ドアを開けると、黒いスーツを着た男が立っていた。
平日の、晴れた昼下がりは、ぽかぽかと眠いような陽気だ。じっさい、ゾロはチャイムが鳴るまで、ソファでのんびりとうたた寝をしていたのだった。ありがたいことに、文句を言う者も昼のあいだはいない。
脇のあたりに、じとりとした汗をかいている。ゾロは貼りついたシャツを無意識に引っぱり、まだかすみの残る目で男を見た。
男の服装はこの気候にしては厚着すぎるように思われる。けれど、すこしの汗をかくこともなく、男はすずしげな様子でゾロの前に立っていた。
「ご注文の品を、お届けにあがりました」
男が口を開いた。空気を介さず、じかに耳のなかに入り込んで鼓膜を侵すような、響きのある低い声だった。ご注文の品、とゾロは繰り返した。男はかるく首を傾げて微笑んだ。さら、と金髪が流れる。
「ええ、ご注文の品です、奥さん」
「……何も頼んだ覚えはねえが」
「おかしいな、たしかに、この住所なんですけどね」
男は困ったような顔をした。住所を諳んじる。たしかにゾロの住むこの団地の、この棟の、この部屋番号を、男は口にした。
とりあえず入れていただけませんか、ここは人目について、と男が、困ったような顔のままで言う。よく見ると、眉がおかしな形に巻いている。だが全体的には端正と言える顔だった。うすく顎髭を生やしている。目尻がすこし垂れて、どことなく甘い雰囲気がある。
男の後ろを、隣の部屋に住む女性が、赤ん坊を抱いて通り過ぎていった。配達に来たと言ったが、ドアの隙間から見るかぎり男は手ぶらだった。だがなぜだか、男にじっと見つめられているうち、ゾロは男を玄関に招きいれていた。男に、どこかで会ったことがあるような気がしたせいかもしれない。
ありがとうございます、と男はまた微笑んだ。
職業的ではない、親しみのもてる、けれどずくりと身体のどこかが疼くような笑顔だった。
「申し遅れましたが、こういう者です」
男はあがり口に腰かけながら、胸ポケットから名刺を取りだした。薔薇でも出そうかというような優雅な手つきだった。ゾロもつられてその横に腰かける。白い長方形の紙には、中央にサンジ、という名前らしきものが書かれ、隅のほうに、バラティエ、という文字が書かれていた。それだけだった。
サンジ、と呼んでください、と男は言う。
「……サンジ」
呼んだわけではなかったが、復唱すると、サンジはああ、と赤味のつよい唇のすきまから声を漏らし、うっとりとした顔になった。近くに座っていると、香水だろうか、サンジからは煙草の香りに混じって、甘ったるい花の蜜のような匂いがしていた。
その匂いを嗅いでいると、ゾロは、身体がまた汗ばんで来るのを感じた。きっと通気の悪い玄関のせいだろう、とゾロは思うことにした。
サンジは膝に置かれたゾロの手に、あたりまえのように、自分の手を重ねた。ゾロは自分の浅黒い手のうえに置かれた白く形のよい手を見て、それから、サンジに視線を戻した。
「なにを、」
「奥さん」
「さっきからあんた、」
「奥さん、ずっと、夢見ていました、こんな日が来るのを」
サンジは遮るように、歌うように言った。ゾロの話を聞く気はあまりないようだった。
うっとりした顔のまま、サンジはゾロを見つめていた。血管が無いのかと思うほど白い眼球の中央、ビー玉のような青い瞳がみずみずしく潤んでいる。
「ずっと?」
「ええ」
「俺のことを知ってるのか?」
「以前いちどだけ、レストランに客として来られました。あなたの、年の離れたご主人と一緒にです」
レストラン、と聞いて、ゾロはさきほどの名刺の、バラティエ、という名を思い出した。
ここに越してきたのはひと月ほど前で、その日に、せっかくだからと付近で有名なレストランであるそこを、たしかにゾロは訪れた。コースの最後に、コック長らしき人物が挨拶にやってきたことも、同時に思い出す。
あのときは一瞬だったし、いまとは服装がずいぶんちがうからわからなかったが、そう言われれば、あれは今目の前にいるこの男だったような気がした。
「どうして、ここが?」
「うちに来られたとき、ご主人は台帳に記載をしていかれました」
わかってください、あきらめようと努力したんです、でも無理でした、もう、一日だって我慢できない。
淀みなくすらすらとサンジは言葉を発した。めったにないことだが、ゾロはその勢いになかば呑まれていた。
サンジの人さし指のさき、つやつやした桃色の爪が、いつのまにかゾロの手首のあたりの皮膚をやさしく、なぞっている。サンジはそのまま、ゾロの手の甲を自分の口元へ近づけた。
皮膚の表面に、めくれあがったふたつの粘膜が、ひたりと吸いつき、吸いあげる。
そのまま、サンジは舌を伸ばして、ゾロの腕をゆっくりと、肘まで舐めあげた。
産毛のうえを唾液の道が白っぽく光っている。振り払うのは簡単なはずなのに、ゾロは、そうしなかった。
自分でも、それがなぜだかわからなかった。
「……それで、あんたはなにを届けに来た?」
「たった一目で、あなたは俺の心をすべて奪って行った。罪なひとだ」
あれ以来、寝ても醒めてもあなたのことばかりです。サンジは、ふたたび、うっとりと言う。
「だから、なにを届けに」
「わかりませんか?ご存知のはずですよ、ほんとうは」
奥さん、とサンジは耳元で囁いた。さっきから、サンジにそう呼ばれると、身体の深いところがじわりと熱くなるのを、認めたくはないがゾロは自覚していた。
サンジの指はゾロの肌をなぞっている。
知らず、すこしずつ、ゾロの呼吸は早まっている。
「あのとき、すぐにわかりました。俺があなたを欲しくてたまらないように、きっと、あなたも俺を欲しがるようになると」
だから、お届けにきたんです、とサンジは言った。
「な、に、言って」
「だって」
サンジが微笑みながら言い、ゾロはサンジの視線の先に目を落とした。
薄い、白のTシャツごし、ゾロのふたつの突起がぷくりと布を押しあげている。ほかの部分よりすこし濃い、その色さえもわかるくらいに。
サンジがゾロの手を、そこへ導く。指と指のあいだに、そのちいさな実をはさませた。自分の乳首をいじったことなどゾロにはない。それが充血したときの、弾力のある硬い感触を、ゾロは、はじめて知った。
「まだ何もしてないのに、こんなにして」
 俺を誘惑するためにこんな服を着ていたんでしょう。いやらしい奥さんだ。
耳になまぬるい息を吹きかけながら、サンジは言う。首筋を撫でおろすそれに、ぞく、ぞく、と肌があわだっていく。指のあいだで、きゅ、とますます、しこるものを感じる。
「ちが、」
反論しようとすると、もうかたほうをつままれ、つよめに、ひっぱるように、こりこりとこねられる。あ、あ、とゾロは思わず驚いたような声を漏らした。反射的に胸をそらせると、自分からねだるような格好になり、ゾロは赤らんだ顔を片手でおおった。
「感じやすいんですね、奥さん」
つよくつままれてじんじんしている場所に、サンジは顔を近づけた。シャツのうえから、そこをじゅう、と吸う。歯をたてて、かるく、甘噛みをする。舌を硬くとがらせ、突起をぴん、とはじくように舐めあげる。
唾液が灰色の輪染みになって広がっていき、濡れた布が、ゾロの隆起した胸にべたりとはりついていく。サンジは金色の頭を上下に動かしながら、熱心に、そこをかわいがった。
ほら、こっちは自分でしてください。そう言って、もうかたほうの胸に置いたままのゾロの手を回すように動かして、自分で、揉みしだかせた。
ゾロはいつのまにか顔を隠していた片手を後ろについて、食べてくれ、と言わんばかりに、サンジの口に押しつけるように、反らせた身体を揺らしていた。
唇を噛みしめて懸命に声を殺す。それでも、すきまからは、犬のような荒い息が漏れはじめていた。
「――ふ、ふう、うっ」
「ああ、素敵です、奥さん……。俺が思っていた以上だ。こんな姿を見せて、いったいあなたは、俺をどうする気なんです?」
サンジの息も荒い。唇が濡れ、白い頬がほんのりと上気したさまが、やけになまめかしく見えた。
顔が近づいてくる。抗えなかった。くちづけを受けながら、ゾロは床に押し倒されていた。さらさらした唾液がむせそうなくらいに流れこんで、ゾロは、それをのどを鳴らして飲みこんだ。舌を、ぴちゃぴちゃと音を立てて、深く絡めあう。頭のなかがぼうとかすんでくる。足に、サンジの、興奮しきったかたい雄があたっていた。
サンジがゾロのベルトに手をかける。
いやだ、とゾロが言うと、いやじゃないでしょう、とサンジは欲情にかすれた声で言った。
性急な動作でそれをはずすと、下着ごと、サンジはやや乱暴にずり下ろした。その拍子に、すでに芯をもって、先っぽをとろけさせたものが飛びだして、ゾロの引き締まった下腹にぴしゃ、と水を跳ねさせた。ゾロは両腕で顔を隠した。サンジがゾロの足からボトムを抜きとると、下半身だけが丸出しになり、濡れたところがすうすうとする。
「ねえ、かわいい顔を見せてください」
そう言って、サンジはそっと、ゾロの交差させた腕を掴んだ。両手を、それぞれの膝にあてさせる。そのまま、ゾロの太ももに手をあて、おおきく足を開かせた。膝のそとがわが床につくまで押しつけられる。サンジの手が離れても、ゾロの手は、自分の膝から離れることはなかった。
学校から帰った小学生だろうか、こどもたちの無邪気な笑い声がどこかから聞こえていた。赤ん坊の泣き声、掃除機の排気音、天井に響く誰かの足音、さまざまな生活の気配がする。
そうだ、まだ真昼なのだ、とゾロはぼんやり思った。
なのに、俺はいちどしか会ったことのないような男に、自分から股を開いてこんなみだらな姿をさらしている。
明るい場所で、赤く腫れあがってよだれを垂らすはしたない欲望を、あますことなく見られている羞恥にゾロは震えた。膝を押さえたままでも、腰がかすかに揺れてしまう。白い靴下を履いたままの足が、ときおりびくりと跳ねるのを感じた。
「すごいな、もう、こんなにして。ごぶさたなんですか?」
ひどいご主人ですね、俺なら、一日たりともあなたをほうっておきはしないのに。サンジはつらそうに、眉を顰めて言う。視線は、いきものみたいにぴくぴくとうごめく、ゾロのものに注がれている。
「そう、じゃ、ね、……アッ」
また反論は途中でさえぎられ、ゾロは鋭い声をあげた。サンジが長い指で、ゾロの敏感なぶぶんを、左右に開いたのだった。熟れた柘榴のような色をしたそこから、とろ、と透明な蜜があふれ、ぬらぬらと光りながら下生えへと流れていくのが、ゾロからもはっきり見えた。
開いたままの無防備なその穴を、サンジは熱い舌先で、ときにやさしくつつくように、ときにねじこむように犯しはじめる。そんなところを誰かに責められたのははじめてだった。異様な、だがたしかな快感に、ゾロはたまらず身もだえ、声を殺すことができなくなった。
「あ、あ、はっ、――あ、やっ、そこ、ばっか……ッ」
ゾロが首を振ると、ここがいいんですね、とサンジが言う。はげしい水音を立ててなぶられる。そうしながら、指は後ろへとすべっていった。ひだを数えるように、確認するように、ゆっくりと、なぞっている。
ほら、とサンジがゾロの片手をとる。人さし指の先に、前から垂れてきたもので濡れた、排泄のためにあるはずの穴が触れた。息づくようにうごめいている。
「いや、いや、だ」
「奥さんはうそつきですね。いつも自分でしているんでしょう?こんないやらしいからだじゃ、とうていがまんできないはずだ」
「だ、だからっ、う、んッ」
サンジがゾロの腰を抱えあげる。自分の指を、すこしずつ埋め込まれ、ゾロは片手でサンジの髪をわしづかんだ。なかはじっとりと湿って、やわらかい肉は指に絡みついてくる。いやだいやだ、とゾロは幼子のように舌っ足らずに言い、けれど、しだいに指はうごめきはじめていた。サンジはゾロが乱れるほど、ますます熱心に、感じやすい先端ばかりを吸いあげた。
奥さん、とサンジがうわずった声をあげる。この男も興奮しているのだ、と思うと、ゾロは、よけいに乱れた。腰を揺らしながら、無意識になかのしこりを探った。
ゾロの快楽の泉はとめどなくわきあがり、サンジののどを潤している。
「だ、め、ああ、も、だめ、やッ、ら、らめ、あ――」
「奥さん……!そんな声を出されたら、俺も、もう、」
ジッパーを下ろす音がして、サンジのものがゾロのものにすりつけられる。ゾロはすぐに、高く鳴きながら射精した。すこし遅れてサンジの呻き声が聞こえる。目の前が赤くにじんで、頭の芯がやききれそうになる。
濃い精の匂いが、狭い玄関に充満していた。
口の端から唾液がうすく流れ落ち、いれたままだった指が、ぬるりと抜けた。


サンジが先に起きあがり、二人ぶんの精液をてのひらでぬぐった。
濃いですね、そう言いながら、ゾロに見せつけるようにして、白く濁ったそれに舌を這わせた。
残ったものをゾロの頬になすりつける。青臭い匂いが鼻についた。あなたはとてもきれいだ、とサンジは言った。そこに手を置いたまま、涙のにじんだゾロの目尻にやさしく口づける。
「明日も、この時間に来ます。つれないご主人のかわりに、俺が、たくさんかわいがってあげますからね」
時間が限られているのが残念です、とサンジは続けた。レストランの休憩時間を利用して、どうやらここを訪れたらしかった。
「信じてもらえないかもしれませんが、こんな気持ちになったのははじめてです。愛しています。本気なんです」
またゾロの手を取って、唇を押しあてる。瞳は真摯だった。ゾロは、自分の内部がかきみだされるような、胸が苦しくなるような感覚を覚えた。
こんなことは、ゾロもはじめてだった。
「……まだ、会うのは二度目だろう。なんでそんなことがわかる」
とまどいを振り払うように、突き放すようにゾロは言う。
ふ、とサンジは、目をすがめてゾロを見た。
さとすような、いつくしむような表情だった。
「ご存じありませんか、奥さん。ある地方に、こんな言い伝えがあります」
「?」
「――恋は、いつでもハリケーン」
サンジは、やはり、うっとりとした顔で言った。







                                        (10.5.29)







団地妻(仮)ゾロ、昼下がりの情事。このサンジすんごく楽しい…。驚くべきことに続きそうです。
→続いた