痾 2

キューエルは今再びゴットバルト家の前に立っている。何故か? あれから三日が経過するにもかかわらず未だに軍に顔を見せないジェレミアを叱責するためだ。他に理由などない。そう、理由などないのだ。
チャイムを押すと例によってメイドが出てきて、ジェレミアの私室へとキューエルを案内した。
扉を開けると、そこにはベッドの脇の椅子に腰掛けたヴィレッタだけがいた。ベッドの上にいたはずのジェレミアの姿はない。
「キューエル卿」
ヴィレッタは少しやせたようだった。付きっ切りでジェレミアの世話をしているのかもしれない。
「ヴィレッタ卿……オレンジはどうした?」
「病院へ行かれました。わたしもついて行くといったのですが、一人で行けるとおっしゃられたので」
「病院へ? 一人でか? 大分回復したようだな」
「そうでもありません。まだふらふらの状態だったので杖をついて行かれましたし……」
ヴィレッタは心底心配そうだった。キューエルは話題を変えることにした。
「ヴィレッタ卿。君には一つ聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
「何故、そこまでオレンジに忠誠を誓う? 君にはもっと他の道だってあるはずだ。立身栄達が目的ならば、落ちぶれたオレンジなど見捨てた方が良いと思うぞ。純血派の未来のためにもな」
ヴィレッタはこの質問に少なからず戸惑ったようだったが、暫しの沈黙ののち、
「……ジェレミア卿を尊敬に値する人物だと思っているからです」
と答えた。
「本当にそう思うのか? 確かに奴のナイトメアフレーム騎乗者としての腕・嗅覚はすさまじい。だが今、純血派ナンバーワンの座も、辺境伯としての地位も失った奴は、ちょっと腕がいいだけのただのパイロットでしかないんだぞ。しかも前線に出してももらえぬ存在する意義のない……」
その台詞をヴィレッタが遮って言った。
「ジェレミア卿を侮辱しないでください。わたしはジェレミア卿が従うに値する人間だと思うから従っている、それだけです」
「……ふん。健気だな」
キューエルはそう鼻を鳴らした。
ヴィレッタの眉がぴくりと動いた。ヴィレッタは言った。
「失礼ですが……貴公は何故今日ここへ来られたのですか」
「いつまでも軍に顔を出さぬ脆弱者を叱咤するためだ」
キューエルはさらりと答えた。ヴィレッタもさらりと問い返した。
「本当に?」
……本当に?
キューエルはその短い問いに酷く動揺する自分に気づいて戸惑った。
自分がここに来た本当の理由は……
オレンジを殴りたかったから? 違う。
オレンジを叱責するため? 言われて考えてみると、それも建前でしかないような気もする。

「キューエル卿……貴公は自分の気持ちに気づくべきなのではありませんか?」

ヴィレッタのその言葉でキューエルは余計に混乱した。
自分の気持ち?
何だそれは。自分の、オレンジへの気持ち?
殺したいほど憎い。
大嫌いだ。
『本当に』?
『本当に』、それは事実なのか?
何度も頭の中で自問する。答えは出ない。イライラがつのる。
「わたしは、わたしはずっと……わたしとキューエル卿は同じなのだと、同じ理由でここに、ジェレミア卿のおそばにいるのだと、そう、思っていましたが。オレンジ事件の前も、その後も」
ヴィレッタが小さい声でそう呟いた。
キューエルは呆然と脳内で自問を繰り返していた。いくら繰り返しても答えは出なかった。ただ腹が立った。何故自分がこんなことで悩まなければならないのか、と。
「全部、オレンジのせいだ……ッ」
キューエルはギリリと歯噛みしてそう吐き捨てた。
ヴィレッタは何も言わずに溜息をつくことでそれに答えた。やれやれ、そう言いたそうにヴィレッタは首をゆるゆると振ったのだった。
春はまだ程遠い、寒さの残る日の話だ。

07/01/07







キューエルを恋のライバルだと認識してるヴィレッタと、ヴィレッタの考えていることも自分の気持ちもわからなくてイライラしてしまうキューエル、という対比を書きたかったのですが、なかなかうまくいきませんでした。やっぱ難しいよこの二人。
ジェレミア卿にとって杖は必須アイテムになっているようです(笑)11話の変な綺麗すぎる棒も実は自前なのかもしれないなーと思ってます。コックピットに常備されてたりして。だって拾ったにしては綺麗すぎるよ、あの棒。