。
「言えないだとッ……何故だ、ジェレミア……!!」
「今そいつらの名前を持ち出しても、お前が報復をしても、わたしが無様な目に遭った事実は消えない。だから、言えない。でも」
ジェレミアは無理に笑った。作り笑顔を、浮かべた。
「ありがとう、キューエル。わたしの為に、そこまで熱くなってくれたのは、ヴィレッタとお前だけだ」
「……ッ。この、馬鹿がッ……」
キューエルはギリッ、と歯噛みした。 ジェレミアは何事もなかったかのように立ち上がろうとしたが、足に打撲を負っていたらしく生まれたての小鹿のように足を震わせ、壁に手をやってようやく立った。
「そんなよぼよぼの格好で何処へ行く」
キューエルが尋ねると、 「今朝の会議をサボってしまったからな。その侘びを入れにいく」
さらりとそんな答えが返ってきたので、キューエルはまた歯噛みして、言った。
「馬鹿。そんなものはわたしが代わりに行ってやる。お前は早く病院か医務室へ行くんだ」
「だが……」
とあくまでジェレミアが固辞しようとするので、キューエルの中で何かがプツリと切れた。
「この、馬鹿ッ……」
キューエルはふらついているジェレミアの体を抱きかかえ、強引に顔を自分の方に向かせて唇を重ねた。
「………んんっ!?」
ジェレミアは目を見開いて驚き、抵抗しようとしたが、キューエルはその弱弱しい力での抵抗など無視して、更に深くキスをした。
「ん…ぅ……」
ジェレミアの頬が赤く染まるのを見届けてから、キューエルは顔を離した。

「ざまあみろ、頭を冷やせこの馬鹿。とりあえず着替えろ」

そう吐き捨てて、キューエルは自分のロッカーに向かった。
ジェレミアがそのときどんな表情を浮かべていたか……キューエルは知りたくてたまらなかったが、振り向かずに黙々と着替えに専念することに、した。
「………くっ」
そう悔しそうに言うジェレミアの声が聞こえたので、キューエルは少々勝ち誇ったような気分で、着替えを続行した。
いつのまにか、心の中の霧が晴れていた。何故だろう、自分で自分の気持ちを裏切ったような気がした。後ろめたい裏切りでなく、正々堂々とした正しい裏切りであるような、そんな気分だった。

07/01/17




ジェレミア精神崩壊編です。

わたしの中のジェレミア愛がどんどん変な方向にいっててもうジェレミアかわいそうだからやめてやれよーと自分に言い聞かせながらも、こんなことになってしまいました。こんな歪んだ愛ですが一日のうちの思考の八割はジェレミアのこと考えてます多分。寝ても覚めてもジェレミア卿。たまにキューエルとクロヴィス殿下とシュナお兄様。あとセシロイセシなんかもいいなあと思ってます。