サンジがポケットからハンカチを取り出す。
柄のないシンプルなそれを、サンジは前の座席の背もたれにふわり、とかける。
すると、条件反射のようにじゅんと潤む、ゾロのペニスはまるでパブロフの犬だ。
食べ物を見るとよだれを垂らす本能に忠実なパブロフ。
すべてが終わるころには、ゾロのよだれでびしょぬれになるサンジのハンカチ。
座ったままのサンジに尻を向け自分から開く。
ゆっくりと、深く貫かれながら、ゾロはハンカチのかかった硬い背もたれを、歯形が残るくらいにつよく噛みしめて声を、殺す。


出会ったのは四日前、やはりこの映画館だった。
「隣、いいかな」
上映開始まであと数分あり、館内にはまだ灯りがついていた。顔を向けると、ふちの細い眼鏡をかけた、金髪の男がすぐ横に立っていた。
ゾロの目にもわかるくらい高そうな服、落ち着いた低い声、若く見えるが、年齢はたぶん四十前くらいだろう。
ゾロはぐるりと周囲を見回した。ゾロはいちばん後ろの座席に座っていた。
5連休の初日だというのに、客は、数えるほどしかいない。あえてひとのすくなそうな映画をゾロが選んだせいだった。映画を見ながら眠るのがゾロはとてもすきなのだった。
ゾロは大学一年生だ。
とくに決まった恋人もおらず、なによりそういうのは面倒で、中途半端な時期の中途半端に長いこの連休をもてあましていた。
「……隣?」
「ああ」
男が微笑む。そうすると、目尻がわずか下がって、やさしそうな表情になった。
「席ならいくらでもあいてる」
ゾロは前を指差して言う。
「誰かが横にいるのが好きでね。だけど後ろにひとがいると落ち着かないんだ」
「横がよくて、後ろがだめ」
「そう」
「変な男だな」
おそらく二十くらい年上の男に向かい、ゾロはそう言い放った。男は困ったように、けれど微笑んだままで、だめかな、ともういちど訊いた。ゾロはその顔をじっと見つめた。
「……べつにいい」
「ありがとう」
ゾロの答えに、男はうれしそうに笑みを深めた。
どのみち眠ってしまうのだから、誰かが横にいようが関係もないとゾロは思った。

だけどけっきょくその日、ゾロは最後まで眠らなかった。
もっと事実に即して正確に言うならば、眠らせて、もらえなかった。

映画がはじまってすぐに、男の右手がゾロの腿のうえにそっと乗せられた。暗い館内で浮きあがるように白い、ゾロよりも華奢で、とてもきれいな手だった。それに気がつかないわけはないけれど、ゾロは、何も言わず、スクリーンを見つめ続けていた。
男の手は服ごしにゾロの身体を這い回った。男の愛撫は巧みで、長いその指は、まるでゾロの感じるところをぜんぶ知り尽くしているかのようだった。
途中から、ゾロはずっと、両手で自分の口を押さえていなくてはならなかった。
とんでもない声を出してしまいそうだったからだ。
見かねた男が、ぴんと糊のきいたいい匂いのするハンカチを、前の座席の背もたれにしいた。ここを噛んでおいて、と男は耳元で低く言った。
映画は二時間ほどだった。
そのあいだ、ゾロは、数え切れないくらいいきかけたけれど、そのたび焦らされて、じっさいに射精をしたのは三回だけだった。
「はじめてなんだね」
かわいそうに、待ちくたびれただろう?
男が後ろの穴に触れてそう言ったとき、どうしてこいつは俺のことがわかるのだろうとゾロは驚いた。ゾロは女としか寝たことがなかったが、男が好きだという自覚があって、だけどずっとそれを周りには隠していたから。
もしかしたら最初に男を見たとき、こんな男にかわいがられたいと、思ってしまったこともばれているかもしれない、とゾロはひどく恥ずかしく思った。
そして恥ずかしくなると、よけいに感じてしまうらしいことがわかった。
もっと気持ちよくしてあげるからねと、ひだを撫でながら男はささやいた。

その日は指だけでいかされた。
後ろに入ったのは、人差し指だ、1本だけ。
「明日もこの時間においで」
あしたは2本、入れてあげる。あさっては3本、楽しみだろう?
「しあさっては?」
「もちろん、俺を」


そうして昨日、男のものがゾロの後ろを満たしたとき、あんまり気持ちがよくって、ゾロはいれられただけでいってしまった。
かわいいな、と男は言った。
そのまま、ゆるゆると下からつかれて、座席を食いちぎってしまうんじゃないかと思うくらいゾロは乱れた。何回もいって、最後には自分から腰を振っていた。
「上手だ」
そう言って、男はゾロのとがりきった乳首をぴん、と弾いた。
「……あしたは?」
終わったあと、エンドロールが流れているときに、ゾロは男に尋ねてみた。
「そうだな、名前を教えてあげるよ」
連休はあしたまでだった。たった五日間、けれど、ゾロの身体はもうなにもかもが変わってしまっていた。この男が変えたのだ。
「してるときに名前を呼ぶと、もっと素敵だよ。それでいい?」
男が言い、ゾロは頷いた。
じゃあ、休みが終わったら?
訊きたくて、けれど、どうしてもゾロは訊けなかった。
「休みが終わったら、」
「え?」
「休みが終わったらって、訊かないの?」
「……訊いて、いいのか?」
たぶん最初に見たときからだったのだ。
はじめてがこの男でよかったと思っていた。
眼鏡越しの瞳の、正確な色を、知りたいと。
「もちろん」
男がゾロの顔を見つめて微笑む。
ゾロは顔がぐんぐん赤くなっていくのを感じた。


休みが終わったら?
ゾロが訊くと、こんどはここじゃないところでしてみよう、と男は笑った。
「外、とか?」
「それもいいね」






                                         (09.09.21)







シルバーウィーク記念にとうとつに書いた痴漢さんぞろでした。
まさか続くとは思わなかった。しかもこのシリーズ、わりと気に入ってる。
おっさん×ゾロがすきなんです。